【アップ】男山教会2022年9月25日礼拝説教
初めまして、天川裕司です。
ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。
また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。
どうぞよろしくお願い致します。
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
お暇な時にでもぜひどうぞ♬
【アメーバブログ】
https://blog.ameba.jp/ucs/top.do
【男山教会ホームページ】
https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/
【YouTube】(不思議のパルプンテ)
https://www.youtube.com/@user-vh3fk4nl7i/videos
【ノート】
https://note.com/unique_panda3782
【カクヨム】
https://kakuyomu.jp/my/works
【YouTubeドラマにつきまして】
無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、
お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。
基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。
創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪
出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬
でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、
どうぞよろしくお願いします(^^♪
【本日のメッセージ】
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=Xd19MJYez8g&feature=youtu.be
【ブログ】
https://ameblo.jp/yujiteiou/entry-12767148746.html
(ブログを見てくださると聖書を閲覧できます)
前奏
招詞 イザヤ書55章8~11節
詩 編 歌 119番(40節)
開 会 祈祷
主 の 祈り
十戒・祈祷
子ども説教
子どもと親のカテキズム問2
「神さまを喜んで歩む」
こどもさんびか
しゅイエスのみちを[旧36(全1節)]
牧 会 祈祷
聖書
使徒言行録14章1~7節(新P241)
エゼキエル書3章4~9節(旧P1298)
説教
「主を頼みとして~悪の反逆に対する時も」
宮武輝彦
祈 祷
讃 美 歌 291番(1節)
みことばの交読文
詩編37編3~6節
感謝のささげもの・祈祷
頌 栄 539番
祝 祷
執り成しの祈祷
報 告
2022年9月25日 礼拝説教 中心聖句
それでも、二人はそこに長くとどまり、主を頼みとして勇敢に語った。主は…その恵みの言葉を証しされた…。
使徒言行録14章3節
しかし、イスラエルの家は、あなたに聞こうとはしない。まことに、彼らはわたしに聞こうとしない者だ。まことにイスラエルの家はすべて、額も硬く心も硬い。
エゼキエル書3章7節
はじめに
主の言葉による伝道の恵みと証しを覚え、新たなヴィジョンを求めたい。
1
「イコニオンでも同じように、パウロとバルナバはユダヤ人の会堂に入って話をしたが、その結果、大勢のユダヤ人やギリシャ人が信仰に入った。」との、冒頭の言葉「イコニオンでも同じことが起こった」とも訳される。この言葉は、7節の「そして、そこでも福音を告げ知らせていた」が「そこでもまた彼らは福音を宣べ伝えたのである 」と訳されるように、主の救いの御業による出来事がここでも起こった、ことが伝えられている。使徒言行録の冒頭においても、「イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された」(1章3節)とあるように、ここでも、短い句でありながら、一つの事実が的確に示される。この意味で、「同じように」「同じこと」を、ピシディア州のアンティオキア(13章)において告げられた福音がここでも告げられたことを思い起こすことが大切。先の福音宣教の結果同様に、「わたしは、あなたを異邦人の光と定めた、あなたが、地の果にまでも 救いをもたらすために」との預言者(イザヤ49章)の御言葉の実現をここに見る。
2
「ところが、信じようとしないユダヤ人たちは、異邦人を扇動し、兄弟たちに対して悪意を抱かせた」。このユダヤ人たちは、頑なに、キリストの義において示された神の恵みの御業を拒み、不信仰と不従順において、真っ向から福音を伝えることを妨害し、使徒たちと信じる者たちを迫害した。後にパウロはテモテへの手紙において、この迫害と苦難における忍耐と主の救出を証しした(テモテ二3章11節)。「それでも、二人はそこに長くとどまり、主を頼みとして勇敢に語った」。パウロとバルナバは、迫害されても、主の守りと支えの中で、何ものにも妨げられることなく、十分な滞在時間を与えられ、福音を語り続けた。「主は彼らの手を通してしるしと不思議な業を行い、その恵みの言葉を証しされた」。主が、共におられ、その御手をもって助けられ、復活の主、まことの王、イエスにおいて、罪の赦しとキリストの義と朽ち果てることのない命を与える「恵みの言葉」を証ししてくださった。人の迷信はしばしば幻想的教え。しかし、主の言葉は、信実の言葉(コリント二2章15,16節)。
3
