case4 奪う者 :1
第十三話 好機
冬休みの終盤。
白崎の机には一枚の張り紙がある。
そこにはただ「早く終わらせる」とだけ書いており、その前に立った白崎はその紙を外す。
「凪は居ないけど……」
部屋の壁掛け時計を確認する。
時刻は昼前、黒咲と約束した時間には間に合いそうだった。
「さて、いこっと」
バッグを手に取り、いつもよりオシャレをして玄関から出る。
この日は黒咲と出かけることになっていた。
凛には来ないように伝えたが、万が一のこともあり、離れた場所から着いて来てもらうということになった。
気分的には少々落ちるが、なるべく考えないようにしようと白崎は頭を振る。
待ち合わせは向ヶ丘の駅。
白崎が到着すると、そこには既に黒咲が待っていた。
「透華ちゃん〜」
彼女は手を振りながら近づいてくる。
白崎もそれに応えるように手を振る。
「黒咲さん早かったね、まだ15分以上あるよ」
彼女はどこか嬉しそうに笑い、白崎の手を取った。
「だって、冬休み最初の方しか会えてなかったからさ、嬉しくて早く来ちゃった」
二人は駅のホームに入り、電車を待つ。
「そう言えば、大晦日の日はごめんね」
ホームのベンチに座り、白崎は謝る。
黒咲はそれを聞くと、少しムッとしたが、目を閉じ首を振る。
「ううん、大丈夫だよ。こうして遊べてるし」
電車が来る。
目的地は近くのテーマパークで、この日は一日そこで過ごす予定だった。
二人は電車に乗りこみ、目的地へと向かう。
数十分電車に揺られ、テーマパークの最寄り駅まで到着する。
「透華ちゃん、今日はいっぱい遊ぼうね!」
駅から出るなり、黒咲は元気よく飛び跳ねる。
白崎も彼女に置いていかれないようにその後を追った。
時間が経つのは早く、あっという間に夕方となる。
「透華ちゃん、最後にあれ乗ろうよ」
黒咲が指を指したのは、観覧車だった。
「うん、せっかく来たからね」
二人は観覧車の中へと乗り込む。
夕日がよく差す場所に設置された観覧車は、高度を上げていくにつれ、その景色を美しクしている。
「綺麗だね……」
黒咲は落ち着いたトーンで言う。
白崎もそれに同意すると、彼女は白崎をじっと見つめた。
「透華ちゃん。これから先も、ずっと友達でいてね。大学に行っても、大人になっても」
白崎は彼女に笑顔を見せ、応える。
「うん、もちろん。私たちなら一緒の大学行けるからね」
黒咲は白崎の前に小指を向ける。
二人は観覧車の中で指切りをした。
帰り道は二人とも疲れが出たのか、微睡みながら電車に揺られた。
二人の冬休みが終わる。
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冬休みが終わり、登校日がやってくる。
白崎はいつもの様に家から出ていくと、凛も一緒のタイミングで家を出た。
「あれ、凛機関に行くの?」
白崎は校内は御影もいる為、凛は自宅にいるものだと考えていた。
凛は白崎の言葉を否定すると、意外なことを言う。
「あ、私働こうかなって思って、日中は外へ出ることにしたの」
そう言って、白崎の先を歩き始める。
途中まで歩いたところで、凛は別の道へと進む。
帰りは同じくらいの時間になるらしく、商店街前の場所で待ち合わせることとなる。
白崎は何処か嬉しげな凛を見送り、学校へと向かった。
始業式は滞りなく終わり、教室では各教員のための課題の回収が行われていた。
白崎は先程の始業式のことを思い出す。
大宮琥珀は当然のように出席しており、白崎に手まで振って見せた。
白崎は、彼女の狙いや動きに注意払おうと考えこんだ。
「透華ちゃん?」
課題の回収が大方終わったところで、黒咲が顔を覗き込んでいた。
どうやら時間を押して昼休みに入るらしく、教室の生徒の一部は購買まで移動しているのが見える。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた……」
白崎は笑ってそう言うと、鞄から弁当を取り出す。
黒咲も同様に弁当を取り出すと、机を繋げる。
廊下では数名の生徒が廊下を走っているらしく、用務員がよく聞いた声を上げて注意していた。
「……?」
白崎の背筋に何故か冷や汗が浮かぶ。
よく聞いた声。
「また一組の男子が怒られてるね。あ、そう言えば用務員のおじいちゃん冬で退職しちゃったらしいね。今日から別の人って聞いてたけど……」
白崎は黙ったまま廊下へと足を運んだ。
