case1 妬む者 :1
第一話 路地裏
白崎透華は弱冠17歳にして果敢だった。
面倒事には自分から首を突っ込み周囲の学友には「頼りになるがお節介な人物」と認識されている。
私立向ヶ丘高校において、生徒に求める理想像は、「凛として淑やか」である。
語感から分かるようにお嬢様、おぼっちゃまの学校である。
では彼女、白崎透華はどうだろうか。
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「さて、これで委員会を終えましょう」
数束の書類を立てて整えると、長机の最上座に座る眼鏡の女生徒が立ち上がろうとする。
「待ってください!」
他にも数名の委員が席を立とうとしていた所に、真っ直ぐと手を上げる人物がいた。
白崎透華は手を挙げたまま続ける。
「委員長、そして皆さん。まだ議題はあります!」
彼女のその言葉に周囲の生徒は頭を抱えるように項垂れる。
夕日は既に沈みかけており、運動部もその活動を終えるように校庭は閑散とし始めていた。
「……はぁ。では白崎さん、その議題は次回にしましょう」
ひとつのため息と、精一杯の作り笑いで委員長は言った。
しかし白崎透華はその手を下げない。
「お言葉ですが委員長。今日進んだことはなんでしょう?」
委員長をまっすぐと見つめる白崎の瞳は何処か憤りを秘めていた。
「今日……。き、今日は次週行う近隣の環境美化の日程が決まりました。それで十分ではないですか?」
先程委員長が纏めていた資料はその凡そが週末の課題であることを白崎は知っていた。
知っていたと言うよりも、彼女の所属する美化委員会はその活動のほとんどが受動的で、担当教師が居る時以外はただの自習委員会となっていた。
それを良しとしない彼女は、先々週から近所の商店街に個人で掛け合って美化活動の実施をしようとしていた。
今週になってようやくそれが教師陣の公認が得られたため、この週末の委員会でスケジュールを立てていた。
しかし白崎透華はそれだけで留めるつもりはなかった。
校内の細部の清掃、今は使われていない、いくつかの部室棟の清掃など出来ることは山ほどあると思っていた。
そのため、委員会では積極的に意見を出してきたが、尽くが否決されてきた。
白崎透華はため息をつくと、言葉を続ける。
「今月の活動はこれだけですよね?私、他にも多くの意見を出してきましたよ。でも、決まったのはこれだけ。やる気云々だけではないと思いますけど、どうしてこう活動が少ないんですか?」
まくし立てる白崎に委員長はたじろぐ。
白崎が更にもの申そうと身を乗り出すと、他の委員が口を挟んだ。
「あのさぁ、あんたが熱心なのは分かるけど、他の人までそうだと思うのやめてくれないかな?私たちはこれでいいと思ってるんだからさ、やりたいなら一人でやれば?」
その委員はそう言うと他の生徒を連れて出ていってしまう。
それを合図に数名居た委員は出ていき、白崎と委員長の二人きりになってしまう。
「だそうよ。あなたが正しいのは分かるけど、決めるのはみんななの。それくらいは分かってくださいね」
そう言って委員長も出ていく。
一人残された白崎は、驚愕も失望もしていなかった。
ただ、「やっぱりそうか」と小さく呟いた。
想定の範囲内。彼女にとって委員らの反応は期待もしていなかった。
「さて、私も帰ろ」
バッグを肩にかけ、部屋を出る。
廊下には既に人はおらず、たまたま通った教師が下校を促してくる。
玄関口を出ると秋の少し肌寒い空気が髪を揺らす。
「髪切りたいな……」
腰の近くまで伸びたロングの髪を鬱陶しそうに払う。
ポケットのスマートフォンが揺れ、確認すると親から夕飯についてメッセージが来ていた。
「……はぁ。今日は外で食べよ」
校門を出て坂を下る。
車道の木々は既に葉を落としており、心做しか車の通りすら少なく感じてしまう。
数分歩くと今度委員会で清掃活動をする商店街に入る。夕刻だからか多少賑わっており、それなりに人通りがあった。
買い物をする主婦らは白崎透華を見るなり笑顔で挨拶をしてくる。
適当な相槌で買い物客らをくぐり抜け、商店街の反対側まで着く。
ここを受けると駅前広場が見えてくる。
街の賑わいとしては駅前の方が活発で、ショッピングモールが建ってからはその勢いが増していた。
それに反比例してこの商店街は賑わいを失いつつある。
