祖先の遺した歌
「よし、質問はここまでだ」
「はい」
あの後、事務的な質問を幾つか答え終えた紅音。
「本当に、ギルドメンバーでは無く、サブギルドメンバーでいいのか?」
「はい、私にはまだ荷が重いかと、思って」
「まあ、最初にサブギルドメンバーから登録しても功績を上げれば、正規のギルドメンバーへ昇格も出来るからな。気長に頑張ることだな」
「はい」
そんな会話をしながら、オーディアンは紅音の前に、一枚の長方形のプレートを差し出す。
そして、一本の小さなナイフを傍らに置く。
「そのプレートに君の血を一滴落としてくれ」
「は、はい・・・」
紅音は、オーディアンの指示に従い、左手の人差し指に小さくナイフを当てる。
「ッ、」
よく磨がれているのか、少し指先を撫でただけでチリッとした痛みが走り、顔を少し歪める紅音。
指先に出来た小さな切り傷から、深紅の小さな玉が出来、その血の玉をプレートに落とす。
すると、プレートに落ちた血はプレートに吸い込まれるように無くなり、代わりに、文字と5枚の花びらの花と蝶を模った模様が浮かび上がる。
なんだか、乙女チックなデザインだ。
「大丈夫か?」
「はい、もう血は止まりました」
「よし、これでサブギルドメンバーの登録完了だ」
「これで、終わりですか?」
「ああ。アカネの血で情報をそのプレートに書き込んだ。これで、この証明プレートは他人が使用する事は出来ない」
「な、なるほど・・・」
元の世界よりも、セキュリティがしっかりしてるかも・・・。
ふと、オーディアンさんが私を見ている事に気がついた。
「?」
「・・・・・アカネ、質問をいいか?」
「はい、まだ何かありましたか?」
「いや、これは、俺個人の質問だ」
「え?」
「アカネはここの世界とは異なる異世界から来たんだよな」
「はい、そうですね」
私からしたら、この世界が異世界ですけど・・・。
「なら、後ろのアレは読めるか?」
「アレ?」
オーディアンが何気なく紅音の後ろへ指を指す。
紅音が後ろを振り返ると、こそには、壁に架けられた一枚の額縁。中には絵では無く、縦書きされた文字の羅列が入っていた。
だが、文字が達筆過ぎて、文書の一部分しか読み取れない。
しかも、かなり古い物の為か、所々文字が掠れている。
「・・・・・・・」
だが、紅音は、この文字に違和感に似た既視感を感じる。
「・・・・あの、近くで見ても大丈夫ですか?」
「ああ、勿論だ」
「ありがとうございます」
紅音はオーディアンに許可をとり、席を立ち、壁の額縁へ近く。
「待って、コレって・・・、まさか、日本語?」
黒いインクの文字だが、達筆で流動の様な所作。
「スキル『鑑定』発動」
私は、鑑定のスキルを発動させる事にした。
そして、出て来たディスプレイ越しに見えた、情報に、
「ッ!!?」
目を見開いた。
額縁に書かれていた文は、
『人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ』
言葉を失いかけた。
「これって、ま、まさか、敦盛?」
この文書は能の舞の歌だ。
そして、この能の歌のフレーズで思い浮かぶ人物は、紅音は一人しか知らない。
「お、オーディアンさん・・・・、コレを何処で・・・?」
「それは、俺の遠い初代の先祖が後世に遺せと受け継げれた『歌』だ」
「祖先?オーディアンさんの?」
「ああ、」
オーディアンが紅音の隣に立ち、額縁の歌を見る。
「俺の祖先は4000年以上昔にこの世界へ召喚された異世界人だと伝えられている」
「4・・・4000年以上前の異世界人、」
紅音の中である人物像が浮かび上がる。
「ああ、伝承では、当時人間と異種間の大戦争の最中単身で猛威を振るい、30日で大戦争を終結させた」
「・・・・・・」
「その時、その異世界から召喚された者の名は『オダ・ノブナガ』だと云われている」
「へ?」
オダ・ノブナガ・・・・?
おだのぶなが・・・・・?
