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アリとキリ

 普段なにかと眼を酷使されている方は、眼を閉じリラックスされ音声でお楽しみ頂くと一味違うかと拝察します。

題名:「アリとキリ」

文字数 13,003文字


あらすじ

 広大な宇宙の遥か彼方、とある星のお伽噺、そこにはアイという生物種が、おおいに繁殖して住んでいました。アイはグルという数千の集団を形成し、星じゅうに散らばっていた。その中の隣り合って暮らす二つのグルのお話しです。有名な童話、「アリとキリギリス」にヒントを得て、現実の人間界という素材をディフォルメ、極端化して調理、一般向けの寓話風に仕上げた架空の怪物の世界です。さてどんな奇妙な味がするのか? 御用とお急ぎでない方は、是非一度ご賞味ください。


1、ノゼというシステム


 広大な宇宙の遥か彼方、様々な生命が栄える、とある星のお伽噺です。

 そこには知能は他の生物に比べて抜群に発達した、アイという生物種が、おおいに繁殖して住んでいた。アイは数千のグルという集団を形成しており、星じゅうに散らばっていた。その中でも、隣り合って暮らしていた、二つのグルにまつわるお話しです。  

 ひとつは、生活の基本的なモラルとして公正さとか平等さを重んじ、日頃から読書を好み、コツコツと働くことの大切さを認識しており、穏健な性質に恵まれ、一見したところ地味で平凡にみえるが、しっかりとした憐憫の情や寛容の精神を備えた「アリグル」という集団です。もう一つは、アリグルとは対照的に、読書にはさほど興味はないが、先手必勝とか勝てば官軍とかの世界観に傾倒しており、頭の良さや他者を出し抜く能力とか腕力には自信満々、享楽的で派手好み、ところが生活必需物資等の確実で継続的な生産能力とか憐憫の情や寛容さには今一つ物足りない「キリグル」という集団、グルのお話しです。このグル達は隣り合ってはいるが、その根本的な性格の違いから、当初は別々の地域を生活範囲とし、住み分けて暮らしていたものだ。アリグルの特徴は、長期的な見通しを立てながら毎日のマンネリ感には投げやりにならず根気よく闘い、日々やるべきことを確実にこなすという勤勉実直な生活態度をとり、毎年厳しい冬が始まる前までには食糧その他の必需物資を準備しておいて厳寒を乗り切るという、堅実な生活をしていました。

 一方のキリグルは自由奔放な遊び好きで、競争の緊張感、勝負事の高揚感、そして一時的ともいえる様々な快楽など、短期的な幸福感や快感に執着し、新しい物好きでマンネリ感を極度に嫌悪し、一年中、自分の心の赴くままに動きたがり、華やかさや賑やかさへの指向性が目立つ生活ぶりでした。

 キリグルはその生来の性格からか、食糧その他の生活必需物資を地道に生産する等には関心が薄く、あまり寄与していないが、必要になるとその都度、アリグルの貯えたものに頼り、それを適宜適当に消費するという生活スタイルを取っていた。そんな訳で、そのうち、アリグル内部の公正平等主義の強硬派を中心に次のような不満が表面化してきた。


 「アリグルは、みな平等に何らかの生産活動に従事して公平な分配を受けている。キリグルの生産的な仕事に関する貢献度にはどうしても不公平感がある。それなのにキリグルが無条件で物資などを消費できるのはおかしいではないか。これまでのことはともかくとして、今後どうするかを検討する必要がある。」


 これに対してエゴイズムの権化のようなキリグル、そんな批判もなんのその、いざとなれば腕力に任せて強引に物資を持ち去り、自分に何らかのサービスが必要になればそれをアリグルに強要するという横暴な生活ぶりを続けたので、アリグル内部の不満の声は益々増大し、深まっていった。そして、このようなキリグルを、アリグルは陰で「ドロボ」と呼んで眉をひそめていた。


