case2 貪る者 :1
第五話 事実
土曜日の商店街。
シャッターの閉まった店舗が多く、賑わっているとは決して言えない場所。
しかしそこにはそれでも尚生きている人がいた。
この場所よりも栄えている場所があっても、彼らにとっては生まれ育った場所だった。
そんな場所は、今や焼け野原のようにその大半が燃えてなくなってしまった。
そし無くなった命も少なくはない。
未曾有の大火事となった商店街は約7時間ほどで鎮火された。
通報者は向ヶ丘高校の生徒で、その日は近くの図書館で勉強をしようとしていた。
少女は友人を一人探すよう消防隊に何度も伝えていたようだったが、結局その日は見つからなかった。
しかしその少女が探していた少女は別の場所で連絡がつき、一先ず事件性は見つからなかった。
日付は変わって翌日。
燃えた跡の商店街に一人の少女が訪れる。
黒の長い髪をどこか鬱陶しそうに払うと、その瞳には涙が浮かんでいた。
「……」
左腕は包帯が大きく巻かれており、痛々しかった。
この火事はテナントのガス漏洩による爆発と処理され、死者は13人。どれも焼死体だった。
その日は向ヶ丘高校の美化委員会が清掃活動をする予定だったが、活動時間の前にこのこの事故が起こったため、美化委員の生徒の被害は無かった。
ただ一人、事前に段取りや用具の準備をしていた生徒ー 佐々木詩杏を除いて。
消火活動後、彼女のものと思われる遺骨が見つかる。
そう機関は処理した。
立ち入り禁止のテープの前で白崎透華は右手の拳を強く握った。
「……透華ちゃん?」
白崎の姿を見つけたのは、彼女の友人である黒咲牡丹だった。
セミロングの髪を揺らし、彼女の元へと駆け出す。
「透華ちゃん!探したんだよ!」
白崎は彼女の方向へと顔を向けると、直ぐにハッとする。
「黒咲さん……」
黒咲は白崎に抱きつこうとするが、その腕の怪我を見て足を止める。
「どうしたのそれ……」
白崎は包帯巻きの左腕を摩ると、笑う。
「ちょっと怪我しちゃった。でも、骨とかは折れてないからすぐに良くなるよ」
精一杯の笑顔だったが、ここ一年ほど一緒にいる友人の目は誤魔化せなかった。
「……嘘だよ。昨日の『あれ』って何だったの?透華ちゃんは何に巻き込まれているの!?」
やはり彼女は昨日の事を覚えているようで、問い詰める。
「ねぇ、教えてよ……。私、透華ちゃんが大事なんだよ……」
両肩に置かれた彼女の腕が力無く落ちる。
ここで彼女まで巻き込めない。そう考え、白崎は右手を彼女の頭に乗せ撫でるようにする。
「ごめん、話せない。でも大丈夫、黒咲さんの事は私が守るよ」
携帯を取り出し、時間を確認する。
「……。もう行かなきゃ、また明日学校でね!」
項垂れた黒咲の顔は見えなかったが、白崎はその場を後にする。
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「さて、報告を聞こうか」
運命決定機関。その一室。
タバコの白煙が宙へと舞う中、白崎と紅林、御影は横一列に並んでいた。
同室には柏碧人もおり、呑気にマグカップを揺らす。
デスクに行儀悪く座り、どこかあ不敵な笑みを見せる彼女は、逆神律。現状この機関の長である。
紅い髪を低いポニテールにし、今は眼鏡をかけている。
「まずは白崎くん君からかな」
妙な緊張感のなか、白崎は口を開いた。
「えと、9時45分頃です。商店街から地鳴りが起こりました。私は友人と一緒に居たんですが、商店街へ向かいました。同時間では封域は恐らく商店街内部のみの広がりで、その後商店街周辺まで飲み込みました」
そこまで話し、逆神の表情に視線を向ける。
彼女はそのまま続けてくれと言わんばかりにウインクする。
「……。封域に呑まれたあと、委員長……佐々木詩杏さんと接触。襲撃されました。その際に友人も巻き込まれました。私は友人を逃がそうとしましたが、彼女の『罪』がいて妨害を受けます。暫くは回避に徹しましたが、彼女が『罪』の盾を手放したので奪取し、応戦しました」
そこまで話すと、紅林が続ける。
「ここからは私が。作戦時間1000。地鳴りを確認し封域の発生を確認。周辺待機でしたが御影とともに封域に侵入。交戦中の白崎と標的を発見。白崎に変わり『プライド』で交戦しました。標的は『罪』の使用を放棄、反転の中間形態で戦闘を開始。作戦時間1010。『プライド』にて標的を鎮圧。最後に標的は白崎に負傷を負わせました」
