女は度胸
「辞退、ですか」
宰相さんが少々困惑した様に聞き返してくる。
「許されませんか?」
「いえ、ですが、」
「私は、魔法も使えなければ、武道も武術も使えない一般人です。多少の語学知識や計算知識は有りますが、つい先程まで魔法も戦いも無縁の世界にいた私に魔王退治は荷が重いのです。私は出来のであれば争いに巻き込まれたくはありません」
「うむ・・・・。確かに、神々に魅入られたとは言え、何も知らない貴殿等をコチラの都合で召喚してしまったのは、やはり我等の責任であるな・・・」
紅音の嘆願の言葉に思う所がある様に頷く王様。
「しかし、陛下。ユカリ様もユリア様と同じく召喚者。今はただの鑑定スキルかもしれませんが、特訓次第では新たなスキルが目覚める可能性も、捨てられません」
王様の意思が揺らぐのを感じた宰相さんが割って入ってくる。
まずいな・・・・。
保護してくれるのは確かにありがたいが、あまり此処には居たくないのが紅音の正直な気持ちだ。
「お願いします!!!」
紅音はその場に膝を着き両手を胸の前に組み王様に嘆願する。
「私は、争いはしたくありません。皆様の足手纏いになる位ならば、私は此処を出て一市民として慎ましく暮らしていきます」
「う、うむ・・・まぁ、其方の意見も一理あるな」
王様は一瞬、口もごるが、こちらの意見を聞き入れている。
だけど、私は知っている。
王様の視線が、両手を組んで自然と寄せて上がった私の胸に釘付けだという事に。
膝を着き膝立ちになり、手を胸の前で組む事でわざと自分の胸を強調する。
目の前にいる王様は上から強調され、服を押し上げる胸がよく見えるはずだ。
(エロオヤジ・・・・)
紅音は心の中で毒づく。
あの息子にしてこの父親ありだ。
「お願いします」
不安げな表情をして、上目遣いで王様に訴える。
自分の顔が標準な事は自覚している。
だけど、こちとら28年この顔で生きていき、社会人になってからスケベな男性上司や体育会系の同僚に度胸と愛嬌で渡り合ってきた。おかげで多少仕事に融通が効く様になったのは事実だ。
今回も似た要領だ。
「駄目、ですか?」
残念そうに顔を伏せると、
「ま、まぁ、こちらの都合で異世界から巻き込んでしまった訳であるし、いきなり、この国の役に立てと言うのも酷な話ではあるな」
「陛下、」
「だが、其方1人をこの城から放り出す訳にもいかんであろう」
「私はもう自立した大人です。流石に王様に何もかもお世話になるのは申し訳ないです。いざと言う時は自己責任で自分の身は自分で守ります」
王様と宰相さんの目をしっかりと見てきっぱりと宣言する。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
そんな私の目をじっと見下ろす王様と宰相さん。
結果。
「それでは、ユカリ様。これより転送魔法を発動させます。行き先はこの国で一番大きな街王都ルーダです」
「はい。ありがとうございます」
私は、この城を出る事を許され身の自由を手に入れた。
「すみません。本来なら、自分の足で街に向かうべきなのに。それに靴まで用意してもらって、本当にありがとうございます」
「ユカリ様は随分と謙虚な心の持ち主なのですね」
「そう言うんじゃないんですけど、私がこの城に留まっても何も役に立てないですから」
手荷物は召喚された時に手に持っていたスマホや財布、大切な物や貴重品を入れたリュックを背負い、スリッパを履いていた足には用意された革製品のショートブーツを履いて魔法転送装置と言う光る台の前で宰相さんにお見送りされる私。
「ですが、本当によろしかったのでしょうか?この城に留まり仕事を見つける事も出来たのでは?」
「あはは、あんまり畏まった職場はちょっと遠慮したいです」
「正直で・・・・」
今は、紅音と宰相、ランスロットの2人きりのせいなのか、ランスロットの表情は先程の王様の隣に居た時よりも雰囲気が柔らかい。
「あの、一ついいですか?」
「如何しましたか?」
「あの、ユリアっと言う女の子、彼女はこれから大丈夫でしょうか」
いくら、オバさんだと悪態を吐かれても、やはり同じ召喚者であり歳下であるユリアの安否は気になる。
「はい、ユリア様は我が王立魔法学園に編入生として編入していただき、スキルの強化、魔法の知識と使い方、などを学んでいただく予定です」
「じゃあ、彼女の身の安全は保証されるのですね」
「もちろんです。彼女はチャルエット殿下の花嫁候補ですので、それ相応の教育と生活を約束されています」
「そうですか、よかったです。彼女見た感じ、まだ高校生の様でしたし、・・・あ、えっと、高校生って分かりますか?」
