case Final 施す者
最終話 白
向ヶ丘高校の屋上は、静かに張り詰めていた。
白崎透華は、目の前の逆神律と背後の周防彩芽、柏碧人の板挟みとなっていた。
周防は律に弾丸を打ち込み牽制する。
一方の律は真っ赤な手で大剣を握り、炎を上げ始めた。
「白崎、下がれ。周防は私の討ち漏らしだ、すぐに片付けるよ」
律は硬い表情で周防に対峙する。
周防は額に冷や汗を浮かべながら叫んだ。
「白崎透華!こっちへ来い!」
状況が飲み込めない白崎は、ただ困惑していた。
その様子を見てか、柏が口を開く。
「白崎さん。律さんはもう澪ちゃんの目を奪ってしまったんだよね?」
白崎は頷く。
彼はその反応をみて、目を閉じた。
「なら、彼女はもう機関の人間として扱えない」
柏が言う。
律はその言葉を笑って見せた。
「……そうか!そこまで残っていたのか!」
彼女の笑いを他所に、柏は一冊の焦げた本を取り出した。
「逆神律。強欲にして力を得た時、掌握を求める」
淡々と『予言』を述べる。
「日時不明、状況不明。でも本当に起こってしまった。律さん、貴方は澪ちゃんの未来視で失われた『予言』をもう一度作り、この国を支配する気ですか?」
柏の言葉に白崎は驚きを隠せずにいた。
白崎は確認するように律を見る。
彼女は柏を冷たい目で見ながら肯定する。
「『予言』、適合者としての力、『罪』。これは世界を変えうる力だ。それをもって私はこの世を永遠の安寧へと誘うことが出来る」
大剣は炎を灯したまま、屋上に突き立てられる。
「全て話そう」
律は静かにそう言った。
彼女は白衣のポケットから煙草を取り出すと、大剣の炎で火を点ける。
「十二年前の機関発足時、私は適合者として『予言』を見る機会があった。そこには世界の混沌が綴られていたんだ」
煙草を口から離すと、真っ白な白煙が宙を漂う。
「私はその為に適合者としての力をつけた。しかし十年前の澪が起こした事件でその『予言』は消失した。そこで未来が変わるとは思わなかった。だから逃げ出した澪が持っていた未来視を手に入れようと動き始めた」
律は白崎を見る。
「白崎くん。キミはある意味で運命という絶対的な物に縛られていない人間だ。だからこそ、キミが私にとってどんな人物が見極める必要があった」
澪は確かに白崎は『予言』に記載がないと言っていた。
律は続ける。
「私が未来視を手に入れ、新たな『予言』を記した時、私の率いる運命決定機関の一員であって欲しい。今までと同様にね」
律は白崎に向かって手を差し伸べる。
「私と共に運命を作ろうじゃないか。……まずはそうだな、政府から掌握しようか。その後は世界だ。適合者を集め、どんな軍よりも、兵器よりも強力な部隊を作り、この星の頂点に立とう」
彼女は冗談で言っている訳では無いと、白崎は感じ取っていた。
白崎が彼女の言葉に圧倒されていると、柏が口を挟む。
「……それが貴方の目的なんですね。なら、ここで機関を破棄、解散しましょう」
柏が手に持った一丁の銃を律に向ける。
その瞬間、律の大剣が煌めいた。
「……なっ」
柏のそんな声が聞こえたかと思うと、彼のいた所に炎の柱が立っていた。
「適合者でもないキミが、私に意見できるとでも思ったのかい?」
周防が静かに悲鳴を上げた。
柏は全身を焼かれ、その場に倒れる。
白崎はまだ竦んだ足を動かせずにいた。
「私は手段を選ばないよ。今までもそうだった」
彼女がそこまで話した時、屋上階段を誰かが駆け上がってくる。
「透華!」
紅林凪は、傷ついた体で白崎の前に立つ。
その手には、凛ではない『罪』が握られていた。
彼女は状況も確認しないまま、律と対峙する。
「紅林くん、お疲れ様。もうすぐ全て終わるところだよ」
律は機関内でのいつもの雰囲気で彼女に言う。