 すると、類は友を呼び、群れることには秀でたキリの網の目の様に張られた情報ネットワークにより、その話はたちまちキリグルのスタッフ達に伝わり、側近がリーダーに早速その旨を伝えた。それを聞いたリーダーは七色に変化する瞳をギララッと輝かせたかと思うとカッと目を見開き、即座に、


 「フーン、なーるほどー、退屈で出来の悪い平凡で間抜けなアリグル共が、天から選ばれた我らに歯向かう、けしからんことを考えておるなー。見せしめに、まず声のデカい偉そうなことを言って目立つ奴から順番に消去してしまえ!」


 と、エゴイストらしく、いかにも紋切り型、短絡的に激怒したものだ。


 しかし、スタッフの中には冷静な頭の良い、言い方を変えれば狡賢い者もいて、これにいきなり伝家の腕力を使って有無を言わさず屈服させるのではなく、上手くシステム化してソフトに対応するべく一つのアイデアを捻り出した。そして、リーダーに次の様に公の宣言をさせることにした。


      「キリグルの宣言」

「我らキリグルは、天から特別に与えられたこの並外れて優れた知力と体力を嵩に着て漫然とブラブラ生活しているのではない。このあたり一帯の治安を維持し敵の侵入を防ぎ、ここらに住む全てのアイが誰でも自分の好きな仕事に励み、平和な家庭生活を営め、更には余暇を楽しみながら安全・安心な暮らしができるように維持するための大事なお役目を、アプリオリに担っているといえる。その対価として物資やサービスを手に入れて享受することを天から許されているということだ。これからはこれを「ノゼシステム」と名付けて運用することをここに宣言するものであーる。」


 などと勝手に宣言した。ノゼシステムとカタカナ語で表現すると権威がありそうにも見えるが、要するにキリグルは天命により授かった有能で剛腕な支配者を気取り、アリグルに物品やサービスを強制的に拠出させる「貢物制度」を一方的に正当化するという宣言であり、その始まりということになった。キリグルのリーダーは健康美に溢れる艶やかな顔をギラギラと輝かせながら、コツコツ型で地味なアリを見下すように胸を張ったものだ。そんな訳で、アリグルはこの一方的に設定された、ノゼシステムとやらにより、生産物の一部やサービスを相変わらずキルグルに提供し続けることになった。この自分勝手な屁理屈を頭ごなしに宣言され、アリグルは相変わらずキリグルの理不尽な猛威に曝されながらも、必要な生産活動は生来の真面目さで根気よく続け、経済の活気はどうにか保たれた。

 当初は、生産した物品や採掘した資源、提供する様々なサービス等は、現物の配給や物々交換という自然発生的な方法によって、それを必要としている消費者の手に至るシステムとして利用していた。そのうち住民の数が増えてきて、生産と消費、流通の規模が質量ともに拡大してくると、そのような直接的で単純な方法では効率も悪く不便になってきて、何らかの改善が必要になってきていた。


2、ゴルという道具


 それから長い年月がたって、物やサービスの分配や消費を現物の配給や物々交換という仕組みのみに頼って行っていると、その過程で物やサービスの質や量が偶発的に不公平や不平等になったり、場合によっては恣意的にそうする可能性もあり、不平等や不正の発生を防止できないという問題点の存在が露見してきた。この欠点を補い、物やサービスの価値を代替して、より公平・平等で円滑・適時・適宜に必要な受領者に物やサービスを提供し、更にその価値の長期保存が可能という極めて便利に使える手段として、アリグルは「ゴル」という道具を発明した。このゴルを物やサービスの価値を代替できる公器として使うことについて、アリグル会議(アリグルの公共団体、合議体)と個々のアリとの間に、債務と債権の存在を保証する契約を結ぶことで経済の安定性を維持することとした。ゴルとはその契約の存在と価値の実体であり、アリグル会議はゴルを製造し、使用することにより、個々のアリが保有するゴルについて債務を負うことを明示するもので、アリグル社会の経済的な公平性と平等性を確保するための機能を有している特殊な道具、つまりスペシャルツールである。  

