case4 奪う者 :4
第十六話 奪う者
向ヶ丘高校三年教室がある3階は、風が吹き抜けていた。
廊下の窓ガラスはその殆どが割れ、壁や天井には燃えたような焦げ跡がいくつも付いている。
白崎透華はある変化に気がついていた。
「御影、封域が消えた……」
彼女が手に持っていたのは一本の大きな鎌だった。
漆黒の刀身に、刃の付け根には不気味な瞳が付いている。
「いや、校庭の方で別の封域が出来てやがる」
鎌から発せられた言葉は、御影と呼ばれた青年の物だった。
白崎は一度校庭の方向を見る。
校庭には真っ黒なドームのような物が出来上がっていた。
「……凛」
不安げにそう呟くと、彼女は首を振り前を向いた。
「……行こう」
3階にある屋上階段を白崎は登っていく。
向ヶ丘高校を包んでいた逆神澪の封域は、校庭に居る人物の封域で相殺されたようだった。
白崎が屋上扉を勢いよく開ける。
「……誰もいない?」
冬晴れの空は綺麗に晴れていて、屋上の閑散具合を際立たせていた。
白崎は鎌を構えたまま慎重に屋上に入って行く。
周囲を見渡し、屋上の中心まで来た時に背後から声を掛けられる。
「透華ちゃん!」
白崎が声の方向に視線を送ると、そこには体育館に避難したはずの黒咲がいた。
彼女は白崎の姿を見るなり走って近づいていく。
「透華ちゃん、どうしたの?すごい音もしたけど……」
白崎は黙ってしまう。
黒咲をこの戦いに巻き込む訳にはいかないと、白崎は俯く。
「……ごめん黒咲さん。今は……」
その続きを言おうとした時、黒崎の表情と共に背後に気配を感じる。
「透華ちゃん後ろ!」
黒崎の言葉と共に白崎が振り返る。
そこには先程までそこにいなかった人物が立っていた。
カジュアルな服装に端正な髪型。
少なくともこの学校の生徒では無い男がそこにいた。
「随分と遅かったな……」
男は冷たい目で言う。
「逆神澪はどこ?」
白崎は男と対峙しながら、黒咲の盾になるように位置どる。
男は不思議そうな顔をする。
「黒咲さん、 体育館で皆と待ってて……」
黒咲は自身の目の前に出された白崎の手に触れる。
「……大丈夫だよ」
彼女は白崎の手を下げた。
白崎が振り返る。
そこには白崎の知らない表情をした黒咲がいた。
「逆神澪はここに居るの」
黒咲はそう言うと男の元まで歩いていく。
「黒咲さん……?」
白崎は困惑していた。
この一年間ずっと一緒にいた黒咲が、自身を逆神澪と名乗った。
そんな素振りなどどこにも無かった。
そして、彼女には何度も白崎を手にかけるチャンスがあった。
「……どういうこと?」
白崎は彼女に問う。
澪は無表情で応えた。
「信じたくないと思うけど、これが事実なんだよ。透華ちゃんと一年一緒にいたのは逆神澪だったって事」
澪は男に向かって手をかざす。
「『ワース』」
男が溶けだし、澪の手に収まる。
現れたのは一本の剣。
刀身は赤い装飾が施され、熱を帯びたように揺らめいている。
「まずはお話からしよっか」
澪は黒咲の時と同じ笑顔でそう言った。
真っ赤な炎が澪の背後から上がる。
火柱となったそれはその頂点で四方八方に散っていく。
あっという間に白崎と彼女の周囲に炎の檻が完成した。
白崎は狼狽したまま何もすることが出来ない。
彼女の目の前にいる人物は間違いなく黒咲牡丹だった。
何者かに操られているような様子もない。
彼女は自身の意思で逆神澪としてそこに立っている。
「まずは何から話そうか……」
澪は考えるように目線だけ上に向ける。
「うーん、透華ちゃんが知ってることは多いと思うから、知らさなさそうなことから」
昼休みに談笑するような口調で話始める。
「透華ちゃんとの出会いからでいいかな。私たちが機関から『予言』の一部を持ち出したのは分かってるよね。私が透華ちゃんに目をつけたのはそれが原因」
白崎は自身がこの学校に転入した日のことを思い出す。
「透華ちゃんってあの時の『予言』に無かったんだ。だから私は近づいたの」
彼女は炎で真っ赤になった空間で、ひとり涼し気に続ける。
「適合者になった時何か言われた?天然、とかさ」
白崎の記憶には確かにそれがあった。
初めて機関に行った時、確かにそう言われた。
「実際突然適合者になる子はいるんだよね。葦原くんとか、周防さんもそう」
白崎の知る黒咲が、知りもしない名前。
それが簡単に彼女の口から出た。
「じゃあ天然じゃない適合者について疑問に思ったことは無い?作れるんだよ、適合者って」
悪戯っぽく笑う彼女に白崎は背筋が凍った。
「……まさか」