利用客は中年から老人。
学生なんかはこの場所を通ることも避ける様な人もいる。
チラホラと見える閉じきったシャッター。
その数は白崎がこの街に来てから増える一方だった。
自分に出来ることなんてない。
答えは簡単に出ていたが、エゴか偽善か、何か出来ることは無いだろうかと考えた結果が清掃活動だった。
そんなことを考えていると商店街のもうひとつのゲートが近づいていた。
「……!?」
白崎が後ろを振り向く。
何かが聞こえた。
大きな音では無い。微かに聞こえた程度だ。
「人の声だ……」
彼女に聞こえたそれは悲鳴だった。
押し殺すような小さな助けの声。
商店街の少ない人の話し声だけで消えてしまいそうなほど微かな。
体はもう動いていた。
元々こういった性分なんだろう。
白崎透華は自嘲気味に笑う。
体を翻し、商店街を走って戻る。
声がした方向へと何も考えずに走る。
少し入り組んだ路地へとはいると、丁度日が落ちたようで一気に暗くなる。
路地は街灯すらなかったが、目は直ぐに暗さに慣れた。
「こっちだ……」
進む足こそ遅くなったが、声がした先はすぐそこだと感覚的にわかった。
路地の最奥。
その突き当たりを曲がる。
「……!?えっ!」
その瞬間、引き込まれた。
何も無い行き止まりだった。
足を止めたはずだった。
しかし体はまるで吸い込まれるように進んでいく。
「なに?……やばっ」
体を翻し戻ろうとするも足が進まない。
無理にでも戻ろうとあげた足がそのまま路地へと引っ張られる。
その拍子に体は倒れ、そのまま吸い込まれていく。
「あ……」
死んだ。
そう感じた時、視界はブラックアウトした。
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声が聞こえた。
怯えたような、悲しそうな声だった。
「起きて……」
その声で目が覚める。
「あれ……私……」
思考は混濁していない。一時的な失神だったようで、体にも不調はなかった。
体を起き上がらせると、傍には少し安堵した顔の少女が座っていた。
その少女は短髪の髪の右側を巻くような仕草をすると、白崎の目を見る。
「キミ、ここにどうやって入ってきたの?」
少し低めなその声には困惑が含まれていた。
しかし白崎はそんな質問よりも、その声が先程聞いた声であること、そして彼女の言う「ここ」とは何なのかという疑問が勝った。
「……そんな事よりここは……?」
そう聞くと、目の前の少女は自分の質問が無視されたことが気に障ったようで、少しムッとする。
「……はぁ。もういい」
そう言って立ち上がる。
「もういいって何?ここ明らかにおかしいよ」
白崎の目には、先程までいたはずの路地が急に森に変わっていた、という不可解な事実が映っていた。
例えるなら真夜中の森。
月の光さえも許さない巨大な木。
まとわりつく空気は少しじっとりとしていて、どこか心を不安にさせるものだった。
白崎も起き上がり少女の隣に立つ。
「声が聞こえたんだ、あなたの。助けを呼んでたよね?」
そう言うと、短髪の少女は目を剥いて激昂する。
「呼んでない!……要らない…………」
振り返った彼女の全身を見て白崎は驚愕した。
傷。
打撲や裂傷、出血は数箇所にも及んでいた。
そして極めつけは、
「何それ……?」
学生服姿とは似つかわしくない大きな鎌。
柄と刃の間には少々グロテスクな眼が一つ。
そしてそれは突然口を開いた。
「お嬢、こいつはもう事故だ。死んだっていいんじゃねえか?」
ケラケラと笑う男の声。
しかし鎌の雰囲気とは裏腹に短髪の少女はその顔に静かに怒りを見せていた。
「うるさい。さっさと終わらせて帰るの」
そう言うと鎌を軽々と構え走り出す。
「え、ちょ、待ってよ!」
白崎が追いかけるよりも早く少女は森に消える。
一人残される白崎。周囲を見渡しても景色は変わらず、空は真っ暗のままだった。
目こそ慣れたが、視界が悪いことに変わりは無い。
結局何も分からないまま立ち尽くしていた。
「さっきまで商店街にいたのに……」
自分に一体何が起こったのか。
白崎は成績は悪くない。賢い方だと思っていた。
次回この状況に関しては全く理解ができない。
場所の変化、傷だらけの少女、喋る凶器。
どれもこれも不可解極まりなかった。
「は、はは。夢だこれ。ありえないよ流石に……」