 ゴルは軽くて持ち運びに便利、同じ大きさのものが容易に入手できるということで当初は貝殻を利用していたが、入手量が天候等の自然条件に左右されて世の中への出回り量の調整や管理に難があり、その後、希少価値があり腐蝕しにくい特定の金属材料を選んで自ら製造するようになった。やがて、その製造には契約の厳守等のモラルの維持が必須であることが認識され、製造できる場合について次の二つのゴル基準を設定してその供給量を厳密に管理することで、適正な物価の維持に努めることになった。


・ゴル基準 (初回の制定)

1.公益(インフラ整備等の公共事業)に寄与する場合に製造できる。

2.自然災害等の緊急事態への対応が必要な場合に製造できる。


 また、使う場合に順守すべき使用プロトコルも設定した。例えば1ゴルは、食料1セットまたは燃料1セットまたは衣類1セットと交換できるといったふうに具体的な交換レートを誰でも簡単にわかるようにリスト化し、その内容は適宜に見直し改訂できることとした。


 アリグル社会を統治する合議体であるアリグル会議はゴルの製造権と使用権を厳密に一元的に管理・運用し、更にこれを厳重に監視するゴル委員会を設置して公正平等のモラルに従って厳格に運用しているか、故意または過失によりゴルを無尽蔵に製造したり、逆に妙にケチになって製造を怠ることで交換レートが不適切になり、流通が混乱し、更には世に出回るゴルの総量が過剰あるいは過少になり、価値が極端に変化して機能不能に陥ることの防止に努めていた。

 ゴルには物品の交換機能の他に何らかのサービスに従事した対価、つまり給与としての機能を持たせ、その働きに応じた報酬として使われていた。生産者としてのアリグルは何らかの働きをした報酬としてゴルを受け取り、今度は消費者としてそのゴルを使って各々が必要な、あるいは欲しい物資やサービスを手に入れるという流れだ。また、道路や橋、堤防といった社会インフラの整備や補修等という公共事業を行う場合には、必要な分を新規に増産し、そのサービスの対価としての支払いとして使った。更に、突発的な地震や津波等の自然災害が発生した場合、それからの復旧という公共事業が緊急に必要になった場合にも、アリグル会議はゴルを急遽、突貫作業で製造し、その増産ゴルをフルに使ってアリ達に働いてもらい、その仕事に従事したアリ達は、携わった作業の量と質に応じた額のゴルを報酬として手に入れることができる。これはゴルの使い方の最も基本的で正当な事例として認められた。

 ゴルを使い始めてから暫くすると、基本的な分配は公正平等に行うとしても、夫々の能力に応じて従事したサービスによっては、個々のアリごとにゴルの取得量に違いがでてくる。そして使用方法も個々に違いがあるため、保有量に顕著な差がでてくるようになった。そのうち、真面目に働き、節約や工夫をして貯めた場合にはまだしも、中には親などの遺産を手にしたり、幸運に宝くじに当たったりして入手した個人保有のゴルを使って、それまでに社会貢献の経験や実績も無いのに毎日遊んで暮らし、悪戯に華美な衣装を纏い豪華な装飾品を身に着け、豪壮な住居に住み、いつも贅を尽くした御馳走を満腹に食し、毎晩のように遊興に明け暮れるという、一般のアリと著しく異なる生活態度を取る高ゴル所得層や大ゴル持ちのアリも出てくるようになった。すると、憐憫の情や寛容の精神により普段は抑えられているが、アリにも備わった生来のエゴイズムが頭をもたげ、横柄になり、ゴルを多く所有していることに優越感を覚え、自分より弱い者と見ると退屈しのぎに虐めに走ったりするなど、ゴルの保有量が少ない相手を見下し馬鹿にするといった風潮が現れる。続いてそれを問題視する声もあがり、不平等感の増大により逆に低ゴル所有層による高ゴル所有層への攻撃も顕在化してくる。


