case4 奪う者 :3
第十五話 抑圧
炎は木造の旧館を容赦なく炭に変えていた。
熱気は校庭に広がっており、その場にいた二人は少しづつ汗をかき始めている。
対峙していたのは凛と葦原橙矢だった。
凛は片手に細身の剣を持ち、葦原は両腕び三又の刃が付いた鉄甲を構えている。
校庭は所々地面が隆起しており、葦原はそれを足場にして凛に飛びかかる。
「意外とやるじゃねぇか」
両者の刃が火花を散らす。
表情に余裕のある葦原は、鍔迫り合いを離脱すると、自身の作りだした岩場を数回跳ね、再度襲いかかる。
一方の凛は防戦一方で、変幻自在に動き回る葦原の動きに翻弄されていた。
数回の攻撃の後、葦原がその足を止めた。
「思ったよりも楽しいぜ、お前『罪』のクセに中々動けるじゃねぇか」
凛はその言葉に反応もせず、距離を詰め突きを繰り出す。
「攻め気もある!戦い慣れしてんなぁ!」
凛の突きを軽々と捌き、反撃に蹴りを入れる。
彼女は蹴りを受け、大きく後退する。
「黙りか。まぁいいぜ、集中力は勝ちに必要な要素だ」
葦原が地面に手をつけると、彼の周囲の地面から数本の岩の柱が生えてくる。
「……うるさいわね」
凛が俯いたまま言う。
彼女は岩の柱の一本にその姿を隠す。
葦原はその岩柱を目掛けて突進する。
彼が柱の裏側に回り込んだ時、異変に気づく。
「上か!」
柱の上部、剣を刺して凛は待っていた。
柱から剣を抜き、落下しながら切っ先を向ける。
葦原はそれを鉄甲で受けると、凛を弾く。
着地に失敗した彼女は、砂埃を上げながら転がる。
「アタマの回転もいい……が、決め手に欠けてるな。まぁお前一人でよくやってる方だ。大宮あたりなら相手できるんじゃねぇか?」
起き上がる凛に葦原は言う。
凛はもう一度剣を構え、葦原に向かって走り出す。
葦原はそれを待つように、その場で迎撃の構えをとった。
二度、三度と凛が突きを放ち、その度に葦原は小さく後退しながら弾いていく。
「……飽きたな」
凛の攻撃の合間に葦原が鉄甲を振り始める。
彼が攻勢に出た途端、凛は剣戟を仕掛けられなくなり、守りながら後退する。
手数は圧倒的に葦原が多く、凛に少しづつ切り傷ができ始めた。
「……くっ」
必死に両腕の刃を受け続ける凛に、葦原は言う。
「そろそろ盾に変えた方がいい……ギア上げるぜ!」
猛攻がさらにそのスピードを上げる。
回転し、蹴りを混ぜ、地に手を付けて地面を鋭利に隆起させ、背後以外の全ての方向から攻撃を繰り出す。
凛はその速さに付いていけず、剣を弾かれた瞬間に踏み込まれる。
「チェックメイトだ、ナイスファイトだったぜ」
交差した鉄甲の刃は、凛の胴体を捉えた。
血を流し凛が倒れる。
葦原はその姿を見下ろしながら、退屈そうな顔をした。
「さて、大宮もそろそろやられる頃だろうし、助けに行ってやるか」
鉄甲に着いた血を払うように落とすと、校舎に向かって歩き出す。
「……へぇ」
葦原が歩みを止める。
彼の視線の先には、隊服を着た紅林凪が立っていた。
「……借りを返しに来た」
頭に巻いた包帯を外し、紅林は言う。
「もう立てねぇくらいにはしたつもりなんだけどな」
紅林は葦原に向かって走り出す。
彼は特に構えもせずに彼女を見ていた。
「『エンヴィ』!」
紅林が叫ぶ。
倒れていた凛は顔だけあげると、液体となり紅林の手に集まる。
盾と細剣を手にした紅林は、そのまま葦原に斬りかかった。
紅林の剣戟は葦原の鉄甲に阻まれる。
「調子はどうだ?アレはちゃんと管理出来てんのか?」