冷や汗を流しながら頬をかなり強めに抓る。
「った……」
念の為の力みは思った以上に痛かった。
しかしその痛みが白崎を絶望に落とす。
「……嘘だ」
現実であることを受け入れると同時に恐怖が込み上げてくる。
両肩を抱き、蹲る。
そんな中、ひとつ思い出す。
「あの子……帰るって」
その瞬間、森に金属音が響く。
真っ暗な森にひときわ明るく火花が散った。
「まさか……」
少女は傷だらけだった。
この森には何かいる。
それが何なのかは分からない。
しかし少女は白崎を置いていった。
そこから導き出した仮説。
「1体しか居ない……?」
そして助けを求めた声。
彼女は今危機に陥ってる。
そう思った瞬間には飛び出していた。
商店街で走り出したように。
白崎はその行動の真意を自覚していなかった。
しかし、この一歩を踏み出した瞬間に気づく。
「そうだ、私は……。今出来ることに後悔したくないんだ!」
音と火花が見えた方向へと走る。
金属音は何度もしていた。火花がさらに激しく散る。
その中心にたどり着いた時、ひときわ大きな音がした。
「……っ」
白崎の目の前で短髪の少女が倒れる。
その目の前にいたのは異形だった。
前歯を見せた白い仮面。
体は真っ黒で巨大なカマキリの様で、四肢はその全てが鋭利な刃でできていた。
鎌がカランと落ちる。
異形は奇声を上げると、少女にとどめをさそうとする。
腕に当たるであろう右の鎌を振りかぶる。
白崎に迷いはなかった。
弱冠17歳にしてその行動力は他の学生を抜いていた。
先生からも評価され、その一方で家庭では「手のかからない子」として放任されてきた。
恐怖は目の前の少女を救うという目的意識に呑ませた。
「やめろ!」
自身を鼓舞するように腹から声を出す。
落ちた鎌を拾い上げ、異形と少女の間に入る。
鎌は異様に軽かった。質量に重さが釣り合っていない。
「は? おいバカ!お前にゃオレは使えねぇよ!」
鎌が口を開いたが無視した。
異形の攻撃は重い。
それを何故自分が受けることが出来ているのかは分からなかった。
「ねぇ!立てる!?」
背後の少女に叫ぶ。
少女は答えなかった。
そこで白崎の覚悟は決まった。
その動力は怒りだろうか。それともこの少女への助け舟となる決意だろうか。
分からないまま、思うままに鎌を振るった。
異形が後退する。
そのタイミングでまた鎌が喋り出す。
「おい!お前なんでオレを持てる?何もんだ!?」
知らないのでその言葉を無視し、異形に追撃を仕掛ける。
異形は白崎の横薙を簡単に躱すと、突進をする。
鎌を盾のように構え守りの姿勢を取る。
「……!」
音が聞こえた。
異形の六本ある足。その足音に違和感を感じる。
そこまで早くない突進。後ろには倒れた少女。
アドレナリンなのか、思考は一瞬でその可能性を弾き出し、体を動かした。
守りの姿勢を解き、数歩下がり少女の前に戻る。
異形は白崎がいた地点で大きく横に跳ね、鎌を振り上げる。
「動きが分かれば!」
距離は取ってある、鎌の振り上げはよく見えた。
すっかり空いた胴体に思い切り鎌を振った。
感触は小学生の頃に行った稲作で穂を刈った時のようだった。
刃が入る感覚。
ブチブチと少しづつちぎっていく様な音。
気味が悪いと思いつつも、振りぬこうとさらに力を入れる。
「ああああぁぁぁ!」
胴の切断が始まってもなお、異形は攻撃の姿勢を崩さなかった。
焦りがさらに力を込める。
その瞬間、鎌が発火した。
「……! はぁぁぁぁ!」
この森で目を覚ましてから何も理解ができていなかった。
短髪の少女も、喋る鎌も、目の前の異形も。
それでも少女の言葉を信じた。
助けを求める声。帰るという言葉。
この異形が消えればきっと帰れるんだろうと。
発火した鎌を振り抜いた。
胴体から分断された異形は奇声を上げ、どす黒い液を分断部から撒き散らしながら燃える。
「嘘だろ……マジでやりやがった……」
鎌が何か喚いていたが、白崎にはその声は届いていなかった。
終わったという脱力感から膝を着く。
制服は異形の液で汚れ、目も虚ろになっていた。
「ねぇ」
後ろで倒れている少女に語りかけるように。
「これでいいんでしょう?」
もちろん答えは帰ってこなかった。
白崎は少しだけ口角を上げ、笑う。
「やっぱりそうか」
そのまま白崎は意識を閉じた。