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白の運命(改タイトル)  作者: けい
2/17

case1 妬む者 :2

第二話 機関


意識というものは一体何なのだろうか。


自身の記憶にある中が意識なのか。


白崎透華はそんな他愛のないことを考えることが度々あった。


知らない天井。漂ってくる薬品のような病院のような匂い。


彼女は今ベッドの上で寝ている。


体に痛みは無い。


そのまま体を起こすと、寝ていた場所は病院と言うより保健室のような雰囲気の部屋だった。


「ここは……」


周囲には誰もいない。


デスクがひとつと、白崎が寝ていたベッドと同じものが二つ、整然と並んでいた。


「というか、今何時!?」


衣服は制服から検査着のようなものに変わっており、当然のように持ち物は手元にはなかった。


部屋の壁を見渡すと、壁掛けの時計が十二時を差していた。


「嘘……」


最短で考えてとしても五時間以上は眠っていたことになる。


慌てて部屋を出る。


廊下は小さな間接照明だけが照らしており、特に案内板はなかった。


聞こえたのは話し声。


部屋を出て右側。奥の方から部屋の光が見えた。


扉を開ける前に聞き耳をたてる。


「……そうか、標的はロスト。振り出しって訳だな……」


会話の真意は分からない。


しかしこの状況を知っている人間がいるに違いない。


ゆっくりと扉に手をかける。


「何してんの」


後ろから低い声がした。


驚いて振り向くとあの森で出会った短髪の少女が立っていた。


「……!」


目を引いたのは彼女の姿。


頭、腕、太腿。その全てに包帯が巻かれており、これまでの記憶が鮮明に蘇った。


少女は白崎の返事を待たずに部屋に入る。


「紅林凪入ります」


少女はそう言うと扉を開ける。


中には椅子に座った女性と、そのデスクに腰を置くメガネの男性がいた。


部屋の中はこじんまりとしたオフィスのようで、数組のデスクにモニター、棚などが置いてあった。


「おや、もう目が覚めたか。それに例の学生もいるじゃないか」


女性は赤いロングヘアーを後ろで束ねており、その口にはタバコが咥えられていた。


男性は、メガネを治すと糸のような細い目を軽く開き、紅林と名乗った少女を見る。


「凪ちゃん、君はまだ寝てないとダメだよ?」


男性の言葉を当然のように無視した紅林は女性の前まで進み、急に頭を下げた。


「司令、申し訳ありません。私の至らないばかりに対象を逃がしました」


それを聞くと彼女はやれやれとため息をつく。


「いや、君は悪くない。もう少し人員を割くべきだったよ。謝るのはこちらの方だ。よく生きて帰ってれたね」


そう言って頭を上げさせ、白崎の方へと目をやる。


「じゃあ、紅林くん、白崎くん。報告を聞こうか?」


白崎は突然名前を呼ばれたことに驚いたが、聞きたいことは彼女にもあった。


「そ、それより……」


聞こうとした時、メガネの男性が口を開いた。


「ごめんね白崎さん、聞きたいことは後でボクが教えよう。先に何があったのか教えてくてるかな?」


笑顔こそ見せていたが、彼が真剣であることが分かり口を閉じる。


白崎が黙るのを待っていたかのように、紅林が話し始めた。


「作戦時間1745、紅林対象と接触。対象は咄嗟に封域を展開、交戦となりました」


淡々と話す彼女は初めて見た時の表情とは全く違っていた。


「対象の攻撃能力は高く……。『プライド』と私では太刀打ちできませんでした」


唇を噛むように、その声には悔しさが滲む。


「そしてここに居る女、イレギュラーもあり作戦行動に支障をきたしました」


白崎は少し癪に触ったが、自身が負担になっていた可能性の方が高かったので、新手言葉は出さない。


「うん、それでどうやって封域から脱出したんだい?」


女性の言葉で紅林が口を閉じ、白崎の方を向く。


「不明です。彼女に聞いてください」


そしてその場の三人の視線が白崎に集まる。


意を決して、白崎は事実を述べる。


「っ、この子が倒れたので、落ちてた鎌で化け物を退治しました」


簡潔に。声は少し上擦ったが気にしない。


それを聞くと、紅林とメガネの男性は驚愕したように目を見開く。


それと同時に赤い髪の女性は、咥えたタバコを落とし笑い始める。


「ははは!とんだバカだ!しかし謎しかないな!」


落としたタバコを灰皿に擦り付ける。


「あーおかしい。しかしどうしてキミが封域に入れた?どうして『罪』を使えた?天然か?」


纏った白衣の胸ポケットからもう一本タバコを取り出すと火をつける。


そんなこと聞きたいのは白崎自身だった。しかし彼女らが分からないならどうしようも無い。


