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The Magic Order  作者: 晴本吉陽
Chapter 7 時代
92/124

Chapter 7-6 街の影に

今回も少し長めです

2025年 5月4日 19:00 灯島市 波多野オフィス


 数馬たちが離島で訓練している頃、ここでデスクワークをしていた堀口和久はひとつの違和感を覚えていた。

「飛鳥、武田さんから連絡あったか?」

 和久はデスクに並ぶ大量の資料と格闘しながら尋ねる。すぐに飛鳥は連絡用のパソコンの履歴を確認するが、武田から届いたものは5月1日のものが最後だった。

「ない、ね」

 飛鳥の答えを聞き、和久は首を傾げた。

「妙だな。武田さんは定時連絡は欠かさない人だ。それが3日続けて来ないとなると…」

 和久の脳裏に嫌な予感がよぎる。すぐに和久は立ち上がると、飛鳥に命令を下した。

「飛鳥、武田さんのビルを調べてくれ。何か嫌な予感がする」

「わかった。桜も連れてくから、ここはお願いね」

「おう。何かわかったらすぐに連絡をくれ」

 飛鳥は和久の指示を受けすぐに立ち上がると、走り出す。

 和久は連絡用の携帯を手に、飛鳥を見送った。



19:30

 飛鳥の運転する軽自動車は、武田が寝泊まりするビルに辿り着いた。

「久しぶりだな~…」

 飛鳥の隣で、桜がそう呟きながらシートベルトを外す。その間に、飛鳥は銃の手入れとライトを用意していた。

「武田さんは夜は電気をつけない人なの?」

「ううん。だから、何か起きてるのは間違いないと思う」

 飛鳥の質問に答えながら、桜も自分の装備を整える。

 2人は車を降りると、ビルの入口を開ける。

 外から見える通り、ビルの中は真っ暗だった。2人は持っていたライトで辺りを照らしながら、銃を構えつつゆっくり辺りを調べる。

「少し前に同窓会があったはず。食堂を見てみたいんだけど、いい?」

「任せる」

 桜は提案し、飛鳥は桜を先に行かせる。2人は変わらずゆっくりと慎重に歩いていた。


 食堂の前の廊下に差し掛かると、桜の足下に何かが当たったのに気づいた。

 桜は足下を照らす。彼女の足に当たったのは、ショットガンの空薬莢だった。

「12ゲージショットシェル…」

 桜はその空薬莢を拾い上げながら呟く。同時に、飛鳥は食堂をライトで照らした。シャンデリアらしきものが落ち、並んでいた机や椅子も荒れた様子でひっくり返ったり、壊されていたりしている。