そこまで話すと、逆神は首を傾げた。
「商店街の発火は誰が?」
「……不明です」
そう答える紅林に逆神は続ける。
「火炎の規模は?」
「標的の封域である森林の大半を飲むほどでした」
彼女がそう答えると、逆神はどこか納得いったように、口元に笑みを浮かべた。
「なるほど。続けて」
「作戦時間1015。不明の火炎にて封域及び商店街に火災発生。標的は炎に飲まれました。その後は連絡通りです」
紅林が報告を終えると、柏が口を開く。
「うん。報告ありがとう。じゃあ先に、今回の処理に関して簡単に説明するね。対象不明の炎による火災に関しては、警察、消防にはガス爆発の事故で片付けました。死傷者に関しては、機関からは特別な補助は出来ません。決して小さな損害では無いです。それだけは心に留めておいてください」
あくまでも優しい口調で柏は話す。
「では次に、我々の今後についてだ。紅林、御影両名は今後も向ヶ丘高等学校において、潜入調査を続行。そして白崎くん」
逆神が白崎の目を見る。
「今回の件でキミはたまたま巻き込まれた訳じゃないことが分かった」
白崎にも心当たりがあった。
先週の封域に飲み込まれたこと、昨日の委員長の目的が明らかに自分だったこと。
「何となくそんな気がします」
彼女の目を見ながら白崎は答える。
やることは決まっていた。
もう傍観者にはなれない。なりたくない。
「キミには選択肢を与えよう。このまま普段通り学校生活を送ってもらい、私たち機関の調査の為の餌になってもらう」
もう少し言い方は無いのかと思ったが、飲み込む。
「または、私たちとともに機関の一員となって今回のような事件を未然に防ぐか」
答えるまでもない。
「やります。機関とかはまだよく分からないですけど、このままのうのうと生活できません」
白崎のその答えに逆神と御影が笑みを見せる。
「はっ、いいねぇ!」
「キミならそういうと思ってたよ」
そんな中、紅林だけはどこか不満そうに目を閉じていた。
「じゃあ、白崎くん。今回の事件で唯一我々の利益になることがあった。まずはそれを君に使ってもらおうかな」
逆神はそう言うと、その部屋に誰かが入ってくる。
「……」
それは真っ白なスーツを着た仮面の人物だった。
「見たと思うが、先の佐々木詩杏が生み出した『罪』だ。形状等は紅林くんから聞いてるよ。白崎くんには……」
そこまで言うと、逆神は少し沈黙する。
何も言わずに立ち上がると、仮面の人物に近づく。
「え」
その場にいた全員が目を丸くした。
あろう事か逆神律は仮面の人物に近づき、手を伸ばす。
その人物の胸部を右手で鷲づかんだ。
「……」
一揉み、二揉み。
「……うん。彼女と共に動いてもらおう」
凛とした表情で言い放つ。
「……司令、何してるんですか」
呆れたように紅林は言う。
「いや、実際見てみると分からんものだな!男かと思ったんだ、許してくれ」
「律さん、僕この子の性別ちゃんと報告しましたよ……」
柏もため息をついていた。
しかし、当の本人は全く何も感じていないようで、黙ったままどこかを見ている。
「しかし……、やはり妙だな。『罪』はこうコミュニケーションが取れないものなのかい?」
何事も無かったかのように逆神は御影に話しかける。
「いや、知らないっすね。俺から見ててもここまで自我がないのは変っす」
御影は彼女の状態についてはよく分かっていないようで、投げやりだった。
「ふむ、まぁ機能はするから問題は無いだろう」
逆神はまた自身のデスクに腰掛ける。
「さて、では私たちのこれからの動きについてだ」
そう言うと、柏に何かを準備させる。
逆神は部屋の電気を落とし、パソコンを触り始める。
柏はどうやらプロジェクターを準備していたようで、部屋の壁に画面が映る。
画面はあるパワーポイントを映す。
「白崎くんもいる事だ。少し遡ろうか」
最初に映ったのは炎だった。
どこかの施設。その全てが炎に飲まれていた。
その中心。小さな少女がシルエットのように居る。
その手には一本の剣。10歳にも満たない様な人物が持つものとは思えなかった。
「今から、約12年前。現在私たちが対応している予言書が見つかった。機関が発足して全国から能力の高い適合者が集められた」