 そしていつしか、物やサービスの価値を代替するための特殊な道具だったゴルは神聖化され、その所有量自体が貧富の象徴となり、格差を如実に示す指標となっていった。  


 このようにゴルが出回り至る所で使われるようになると、ゴルの極端な偏在による差別感を是正して、世の中に一定の平等性を確保することが必要になってくる。そこでアリグル会議は、このような過度の富の偏りの是正対策としてゴルゼというゴルの徴収システムを構築して運用することにした。そのためにまずショヒゼ・システムを作った。ゴルを使って何らかの消費をした場合に購入費の一定割合のゴルを強制的にアリグル会議が回収するというものだ。高額なゴルの使い方をした場合にはその分、高額なゴルを強制的に納めさせられることになった。回収したゴルは蓄積して公共事業に使うこととした。そして、この取り扱い方法をゴル基準として新たに設定したので、ゴル基準は次のとおり3項目となった。


・ゴル基準 (改正1)

1. 公益(インフラ整備等の公共事業)に寄与する場合に製造できる。

2. 自然災害等の緊急事態への対応が必要な場合に製造できる。

3.公益に必要な場合はショヒゼとして徴収できる。


3、モラルハザードの発生


 ゴルを消費すると適用されることにしたショヒゼ・システムの負担割合は平等に誰でも一定にしたため、所得の中でも日々の生活必需品にゴルを使用する割合の高い低所得層のエンゲル係数は増加し、ショヒゼ納入額も必然的に上昇して高負担になっていった。その対策として消費対象の必要度や高級さや値段によってショヒゼの負担割合を変更するという案は、高級とそうでないものの区分に実務的な困難さと曖昧さや無意味さもある。例えば食料品を生存に必須のものとしてショヒゼを低負担又はゼロ負担にした場合、高所得・高資産層はいつも高級・高額な食品を購入できる。このような贅沢三昧な食生活を継続しても低負担かゼロ負担ですむという不平等なことになる。それでは高額なものには高負担なショヒゼを掛けるとすると、所得は低いが節約して貯蓄し、たまにはと高額なものを購入すると、この行為のみを切り取りスポット的に捉えて贅沢をしていると咎めるという、理不尽な副作用も発生する。結局、ショシゼというシステムはゴルを使うたびにゴルを余分に徴収されるということで、消費に使うというゴル本来の権利を行使すると、所有者の貧富の差なく債権を一律に強制的に放棄させ、格差の解消とは無縁なことが分かり、格差是正というゴル徴収の目的から外れていることが認知されるに至った。

 しかし、このように議論し検討して分かっていても、いつまでもこのゴルの偏在を是正しないまま放置した結果、エゴイズムむき出しのキリのように平然と他者の物品やゴルを収奪するようなことはしなかった、元来は勤勉といえるアリの中から、いくら真面目に働いてもいつまでたっても僅かなゴルしか手に入らないとの実感から、結局は「正直者は馬鹿を見る。」と思い込みそれに見切りをつけ、強引にでも短期に安直に多くのゴルを手に入れようと目論む、所謂ドロボ現象が頻発することになった。この傾向はたちまちエスカレートし殺傷事件に発展し、これまで比較的に良好だったアリグル社会の体感治安は急激に低下してゆき、大きな問題となってその対応に追われることになっていった。

 更に、仕事の中でも世の中に必須(エッセンシャル)なサービスや、キケン、キタナイ、キツイの3K度合いが高いだけと思い込まれている業務へのリスペクトも不足し、その割に対価として支払われるゴルが少ないと、それを仕事として選ぶ者は減少する。その際、その対応を様々に工夫する手間を省いて強制的に従事させる方向へ短絡的に走ると、間もなく自己保存の本能がフル稼働するようになり、仕事が円滑に進まない状態が現れて、これはサボリ現象と呼ばれる。この状態で更に強権を使って無理矢理にでも働かせようとすると争議状態に発展してゆく可能性が大きい。この様になるとそれを解決するための選択肢は狭まり、その先には大規模な混乱と破壊が待っているという致命的な状況が予想された。