文化が違うだろうと、一応聞いてみたが、
「ええ、前回召喚された女性も18歳の女子高生だったと記録に残っています」
宰相さんの口からそんな言葉が出てきた。
「へ?前回の召喚って120年前って言っていませんでしたか?」
120年前って、確か明治時代だったはずじゃ・・・・。
「どうやら、貴女達の世界とこちらの世界では時間の流れが異なることと」
宰相さんに説明されると、私は少し考える。
元の世界とこの世界の時間の流れのズレは気になる所だけど、今の段階では情報が語り継がれるレベルの話では、やはり信憑性に欠ける。
「・・・・・ちなみに、過去に召喚された人が元の世界に戻ったと言う記録は?」
「・・・・・・今から120年前、魔王襲来で世界が危機に陥った際に聖女として召喚された女性がいました。彼女は魔王討伐が成功した後、当時の第一王子との婚約が決まっていたそうですが結婚式前夜に光の中に姿を消したと、そう記録されています」
「元の世界へ戻れたと言う認識でいいんですよね?」
「こればかりは、神々の意思と、のことです」
・・・・随分とアバウトな回答だ。
こう言う所は、あまり長居しない方がいい。『神々の意思』なんて、言っては悪いがタチの悪い宗教団体の謳い文句みたいだ。
だけど、
「あの子の身の安全と生活を保証されるなら、安心しました」
「気にかけるんですね。失礼ですが、随分と嫌われていた様子でしたが」
「まぁ、言われはしましたけど、私には子犬がキャンキャンと鳴いているようにしか思わなかったので大丈夫ですよ」
「・・・・・・、先程貴女を謙虚だと言いましたが、貴女は随分と強かな性格のようで」
「これでも、28歳のオバさんですからね。あれくらいの嫌味は可愛いものです」
自虐的ではあるが、気にした風もなく朗らかに笑う目の前の女性をランスロットは不思議な気持ちで見ていた。
「ッ、そうだ、ユカリ様にお渡しするものが」
「??渡すもの??」
「はい。当面の生活費と街に入る為の通行許可証、そして貴女が異世界から我が国に招かれた事を証明する証明証です」
そう言って、宰相さんはずっしりと重い布袋と銀色のカード。そしてドッグタグ風のペンダントを渡した。
「この通行許可証があれば我が国内の街であれば、どの街でも入ることが出来、滞在する事が出来ます。
もし、ユカリ様が仕事を考えたり、永住をしたいと思う場が見つかれば、ギルドを訪ねて住民ギルド証を発行する事をおすすめします。
もし何かお困りの事が起きれば、そのペンダントの証明証を国営ギルドに提示すれば出来るだけの支援をさせていただきます」
「わ、何から何まで、ありがとうございます」
「いいえ、これは国王陛下の御意志であり、我々のせめてもの償いでございます」
あのエロオヤジ、もとい、アルメディアス王国国王様もアフターケアを考えてくれているようだ。
思った以上に手厚いアフターケアに頭が下がる紅音。
「でも、正直言って助かります。ありがとうございます。宰相様も色々と気にかけてくれて本当にありがとうございます」
「・・・・ランスロット、」
「え?」
「私のことはランスロットとお呼び下さい。ユカリ様」
「あ、えっと・・・・ランスロット、様、で、いいですか?」
紅音の口からランスロットの名前を聞くと、
「・・・・・・はい」
少し恥ずかしそうに頷いた。
だが、すぐに元の表情に戻った。
「我儘を言ってしまい、失礼いたしました。では、そろそろ」
「は、はい」
ランスロットに手を差し伸べられ、その手を取ると魔法転送装置と言う光る台へ誘導される紅音。
「この台へ乗って下さい」
「は、はい」
台へ乗ると、足元から丸い魔法陣が広がった。
「おおお!」
「ふふ、王都ルーダの関所前のポイントへワープします」
「あ、はい」
子供みたいに感動していると宰相さんに笑われた。
「それでは、ユカリ様。御武運を」
「はい、ランスロット様。また」
「ッ、はい。また」
互いに別れを告げ、紅音は光の柱に包まれ消えた。
「・・・・・・・・・」
誰も居なくなった、魔法転移魔法陣の間で1人、ユカリと名乗った女性を送った転移魔法陣を見つめるランスロット。
「何故・・・・私は、あんな事を・・・・」
自身の先程の言動を思い返し、思わず口元を押さえるランスロット。
ユカリと名乗った女性が自分の名前を呼んだ声が、屈託の無い笑顔が頭から離れなかった。
「・・・・・さっき会ったばかりの女性なのに、名を呼んで欲しい思ってしまうとは」
口元を押さえたランスロットの頬が微かに赤みを帯びていた事は、ランスロット自身さえ気が付いていなかった。
面白かったら、高評価ブックマークをお願いします