「やっぱり……」
白崎の目線の先には、よく見なれた細い三つ編みがいた。
全く似合わない用務員の作業服を着た凛が、男子生徒を注意していた。
彼女は白崎に気がつくと、生徒を放置して走ってくる。
「透華〜、どう?ビックリした?」
したり顔の彼女に冷ややかな目を向ける。
「何となくそんな気はしたから、そこまで驚きはないよ」
白崎は、他の生徒に変に思われるのを避けるため、適当に凛をあしらい席に戻る。
「透華ちゃん、あの用務員の人って……」
黒咲も気づいたようで、不思議そうな顔をしていた。
「うん、家の親戚……。私も再就職は聞いてたけど、まさかこことはね」
白崎は苦笑いした。
放課後になると、黒咲は部活へと向かい、一人残された白崎は意を決して保健室に向かうことにした。
扉の先からは、パソコンを叩く音が聞こえ、他の生徒が居ないことがわかった。
「失礼します」
白崎は扉を開く。
デスクにはいつもの様に大宮琥珀が座っていた。
「あら、白崎さん。体調でも悪いのかしら?」
笑顔で迎える彼女に白崎は少し動揺した。
「どうしてまだここに居るんですか。また何か……」
質問を投げようとした口は、彼女の言葉に塞がれる。
「別に何かしようって訳じゃないわ。仕事だもの。それに、私戦力外通告ってやつ?されちゃったのよ、白崎さんのせいでね」
大宮は白崎に席に座るよう促す。
白崎も今の彼女に、戦うような意思が無いことを感じると、大人しく席に着いた。
「『グリード』を使った白崎さんの回収、周防ちゃんの勧誘。どっちも失敗しちゃったからかしらね」
彼女は何処か憑き物が落ちたような顔をしていたが、白崎の目を見て妖しく笑う。
「まぁでも、澪ちゃん次第だけど、白崎さんには借りは返したいと思ってるから、寝首をかかれないようにしてちょうだい」
大宮はそう言うと、白崎にチョコレートを渡す。
「……先生たちが何をしたいのか。それだけ教えてくれませんか」
受け取った物をカバンに仕舞いながら問う。
大宮はそれを聞くと思ったよりも素直に答える。
「簡単よ。運命決定機関、『予言』双方の破壊よ」
彼女はそれを言いながら立ち上がる。
「私は男遊びが好きなの。白崎さんにも何回か見られちゃったけど」
白崎はその続きの意味が分からず、困惑する。
「でも考えてみて。私が出会った人たちが誰かに決められていたら?一期一会なんて思えなくなっちゃうわ。ロマンスが無くなっちゃうと思わない?」
白崎は、そんな彼女の言うことも一理あることは理解していた。
「だとしても……人の為になる『予言』もあります。それまで否定は出来ないです……」
白崎がそう言うと、大宮は優しく微笑んだ。
「そうね。でも私たちは私たちの未来を生きたいの。恐怖があって、困難があって、解決策が無い。そんな未来も良いと思わない?」
白崎はその言葉に答えることが出来なかった。
大宮はそんな白崎を見て、一言伝える。
「若いあなたに委ねられることじゃないかしらね。でもいつか答えは出ると思うわ」
そう言って、白崎を保健室から出す。
部屋を出ると、目の前には凛がいた。
「透華、何を話してたの?」
彼女は心配そうに白崎を見つめている。
「……なんでもない。大宮先生は暫く戦わないって」
それだけ伝え、二人で帰路に着いた。
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一月も半ばに差し掛かったところ、白崎は紅林のいる病院に来ていた。
彼女は未だに目を覚まさないようで、面会もできなかった。
受付の看護師に花を渡し、紅林の部屋に飾るよう頼むと病院を出た。
入口前には御影がおり、静かに白崎を待っていたようだった。
「アイツはまだ起きねぇのか」
彼のいつもの調子はそこには無く、何処か諦めの入った目で白崎を見つめている。
「うん、まだだって……」
白崎も悲しげに彼に答える。
二人は柏の車で、それぞれの場所まで送られる。
週末が開けた月曜日、それは予想よりも早く訪れた。
昼休み。
白崎はいつもの様に黒咲と昼食をとっていた。
校内放送が突然鳴り始める。
「……あー、聞こえていますか」
変声された声。
男女の区別もつかないそれは突然話し始めた。
「皆さんは運命を信じますか?」
突然の問い掛けと、異常な雰囲気に教室は一瞬でパニックに陥る。
「何これ……」
目の前の黒咲が不安そうな顔で呟く。