白崎の驚きに澪は頷く。
「そのまさか。簡単じゃないけどね。強い力を持った適合者と、多くの時間を過ごした人は適合者として覚醒することがあるんだ」
彼女は退屈そうに手の剣を回して遊ぶと、さらに続ける。
「佐々木さんとか大宮先生もそう。素質がありそうな二人を私が適合者にしたの」
そこまで話すと彼女は表情を不服そうに変える。
「まぁ、その後の『予言』で佐々木さんは元々適合者になるみたいだったけどね」
白崎は混乱していた。
自身の置かれてきた適合者という状況は、彼女が作ったという。
動揺が思考を鈍らせる。
「透華ちゃんが美化委員になる事を聞いて、佐々木さんに委員会を変えてもらったり、透華ちゃんの帰る道を調べて、そこで封域に引きずり込んでもらったり、大変だったんだよ?」
話すことが出来ない白崎に澪は言う。
「ぜんぶ、透華ちゃんをここまでこさせる為に」
澪の剣が赤く光る。
「透華ちゃん。私と一緒にお姉ちゃんを倒して?」
白崎は答えられない。
ただ、現実に打ちのめされ切迫した状況に息を切らすことしかできなかった。
「……待って」
「待てない。桂花がこの時間までにここに来ないってことは、周防さんは失敗して、お姉ちゃんはもう桂花を手にしてる。時間はないんだよ」
澪が近づく。
白崎に手を差し伸べ、彼女のよく知った笑顔で言う。
「私と一緒に運命を壊して」
白崎は澪の手を払う。
「待ってよ……分かんない、どういう事なの?律さんは何をしようとしてるの?黒咲さんは何がしたいの……」
彼女は最後俯いてしまう。
澪はそんな白崎を見て、困った表情になる。
「……そうだよね。なら話すよ。私が何をしたいのか、お姉ちゃんが何をしようとしてるのか」
澪は白崎の目を見る。
「聞いたかもしれないけど、私は『予言』の全てを壊したい。何かに支配される人生なんて、未来なんて要らないの。人々がそれに頼って考えなくなるのはおかしいと思う」
澪は皮肉っぽく笑う。
「でもね、私のこの選択も『予言』に書いてあるんだ。この騒ぎの日付はもう少し先だけどね」
彼女が持った剣はその煌めきを増した。
「全ての『予言』と機関、そして適合者を解放する。みんなで元の日常に戻りたいんだ」
二人を包んだ炎は燃え尽きる様子を見せず、その場を維持していた。
白崎は彼女の言葉に賛同するのは簡単だった。
しかし白崎自身が見過ごせない事件があったことも事実だった。
白崎は苦痛の表情で下唇を噛む。
「白崎くん、その子の戯言は聞かなくていいぞ」
背後から律の声がする。
白崎の目の前の澪は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
二人を覆っていた炎のドームが切り裂かれる。
真横に両断されたそれは力を失ったように散り散りになり消えていく。
「……お姉ちゃん」
澪が静かに呟く。
消える炎の中から逆神律が現れる。
その手には一本の白い大剣が握られており、刃の装飾は煌々と輝いている。
彼女はゆっくりと白崎の隣に立つ。
「機関にとってこいつはもう敵なんだ。『予言』はこれからも多くの人を救うことが出来る」
白崎の肩に手を乗せると、律は笑いかける。
「自信をもて、私たちのやってきたことは正しい」
律はそのまま白崎を背にするように澪と対峙する。
「久しぶりだな澪。随分と大きくなって……いい女になったな」
表情は余裕綽々で、談笑するかのようだった。
澪はそんな彼女を見て、忌々しそうに剣を構えた。
「……私は、あんたの顔なんて見たくなかった」
律はその言葉を聞くと、少し残念そうな表情をする。
「……そうか。なら……さよならだな」
大剣と剣が交わる。
澪の炎の剣は、律を燃やし尽くさんとばかりに燃え盛る。
「加減は無しか?こちとら『罪』を手にするのは数年ぶりなんだぞ」
そう言いながらも大剣から炎が吹き出す。
火山の爆発のようなそれは、後ろにいた白崎を吹き飛ばそうとする。
「……もう全部戻ってるんでしょ、なら!」
鍔迫り合いは澪が制し、律が滑るように後退する。
「封域!」
澪がそう叫ぶと、周囲の空間に変化が現れる。
真っ暗なドーム状の様にそれは拡がっていき、三人と屋上を包む。
一見空間に包まれた以外の変化はどこにも見当たらない。
「……澪、お前の封域は何ができるんだ?」
律はその状況を楽しむように彼女に問う。
澪は静かに話し始めた。
「ここは私の心象。私の力は怒り」
澪の背後に一つ小さな炎が灯る。
それと同時に彼女は剣を構え、一気に距離を詰める。
互いの武器が火花を散らした時、律の表情が変わる。
