番外編-06.ウイン、サムの監視役として地上に降りる
本日からはウインちゃんの過去のお話ですよ~。
「ぐわっ!?ま、参りました···」
「···ん」
私はウイン。代々武術の家系の娘だ。そして神がかつて創り出したとされる、数少ない『神狼族』だ。
今日もここ浮遊大陸にあるうちの道場で稽古をしている。成人したてだけど、剣術については代々伝わる皆伝秘技まで会得している。だから、道場ではパパとママ以外では私に太刀打ちできなくなった。
「ウイン、そろそろ武者修行として地上に下りても問題なさそうだな」
「···そう?」
「ああ。道場で実力をつけたとしても、所詮は対人戦闘だ。我々は神狼族、無数の魔獣を狩るのが本分。今はまだ時は来てはいないが、いずれ我々は地上に降り立ち、魔獣を狩るのが定めだ。であるから、ウインも地上に行ってきなさい」
「···ん。···私だけ?」
「それもそうだな···。サムくんを誘ってみてはどうかな?」
「···絶対嫌がる」
「ははは!確かにサムくんはサボり癖があるからな。だが、やる時はやる子だ。それに、アエスもそろそろサムくんを地上に下ろすと言ってたぞ」
「···そう。···じゃ、明日行く」
「うむ。では先祖代々伝わる神器を渡しておこう。何かあればすぐに連絡するように」
「···ん」
ちょっと急だけど、私は地上に下りることにした。サムはご先祖様が一緒な親戚だ。うちの一家はよくサムの家の飲食店で食事をして交流している。パパもママも料理がヘタというのもあるけど。
ま、一応声だけかけておくか。そう思ってサムの家に行ってみると、厨房で8人に分身して忙しそうなアエスさんがいた。タースさんは見当たらないね。たまにしか会えないけど。
「···こんばんは。···サムはサボり?」
「おや!?ウインじゃないかい!サムは昨日地上に家出していったよ!」
「···地上に?」
「そうさ。『やってられるかーー!』って言いだして家出しようとしてたから、『地上へ行って武者修行してこい!』って言ってやったのさ。サムに何か用事かい?」
「···私も地上に降りる」
「そうかい!まぁ、ウインの実力なら問題ないね。心配なのはサムだよ···。あの子、ちゃんとやれてるのかがちょいと心配だね~」
「···じゃ、私が監視しておく」
「ウインがそうしてくれるなら安心だね!なんかヘマしたら思いっきり首をはねてもらっていいからね!」
「···それでくたばるとは思えない」
「ははは!そういう風に鍛えてるからね。出来の悪いバカ息子だけど、頼んだよ!」
「···ん」
どうやら先にサムは地上に下りたらしい。ま、会えるかどうかはわからないけど、会ったら悪さしないようにしっかりと監視することにしよう。
そして翌日、私は地上へ降りた。
浮遊大陸から降りる時は下の気流が反時計回りに渦を巻いているので、北端から飛び降りて、西向きの風を利用して滑空していった。サムが下りて2日経ってるから、距離にして1500kmほど東に今はいるからね。
高速飛行魔法は使えるけど、高高度からの落下の速度を利用したので、魔法で生成した翼だけで滑空している。これでも十分速いから、魔力は節約だ。
雲が晴れて地上の景色を初めてみた。とてもきれいだ···。広大な大地に幅の広い川、そして遠くには一面水で満たされた場所、あれが海というものだろう。
浮遊大陸の空中庭園からは時々雲の切れ間から地上をちょっとだけ覗ける場合がある。何度か見たことがあったけど、ここまではっきりとした景色はすごかった。
思わず景色に見とれてしまっていたけど、しっかりと前方を注視しなければ。そろそろ山とかがあるので、ぶつかるとマズい。
ここでスマホの地図アプリの『迷子捜索機能』を展開した。知り合いのコルメやレンの位置も把握できるし、サムの居場所もわかる。
サムはどうやらこのまままっすぐ行った先にいそうだ。動いてはいるから生きてはいるのだろう。ま、しばらくはそっとしておいてやろう。家出したって事は、当分は一人になりたいだろうし。
私はサムの近くにいることにした。何かあれば駆けつけるつもりだ。そう思い、近くに村や町がないかを探し始める。高度があるほうが遠くまで見通せるので、村や町があればすぐに発見できる。
···この時はそう思っていた。
一向に村や町が見つからない。道も見当たらない。あったとしても、すでに滅ぼされて廃墟となってるのが見て分かった。
これは、相当やりがいがありそうだ。ここまで魔獣が多いなら、武者修行にはもってこいだろう。