「……そうですね。貴方を止めれば、全部終わります」
その言葉に律は首を傾げる。
「ここに来るまでに、大宮琥珀からあなたの事を聞きました」
紅林は手に持った大槍を向ける。
「柏先生も、貴方の動向に気づいていた。そんな馬鹿げたことは……させない」
彼女の表情を見て、律はため息をついた。
「……そうか。なら話の続きにでもしようか。紅林くん、キミを拾った時の話だ」
紅林の表情が固まる。
「澪を逃がした後、優秀な適合者を集めるために試行錯誤したんだ。通常適合者は本人の意思が無い、又は能力が突出していない場合は、機関に引き入れることが出来ないからね」
その言葉で紅林は目を見開く。
「そう、キミは『予言』にあった。だから十年前、キミの家族を燃やしたんだ。キミ自身が無事かの保証は無かったがね」
紅林は激昂する。
槍に水を纏わせ、放出する。
「……お前が!」
見たこともない彼女の表情に白崎は驚いていた。
紅林の攻撃は炎の壁に飲まれ消えていく。
「封域……!」
紅林が封域を展開する。
周囲が深海のような暗さに包まれ、その場にいた全員を浮遊感が襲う。
「……封域に新たな『罪』か、大成したな」
律が笑う。
「お前は、私が止める!」
紅林が駆ける。
彼女一人だけがその場に地面があるかのように疾走する。
槍は水を纏い、その大きさを増していく。
「封域」
紅林が槍を突き出した時、律は呟く。
彼女の封域が音を立てて崩れ、地面は熱を発し始めた。
巨大な水の槍はその場で蒸発し、残った槍の一刺しも律の大剣に阻まれてしまう。
周囲の景色が一変する。
活火山の真っ只中に居るように、赤い大地が広がり、所々からマグマが吹き出す。
「私たちが使うこの力は、何よりも支配に向いている。他者が持たない物を持ってるという事は、一方的に蹂躙できるということなんだよ」
律が大剣を振るう。
大きな炎と熱風が紅林を襲う。
「紅林くんが無事に機関に来てくれたのは僥倖だったが、この状況なら拾い損だったな」
律は煙を発している紅林に言う。
彼女の目は、まだ死んではいなかった。
盾を前に、律の一撃を受けた彼女は、既のところで水の力を使い相殺していた。
それでも尚、紅林の体には焼けたような跡が浮かんでいる。
「はぁぁぁぁぁ!」
紅林が槍を構え、水を自身の体に纏わせるようにし、律との距離を詰める。
突きを放ち、攻撃を避ける律を追うように槍を回す。
「その動きは既に見えているよ」
律は彼女の槍捌きを簡単に躱してみせる。
紅林は叫ぶと、彼女の背後から大きな津波が発生する。
封域全部を飲み込まんと、波の規模は大きくなっていく。
「読まれてるなら、読んでても躱せない攻撃をするまで…!」
大波が律を呑み込む。
叩きつけるような衝撃で、封域内の地形が崩れていく。
いくつかの溶岩は固まり、煙を発していく。
紅林は静かに前を見ていた。
「惜しいな」
律はその場に佇んでいた。
大剣を前に、襲ってきた波を蒸発させており、白い水蒸気が彼女を覆っている。
律が動く。
大剣の炎を増幅させ、紅林に斬り掛かる。
紅林は盾を十分に使い、その攻撃を受けようとするものの、律の手に入れた未来視の力による死角からの攻撃で少しづつ傷を負っていく。
「……っ」
紅林は自身を大きな水の塊に呑ませ、その中で彼女の攻撃を待つ。
「回答としては満点だ。だが!」
律の大剣が煌めく。
炎はさらに数倍大きくなり、爆発を含んだ一撃が水の籠にぶつかる。
大きな爆発と、蒸発音が周囲に響き渡る。
目を閉じた白崎はゆっくりと瞼を開く。
彼女の目には崩れ去る紅林が映った。
「……凪!」
白崎は彼女に触れようとする。
しかしそこには紅林は居らず、白崎の数歩前に彼女は居た。
「……透華、戦える!?」
彼女の言葉に、白崎は不安を感じながらも頷く。