 そこでアリグル会議は、このドロボとサボリの対策として、ゴルゼの主要な目的である格差是正には役立たない不平等感の大きいショヒゼは廃止することとした。代替策として、使ったゴルの量ではなく入手した量に応じてゴルを回収する、ショトゼ、という新システムを考案して導入してみることにした。そして、様々な働きによってゴルを入手した場合、遺産として一定量の財産やゴルを入手した場合、クジに当たって物品やゴルを入手した場合などに、それぞれ一定割合のゴルを強制的に徴収してショトゼとした。その後、購入、寄贈、相続などにより一定の資産を継続して所有することになった場合には一時的でなく所有している間は定期的に一定のゴルを徴収することとし、これはシサゼとよぶことにする。ショトゼとシサゼはインフラ整備や所得再分配等の公共事業に適用、ゴル循環させ公益に寄与させる。そして、ゴル基準はつぎのように変わった。


・ゴル基準 (改正2)

1.公益(インフラ整備等の公共事業)に寄与するためゴルを製造できる。

2.自然災害等の緊急事態へ対応するためゴルを製造できる。

3.公益に寄与するためショトゼとシサゼを徴収できる。


 アリグルではショヒゼを廃止し、ゴルをショトゼとシサゼにして回収する運用を暫く続けたが、そもそもゴルは必要に応じて製造すれば良いのだから、公益の為に製造してから世間に出回って私有財産化したゴルを再びアリグル会議が訳もなく一方的に回収するということは、ゴル取得側から見れば正当に得た債権を強引に放棄させられることであり、それは民間の活力を削ぐだけ、つまり手間暇をかけて余計な事をしているだけであり、必要無いとの意見が出てきた。またショトゼは必要がないと考えた所得について、年月が経過してから突然、高額のゴルゼ納入を要求されて紛糾するなどの混乱も発生した。これについて検討した結果、ゴルの回収の目的は資産の不平等を是正することに重点を置くべきという結論に達した。ショトゼとシサゼは資産に係る共通性があるという観点から、ショトゼについて、仕事等をして得たゴル、つまり合法的な所得は全て本人の収入にする。その一方で、ゴルの保有量が一定額を超えると資産格差の是正の為にゴルゼとして回収、つまり債権の放棄を強制できることに変更した。その他、政策上特に必要な場合(例:特定物品、輸入品等)にはゴルを徴収できることとした。これにより、ゴル基準はつぎのように改訂された。


・ゴル基準 (改正3)

1.公共事業(インフラ整備等)に寄与するためゴルを製造できる。

2.自然災害等の緊急事態へ対応するためゴルを製造できる。

3.公益のうち、格差是正に必要な場合にゴルゼを徴収できる。

4.その他、政策上特に必要な場合(例:特定物品、輸入品等)にゴルを徴収できる。


 特に基準3の目的を達成するため、個々のアリの保有資産には「上限額」を設定した。これはゴルさえあれば何でも出来ると思い込み、ゴルの亡者となってその取得に執着し、無法、無制限な蓄財に暴走することを予防するためである。この上限額以上のゴルは事業や設備への投資、従業員や株主等のステークホルダーへ公正・公平に分配する等の工夫をして使い切り世間に回す必要がある。それでも余る分はゴルゼとしてアリグル会議へ納める、つまり債権放棄することを義務化した。所謂「資産家」を目指す者にはその先に「億万長者」というタイトルのゴールを置き、その最高資産額を例えば「1億ゴル」に設定することにより、これまで毎年発表していた長者番付は無くなり、替わりに億万長者の総数の増減が世の中の豊かさや格差を話題にして評価する際の尺度となるようにした。ただし、このゴールは永久的・固定ではなく世の中に存在するゴル総量の増減により適宜・適時に設定変更できることとした。