どことなく聞いた話だ。
「しかし10年前。その適合者の一人……逆神澪が反転した」
逆神。その名は聞いたことがあった。
「そう。白崎くん。恥ずかしながら私の妹だ」
逆神は続ける。
「彼女は適合者の中でも特に感覚が鋭かった。視覚は軽い未来視まで発現させていた。残念なことに、機関は彼女に全く歯が立たなかったんだ」
画像が変わる。
次に写し出したのは、片目の隠れた白いショートヘアーの女の子。そして高校生くらいの男の子。
「……チッ」
御影が舌打ちをする。
「彼女に対して私たちは一本の『罪』で対抗した。『グリード』。名を桂花という」
そう言ってどこからか出した棒で少女を指す。
「しかし負けた。更に桂花は逆神澪に奪われた」
最初の画面で映っていた剣は彼女だったようで、逆神はため息をつく。
「この窮地を救ったのが彼だ」
棒がもう一枚の写真へと移る。
少年の写真は何処か不機嫌そうで、眉間に皺を寄せていた。
「彼は獅童陸。機関で三番目に能力が高い子だった」
過去形。その言葉が引っかかる。
「獅童くんは逆神澪と交戦し、そこの『プライド』。御影を生み出した」
画面が暗転する。
「結果として、損害はあったものの、機関は壊滅しなかった。彼の命を犠牲に」
画面は、燃えた書庫のようなものを映す。
「この通り予言書はそのほとんどが燃え、一部が奪われた。それを奪い返すために現在我々が動いているということさ」
画面が切り替わり、日本地図を映し出した。
地図はいくつかポイントが打たれており、関東圏の向ケ丘市がある所に星がついている。
「打ってある点は今まで私たちが作戦行動をしてきた地点だ。そして……」
また画面が変わる。
一度見たものだ。予言の解読レポート。
「残念な知らせだが、この向ヶ丘で近いうちに大規模な災厄が起こる」
内容は向ヶ丘が未曾有の被害を被るというもの。
日時や詳細は不明。しかし明らかになっている事実が書かれていた。
「この地に逆神澪が居る」
はっきりとそう書かれていた。
部屋の電気が点く。
「逆神澪がのうのうと日常は送っていないだろう。この地を機関で洗い上げて捕縛する。白崎くん、紅林くん、御影くん。キミたちはこの地の唯一の高校である向ヶ丘高等学校を調査してもらう」
彼女は力強くそう言ったが、白崎はある事が気になっていた。
「すみません。予言の中の『最後の悪魔が現れる』ってなんですか?」
解読文章の末端にそう書かれていた。
するとそこに柏が答える。
「残念ながら詳細は分からないんだ。もしかすると、澪ちゃんの反転した中間形態なのかもしれないね」
また調べるよと、柏が取りまとめる。
「兎に角だ。詳細が不明な部分が多い以上、早急な解決が必要なんだ。よろしく頼む」
逆神もそう言い、その場は解散となる。
紅林や御影が出ていったあと、白崎は逆神に呼び止められる。
「白崎くん。このあと時間はあるかね?」
時間を確認すると、まだ昼過ぎで時間自体はある。
「え、はい。大丈夫です」
そう言うと、彼女は不敵に笑う。
「キミに戦う術を教えてあげよう」
どこか楽しそうな笑顔に、白崎の顔は引き攣った。
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夕方、白崎は柏の車に揺られていた。
「……キツい」
怪我人にさせる訓練ではなかった。
最初こそ座学で、戦闘時の動き方や地形の把握術など為になることを教えてくれた。
柏が。
数時間、逆神は一室の後ろで見ていたが、座学が終わった途端に白崎を引っ張って、併設されているトレーニングルームに連れていった。
その後はひたすら彼女の攻撃を避け続けた。
その結果、腕の傷はまた開き、逆神は柏に怒鳴られていた。
「いや、ホントにごめんね?僕も直ぐに止めれば良かったね」
ハンドルを握りながら申し訳なさそうに彼は言う。
「いえ、私も少し乗り気だったんで……」
白崎は内心焦っているのが自分でも分かっていた。
機転と相手より身体能力が高かったから生き残った。
ここからはそうはいかない。今回の事件でも死者が出てしまった。
そして何より。
「委員長が残してくれたあの子を、早く使えるようになりたいんで」
真っ直ぐな目で白崎は言う。
柏は横目でその表情を見ると、ただ小さく相槌をした。