状況整理がしたい
洗脳に、操る。
その言葉に少なからず動揺してしまった紅音を落ち着かせるため、パルアドルフ達は部屋の中央にあるチャブ台を囲むように座った。
「お茶は美味しいですか?紅音さん」
「は、はい、美味しいです。ありがとうございます。ルカ様」
「よかった、落ち着いたみたいで」
神様達と肩を並べチャブ台を囲み、用意されていたお茶を飲むと言う、なんともシュールな光景。
でも、美味しいお茶を飲んでいたら不思議と紅音の動揺も落ち着いてきた。
「だが、あの姫川 柚莉愛って言う娘は、どう解釈したのか、この世界へ来る事を望んでいた。何か勘違いしている様だったが・・・」
「え?勘違い?」
話の口火を切ったレニックス様が苦々しく溜息を吐く。
その言葉に、内心ちょっと驚いた。
「せっかく忠告をして上げたのに、完全に無視!紅音がお城を出た後も柚莉愛ちゃんをなんとかしようと思って、今度は私が声をかけたら、モブ女は黙ってろって言われた!!酷いでしょ!?」
「とにかく話をしようと言えば、ゲームやシナリオがどうこう言っていて、話にならずでね」
おそらく、柚莉愛に謝罪しに行っていたであろう、レイ様、ロディ様、レニックス様が苦々しい顔をした。
初対面の私にモブとかオバさんとか言って邪険にしていたからなぁ・・・・。
と言うよりも、あの子はこの異なる世界に対しての知識、この国の王子の名前や宰相様の名前、初めて見る筈の魔道具の名前を知っていた。何よりも警戒心が殆ど無いに等しかった。
「彼女の思考を読んでみたら、どうやら、この世界は彼女がハマっていた恋愛ゲームの世界観と人物が似ているらしく、彼女はそのゲームの世界だと信じ切っているらしいんだ」
「あ・・・・、そう言えば、召喚されて時に、『イセコイ』とかなんとか、言っていたような・・・・・」
生憎、私はゲーム関連には疎い。
と言うよりも、貧乏生活でゲームをする余裕が無かった。
だけど、確か、会社の新米の後輩がそんなゲームにハマって、推しのイケメンキャラクターにお布施し過ぎてお給料が足らないって嘆いていたっけ・・・。
「じゃあ、此処はゲームの世界、になるんですか?」
無意識に首を傾げながら困惑する紅音。
「似て非なるモノ、だな」
「似て非なるモノ、ですか?」
「世界観や人物の酷似は多少有るだろうが、基本的には別物と考えた方がいいだろうな」
「じゃあ、此処は、彼女がハマっている恋愛ゲームの世界では無いと言う事ですか?」
「いや、それが、そうとも言い切れないのが、また面倒な事情なんだ」
「ふえ?」
レイ様が困ったように眉を下げ、苦笑いをする。
「実は、異世界からコチラの世界へ召喚される人間は過去にも数人居るんだ。先程も説明したように、主にオーバー・ゲートが開いた時に異世界からの人間を召喚する事が多いし、そんな、召喚された人間達を元の世界に返還してあげたり、記憶を改竄したりするのも、僕たちの仕事でもあるんだよ」
「はぁ・・・・・・・・へ!?」
あまりにも普通に話すレイ様に一瞬、聞き逃しそうになった。
「元の世界に返還って、帰れるんですか!?」
「ああ、現に120年前に召喚された聖女として召喚された少女も無事に元の世界へ戻したよ。勿論、今すぐと言う訳には行かないけど、この世界の魔素がある一定までの濃度になれば君を元の世界へ帰還する事が出来るんだよ」
「ほ、本当ですか!?」
レイ様の言葉に消えていた元の世界へ帰れる希望が見えて来て。
「ただし、今から50年後位にはなるがな」
「5、50年・・・・・」
だが、レニックス様がその希望を吹き消してしまった。
「こんの、石頭!!」
「ッ、な、殴るな!」
頭を垂れ、落ち込んでいる紅音をみてアディーダが隣に座るレニックスの頭を叩く。
「あ、で、でも、大丈夫ですよ!コチラの世界と紅音さんの世界の流れが違うんです」
「え?」
ルカリスが落ち込む紅音を励ますように声をかける。
「先程は失言した。済まない。僕が言いたかったのは、この世界での時間で50年後と言う意味で、貴女の居た世界での時間経過は約5年程だ」
「え、5年・・・・」
50年と5年では時間の差があり過ぎる。
つまり、
「え、じゃあ、50年経って元の世界に戻れたとしたら、私は78歳のお婆ちゃんの姿で5年後の元の世界に戻ると言う事ですか?」
レニックス様の説明に元の世界にお婆ちゃんの姿で生還する自分の姿を想像してしまう。
「いや、それは今は無い」
「え?今は??」
だが、そんな紅音の考えはアディーダに否定された。
「紅音は元の世界の時間で産まれて生きてきた。つまり、元の世界の刻に守られているの。だから、コチラで50年過ごしても、紅音の身体はこの世界の刻の影響を受けない。つまり、50年過ごしても紅音の身体は5年分の成長しかしない」
「え?刻の影響??」
「おそらく、数百年前に召喚された者が元の世界に無事に返還された後に、コチラの世界を元手に何らかの作品を生み出し、布教されていても、まぁ可笑しい話では無いだろうな。その者の記憶を改竄するかはその時の場合と状況で決めるからな」
「え?え?」
アディーダ様とレニックス様の説明を聞いても理解が追いつかない。
「ん?ん?え、えっと、つまり?」
まずい、色々と予想外過ぎて頭の脳内処理が追いつかなくなって、混乱してきた。
こう言う時は、
「あの、すみません」
私は、場の空気を壊す事覚悟で挙手を挙げた。
「はい。どうしましたか?紅音」
「あの、すみません。一度退出してもよろしいでしょうか?」
思い詰めた顔をした紅音が退出を申し出した。
「おや?どうかしましたか?」
「ちょっと、取りに行きたい物があって・・・・、と言うか、この白い部屋出られるんですよね!?」
一瞬、この真っ白い部屋から出れないのではと一抹の不安を感じていると、
「そ、それは、大丈夫です。この『亜空間プライベートルーム』は紅音さんのスキルだから、出たいと念じれば出れる筈です」
ルカ様が私を落ち着かせるようにそう言ってくれた。
「は、はい」
何となく両手を胸の前で組み出たいと念じる。
すると、目の前に見覚えのあるディスプレイが出て来た。
『亜空間プライベートルームを出ますか?
YES orNO 』
「い、YES」
ディスプレイに表示された選択肢を選ぶと、目の前に光が溢れ、気がつくと宿泊している紅音は部屋に立っていた。
右手の中に、青い鈴のキーホルダーがついた古い鍵が握られていた。
「で、出られた・・・」
うまく出られた事に安堵したけど、すぐに戻らないと。
私はベッドの上に広げた荷物をリュックに詰め込め、ポーチを手に持つ。
「よし・・・・。えっと、スキル『亜空間プライベートルーム』」
すると、右手の中の鍵が暖かく光だし、今度は自分で目の前に扉に鍵を差し込むイメージで右手に握った青い鈴のキーホルダーがついた古い鍵を回した。
その時、目の前に光が溢れ、気がつくまたあの白い部屋に紅音は立っていた。
「おかえりなさい。紅音さん」
「ただいまです」
ルカリスに出迎えられ、紅音は先程まで座っていた場所に座りった。
「よし」
持っていたポーチからメモ帳とボールペンを取り出し、
「状況整理をさせて下さい!!」
チャブ台の上にメモ帳のページを広げた。
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