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神の流刑地

精霊のおはなし

作者: 林伯林

 いつの頃からか人の世界に私たちのいる場所はなくなっていきました。


 人が美しい時代もあったのに。


 私たちの大好きな透き通った魔力の持ち主は数を減らし。


 私たちは住処を空の上か海の底、或いは地中深くに移していきました。


 私たちが好む清浄な水やそれを含む緑は、人が近づけない山の上や森の奥にのみ押しやられ。


 私たちは地上に現れるにしても、そういう所にしか出入りしなくなりました。





 それよりずっと昔、高位の存在が私たちに告げました。




 ---ここに一柱置いていく。地を肥やし、そなたらの糧となるだろう。




 その神は身体を太い楔で貫かれ、大陸の中心に留めつけられて、空を睨みあげながら呪っていました。




 神気はじわじわと大陸に染み込み、確かに地を肥やして行きました。


 清浄な水がこんこんと湧き、大地に緑があふれ、そして私たちは……


 神の周囲に寄り集まり、その神気を食みました。


 私たちにはこの上ない滋養であったので。




 常に空を睨んでいた神が、ある時から目を開かなくなりました。


 漏れ出る神気も徐々に変異していきました。


 やがて私たちにとっては毒となり、その身体から離れるに至りました。


 変質してしまった神気は、瘴気となって瞬く間に広がって行きました。




 神の呪いと知りました。




 私たちは、普段はあまり物事を考えません。


 あの高位の存在が何者であったのか、突然落とされた一柱の神に何があったのか、何故神気が変質してしまったのか。


 大陸中央が真っ黒に染まってから漸く考えはじめました。




 そんな時、高位の存在が再び現れ、私たちに告げました。




 ---瘴気を浄化出来る者は精霊の中にも人の中にもいるはず。鎮めよ。




 私たちには確かに、多少の負の気であれば浄化できる力がありました。


 それは図らずも、あの今や邪神と成り果てた神のかつての清浄な神気を取り込むことで得られた力でもあります。


 しかし個々のそれは、非常にささやかな力で、勢いを増す瘴気には太刀打ちできず、私たちは人の中にもいるはずと告げられた浄化の力を持つものを探しました。


 探して探して、漸く見つけたのは、神殿の隅で死に掛けていた小さな少女。


 貧しさ故に飢えやせ細り、最後に救いを求めて神殿に辿り着いた哀れな子供でした。


 精霊たちはその少女を祝福し、突然神殿の隅が光に溢れて大騒ぎになりました。




 その頃、精霊たちの中でも浄化の力が強い者が見つかり、その者と少女は契約を結びました。




 瘴気は大陸の真ん中を闇に染めてはいましたが、まだかろうじて周囲の国には達していない、という状況でした。


 一刻の猶予もならないと、使命感に燃えた少女と精霊は神官たちに見送られ、大陸の中心へと向かいました。




 紆余曲折ありましたが、それは人間界にはあまり知られていません。


 少女と精霊は瘴気を浄化しました。


 少女は瀕死の重傷を負い、精霊は神殿へ少女を連れ帰りました。


 「大陸の中心には災厄の竜がおり、それが瘴気の素であった。私たちはそれを鎮めてきたが、それが永遠に続くわけではない。数百年後にはまた瘴気があふれ出すだろう。その時にそなえておきなさい」