白崎はその声が鳴り始めたと同時に、機関と御影に連絡を入れていた。
「信じている人、信じていない人、いると思います。では、その運命が誰かに決められているとしたら?誰かに操作されているとしたら?皆さんはどう思いますか?」
廊下では教員が慌ただしく放送室へと向かっているようで、声がかすかに聞こえた。
「皆さんには申し訳ありませんが、今日はその可否を問う日になってしまいました。これは決められた運命を否定する私たちと、運命を操作する方たちとの戦いです。関係の無い方を巻き込むのは心が痛みますが、人質として体育館に集まって頂きたいです。抵抗しても構いませんが、その際は命の保証は出来ません……」
そこで放送が止まる。
教員が放送を止めたようで、教室は未だにざわめきが漂っていた。
「何だったんだろ……」
黒咲がそう言い、白崎を見る。
「……さぁ、分かんないけど」
その時、地響きが校舎に襲いかかる。
初めに変化があったのは空だった。
白昼は一気に暗闇に包まれ、風景が闇に消える。
幸い、教室の殆どは蛍光灯が常に点いていた為、校内は闇には包まれなかった。
「……あー」
止まったはずの校内放送がまた始まる。
「決してイタズラでは無いので、これから旧館を燃やします」
その声の数秒後、校庭を挟んだ先にある旧館から火の柱が上がる。
轟音が響き、教室内は唖然する者と、叫び恐怖する者に別れる。
教室の扉が開き、担任教師が避難の誘導を始めようとした。
白崎はそのタイミングで、教室から飛び出した。
「透華ちゃん!?」
後ろで黒咲の声が聞こえたが、白崎は振り返らなかった。
「私は逆神澪。校舎の屋上に居ます。機関の方、お話をしましょう」
校内放送はそこで途切れる。
白崎が校内の階段に指しかかった所で、御影が現れる。
「白崎!行くぞ!」
彼も切羽詰まった顔で言う。
白崎が階段を登ろうとしたところで、携帯が鳴った。
「透華!今どこ!」
電話の先は凛だった。
「今御影と校舎の2階!そっちは!?」
白崎が聞くと、凛は少し悔しそうに言う。
「ゴメン!こっち1階の旧館側!私は旧館に行くよ!」
彼女の言葉に白崎は戸惑う。
「……まって」
凛は白崎の心象を読み取ったように言葉を遮った。
「大丈夫!炎使ったならこっちは大宮だと思う!校舎内に葦原だから、そっちは任せるわ!」
凛はそこで電話を切る。
電話を手にしたまま、白崎の足は完全に止まっていた。
それを見た御影は大きく息を吸うと、大声で言う。
「白崎!迷うんじゃねぇ!こっちにあのヤローが居るなら、俺らで紅林の弔い合戦だろ!」
その言葉で白崎も前を向く。
二人で階段を上り、屋上を目指す。
3階から屋上までは一度校内を経由する。
階段を上り、三年校舎に入ると、そこには一人の人物が番人のように立っていた。
「こんにちわ、白崎さん」
そこには笑顔の大宮琥珀と、彼女の『罪』、夜留が立っていた。
「……そんな」
白崎は狼狽する。
「まだ私にもチャンスはあるみたいね」
大宮は嬉しそうに笑う。
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電話を切った後、凛は一人で走っていた。
1階の非常口を出て、炎に呑まれ始めた旧館が見えた。
「っ!」
凛の足が止まる。
目の前の人物は舌打ちをすると、心底嫌そうな声で言う。
「……なんだよ、つまんねぇ」
旧館を背に立っていたのは葦原橙矢だった。
その傍には彼の『罪』、涼風が退屈そうに彼に寄りかかっている。
「……最悪」
凛は強がるように笑う。
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離れた機関内部。
白崎と御影からの連絡で、内部は慌ただしく無線が飛び交っていた。
「上空確認しました!巨大な封域です!」
職員の一人からの無線を聞くと、逆神律は舌打ちをした。
「……なるほど、完全に出し抜かれたって訳か」
彼女は車の鍵を握る。
執務室の扉を勢いよく開けると、目の前に一人の少女が立っている。
「周防くん、紅林くんが居ない以上君にも……」
逆神は持っていた鍵を落とす。
周防の左手には、頭から血を流した柏が襟元を掴まれ目を閉じていた。
「……悪いけど、あんたはあっちに行かせない」
右手に持った拳銃を構え、周防綾芽は言い放った。
「……随分と用意周到だな」
逆神は鍵を拾いなおし、タバコに火をつける。