鍔迫り合いをしながら葦原は彼女に問う。
「……黙れ!」
紅林が剣に力を込め、葦原を突き飛ばす。
葦原は冷めた顔で紅林を見る。
「……抑えろよ、漏れてんぞ」
その言葉で紅林は気づく。
彼女の背から真っ黒な液体が外套のように漏れ出していた。
「……っ」
紅林が苦悶の表情を浮かべると、液体は規模を小さくしていく。
しかし、一度小さくなったはずのそれはもう一度膨張し、漏れ出した状態に戻ってしまう。
「……まぁいいぜ。次暴走するようなら今度こそ楽にしてやる」
葦原が鉄甲の刃を向け構える。
紅林は額に大きな汗を浮かべながら盾を構えた。
葦原が跳ぶ。
岩の柱に足をかけ、更に跳躍する。
宙に舞った葦原は体を丸め、回転しながら落下攻撃を仕掛ける。
紅林はそれを盾で受け流し、着地した隙に突きを繰り出す。
葦原はそれを宙返りして躱すと、そのまま突進する。
「どうしてここに来た!」
盾を構え守りの体勢に入っている紅林に問う。
「それが……私の責務だから!」
盾と刃が火花を散らす。
葦原は心底楽しそうに笑う。
「責務!いいねぇ!お固いこった」
葦原が離れる。
「……!」
紅林の背の液体が膨張する。
左腕を飲み込もうとするそれは、紅林を恐怖させた。
振り払おうとするも、それは離れない。
「しっかりコントロールしろ!それはお前の欲望だろ!」
葦原が間髪入れずに斬りかかってくる。
紅林は動きの鈍った盾で防ぐのを諦め、剣でその攻撃を受け止める。
葦原は笑いその力をさらに込める。
「今日で全部決まんだ、お互い全部出し切ろうぜ!」
彼はその場で回転し、紅林を吹き飛ばす。
紅林は体勢を整え、再度突撃してくる彼の猛攻に備える。
その表情は苦しそうで、盾を構えた左腕は、黒い液体が指先まで侵食しつつあった。
葦原はまた舞うように回転斬りを繰り出し、紅林を後退させていく。
二人の間に一定の距離が空いた時、二人の耳に高い音が聞こえる。
校舎3階の廊下で、白崎が異形と対峙しているのが二人には見えた。
「……っ!」
紅林が動揺の表情を見せる。
「……ったくヤケにでもなったのか、あのババア」
対照的に葦原は面倒くさそうに舌打ちをする。
彼は紅林に言う。
「どうする?ここで俺を無視して白崎を助けに行くか?」
挑発的な言葉に紅林は乗らない。
「……お前をここで止めて、あっちには行かせない。それだけでも十分だ……」
紅林が剣を構え、駆け出す。
その瞬間紅林の顔の左側、口や耳、目から黒い液体が湧き出した。
紅林の足が止まる。
黒い液体は彼女の左半身を殆どを飲み込んでいく。
その様子を葦原は憐れむように見ていた。
「紅林、お前の抱えてるもんが何かは俺には分からねぇ。ただ、自分自身を制御出来ねぇ奴には俺を倒すことは出来ねぇよ」
紅林が盾を落とす。
液体は彼女の半身どころか、全身を飲み込もうとしていた。
紅林の持っている剣が盾と共に人の形に戻る。
凛は実体化すると、紅林の肩を抑えるように持つ。
「紅林凪!しっかりしなさい!ちゃんと抑えるの!」
彼女の言葉に紅林は悔しそうに叫ぶ。
「私は抑えようとしてる!……でも」
紅林が黒い液体に呑まれる。
液体は紅林の人型からさらに膨張すると、巨大な角を持った二足歩行の雄牛の形へと変貌する。
「凪……」
ボロボロの凛は呟く。
雄牛の異形は、その大きな腕の一振りで凛を石柱まで吹き飛ばした。
「……つまんねぇ戦いになっちまったな」
葦原は鉄甲を交差し構える。
漆黒の巨体は葦原を見下ろしながら雄叫びを上げる。