鎌を構え、紅林の隣に立つ。
律はその様子を見て、額を手で覆った。
「白崎くん、キミはもう少し賢いと思ったんだがね」
律が大剣を構え、距離を詰めてくる。
紅林がその一撃を受け止め、白崎が鎌で襲いかかる。
「無意味だと、分からないのか!」
白崎の一撃を避け、律は紅林の背後を取る。
彼女は振り返りながら大剣を振るおうとしたが、その動きを止めて大きく跳ねる。
銃声が響き、律の居た場所へ弾丸が飛んでいた。
「……援護くらいなら、出来る!」
銃をライフルに持ち替えた周防が、スコープ越しにこちらを向いていた。
律が舌打ちをする。
「人数が増えたところで結果は変わらないよ」
距離を置いた律が黒い液体を吐き出す。
「……異形化!?」
白崎のその言葉を彼女は嗤う。
「そんな甘いものじゃないさ。異形化は己の欲望。それを制御し身に纏う」
黒い液体は彼女の体を這うように覆っていく。
頭部、腕、体、足。
その全てが液体に包まれると、それは一気に凝固した。
真っ黒な鎧のようになったそれは、装飾の一部から炎を吹き出す。
衝撃となった炎の波動は、その場にいた全員を襲った。
紅林は白崎の前に立ち、盾でその衝撃を受け止める。
背後では周防がその衝撃に呑まれ、呻き声を上げていた。
「周防さん!」
白崎が背後を向く。
周防は受身を取れずに仰向けで倒れ、気絶していた。
「まずは一人」
律が赤い目を光らせながら大剣を構える。
一つの火球の様な突進が、紅林の盾を襲う。
その隙に白崎は側面に動き、鎌で律の首を狙う。
「見えている!」
律は大剣に炎を灯し、鎧となった部分から炎を吹き出す。
大剣の一撃によって紅林は大きく後退し、白崎は炎に吹き飛ばされる。
二、三度転がり、白崎は起き上がろうとするも、膝を着いてしまう。
「まだ、なにか迷っているのか?」
律が白崎に問う。
彼女は事実、答えを出せずにいた。
『予言』の有用性と、これから先それを生み出すことが出来る律。
しかし彼女の野望には加担出来ない。
人を助けることが出来る力を持った者が、野望に走ってしまうことに悲しさすら感じていた。
白崎は律の改心を心のどこかで望んでいた。
「……っ」
どうにか自身を奮い立てようとするも、体は言うことを聞かなかった。
律はそんな白崎にゆっくりと近づいていく。
「優しいな。やはりキミはいい子だ」
どこか皮肉っぽく律は笑った。
彼女の大剣が再度炎を灯す。
骨すら残さないと言わんばかりの熱量が、白崎の肌を伝ってくる。
「私の覇道は一人で進むとしよう」
大剣が振り下ろされる。
紅林が叫ぶ。
彼女は疾走し、白崎の前に立った。
盾で律の一撃を受け止めながら白崎に言う。
「迷うなら!透華が今何をしたいのかでいい!」
上段からの攻撃を受けた盾が、その位置を少しづつ下げていく。
紅林の足が地に食い込み、押しつぶされる。
「……私は、透華に二回救われた。だから、私は透華の力になりたい。助けになりたい!」
彼女は最後の力を振り絞って盾を持ち上げる。
槍を捨て、両手で律の一撃を押し返し始める。
白崎はそんな彼女を見て、何かを思い出そうとしていた。
いつかの車内。紅林は白崎に何かを伝えようとしていた事。
初めて彼女を見た時、その涙に見覚えがあった事。
記憶は十年前の夜に遡る。
あの日、大きな火災があった。
父は炎に飲まれ、白崎は母を探して炎の街を走っていた。
その時、彼女の耳に少女の鳴き声が聞こえた。
幼い白崎はその声を聞いて、恐怖を押し殺し声の元へと方向を変える。
燃え盛る家の端、泣きながら震える少女に白崎は手を差し伸べた。
「……あ」
その少女とは助かった後会うことは無かった。
白崎は改めて紅林を見る。
少女と紅林が重なる。
そこで白崎の覚悟は決まった。
紅林の守りが崩れる。