「町の人々は分裂し、ある者はユダヤ人の側に、ある者は使徒の側についた」とは、福音から生じた分裂を証しする。この責任は使徒たちにはない。主イエスは、「光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それがもう裁きになっている」(ヨハネ3章19節)と言われた。決して、異邦人の方が信じやすいのではなく、ある「異邦人とユダヤ人が、指導者と一緒になって二人に乱暴を働き、石を投げつけようとした」。その時、「二人はこれに気づき」「リカオニア州の町であるリストラとデルベ」「その近く地方に難を避け」「福音を告げ知らせた」。
おわりに
福音は、「聞き入れようと拒もうと」(エゼキエル3章11節)告げ知らされることにおいて、主の裁きを証しする。 主の召しによって、福音宣教者たちが、自分の務めを果し、皆共に、主の恵みの言葉の証し人として、互いに、励まし合おう。
(Mynote)
二〇二二年九月二五日(日曜日)、今日も自宅礼拝を守らせて頂いて居る。神様からの祝福が在らん事を。この環境が与えられて居る事を神様に感謝する。
(子供礼拝)
「神様と共に歩むとはどのようなことですか?」
「誠の神様を知り、神様の栄光を表し、神様を喜び、神様と人に仕えて歩むことです。」
(公同礼拝)
説教題
「主を頼みとして〜悪の反逆に対する時も」
【聖書】
『使徒行伝』(第一四章一〜七節)
『エゼキエル書』(第三章四〜九節)
教会では何を教えて居るのか?それはもちろん聖書の事。教理学。学び。教会では聖書の言葉を聞く上でそれを学ぶ。そしてその学びを各々の生活に適用して行く。教会では聖餐式もあるが、その日以外でもこの聖書に聞く事・学びは続く。
教会にもビジョンが在る。新たな方向を模索する事も在る。教会のビジョンを考えるのが大事。
『使徒行伝』は伝道旅行だから、あちこちに説教する場所が変わる。パウロとバルナバはそれ迄と同じ事・御言葉をどの場所でも同じ様に語り続けた。そこで現地の人々では、信じる者と信じない者に分かれた。大勢のユダヤ人とギリシャ人が信じた。
でもその中で、信じない人達も居た。この信じなかったユダヤ人達は異邦人をそそのかして、兄弟達に対して悪意を抱かせた。でも、それにも拘らず、パウロとバルナバは長い期間そこに留まり、大胆に主の事を語り続けた。そして主は、彼らの手によってしるしと奇跡とを行わせ、その恵みの言葉を証された。
これにより町の人々は二派に分かれ、ユダヤ人の側に付く人々、使徒の側に付く人々となった。
パウロとバルナバは、まとめた説教を同じ様に繰り返して居た。一三章から一四章を見ても分かる様に、パウロとバルナバは同じ事をし続けて居る。コンテキストの前後を読む必要がある。命の福音が語られた、と言う事を先ず知らねば成らない。メッセージを聴く時も聖書を読む時も、内容をしっかり受け止めて聴く必要がある。
イエス様は十字架に掛かられた後、弟子達を始め他の多くの人々に、ご自分が復活されたしるしを多く残されて居た。これは「御子がそこで確実に働かれて居た事」を全国民に証明して居る。これを受け止める。
「あなたが他の果てまでも恵みと福音を述べ伝えられた」この事を思い、心に留めて信じる上で。
ユダヤ人はパウロとバルナバ始め、彼らに付く側の人間を悉く非難し、更に追い駆けて行って迫害し、石で打とうとまでした。パウロとバルナバはそれでも取り敢えず付近の他に逃れつつ、そこで引き続き福音を伝えた。『テモテへの第二の手紙』(第三章一〜九節)(※)にもパウロはこの時の事を思い出しながらその手紙に書いて居る。
「信心深く信仰に生きる人達は皆、迫害を受けます」
多くの人々が全員彼らを迫害した訳ではない。確かに一部の人間が迫害をした。パウロとバルナバはその町を出る時、足の塵を払って出て行った。詰り自覚して「一つの仕事を終えた」として(自分から)出て行った。この点を見落としては成らない。何処でも忍耐深く主の言葉を語り継ぐ事が大切で、忍耐深く信者が増える事を祈り願うしか無い。
『テモテへの第二の手紙』(第三章一〜九節)
飽きる事無く、常に健全で、教会に行く事が必要。聖書が教える事、信仰に於いて当たり前の事を、教会のビジョンにして行く必要がある。
主は彼らの手を通して恵みと福音を伝えられた。しるしや奇跡を、イエス様が既になさって来た。これと同じ様に、主イエスキリストが彼らの手を通し、しるしと奇跡とを行わせ、恵みと福音が伝えられた。御言葉がそこで読まれ聴かれる事が大事。感覚的な感動で終わっては成らない。
「人は死んだらみんな天国へ行くんだよ」
この言葉の根拠を知らない人達が多い。詰りその人達にはそれを言える根拠が無い。
「イエス様が十字架に掛かられて、天国へ引き上げられた」
聖書にはこう在り、これがその根拠と成る。誤った信仰を以ては成らない。
「世に光が来たのに、人々はそれを拒んで闇の方を好んだ。それがもう既に裁きになっている」(イエス様の言葉)
福音や信仰が常に人々に受け入れられ易いものではない。御言葉をただひたすら信じる者が、神様の子と成れるのである。福音は同じ様に繰り返されて行く。
【日本キリスト改革派 男山教会】
https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/
【最寄りの教会検索用】
https://www.rcj.gr.jp/
Table Caffe〜
榎本保郎牧師 ミニ説教19 「イエス・キリストを身近に」
https://www.youtube.com/watch?v=MCyjy8BuIIw
「私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは」
https://www.youtube.com/watch?v=lbm8N7ZZRMY
スペシャルWEB配信 無観客ライフ・ライン、世の光のつどい
https://www.youtube.com/watch?v=WtWo_wXvLAI
ハーベスト・タイム・ミニストリーズ
https://www.youtube.com/@HarvestTimeMin
不思議のパルプンテ
https://www.youtube.com/@不思議のパルプンテ/videos
(お暇な時にぜひどうぞ)
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
お暇な時にでもぜひどうぞ♬