「いやはや、白崎くん。キミ面白いよ。そこで馬鹿みたいにぽかんとしている二人はほっといていい。当事者はもう一人いるんだ」


その言葉とほぼ同時にその部屋に一人入ってくる。


「お?なんだよもう報告してんのか?最後までもたなかったくせによ」


そんな口調には覚えがあった。


紅林がその姿を見るなり舌打ちをする。


「……なまくらが」


悪態をつく彼女にその人物が近づく。


身長は高く、見た目は人の形をしていた。


正しく形容するならチンピラ。


紅林とおなじ制服の男性用を身に付けていたが、所々着崩し、装飾もつけていた。


「なんか言ったか?」


上から覗き込むように青年は紅林を睨む。


そんな様子に女性はため息をつく。


「落ち着け。『プライド』。君からの報告も聞かせておくれ」


女性がそう言うと『プライド』と呼ばれた青年がその姿勢を正した。


「うす。作戦時間1745紅林、御影両名対象と接触。こちらが身分を明かすと対象は封域を展開、御影『プライド』形態変化し紅林と共に対象と交戦開始。作戦時間1800。紅林負傷、同時にこの女が封域に侵入。ここまでは大体一緒っすよね?」


その言葉に女性とメガネの男性は頷く。


「作戦時間1805交戦続行を決断。1810紅林戦闘不能。同刻、この女がオレを使って交戦続行。1815交戦時に発火現象。対象はオレっす。そのまま対象を一時撤退させ封域消滅。以降は連絡した通りっす」


話し終えた少年は一歩下がる。


女性は何か考える仕草をすると口を開いた。


「御影くん。キミは白崎さんのことをどう思う?」


女性に聞かれ、彼は答える。


「『天然』だろ。センスも悪くねぇ。予兆もある。このままウチで使ってもいいと思うぜ」


白崎の知らないところで話が進もうとしている。


堪らず口をだした。


「いや、何が何だか知りませんけど帰して欲しいです……」


言葉の最後は萎んでしまったが、その言葉にメガネの男が答えた。


「まぁ確かにそうだね。司令、白崎さんには僕から簡単に説明しておくからこの子はここまででいいかい?」


思わぬ助け舟に戸惑いながらも白崎は男性に手を取られ、部屋を後にする。


廊下に出ると男性が話始める。


「なにがなんだかわからないよね。とりあえず僕は柏碧人。よろしくね」


少し歩いたところで先程居たベッドのある部屋に着く。


「とりあえず座ってよ。あ、お茶入れるね」


言いながらデスクにあるケトルを持ってくる。


「ここは一体なんなんですか?あの化け物は?私は家に帰れるんですか?」


投げたかった質問を一気に出す。


すると柏はにっこりと笑って頷く。


「まず大事なところからね。明日には君を家に返すよ。今日に関しては、ごめんね。君の携帯使って、親御さんには友達の家に泊まるって連絡しちゃった」


そう言って柏は携帯を返してくれる。


「じゃあその次かな。ここは政府の機密組織『運命決定機関』。なんて大袈裟な名前がつけられているけど、実際は訳の分からない予言書を解読、遵守する為の組織だ」


そう言って一冊の本を取り出す。


その本はかなり古く、表紙にあたる部分はボロボロで、端の方は焦げていた。


「ここには時系列もバラバラ、対象も不明瞭な予言が描き殴られているんだ。これを読みといてこの国に大事な部分とかだけを遂行して、不都合な予言は排除する」


本を開いてみても彼の言うとおり、日時がどこに書かれているのかも分からない内容も在りきたりな未来が書かれていた。


「今見てるとこなんて本当にそうでもいい事だよね」


そこには誰かの住所とその家主が発熱するということが書かれている。


「こ、こんなの書いたもんがちなんじゃないんですか?」


白崎の問いに柏は笑う。


「ほんとにそう!……でもね、この本が予言書たりうる理由はね、実際にその住所にはその当事者は存在しているんだ。しかもここ数ヶ月で越してきたばかり。これがたまたまでは言いきれないよね」


柏はメガネを上げ、真剣な表情で話す。


「この間あった都心のビルの立て篭もりテロ、ニュースで見た?」


白崎は頷く。そのニュースはつい一週前起こったものだ。犯人グループは数十名。しかしその鎮圧はいとも容易く行われ、機動隊が賞賛されていた。


「まさか」


柏は不敵に笑う。


「そう、『書いてあった』んだ全部。なんなら事前に防ぐことも出来た。でもそうしなかったのは政府の闇ってやつだね」


白崎は心底恐ろしかった。今この手にあるものがおぞましく思える。


「そして最後。白崎ちゃんが実際に経験したことだね」


そう。それも白崎にとって重要な疑問だった。


「うーんどこから説明しようかな」


顎に手を当て考え込む柏。


「うん。順繰りにいこうかな。この予言書の解読が始まった時の話だ。そこにはね『人を超えるもの』の記載があった。最初の記述はそんなに大したことじゃなかったんだ。ただ感覚器が鋭い人間が産まれてくるとかね」


