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安心帰路サービス


 キーボードのタップ音と一定のリズムを刻んでいる時計のみがこの空間の音という音を支配している。

 ふーっと一息ついて画面から目を離すと、長いことパソコンと睨めっこをしていたせいもあってか視界がぼやけいる。やけに時間が掛かってしまった。時計の短針が右に傾き出しているのを見て、意図せずともため息が出る。

 窓の外は夜勤の頑張りと街灯が夜空を照らしていてやけに綺麗だ。そんなしんみりとした感情に浸っている私の横で煌々と輝いているパソコン。このプロジェクトは面倒くさがり屋の上司から押し付けられたものである。上司の頼みを断れなかった自分も悪いが、頼んでおいて一切手伝ってくれない上司もどうかと思う。


「よし、帰るか。」


 固まっている体をポキポキと起こして帰り支度を進める。もともと深夜の帰宅にいい思い出がなく、常日頃から早く帰られるよう気をつけていた。そのため定時をとっくに過ぎた退勤は今まで一度もなかった。今から帰ると帰宅時間は2時ごろになるだろう。いっそ社内泊でもしてやろうか…。

 いやいやこんな薄暗い部屋で寝るなんて怖くてできない。かといって夜道を一人で歩くなんてことはもってのほかだ。就活真っ最中の弟をわざわざここまで呼んで迎えに来てもらう訳にも行かないし…。

 どうしようかと頭を抱えていた矢先、一つのアプリが目に止まった。



『帰路安心サービス』



 そういえば、こんなもの入れてたな。

 帰路安心サービスというのは指定した場所から自宅まで一緒に歩いて送り届けてくれるサービスのことだ。安心とは言っても男性と2人きりになるのが不安で、ダウンロードしてから一度も使ったことはなかったのだけれど…


「これ、使ってみたけどかなり便利でさぁ!ムキムキのイケメンお兄さんが超スマートに送り届けてくれたの!もう少し駅から遠い家にすればよかったぁ…」


 先日ご飯を食べに行った時の友人との会話を思い出す。たしか彼女もこのアプリを使っていたはず。


 ムキムキのイケメンお兄さんか…それなら二人きりでも悪くないかもしれない。


 どのみちここで途方に暮れていても家は近づいてこないし、どうやら初回は50%OFFらしいので体験してみるのもアリかも。私は必要事項を記入して担当者さんが来るのを待った。



「あの…りんご姫さんですか?」

「…はい?私…ですか?」

「帰宅安心サービスご利用ですか?」

「あ!…はい」


 驚いた。私の前にいるのはいかにも元気な学生じゃないか。しかも女の子だ。こんな子が私を送り届ける…?私が送り届けるのではなく…?

 大量の疑問詞が頭を過ぎる。もしかしたら私は騙されたのかもしれない。


「よかった、私帰宅安心サービスの安斉陽奈(あんざいひな)と申します。」


 本当にこの人が私のボディーガードなのか。


「あ、はい…よろしくお願いします。」

「では帰りましょうか。」


 帰路安心サービスのスタッフなのだ、彼女を信頼していないわけではない。嘘だ。信頼していない。

 私はかなりの不安を残したまま帰路に着いた。


 静まり返った住宅地に2人分の足音だけが響いている。さっきから安斉さんは一言も話しかけてこない。ときどきスマホで地図を確認しながら歩いているが、この場所には慣れていないのだろうか。側から見れば社会人の女性が妹と一緒に帰っているように感じるだろうな。これで3,000円か、いい商売だ。


 出発前の印象とは裏腹に、大型犬が門に張り付いている一軒家や真っ暗な脇道の前を怖がることなく通り過ぎていく安斉さんは確かに安心感があった。男性の不審者には絶対に勝てそうにないのだけれど。


 そんなことを考えているうちに私たちは家に着いた。心なしかいつもより早く着いた気がする。


「着きましたね、安全のためにお部屋の中に入ったら『帰宅』の連絡をお願いします。帰宅確認次第私も帰りますね、ご利用いただきありがとうございました。」


 なるほど、サービスの内容をアパートの前までにしていたが完全に帰宅するまでサポートしてくれるのか。


「ありがとうございました。」


 軽く頭を下げて階段を上がる。家に帰ると時計の針は2時13分を指していた。

 なんだ、いつもより遅いじゃん…。

 どうやらいつもより早く歩いた気がするのは私の思い込みだったようだ。


 私はサイト上にある安斉さんとのチャットページに『帰宅』と送ると、すぐに熊が大きなグーサインを出しているスタンプが送られてきた。


「本日もお仕事お疲れ様でした!おやすみなさい」


「お疲れ様でした」や「おやすみなさい」だなんて言葉、久しぶりに聞いた気がする。一人暮らしをしているためこういう暖かい言葉を聞く機会は格段に減っていた。


 たまにはこんなサービスを受けるのも悪くないかもな、と思ってしまう単純な自分に呆れてしまう。次頼むときは男性かもしれないし、新たな夜道への逃げ道を見つけられた気がして少し嬉しかった。


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