4、新たなモラルハザードの出現


 この新しいゴルゼ方式が実施されると、今度は、いくら真面目にコツコツと働いたり、創意工夫をしてゴルを貯めようとしても一定量に達するとアリグル会議に徴収されてしまうという思い込みと被害者意識が蔓延し、コツコツさを放棄してしまい、生活態度は徐々に投げやりとなり、なにかを創意したり工夫することは嫌いになってくる。アリグルも潜在的に持っているエゴイズムの芽は急成長し、無制御のままに表舞台に躍り出てきて、自分の好むことは進んでするが、難しいと感じたり嫌いなことは安易に避け、何かと他人任せにしたり放置しておいて安楽な生活態度に浸るという型のモラルハザードが顕在化してくる。そうなると、アリが行う仕事はアリグル会議サイドから必要に応じて与えられる公共事業に偏ってきて、独自の発案やアイデアは減少するか無くなり、何かを新規に考案するとか業務を改善することで生産性の向上や生活の豊かさの増進に寄与するなど創造性を発揮する余地は消滅してゆき、ついには十年一日のごとき生活態度を漫然として繰り返すことに深々と浸りきることになってゆく。こうなると突発的な自然災害や疫病の発生、凶暴な敵の出現には対応出来なくなり、些細なことに過剰反応して身構え、世の中は無法地帯化してゆくのではないか?という心配が出てきた。


 アリグル会議とゴル委員会はその解決策を重点的に検討した結果、最終的には次のような統一見解に達した。


  「ゴルの取り扱いに関する統一見解」


 「公共事業(社会的な公平性や平等性に関する事業を含む)にかかる費用は原則的に新規のゴル製造で賄うこととし、これまで徴収しているショトゼを完全に廃止し、徴収するのはシサゼとその他の政策上特殊な場合とする。そうなるとショトゼとしてのゴルゼの未納者はいなくなり、従って遵法精神の侵害も無くなる。この結果、ショトゼ逃れ等への対策や捜査・裁判といった公務のコストも減少してゆき、そのリソースを他にフリ向けることができる。労働して得た所得は全て基本的に取得者の資産になると思うと、働き甲斐も出てきて日々の気分も良くなる効果を期待できる。裏でコソコソのショトゼ隠しや逃れとかが無意味になればゴルゼ調査も楽になり、官民ともに労働時間の大幅な節約になる。結果として庶民の所有するゴルの保有量が増えて可処分所得も増加すれば、使う際の安心感も増してゆく。本来は天下の周り者であるゴルの特性は活性化することが期待できる。

 これはゴルゼ制の大転換で、個々のアリのゴル保有量の差の増大によって生じる貧富の格差の是正にはシサゼの上限額の設定や徴収機能を適宜・適切に運用することで対応する。現状のシステムをこのまま放置すると貧富の格差は際限なく増大するようになっている。これまでゴルの製造と運用に関して様々に試行錯誤してきたが結局は格差の過大な増加を抑止できなかったことを反省し、極端に肥大化した現在の格差を解消するため500年先の未来を見据えた合理的な政策を実行すべき時が来ている。」


 ということで結局、公共事業の主要な機能の一つに格差是正があるという観点に注目が集まり、その効果の強化が認められ、ゴルゼのショトゼ部分を削除して、ゴル基準は次のとおりになった。


・ゴル基準 (改正4)

1. 公共事業(インフラ整備や格差是正等の公益事業)のためにゴルを製造できる。

2. 災害等の緊急事態へ対応するためにゴルを製造できる。

3.公益に寄与するためシサゼを徴収できる。 

4.特例として、政策上必要な場合(例:特定物品、輸入品等)にゴルを徴収できる。


5、キリグルのイベントとモットー


 そんなある日のこと、キリグルの領域にある巨大スタジアムでは恒例の盛大な一つの競争イベントが開催されていた。集団的なお祭り気分は高揚し、熱狂感は絶頂に達した。夕刻からの閉会式の後には、華やかな照明演出の元で後夜祭が催された。山海の珍味その他の豪華な食べ物が山盛りに用意され、楽団は賑やかに音楽を奏でて、夜通しの、飲めや歌えのドンチャン騒ぎとなり、参加者は酒に酔いしれ、大きな奇声や叫び声を上げて踊り狂った。ところが、それを見ていたキリグルのリーダーはスタッフに尋ねた。