感覚器。その言葉は白崎に少し引っかかる。


「そう、さっき司令と御影くんが君に言ってたよね『天然』って。ちゃんと調べないと分からないけど、状況的に君はそれに当たる」


柏はさらに続ける。


「問題があったのはその後なんだ。そういった子達が世界に厄災をもたらすってね。いやいやそこが不明瞭じゃ対応の仕様がない」


彼は時折白崎の顔を見ながら、話に付いてきているかの様な間を作る。


白崎も言葉自体の飲み込みだけは出来ていたので、頷いて続きを促した。


「そしてこの組織が発足した。最初にやったのは予言の解読、その後に回収さ。厄災の原因とされる子供たちを集めた。もちろん拘束なんてしない、監視さ。その中で特に秀でた子達はここに直接集められた」


柏はそこでため息をついた。


「でも事件が起こった。こればっかりは解読が間に合わなかったとしか言えないね」


柏は白崎に渡した本の端を指さす。


「焦げ跡があるでしょ?燃やされちゃったんだ、ほとんどの予言書が。一部の子供たちが逃げてっちゃってね、その首謀者の子が燃やしたんだ」


どこか困ったように彼は笑う。


「その子は?」


白崎が聞く。


「まだ見つかってない。その子が逃げた時に御影くんも生まれたんだ」


そうだ。と白崎は思い出す。あの鎌、あれは人じゃなかった。


「まぁ御影くんの話は後にしよう。僕たちは反旗を翻した子供たちを『反転者』と呼称して追うことになった。彼らは予言書の内容を一部コピーしたようでね、どんな未来でもそれを妨害する行為をしてるんだ」


そこまで話すと柏は一枚の写真を出した。


どこかの海岸、しかしそこには怪奇なものが映っていた。


「なんですか……これ」


黒い塊。半径は数メートルほどしかないが、明らかに風景にあってない。


「これが封域。今日君が入ってしまったものの正体だよ」


自身の記憶を辿る。あの時あの路地裏には「何も無かった」。


「いや、違います。こんなのは見たことないです……」


その言葉に柏はその糸目を開く。


「……なるほど。これはね、さっき言った感覚器の優れた子達が何かを閉じ込めて外の情報を遮断するためのものなんだ。でも君が見たのはこれじゃないなら……」


柏がまた眼鏡を直す。


「それはきっと『反転者』だね。彼らの封域はもっと特殊なんだ。気づいたら入ってる。入ったら別の世界のようだった」


何か分かったように柏は立ち上がる。


「これなら凪ちゃんが手こずるのも納得だ。他に封域に近づいた時何かあったかい?」


近づいた時。


「……吸い込まれました」


そう言うと柏は笑う。


「そっか。何となく今回の事が掴めた気がするよ、ありがとう」


そう言って柏は司令に報告ができたと言い、部屋を後にする。


「……え。どうすればいいの?」


一人残された白崎は入れてもらったお茶に口をつける。


その後も柏が戻ってくる様子はなく、白崎は自分が寝ていたベッドへと入った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


深夜、白崎は目を覚ます。


何か聞こえた。


「……?」


部屋を出る。先程入ったオフィスのような部屋は明かりが点いており、柏の話し声がした。


しかし白崎が聞いたのはその声では無い。


廊下の逆側、上り階段の先からその声は聞こえた。


「……い…………」


静かに登っていくと、夜空が見えた。


扉には窓が付いており、覗くと小さなデッキになっていた。


そこに彼女は居た。


月に照らされながら、小さく蹲っている。


「……!大丈夫?」


何かあったのかと思い、急いで扉を開け近づく。


紅林は白崎に気づくと、赤くした目で睨んだ。


「……なんなのキミ……今はひとりにして欲しいんだけど……」


泣いていた。簡単にわかる事だった。


「ごめん……でも聞こえた気がしたから……」


紅林はまた顔を膝に埋める。


「呼んでない……」


彼女の隣に腰かける。


お互い何も話さず風が通り過ぎる。


体は体温を徐々に奪われ、白崎も体を丸める。


「……私、白崎透華。ちゃんと聞いてなかったね。名前教えて?」


数秒の沈黙の後、紅林が口を開いた。


「……紅林凪。凪でいい」


その言葉に白崎はうっすらと微笑んだ。


空は雲ひとつなく、星はその明るさを十分に魅せていた。

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