不格好に澪の剣を弾くと、大剣を片手に持ち、空いた手を軽く振った。
「なるほどな……」
律が大剣を構え直し、そこに炎を灯す。
澪は黙ったまま彼女に追撃を仕掛けた。
再度剣戟が交わる。
炎を纏った剣は飛ぶ火花さえも発火させ、さらに勢いづく。
澪の背後の炎が一つ増える。
「……くっ」
律が大きく飛ばされる。
「お姉ちゃん、本気でやりなよ」
澪は冷たい目で彼女に言う。
律もそれに応えるように、掛けていた眼鏡を外す。
再び互いの剣が振るわれる。
先程と様子が違うのは、剣が交わらず互いの体にも触れないということだった。
「……随分と厄介な封域だな!」
律の大振りが澪の剣を捉える。
彼女が両手で振るったそれは、澪の片手で持った剣に止められてしまう。
澪の背後の炎がまた一つ増える。
「……ならお姉ちゃんも封域を使えば?」
彼女は挑発的な態度で言う。
律は体を大きく翻し、澪の追撃を躱す。
「私の封域はこんな所でつかていい物じゃなくてね」
彼女は守るように大剣を構える。
「それに、全く捌けない訳じゃない。いくら力が強くなったところで当たらなければ問題ないさ」
律は笑う。
その表情に呼応するように、澪の表情は怒りに満ちる。
彼女の背後の炎が四つめを灯した。
「ほうら、四つめだ。急いだ方がいいんじゃないか?」
澪の攻撃を躱しながら律は言う。
白崎にも彼女の言葉の意味がわかってくる。
澪の背後に灯っている炎は、六角形を描くように時計回りに灯っている。
炎が増える度に澪の力は上がるが、それと同時に彼女は感情の制御が困難になっているような気がした。
律は、澪の猛攻を全て間一髪で避け、捌く。
「見えていても、当たらないなら意味が無いさ」
澪は律の動きに合わせて剣を振っている。
しかし律は、彼女の剣先の動きで切る場所を判断しているようで、先回りされた斬撃も体捌きで回避していた。
澪の背後に五つ目の炎が灯る。
「黙れ!」
明らかに彼女の感情が昂っている。
それと同時に剣は空を切る回数が増えていた。
振り下ろした剣は、律を捉えられずにコンクリートに刺さる。
屋上に大きなヒビが入る。
澪は肩で息をしながら苦しそうな表情を浮かべた。
「強大な力を制御し自身の力に変える。その為の封域か、発想としては悪くない」
第三者のような口振りで律は言う。
彼女の大剣が炎を纏いその大きさを増していく。
「しかし時間制限があるとは悲しい、未完成だ」
澪が俯き肩を落とす。
それと同時に彼女の封域が消えていく。
「六つまでいくと異形化するんだろう?制御出来ないレベルで」
律が大剣を構え、澪に向かって走り出す。
「……あと数日後なら、その封域は完成しただろうな」
白崎はそこで気づく。
元々逆神澪の動き出す日付はさらに先だったと。
彼女はその運命に抗うため、自身の大成を犠牲にして行動を起こした。
「……待って!」
白崎は叫ぶ。
しかしその声は律には届かず、彼女の爆炎が澪を包んだ。
白崎は膝から崩れ、彼女達の姿を見ることしか出来なかった。
炎が晴れ、律の姿が見える。
その正面には、黒い煙を上げた澪が目を閉じて倒れていくのが見えた。
「そんな……」
白崎の目には涙が浮かんでいた。
彼女の目に写っているのは逆神澪であり、黒咲牡丹だった。
その彼女が大きな火傷と共に地に伏せる。
白崎は、迷い、判断できず、見ることしか出来なかった自身に心底嫌気がしていた。
律が笑う。
「これで障害は全てなくなった!」
彼女は倒れた澪に近づいていく。
「……何を?」
律はうつ伏せの澪を返すと、その顔に手を伸ばす。
白崎は戦慄した。
彼女は澪の左目に手を伸ばすと、その眼球を抉りとる。
そしてそれを自らの口へと運ぶ。
真っ赤に濡れた律の手が気味悪く光る。
「貰っていくぞ澪。お前の未来視を」
律の目の色が茶色から赤色に変わる。
呆然とする白崎に、律は笑いかける。
「……これで全部終わりだ白崎くん。私たちの勝ちだ」
律は白崎の元へと近づいてくる。
「さて、学校の人たちを解放して、我々も帰ろうか。これからやる事は山ほどある」
白崎は動けなかった。
澪の血で染った手を差し伸べる律に、だた恐怖していた。
「伏せて」
階段から声がする。
それと同時に、白崎の頬数センチを何かが通り過ぎる。
律は大剣を盾にし、それを弾く。
「……生きていたか」
弾かれたのは一発の銃弾だった。
白崎が振り返ると、そこには周防彩芽と柏碧人が立っていた。
「……律さん」
柏はどこか悲しそうな表情で彼女を見ていた。