「織田信長!!??」
「うお!?」
場も考える事ができず、思わず叫ぶ紅音に今度はオーディアンが驚いた。
だけど、あまりのビッグネームに紅音も余裕が無かった。
「え?え?織田信長?本当に?!いや、4000年以上昔と言う事は、元の世界では400年以上昔で、本能寺の変が~~~、えーっと、大体440年か450年くらい過去の出来事だから・・・・えええ!?!」
まさか、オーディアンさんのラストネームが織田の性から来てるとしたら、
「オーディアン、オディア、オデャ・・・オダ!?」
「お、落ち着け。そ、そんなに、驚く事か?」
あまりの紅音の狼狽にオーディアンも困惑する。
「す、すみません。思わず取り乱してしまいました」
「いや、そんなに驚くとは思わなかったぞ」
「いえ、もし、コレが本当に織田信長が遺したものだとしたら、とんでもない事なので、つい」
「・・・、そんなに凄い人物だったのか?」
「私の元の世界、特に私が生まれ育った国の偉大な偉人の一人です」
「偉人・・・・」
「はい」
紅音は自分が知っている限りの織田信長の知識を頭の中で思い出したていた。
「織田信長は戦国時代と言われた時代で天下統一を目指す、武将であり大名でした。
大きな勢力と圧倒的なカリスマ性を持ち、天下人として名を馳せました。
ですが、家臣である明智光秀と言う部下の謀反で志半ばに自害をしたと、言われています」
「王だったのか・・・・」
「はい。ですが、織田信長の死には謎が多いとも言われているのです」
「謎?」
「織田信長は家臣の謀反により燃える盛る本能寺と言う場所で自害し、本能寺は全焼しました。しかし、織田信長の遺体は見つからなかったのです」
「見つからなかった、」
「はい。ですので、織田信長は本能寺の変でそのまま亡くなったのか、燃える盛る本能寺から逃げ出し、生き延び、異国へ渡ったのか、私の時代になっても様々な考察がされる程に謎が多い人物なんです」
「・・・・・・・・」
「この歌、敦盛は、織田信長が死の間際にこの歌の能を舞ったと伝承が今も遺されています」
そう言いながら、壁の額縁の歌を見つめる。
もし、本能寺の変で偶然にも異世界に召喚され、織田信長が生き延びていたのなら・・・。
「・・・・オーディアンさん、貴方は本当に織田信長の子孫なんですか?」
隣に立つ、オーディアンに固唾を飲んで問いかける。
だが、
「いや、分からん」
「はい!?」
あまりにもあっさりとした答えに、素っ頓狂な声が出た。
「4000年以上昔の人間だぞ。一応、オーディアンの性は名乗ってはいるが、初代一族は長い年月でかなり枝分かれして、世界中に散り散りになっているぞ」
「た、確かに・・・・」
確かに、私の元の世界では400年以上だがこの異世界では4000年以上の話だった。
言われてみれば、私の元の世界で4000年以上昔は原始人や縄文時代あたりに該当する。そんな昔の人間の家系や血筋を証明をするのは今の化学を持っても難しいだろう。
「一応、この歌は俺の家が代々受け継いできたモノだが、それ以外は、特に何も無い家系だぞ」
「そうですか・・・・」
そう言われると、なんだか、気が抜けてしまった。
今、私がどんなに騒いでも、織田信長の真相に辿り着く事なんて出来ない。
私には、それが出来る知識も手段もないのだから。
もしかしたら、織田信長では無い赤の他人の何者かが、偶然この異世界へ召喚され、咄嗟に有名人である織田信長の名を出し、織田信長としてこの異世界で一生を終えたか・・・。
だとすると、彼は、9人の召喚者の中で唯一この世界に留まった人物と言う事になる。
そんな、ifな想像が頭の中に浮かぶ。
「・・・・俺は、この歌に惹かれている」
「え?」
そんな事を考えていると、オーディアンがポツリと呟いた。
「この歌にどんな意味が込められているのか分からん。だが、何故か意味を知りたいとずっと思っていたんだ」
「意味、ですか」
「アカネは、この歌の意味が分かるか?」
オーディアンさんは、視線を私に向けた。
「・・・・確か、
『人の世の中の五十年間は、下天のそれとくらべれば一眠り間の時間。その下天の住人にもやがて寿命が来るのに、人として生まれた者はみな、どうせ死ぬことと決まっている。』
と言う、意味だったはずです。
私の元の世界では、魔物も魔法も存在しません。だからこそ、この歌を遺したのかも知れませんね。生きた証を残す為に」
「そうか・・・・」
オーディアンはじっと歌を見つめていた。
「・・・・・案外と普通な内容だな」
そう、ポツリと呟いた。
「そうですか?」
「ああ、もっと心に響くモノかと思ったが、案外そうでも無かったな」
素っ気無い言葉だった。
もしかして、思っていた内容じゃ無くて幻滅してしまったのかな?
「あ、でも、」
「ん?」
「オーディアンさんがもし本当に織田信長の子孫だったら、オーディアンさんのそのカリスマ性にもちょっと納得できますね」
「・・・・・・カリスマ性?」
「オーディアンさんに初めて会った時からカリスマ性のオーラ凄かったですから」
そう言いながら、紅音は少し頬を緩める。
「この、歌を遺したのが本当に織田信長なのかは、私には分かりません。
ですが、オーディアンさんのそのカリスマ性は本物だと思いました」
もし仮に、織田信長が後世にこの歌を遺したとしたら、ある意味、織田信長らしいのかも知れない。
私の知ってる織田信長は大胆不敵で新しい物好きで革新的。冷静な判断力と迅速な行動力と決断力をもっていた。
「ほんの少しの時間ですけど、もし、現代の織田信長を再現するのなら、オーディアンさんのような人物になるのではないでしょうか」
「・・・・・」
「遠い時代の異世界人の私を興味本位で招き入れ取り込もうとするその度胸は、個人的に織田信長っぽいです」
そう思ってしまった。
「そうか・・・・」
オーディアンは、私の言葉にそう呟き、少しだけ笑った。
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