盾は両断され、紅林は炎に吹き飛ばされる。
白崎は飛んでいく彼女を追いかけ、なんとか受け止めた。
紅林は気を失ってしまった様で、白崎は静かに彼女を横たわらせた。
「……御影、凪をお願い」
鎌を手放し、人型に戻った御影は困惑の表情を浮かべる。
「……は!?どうするつもりなんだよ!」
彼の疑問は、白崎の片手にかき消される。
白崎の右手に白い液体が蠢いていた。
真っ直ぐと律を見据え、白崎は言う。
「『アルムズ』」
白崎の手の白い液体が、意思を持つようにうねる。
それはゆっくりと彼女の手に収まる刀へと変貌した。
「……施す者、か」
律が笑う。
白崎はその刀で自身の髪を短く両断する。
「私は、この場にいる人を救う。全員に手を差し伸べる。私が守りたいものを傷つけるなら……逆神律、あなたを切る」
刀を構える。
白崎の頭は清々しいほどに冴えていた。
律の動きが良く見えている。
発達した聴覚は、律の火炎の発生を瞬時に察知する。
「……え」
それは白崎にも予想できない状況だった。
律が大剣を構え、爆炎とともに動く軌道が見える。
しかし、実際はその動きが後から襲い掛かってきていた。
動きの先読みかと彼女は感じていた。
「……透華ちゃん」
白崎の耳にだけ、澪の声が聞こえる。
剣戟の中、律もその異変に気づき始めていた。
「白崎……キミにも見えているのか?」
本人の気づかない場所で、白崎の目が赤く変色していた。
お互いの剣がぶつかる。
白崎は律の言葉で、自身の変化を察すると、次の一手を打つ。
「……封域、展開!」
白崎が叫ぶ。
律の封域が音を立てて崩れ始めた。
景色は冬晴れの校舎。
屋上は所々ヒビが入り、コンクリートがえぐれている。
屋上階段付近では、周防と柏が倒れており、柵の近くに澪が気を失っている。
「何だこれは……」
律が困惑の声を上げる。
彼女が纏っていた異形の鎧は跡形もなく消えており、大剣から何度も発せられていた炎は一切その火を灯さない。
「封域はその人の心象風景。私の世界はこのいつも通りの風景なんだ」
白崎は茶色の瞳で言う。
律は焦ったように自身の目に手を翳す。
「見えない……」
白崎が刀を構える。
「私が守りたい世界に、適合者の力は要らない。『予言』も、誰かに決められた運命も!」
律が冷や汗を流す。
「……封域!」
彼女が叫ぶも、何も起こらない。
そこで律は察したように白崎を睨みつけた。
「全て消える……?」
律も大剣を構えた。
両者の『罪』はその姿を徐々に透明にしていく。
晴天の屋上で火花が散った。
白崎が刀を振り、律がそれを受ける。
「……重い」
律は片手で操っていた大剣を、両手で振るう。
『罪』はその特性上、重量を操作出来るが、白崎の封域内ではそれすら機能しなくなっていた。
互いの汗の量が、武器を振るう過酷さを物語る。
数度打ち合うと、互いの体力が限界に近づく。
身体能力を含む、適合者の大凡の能力が使えない空間。
その攻防に終わりの時が訪れた。
律の動きが鈍る。
白崎はその瞬間を逃さず刀を振った。
その瞬間、封域が崩れる。
ガラスが砕けるように、封域と全く同じ景色が広がる。
白崎は息を荒らげながら、律が倒れるのを見ていた。
「……ここまでか」
彼女は最後にそう言い、崩れ落ちる。
それを見送った瞬間、白崎の体に異変が起こる。
手に持った刀は、白い液体に変化したかと思うと、真っ黒に染まり始める。
「……嘘」
白崎に力は残っていなかった。
液体が白崎の体を蝕むように包み込む。
その時、一つの銃声がした。
白崎が首で振り返ると、そこには柏碧人が白煙を上げた銃を白崎に向けていた。
「……ごめんね白崎さん。最後の悪魔は僕なんだ」
白崎は自身の肩に拡がった赤い染みをみて呟く。
「やっぱりそうか」
白崎の視界はそこで途絶えた。