「これがデフォルト?」

「そんなわけ。もっと綺麗だったよ…誰かに襲撃されたのか…」

 飛鳥の質問に、桜は答える。2人はより一層気を張ると、飛鳥は連絡用の携帯を手に取った。

「和久、飛鳥です。武田さんのビルは何者かの襲撃を受けた様子、おそらく生存者は望めない。どうぞ」

「了解した。ひとまず調査を続け、武田さんを見つけてくれ。オーバー」

 飛鳥と和久は会話を終える。

 飛鳥は桜と顔を見合わせると、再び歩き始めた。

「桜、武田さんがいた可能性が1番大きいのはどこ?」

「最上階だよ」

「行きましょう」

 2人は階段をゆっくりと上り始めた。

 階段を照らしてよく見ると、僅かに血の痕がある。死体を運び出す時に溢れたであろう血で、引きずったような跡ではなく、点で残っている。

「この様子だと…同窓会に参加したみんなが心配だな~…」

 桜はそう呟きながら階段を上る。飛鳥も桜の心情は想像するしかなかった。


 最上階にやってきた2人は武田の自室兼仕事部屋の扉を開ける。

 やはり部屋は真っ暗で、2人が持つライトだけが部屋を照らしていた。

 ここの部屋は荒らされた様子はない。空薬莢が散らばっている様子もない。それが却って不気味だった。

 2人はゆっくりと前に進む。

 床を下から上へなぞるようにして照らし出すと、机の横に誰か倒れているのが見えた。

「武田さん!」

 それに気がついた桜は倒れている武田に駆け寄る。飛鳥は武田を照らしたが、一見武田に外傷があるようには見えなかった。

 桜は武田の首に指を当てる。すでに冷たくなった武田の体には、脈がなかった。

「…死んでる」

「でもどうして。傷なんてどこにもない。銃を持っている人間がそれを使わないで殺すなんて」

「わからないけど、一旦和久に連絡した方がいい。お願い」

 桜の指示を受けて飛鳥はスマホで和久に連絡を入れた。

「飛鳥です。武田さんを発見。死んでます。どうぞ」

 飛鳥からの連絡を受け、和久はわずかに唸ってから答えた。

「わかった。何か他に情報はあるか?どうぞ」

「一応わかる限りの情報を伝える。武田さんに目立った外傷はなし、しかし建物内に12ゲージショットシェルの空薬莢が落ちていた。武田さん以外の生存者は死体すら発見できなかったので、おそらく殺された後連れ去られたものと思われる。武田さんの硬直度合いからおそらく死亡してから24時間は経過している。これが今わかる限界ね。どうぞ」