 「このイベントも回を重ねて最近はマンネリ化してきた。マンネリというのは全く無意味なもの、なんの価値もない、無駄だ! 徹底的に撲滅してしまえ。参加者はどんどん減っており、新鮮味もなく貢物は少なくなるばかリで、どうしようもないねー。この余興も食い物も飽きられてきたようだ。もっと盛り上がる斬新な企画をクリエートできんのかね?」


 そこで、才気ありそうなスタッフの一人が眼を輝かせて答えた。


「このイベントの演出や料理の選定や調理などの準備は、調達先のアリグルの好みが強くでております。何といっても奴らは平凡な能力しかなくボンクラな生活に満足している輩です。そこで今後、我らの好みに合うようにするには、少々面倒ですがその準備段階から中に入り込んでいって、間抜けなアリグルを監視しながら好みの指図をだしてクリエートしていく必要があるかと・・。」


 という訳で、それからキリグルは様々な生産活動に介入してくるようになった。アリグルの活動は日常的に監視されることになった。これまでもキリグルは、アリグルが生産した物資を好き勝手に消費するだけでなく、様々なサービスの提供を強要していたが、今度は、やり方までも自分の思い通りにしようとするそのエゴむき出しの横暴な態度に業を煮やし、抵抗するアリも時々は出現したが、腕力で直ぐに消去された。それは、キリグルの生活モットーが次のようなものだったからだ。


「自分(我ら)のものは自分(我ら)のもの、他者のものも自分(我ら)のもの。」

「自分(我ら)のものにならない場合、速やかに力づくでも自分(我ら)のものにする。」

「逆らうものは、適宜・適時に消去する。」

「最終的には自分(我らの)剛腕と知能が全てを解決する。」


 と、モラル的にはかなり問題のある内容だが、もともとモラルの希薄な生活をしているキリグルにとっては、ある意味、単純で明快な分かりやすい発想なのだろう。それはキルグルの信じる強さでもあり、場合によっては脆弱性に転嫁し得る特性といえないこともない。

 ということでキリグルは、その行いが故意または過失かの詮索は別としても、客観的には明らかに自分勝手でエゴイズムそのマンマ、自由に好きなように振舞って、生活を謳歌していた。そんなある日、キリグルの居住区が、大地震とそれに伴って発生した大津波で甚大な被害をだした。季節は間もなく厳しい冬が近づいており、放置するとキリグルは凍死して全滅する羽目になる。とにかく早急な修復が必要になった。そこでキリグルは自慢の伝統的な腕力を駆使する手法を活用し、いつものようにアリグルをコキ使って、早急に住居やインフラの修復工事を行うことにした。ところが、その強権的なやり方による重労働への服従を躊躇したアリがたくさんでてきたので、その生活モットーに従って一気に皆消去してしまった。すると、工事の為の労力が著しく不足してしまい、作業は遅々として進まなくなった。いつも自分の好きなように生活していたキリグルも流石にそうなってからようやく、非常に大事なことに気付いたものだ。それは、自分が気に食わない、都合が悪いから、と短絡的に誰彼と構わず排除してしまっては、かえって自分の損になるという現実を。それではどうするか?と、リーダーは不機嫌な渋い顔になった。そこでスタッフの一人が次のようなアイデアを提案する。


