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ニンゲン、コワイ


 ある日突然、50億円と言う莫大な遺産を相続した小鳥遊 紅音だったが、本当の苦労は此処からだった。


 いきなり50億円の大金を手に入れたのはいいが、


「こういう事はやたら無闇に喋らない方がいいよね」


 自分に使うにしても、どこかの慈善団体に寄付をしようにも、いきなりこんな大金を動かすのは流石に怖い。

 お金は人を狂わせ易い。

 親友だと思っていた友達に100万を騙し取られてから、私は金銭に関してはシビアになっていた。


 だから、相続した遺産に関して誰にも話していなかった。

 今の会社を時期を見て退職してそれから考えようと思っていた。

 だけど、


「小鳥遊さん、親戚から莫大な遺産を相続したって本当?」

「え、」


 勤めている会社に普通に出勤したら同僚の女の子に突然、そう話しかけられた。


 その場は笑って誤魔化したが、何故か遺産の話は会社中に広まっていた。


「ねぇ、小鳥遊さんって、親戚いたの?」

「遺産って本当?」

「ねぇねぇ、いくら貰ったの?」

「小鳥遊さん、今度ご飯行こうよ」

「遺産貰ったんだったら何か奢ってよ」


 その日から、紅音は仕事場で色んな人から質問され今までと違う目で見られる様になった。

 好奇の目、嫉妬の目、訝しむ目。先輩社員からのイビリも増えていった。だが、それと同時にやたら優しく擦り寄ってくる人物も増えてきた。

 職場で居づらくなる中、変な勧誘やあからさまな食事の誘いも増え、どうしたらいいのか分からなくなって来ていた。


 そんな、ある日。


「あ、俺、仕事辞めて来たから」


 そう言ったのは当時付き合っていた彼氏だった。


 当時私は付き合って2年の彼氏がいた。


 だけど、会社で遺産のことが出回ってすぐに彼が私の借りているアパートにほぼ無理矢理転がり込んで来た。

 半ば強引に同棲しようとして来た彼に事情を問いただすと、ヘラヘラ笑いながら「仕事辞めて来た」と言った。


「50億も遺産があるなら俺これから一生働かなくて良いじゃん」

「で、明日婚姻届出しに行こう。親父もお袋もお前なら嫁にしてもいいって言ってた」

「何だったらすぐにでも俺の家で同棲しようぜ」


 ヘラヘラと笑う目の前の男は、まるで宇宙人の様に見えきた。


「お前、家族いないもんな。俺がお前の家族になってやるから、50億よろしく」


 その一言に私の中で何かがプツンと切れる。


 他にもベラベラと何かを言っていた気がするけど、気がつけば私は彼氏の持ち込んだ荷物ごと彼氏を部屋から放り出していた。


 ドアの向こうから何か喚き、スマホのラインで何か言い訳を送ってくる男に驚くほど愛情は冷めていき、


『無職のニートとは結婚しません。さようなら』


 ドア越しにそう告げると、元彼氏だった男は発狂する声が聞こえ、ドアを激しく殴り揺さぶった。


 迷惑なので速攻で警察に通報し、何処から持って来た鉄パイプで半狂乱でドアを殴っていた男を現行犯で逮捕してもらった。


 もちろん、私は遺産の事は彼氏にも打ち明けては居なかった。

 だけど、何故か遺産の事が筒抜けになっている事に不信を感じた私は住んでいる部屋を調べた。

 すると、住んでいるアパートのワンルームの部屋から盗聴器が見つかった。

 直ぐに警察に届けると、犯人は直ぐに捕まった。

 犯人は私に真っ先に遺産の事を聞いて来た同僚の女の子だった。

 以前部屋に上がった時に悪戯半分に盗聴器を仕掛け、50億の遺産の話を盗聴したと警察に供述した。


 後ほど分かって事だけど、元彼氏は同期の女の子と浮気をしていたようで、同期の女の子経由で遺産の話を聞いたらしい。

 私と結婚して元彼氏の家庭に入れ、私を実家の家政婦代わりにし、50億の遺産は元彼氏の家族と同期の女の子と山分けする予定だったらしい。


 同期の女の子は先輩に無理な仕事を押し付けられた時にいつも助けてくれたし、たまに一緒に飲みに行ったり、気軽に話し合える仲だと思っていた。

 元彼氏も、仕事を通して知り合った。互いに気が合い、気さくで彼氏と言うよりも男友達の方が近かったかもしれない。

 だけど、結婚するならこの人がいいと思っていた矢先に結局別れた。


 2人とも信頼関係を築けていたそれだけに、ショックが大きかった。


 その事がきっかけとなり、私は会社を退職した。


 だが、50億の遺産の話が何処からかどんどん広まり、連日金の無心や変な教団への勧誘、団体や施設への寄付の催促が後を絶たず、巨額な遺産の話を聞きつけ出版者が玄関のドアを叩かれた。