 飛鳥から聞こえてくる情報を細かくメモしながら和久は頷く。ひと通りメモを終えると、和久は一度状況を整理しながら返事をした。

「わかった。一度撤収してくれ。俺は波多野さんに連絡しておく。またオフィスで会おう。オーバー」

 和久の言葉を聞いて、飛鳥は通話を切る。

 桜と一度目を合わせると、武田の死体をそのままにしてその場を立ち去った。


 ビルを出て車に乗り込むと、桜は同窓会に参加したはずのメンバーに片っ端から連絡を入れ始めた。

 桜の様子を横目で見ながら、飛鳥は運転しながら尋ねる。

「お仲間と連絡は取れた?」

 桜は首を横に振った。

「誰とも取れない。一番連絡取りやすい人とも何も通じない。多分だけど今回の犯人は、私たちの知り合いの中にいるかもしれない」

「…元味方同士で殺し合うかもしれないわけね。世知辛いこと」

 桜の言葉に、飛鳥は呟く。飛鳥に言われるまでもなく、桜の目は覚悟を決めている表情だった。


 波多野のオフィスに戻ってきた飛鳥と桜は、すぐに和久と状況確認を始めた。

「武田さんから最後に連絡があったのは5月1日。そこから今日まで何かあったか?」

 和久が尋ねると、桜がすぐに答えた。

「5月2日に元GSSTのメンバーたちを集めた同窓会がありました」

「その会場になったであろう食堂には、ショットガンの空薬莢が落ちてた。おそらく、同窓会の参加者の中に犯人がいる」

 桜の言葉に飛鳥も付け加える。和久はそれを聞いて次の質問を投げかけた。

「同窓会の主催者は」

 桜が硬い表情で答えた。

「魅神暁広」

 和久はそう言われると、脳裏にある暁広の顔を思い浮かべた。誰にでも好かれそうな爽やかな笑顔、だからこそ非常に警戒したことを、和久ははっきりと思い出した。

「魅神の所在は?」

 和久は尋ねる。しかし、桜も飛鳥も答えることはできなかった。

 同時に、和久の第六感が強く和久に訴えかけていた。和久はそれに従った。

「魅神は恐らく何かを知っているはずだ。探し出せるか」

 和久は飛鳥と桜に尋ねる。飛鳥は引き締まった表情で頷いた。

「任せて。やってみせる。ね、桜」

「もちろん」

 桜も真剣な表情で頷く。和久は2人を信頼することにした。

「波多野さんが戻ってくるのは7日だ。それまでにできるだけ多くの情報を集めてくれ。2人とも頼んだ」



翌日 5月5日 朝8:00

 とにかく情報を集めるため、桜と飛鳥は灯島駅前の交番にやってきた。

 今ここに駐在しているのは2人の女警官、マリと玲子だった。

「いらっしゃい。2人とも私の結婚式以来だね」

「白無垢も似合ってたけど、マリは警官の服も似合うね」

 マリが穏やかに挨拶すると、飛鳥が事件の重大さを匂わせないように軽く答える。そんな飛鳥の配慮を気にせず、玲子が単刀直入に切り出した。

「それで?何の用?ここに来たってことは何かヤバいことが起きたんじゃないの?」

 玲子の質問に、思わず飛鳥は桜の方を見る。桜は全てを察し、玲子にこれまでの経緯を話し始めた。

「この間、GSSTの同窓会があったじゃない?」

「あったわね」

「あれで…武田さんたちが殺された」

 桜の言葉に、玲子とマリの表情が鋭くなる。桜はそのまま続けた。

「同窓会に参加した人たちとも連絡が取れないの、何か知らない?」

「全部今初めて知った…だから何も…」

 マリが申し訳なさと無念さを隠しきれない様子で呟く。すぐに飛鳥が次の質問を投げかけた。

「じゃあ、魅神の居場所は知らない?同窓会の主催者は魅神だった、絶対魅神は何か知ってるはず」

 飛鳥の質問に、マリと玲子は申し訳なさそうに顔を背ける。それを見て飛鳥も追求はしなかった。

「…そうよね」

「ごめんね、役に立てなくて」

 マリが謝る。しかしすぐに飛鳥はそれを否定した。

「気にしないで。私たちがなんとかすることだから」

「そんなことない。この街の安全を守るのは私たち警官の仕事よ。何かあったらすぐ呼んで」

 飛鳥の言葉に玲子が言う。飛鳥はマリと玲子の表情を見て頷いた。

「それじゃ、行こうか飛鳥。お邪魔したね、マリ、玲子」

 桜はそう言って飛鳥を連れて交番を出る。飛鳥もそれに従って大人しく交番を出て周囲を見回した。

「とりあえず、魅神が隠れてそうな場所を片っ端から探索するしかないわね」

「結局力技か〜。ま、しょうがないか〜」

 飛鳥の呟きに、桜が便乗する。2人はそのままゆっくりと歩き始めた。



 そんな飛鳥と桜の姿を、心音の親戚が所有する洋館の一室で竜はモニター越しに見ていた。竜は洋館内で通話できる内線に手を伸ばすと、暁広に報告を始めた。

「トッシー。昨日武田を見つけた2人、お前のことを探してる」

 竜の報告に対し、暁広は冷静に一蹴した。

「構うな、竜。そんなことよりも、人質をしっかり見張っていてくれ」

 暁広の指示を受けると、竜は静かに、了解した、と答え、モニターに表示される映像を切り替え、閉じ込められた部屋の扉を叩き続ける元級友たちの姿を見ていた。