 「いまのアリグル達は、何時でも何処でも物やサービスと交換できる、ゴルという便利な道具を発明して使っています。よく見るとこれはかなりの優れモノ、富を生み出すウチデノコヅチか、はたまた魔法の杖や魔法のランプとも言える、実に使い勝手の抜群なツールかと。これを上手く利用すれば、物もサービスも無理なく手早く何時でも手に入れることが出来るようです。こんな便利な道具をアリグルに独占させておく手はないでっせ。我らがこの製造権と使用権を全てすぐに手に入れましょう。そうすればゴルを使って何時でも何でも思いのままに手に入れ、更には間抜けなアリグルの魂の奥の本能を覆い隠す薄皮を引き剝がし、我らの得意な腕力を温存してソフトにマインドコントロールし、骨の髄まで搾り取り、いいように適当に使役させるも可なりかと。ゴルは両刃の剣、使いようで決して逆らえない利剣にもなるとみましたぜ。もし、それでも逆らうアリが出てきたら、この冬を上手く乗り切ってからじっくりと消去しても遅くはないかと。慌てることは無いのです。もしアリグルが、自分で発明したこの天下の名器、ゴルに関する主導権を我らに取られたと文句を言っても、それはアリグル自身の間抜けなせいで、大人の自己責任かと。いつも時の流れは、アプリオリに最優秀な我らの味方、でっせ、キャッフォ、ミーハッハ!!」と高笑いした。


 それを聞いたキリグルのリーダーは、華麗な四つの眼をギラギラと七色に輝かせ、筋骨隆々とした六本の手足をブルッブルルと震わせ、長く赤い二枚舌をペロペロンと伸縮して、ヨダレを垂らしながらニヤッと薄笑いを浮かべた。そして、


 「そうだヨネー、それは名案だ、主導権を取られるのは、間抜けな大人の自己責任だヨネ~、キャッフォミーハー、今すぐイケッ、イケエー!」


 と、優越感溢れる物知り顔をしながら愉快そうに笑い、その権限の乗っ取り作戦の即時実行を指示したものだ。


6、オロングルの発祥とスペシャルツールの行方


 このように、キリグルは、逆らうものは躊躇なく消去するという得意の力業を駆使し、ゴルの製造権と使用権を一気に手に入れた。そして、アリグルとキリグルの棲む領域は混ざり合い融合していって、とうとう一見すると渾然一体化したようになってゆき、その名は「オロングル」と呼ばれた。時は流れて幾星霜、キリグルはオロングルのゴル製造権と使用権を独占し、一手に掌握する元締め集団となってゆき、「大ゴル使い」と呼ばれるエリート階層を形成していった。そして、その大ゴル使いの中から「モトジ」と呼ばれるオロングルのリーダーを選ぶようになった。勤勉実直な性格のアリグルの発明したゴルという強力な経済操作の道具を手に入れたキリグルは絶好調となり、モラル、とはいっても、これまでモラルに縁のない生き方をしていたので、モラルなどどこ吹く風、好き勝手に使いまくるというモラルハザードがごく自然にキリグルのゴル使い達を風靡することになる。もともとモラルの希薄な生活をしているキリグルにとっては、ある意味、単純で明快な分かりやすい発想なのだろう。

 一口に道具といっても、ゴルは特殊なものであり、モラルを抜きにしてその取扱いに習熟することは不可能な、つまり経済のスペシャルツールといえる。色々と種類のある工具もスペシャルツールとなるとその使い方に熟練する為には相当な時間も手間もかかるもの。その特殊性を理解しないままゴル使いに手を出した鈍感さはキルグル独特の強さでもあり、半面、案外簡単に崩壊してゆく脆弱性を含む可能性があるともいえる。

 ということで、話が長くなりましたが最後までお付き合い戴き有難うございました。何分にも未熟なため、難解で退屈な話と感じられたかもしれません。人間の現実の世界をベースにして、筆者の好みにて極端化・単純化し、ディフォルメして架空の怪物の世界を寓話風に創作したつもりですが、訳が分からないという声も聞こえてきそうです。「ゴル」で連想するもの=「ゴールド+ドル」の短縮形=「貨幣」と読み替えて多少すっきりと読んで戴ければ幸いです。

 繰り返しますと、知ったかぶりのようで恐縮ですが、道具は何でもそうですが、使い方次第でその結果には大きな違いがでてくるもの。発祥の経緯はともかくとして、その後、オロングルの世界がどうなってゆくかは不確定で様々な変化形が有りえます。この世界の未来は読者のご想像、あるいはご創造次第といえるかも知れません。


      < 終り >


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