さらに30分ほど過ぎて、サムの近くまでやって来た。すると、そこそこな町を発見した。今度は建物とかが壊れていないので人が住んでそうだ。
そう思ってると、人影が見えたね。とりあえずここを拠点にしておこう。私は飛行をやめて地上に降り立った。
歩いて町の門までやって来た。壁は木の杭を打ち込んで横に板を打ち付けた程度だった。よくこれで耐えたものだね。
「···ん?キミは町の人じゃないね?どこから来たんだい?」
「···ん」
「ん?上の方向···?キミ···、ふざけてるのか?」
「···ふざけてない。雲の上から来た」
「···ウソ言ってる雰囲気じゃねえな。本気かよ···?何しに来たんだ?」
「···魔獣討伐。···ここを拠点とする」
「冒険者か?じゃあ冒険者証を見せてくれ」
「···冒険者じゃない」
「ん~~···?なかなか話が進まないなぁ〜。とりあえず身分証を見せてくれ」
「···ん」
「初めて見るタイプだな···。まぁ、問題ないか。魔獣退治するなら冒険者になっておけば魔獣の素材の買取りもしてもらえるぞ」
「···わかった」
町に入れた。ちょっと門で不審がられたね。スマホの身分証が珍しいようだ。本当の事を言ってるのに信じてもらえなかった。
魔獣退治するには冒険者になるといいらしい。···どうやってなるの?···聞いておけば良かった。
仕方ない。町の人に聞いてみよう。
「···すいません。···冒険者って、どうやってなるの?」
「えっ?冒険者になる···?お嬢ちゃんは町の人じゃないね?え〜っと···、オレもよく知らねえんだけど、ギルドに行ったらなれるんじゃねえかな?」
「···どこ?」
「この道をまっすぐ行って、右側の角にパン屋さんがある交差点を右に行くと、突き当たりにあるよ」
「···ありがと」
道行くおじさんに聞いた道を進む。焼きたてのパンの香りがするパン屋さんがあり、そこを右···、右···、パン···、お腹すいた···。
「いらっしゃい!見かけない子だな?町の外から来たのか?」
私は交差点を右に曲がろうとして、さらに右に曲がってパン屋さんに入ってしまった···。
これは不可抗力。こんなにおいしそうなパンの香りがするこのお店が悪い。
店員は少年だった。この子がパンを焼いた?ま、どうでもいいか。それよりも···、
「···ん。···おいしそう。···じゅるり」
「そりゃそうさ!この町で唯一のパン屋だからな。どれもオススメだぜ!」
「···あ」
「ん?どうしたんだ?」
「···お金、持ってなかった」
「···はぁ?」
「···稼いだら絶対に買いに来る」
「あ、ああ···。そうしてくれ。···なんだったんだよ?」
···しまった。地上のお金を持ってなかった。とりあえず稼がないと···。
ウインちゃんのお茶目な部分が出てしまいましたね!食欲には勝てなかった···(笑)。
この後で登場しますが、ウインちゃんの実家は道場です。前作のアキくんの息子であるフユくんが道場をやっていたという流れからそのまま受け継いでいます。
この設定から始めたウインちゃんですが、本編ではあんまり目立たなかったんですよね。ですので番外編では見せ場を作りたいなぁ~と思いながら書いてたのですが、どうも地味過ぎて···。
どうしたもんかなぁ~?と思ってた時にアレバくんのパン屋さんがひょっこりと町中に登場して、そこからお話が思わぬ方向に進み、ウインちゃんが生き生きしましたね。
久々にキャラが勝手に設定を変えた体験をしまして、この後のウインちゃんのお話はノリノリで書けましたよ。お気に入りエピソードになりました。
これがたまに発生するから小説書くのが楽しいんですよね~!番外編でアレバくんが登場したために第4章は一部内容を変更しました。
あと、サムくんの両親の名前が出ましたね。母がアエスさん、父がタースさんです。第4章のサムくんの話とこの本文中にあるとおり、アエスさんはものすごく強いんですよ~!ご先祖様のナツちゃんは4人分身でしたけど、アエスさんはその倍の8人分身が可能です。1人8役こなして飲食店を経営しています。
タースさんはぎっくり腰もちの親父さんです。ちょっと謎な部分もあるんですよね。
さて次回予告ですが、ウインちゃんはアレバくんのパンを買うために冒険者ギルドで冒険者になろうとします。すると、ギルド内でケンカが発生してイラっとしたウインちゃんは止めに入ります。さらには『うちのパーティーに入んない!?』と誘われたり···。どういう対応をするのでしょうか?
それではお楽しみに~!