 更には、元カレの両親からの息子の復縁要求を求める怒涛の電話の着信が鳴り止まない毎日に耐え切れず住んでいたアパートからも引っ越した。


 遺産のお金を使ってセキュリティーのしっかりとした部屋を借りたのだが、何処からか私の居場所を嗅ぎつけた人達が再び部屋のドアを叩き、家電もスマホには非通知の番号から電話が鳴る。


 一番怖かったのは、新しい部屋に引っ越して一週間経った頃、警察から接近禁止命令が出ているはずの元カレがボロボロの姿で引越したアパートの部屋へ両親を引き連れ薔薇の花束を持って押しかけて来た事だった。

 そしていきなり、


「俺と結婚して、俺の家族を養って下さい!!!」


 と大声で薔薇の花束を差し出して来たのは驚きを通り越して最早恐怖だった。


 速攻で玄関のドアを閉め、再び速攻で警察に通報した。

 玄関のドアの向こうで騒ぐ三人は程なくして警察に連れて行かれた。

 警察の事情聴取で元カレは薔薇の花束とは別に、ロープとナイフ、睡眠薬を所持していたと言う事を警察から聞いて、すぐに新しい部屋を見つけて引っ越した。


 だけど、そんな新しい部屋も情報が知られてしまっているらしい。

 引っ越した次の日にはもう勧誘や金の無心。


「はぁ、もうイヤ、誰とも関わり合いたく無い。ニンゲン、コワイ・・・・・」


 生気の感じられない目をして、紅音は一人呟く。


 遺産を相続してはや、半年。

 紅音は職場の同僚の犯行や元カレと元カレ両親の奇行。親戚や知り合いだと連日の金の無心に来る顔も知らない人物達に人間不信になりかけていた。


「もういや、もう誰も知らない土地に引っ越そう。人になるべく関わらない土地に行こう。お金はあるからいっその事田舎の土地を買って自給自足の生活をしよう。とりあえず、今日はもうこの部屋から出よ。うん。そうしよう」


 紅音は、リュックに必要な物を詰め、部屋を出る準備をする。

 幸いにもまた襲撃があっても直ぐに対象できるように、この部屋はウィークリーマンションだ。直ぐに出ていく事は可能だ。

 入居して1日で退去する住人も珍しいだろうが。

 明日の朝、管理会社に連絡を入れよう。


「とりあえず、今日はホテルに泊まろう」


 深い深いため息を吐きながら、少ない私物をリュックに詰めていく。


 遺産を相続する前は仕事の給料でなんとか節約生活で一カ月食べていけるくらいの生活だったが、今はお金と時間に余裕があるのに、心身に余裕が無いのがなんとも皮肉だ。


 1時間ほどで荷物を詰め終え、簡単な身の回りに整理も終わり、部屋を出ようとリビングのドアを開けた。

 その時、


「・・・・・・え?」


 玄関への廊下が繋がっている筈のドアの外が真っ暗で、ドアの向こうに踏み出した足が、スカッと下へ落ちる。

 そして、そのまま底の見えない暗闇に紅音の体が落ちていった。


「えええええええええ!!!???」


 理解出来ない現実に紅音の叫びが暗闇の中でこだました。

 その時、


「ーーー、ーーーー!!ーーーー!!」


 誰かの声を聞いた気がした。


 暗闇の中でいつのまにか紅音は意識を失っていた。

 だが、頭上に強い光を感じ、目を覚ますと、そこは出て行こうとしていたマンションの廊下でも、マンションの部屋でもなく、全く見知らぬ場所だった。


「え?」


 イメージ的には外国の大聖堂が一番近いかも知れない。

 全体的に白で統一され高い柱に天井には大きなステンドグラス。だが、大聖堂と違うのは奥の方にやたら豪華な椅子に座る王冠を被った、王様みたいなおじさんが居た。


「っ・・・・」


 今気が付いたが、私の右隣にもワンピース型の学生制服を着た可愛い女の子がポカンとした表情で座り込んでいた。

 自分の状況も確認するが特に不調は無い。足元には右足脱げたスリッパが転がり、気を失う前に持っていた荷物を詰めたリュックもちゃんと背中に背負っている。

 今度は辺りをよく見ると、めちゃくちゃ裾も長いローブを着てフードを被り顔が見えない人達が円状にグルリと囲まれている。

 そして、その後ろでは鎧を身に付けた人、豪華な格好をした人がこちらを好奇の目で見ている。

 と、その時、


「召喚が、成功したぞ!!」


 豪華な椅子に座ったおじさんが大声を上げると、


 ワアアアアアアア!!!!


 周りから歓喜の声が上がった。


「なに、これ?」


 状況が理解出来ず、ただ動く事が出来なかった紅音だった。

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