大きな二本角を彼に向けると、地を鳴らしながら突進した。
葦原は自身の真下の地面に触れ、円形状に大地を隆起させると、大きく跳ねその突進を躱す。
背後に着地すると、異形が振り向くよりも速く鉄甲の刃を振るう。
異形の背から、血液とも体液とも見れる黒い液体が吹き出す。
「図体がデケェだけならいいんだけどな……」
地に落ちた液体が、地面に触れる瞬間に鋭利な針状に変形し葦原を襲う。
葦原は走りながらそれを躱し、鉄甲で防ぐ。
針の追撃を捌くと、彼は異形の股下から懐に入り腹部を切り刻む。
異形は背後を振り返る途中で腹部の異常に気がつくと、葦原を押し潰さんと片足を上げる。
腹部から正面に出た葦原は、地面を複数回切ると大きな土の塊を宙に蹴り上げる。
彼はそのまま自身の真下を隆起させ、宙に放った土の塊と共に異形の顔面まで飛ぶ。
「これで、一回目だ!」
土の塊を異形の顔面に向かって蹴る。
勢いよく飛んでいくそれは、異形に到達する前に形状を変える。
土の塊は鋭利な一本の槍のように変化すると、異形を捉える。
それが鼻先から突き刺さると、異形は雄叫びを上げて倒れる。
土埃とともに異形はその姿を保てなくなり、大量の液体に変わり中から紅林が目を閉じたまま姿を現す。
「……どうせまだ来るんだろ」
葦原はゆっくりと彼女に近づいていく。
彼は紅林の目の前に立つと、鉄甲の刃を振り上げる。
「……チッ」
彼の刃は紅林に到達する前に一本の細剣に阻まれる。
凛はその美貌を血に濡らしながら、葦原の刃を止めていた。
彼女にもう力は残っていないようで、立っているのが奇跡のようだった。
「お前も大概だな……」
葦原はため息をつく。
凛は背後にいる紅林に叫ぶ。
「……起きなさい紅林凪!……あんたは透華の所に行くんでしょう!」
凛が片膝を付いたところで葦原は刃を下ろす。
「……無駄だよ。そいつはまた異形化する、意識なんか残っちゃいねぇ」
彼にそう言われながらも凛は呼びかけ続ける。
「透華に伝えることがあるんじゃないの……?こんなとこで終わっていい訳ないでしょ!」
葦原は鬱陶しそうに凛を見下ろしていた。
彼はまたため息をつくと、凛に向かって怒鳴る。
「無駄だって言ってんだろ!適合者は自分に飲まれちまったら死に体にならねぇと戻ってこねぇ!その後にまた異形化しちまうならもう終わりなんだよ!」
葦原が凛に蹴りを放つ。
頭部にそれを受けた彼女は大きく飛ばされ動かなくなってしまう。
明らかな苛立ちの目で葦原は紅林を見た。
「やっぱつまんねぇよ。お前は喰う価値もねぇ」
再度葦原は刃を振る。
紅林から離れたところで、凛は意識が朦朧とする中呟く。
「もう……我慢なんて、遠慮なんて辞めなよ……」
彼女がそういった時異変は起きる。
葦原はそれを察知した途端に大きく後ろにステップし、様子を伺った。
紅林がその目を開いていた。
彼女の周りに零れていた黒い液体は、ひとつに集まり始める。
「……わかったよ」
紅林は何処か嬉しそうに呟いた。
「『テンプレンス』」
紅林がそう言うと、黒い液体は人の形を一瞬取り、彼女の両手に集まり始める。
それは一本の大きな槍と、凛の変形したものよりも大きな盾となる。
「……葦原橙矢、あんたは邪魔だ。私は透華の所に行く!」
彼女の雰囲気の変化に葦原は口角を上げた。
「抑圧……ははは!美徳か!その考えはなかった!」
葦原が駆け出す。
猛スピードで紅林に接近し、鉄甲の刃を向ける。
紅林の大盾は軽々とそれを受け止めて見せた。
「それじゃ見えねぇだろ!」