 精霊はそう言って去ろうとしましたが、神官たちが今しばらくとどまるよう懇願しました。


 連れ帰った少女の命は風前の灯で、もう長くは持ちません。


 神官たちはもっと詳細を聞きたかったのです。


 精霊は少女が息を引き取るまでは傍にいることにしました。




 神官たちは、「浄化の力」を負の気を反転させる力ととらえました。


 おおむね間違ってはおらず、精霊は否定しませんでした。




 他の世界から、異質な力を引きこんで、瘴気とぶつからせるのはどうだろう、と提案したのは神官ではなく魔法使いでした。




 精霊は良い顔をしませんでしたが、息を引き取る寸前に少女がそれを願いました。




 仕方なく、精霊は、他の世界から誰かを一人呼び寄せる魔法陣を神殿の地下に描きました。




 「これを使用するのは最後の手段とする事」




 そう言って、精霊は去りました。




***




 ソラリスは語り終えた。




 精霊の知識を得て、それが最近漸く整理できたのだった。


 「ふうん」


 リウの膝の上には、虹色の鱗を光らせる魚がいて、ぴょいとひれをついてテーブルに身を乗り出した。


 「お話、上手」


 きらきらきら、と魚の周囲に光の粒子が散る。


 「どうもありがとう」


 ソラリスはにっこり笑った。


 魔力の流れから生まれた小魚の精霊の一匹は、何度流れに投げ戻されてもリウの傍にまとわりつき、気が付くと二十センチほどの体長にまで成長していた。


 この頃はリウも諦めて、放置している。


 たまに邪魔になると流れに投げ込んでいるが。


 魚は平然と椅子に座るリウの膝に乗ったりもして、傍若無人に振る舞っている。


 「精霊が現れなくなったのは、人知らずの森が何度も瘴気に汚染されたせい?」


 「そうなんでしょうね。瘴気に触れると精霊は消滅するし。好みの魔力の人間も殆ど現れなくなってしまったらしいし」


 「森はともかく、人間の変化はどうしてかしら」


 「何故なのかしらね。昔ほど人も無邪気ではいられなくなったって事なのかしら」


 知恵をつければ、人の心は濁っていくものなのか。


 だが、無知が良い事とも思えない。


 「森の魔法使いの魔力は綺麗なのでしょ?」


 魚に尋ねると、魚はひれをぱたぱたと動かした。


 「そう、あの魔力は、とてもとても綺麗。久しぶりなので、高位精霊たちもこぞってあの庭に来てる」


 ますます庭の実りが良くなることだろう。


 「あの人がねえ……」


 リウは頬杖を突く。


 始終怒鳴られていた事しか記憶にない。


 「まあでも、誰よりも純粋だったのは間違いない、かもね」


 災厄の竜を討たねばならない、という思いは。


 それで言えば、剣士も同じだった。そして精霊たちは、剣士の魔力も「まあまあ」だと言う。


 剣士の小屋の周りは、魔法使いの家程ではないが、緑が芽吹いて木が育っている。


 精霊が沢山訪っているが故だった。


 小さな畑を作って、芋や玉ねぎなど植えているようだったが、あっという間に育つので、最近は数を調整して栽培しているようだった。


 「剣士はねえ、思いは純粋だったけれども、リウが好きだったから」


 魚がぴたぴたとひれでリウの手を叩く。


 「リウへの思いが強すぎて、それが精霊を少し遠ざけているの」


 「なんだそりゃ」


 リウは呆れて呟いた。


 「恋って魔力の質を変える事があるの」


 「へえ」


 リウは水鏡に映る剣士を見る。


 畑仕事を終えて、家の中へ戻ろうとしている所だった。


 逞しい身体も、麗しい顔も、土に汚れているが、どこか満足そうでもあった。


 「これから別の人を愛すれば、また質が変わったりする?」


 「魔力が変わるほど人を愛するなんて滅多にない。剣士は恐らくこれから誰も愛さない」


 「まあ……」


 リウは溜息をついた。


 そこまで思われていたとは、旅の途中全く気が付かなかった。


 「不器用な人ねえ」


 ソラリスも呆れたように呟いた。


 「もっとも不器用さで言うなら魔法使いだってかなりなものだとは思うけれども」


 「別に憎まれていたから怒鳴られ続けていたとは思ってないわよ?」


 ちゃんと判っている、とリウは応える。


 すっかり苦手にはなってしまったが。




 ソラリスは苦笑いする。


 彼ら二人は、今日も山を登るだろう。


 変わり映えのしない結界に囲まれた巫女の様子を見るために。


 一切応えは返らないと判っていながら、呼びかけ、話しかけるために。


 自らの罪と向き合うために。


 「そんなに深刻にならなくてもいいのにねえ……」


 リウがぼんやりと呟いた。


 「別に、彼らだけの責任というわけではないのに」





 魚がぴょんと膝から降りて、珍しく自ら流れに飛び込んだ。


 リウが作った小さな川は、魔法使いの庭にも剣士の畑にもつながっている。


 どちらかへ遊びに行ったのだろう。



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