盾によって死角となった正面で、彼は大きく側面に飛び出す。
紅林はまるで予見していたかのように、彼の飛び出した場所に槍を突き出していた。
火花を散らし葦原が後退する。
紅林はそれを確認すると叫んだ。
「……封域、展開!」
葦原が驚きの表情を見せる。
周囲に変化は無い。
「流石にそれは無理だ紅林!ここはもう澪の封域内だぜ!」
嗤う彼の言葉に紅林は動じない。
「黙れ……。私はもう止まらない!」
校内を包んでいた漆黒の封域にヒビが入る。
空間が欠け始め、太陽の光が差し始める。
「嘘だろ……」
言葉とは裏腹に葦原は楽しそうだった。
完全に漆黒の空間が割れた瞬間、葦原は何かに呑まれた。
落ちていく感覚とともに浮遊感を感じる。
口からは気泡が漏れだし、彼の動きが明らかに鈍った。
「……呼吸は出来るから安心しなさい」
目の前の紅林は静かに葦原を見ていた。
「……海の中って訳か」
葦原が鉄甲を構える。
紅林は槍を構え、泳ぐように接近する。
「動きづれぇのはお互い様か!?」
葦原も習うように、泳ぎながら紅林に向かっていく。
二人の距離が数メートルになった時、紅林の動きが変わる。
ピタリと止まり、そこに地面があるかのように方向転換すると、芦原の側面まで歩いて移動した。
「……ブラフか!」
葦原もその場に立とうとするが、彼の浮遊感に変化は無い。
紅林は槍に力を込める。
槍の周囲に渦のようなものができ始め、その先端が葦原に狙いを定めた。
「封域は、自分に有利な場を作るもの。出なかった時点でアンタの負けだ!」
突き出した槍は大きな渦を打ち出し、葦原を襲う。
渦に飲み込まれながら、葦原は笑う。
「……封域」
紅林の封域が崩れる。
水槽のヒビから水が漏れ出すように、その場から水が消えていく。
景色こそ深海のように暗いままだったが、お互い地面に足をつけた。
「ある程度は相殺できるみてぇだな」
葦原が髪をかきあげながら言う。
紅林は表情を崩さず、槍に水を纏わせ始める。
両者が武器を構え激突する。
葦原の速い猛攻を盾で受け、機敏に立ち位置を変えながら紅林は攻撃を仕掛ける。
彼は、紅林の水流の打ち出しとなぎ払いを飛びながら躱し、体術を混じえた攻撃で応戦した。
「悪くねぇ!楽しいぜ紅林!今のお前なら喰い甲斐がある!」
互いに少しづつ体力を消耗し、傷が増えていく。
葦原が地を隆起させる。
それと同時に紅林の封域が崩壊を始めた。
刃のような大地の隆起は、紅林に向かって突き出してくる。
槍と水流でそれを崩し、彼女は叫ぶ。
「はやくどけ!」
盾を捨て、槍一本で葦原に突撃する。
葦原も彼女の狙いに気づいたようで、一撃に力を込めた。
交差させた鉄甲の刃を彼女に向け走り出す。
二人は咆哮する。
ふたつの影が交差し、その瞬間が来る。
笑ったのは葦原だった。
「楽しかったぜ……」
彼は最後にそう言うと、その場に倒れる。
紅林は何も言わずに校舎へと走り出した。
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校舎1階、激しい戦闘音がなり止む頃、廊下を一人の少女が走っていた。
白いワンピースに同色の髪。
片目はその髪に隠れており、急いだ様子で階段を目指していた。
「……あ」
少女の足が止まる。
彼女の目の前には、白衣を着た赤い髪の女性が立っている。
その女性は何かを待っていたかのように煙草を蒸かしていた。
「やぁ、久しぶり桂花。元気だったかい?」
逆神律は笑顔で彼女に笑いかけた。