20:00

「無理だ。この街、広すぎる」

 12時間乗り回した車内で、飛鳥が呟く。桜も疲れ果てた様子で飛鳥に賛同していた。

 2人は車を端に寄せると、車から降りて天を仰いだ。狭い車内に押し込められて縮こまった体を、思い切り伸ばしていく。

「あれだけのことをして、大半の死体も持ち帰ってるんだからこの街のどこかにはいると思うんだけどなぁ」

 飛鳥はそう言って体を前に倒し、腰を伸ばす。一方の桜は腕を上に伸ばし、背伸びをしていた。

「言っても今日探索したのは西半分だったから。明日東半分を調べればいいよ」

「でも今日みたいにやってたんじゃ、とてもじゃないけど無理だよ。何か手がかりはないものかしらね」

 飛鳥は桜に愚痴をこぼすようにして呟く。桜は伸びを終えてひと息ついてから首を横に振った。

「警官のマリたちが何も知らなかったんだから、たぶんもう…」

 桜が飛鳥に答える。しかし飛鳥はそれには興味なさそうにして道端に視線を送った。そして飛鳥は向こうから歩いてくる知り合いに手を振った。

「おーい!陽子ー!」

 飛鳥はそう言って声を張る。桜も見てみると、スマホをいじっていた陽子が立ち止まって飛鳥の方へ顔を上げた。

「あ、飛鳥に桜。久しぶり」

「久しぶり〜マリの結婚式以来だね〜」

 陽子の言葉に、桜が挨拶する。陽子は珍しい組み合わせに首を傾げた。

「2人は何してるの?仕事帰り?」

 陽子の質問に飛鳥と桜は言葉を選び始めた。

「まぁそんなところかなぁ〜。陽子も仕事帰り?」

「そうだね」

 桜が当たり障りなく答える。そんな様子を見て、飛鳥は思い切って尋ねた。

「ねぇ陽子、なんか最近変な噂とか聞いてない?」

「変な噂?どんな?」

「不審者情報。陽子、学校の先生でしょ?なんか入ってない?」

 飛鳥の言葉に、陽子は一瞬考え、何か思い出したように話し始めた。

「そういえば、虚山うつろやまの方で怪しい集団が出たとか出ないとか聞いたよ」

 陽子から情報を聞き、飛鳥と桜は状況を整理する。

「虚山…灯島と隣の街の境にある山だね」

赤葉もみじ環境大臣の別荘があるって噂だけど…」

「2人とも、何を話しているの?」

 陽子は目の前の2人の会話が理解できず、思わず尋ねる。陽子に尋ねられると、飛鳥と桜は陽子を巻き込むまいと話を切った。

「いや、大したことじゃないよ」

 飛鳥はそう言って微笑む。桜もそれに賛同して頷いた。

「それじゃあ虚山、行こうか、飛鳥」

 そのまま車に乗って立ち去ろうとする桜と飛鳥に、陽子は少し忠告するように声をかけた。

「待って、虚山は遠いよ。こっちから行くの大変だし、2人ともあっち行ったことないでしょ?カーナビも利かないし、ネットの地図も私有地だから全然書いてないし…私が案内したほうがいいんじゃない?」

 陽子の提案に、飛鳥と桜は陽子に背を向けて相談を始める。

「どう思う?」

 桜の質問に対し、飛鳥は少し考えてから話し始めた。

「マズくなったら逃しましょう」

 飛鳥に言われると、桜は静かに頷いた。

 2人は振り向き、明るい表情を作った。

「それじゃあ、案内してくれる?」

 飛鳥に尋ねられると、陽子は穏やかに頷いた。

「うん。あ、いや待って、今から?」

「いやいや、今日はもう遅いから。明日でいいよ」

 慌てて質問する陽子に、桜はやんわりと言う。陽子も安心したような表情を見せた。

「じゃあ、明日の夜7時に駅前でいい?」

「うん。よろしくね」

 陽子の提案に、飛鳥と桜も頷く。3人は別れの挨拶を交わすと、それぞれ自分の帰路についた。




翌日 5月6日 19:00 灯島駅前

 飛鳥と桜は、再び軽自動車に乗って和久と連絡を取っていた。

「飛鳥です。目ぼしいところはひと通り調べましたが、魅神の痕跡は発見できず。これから最後のポイント、虚山を探索します。オーバー」

 飛鳥が助手席で通話を終えると、桜は車を止める。スライド式のドアを開けると、陽子が後部座席に滑り込むようにして腰掛けた。

「お疲れ様です」

「お疲れ様〜。仕事終わりにありがとうね」

 陽子の挨拶に、桜も穏やかな物腰で挨拶を返す。桜はそのままゆっくりとアクセルを踏み、3人が乗り込んでいる自動車は走り始めた。

「虚山まで案内するけど…2人とも、どうして虚山まで行くのか訊いてもいい?」

 陽子は気まずそうに2人に尋ねる。飛鳥と桜から返ってきたのは沈黙だった。

「…ごめん。ちょっと言えないんだ。だから、虚山まで案内してもらったら陽子は引き返して」

 桜が申し訳なさそうに言う。陽子はそれを聞いて、息を飲んだ。

「それって…この街でまた何かが起きているの?」

 陽子の言葉に、飛鳥と桜は答えられない。2人の様子を見て、陽子は静かに俯いた。

「...ごめんね、陽子」

「大丈夫…危なくなったら逃げてね。命より大事なものはないから」

 陽子に言われると、飛鳥は笑う。

「ありがとう。あなたこそ、教え子さんたちに悲しい思いをさせちゃダメだよ?私たちは言われなくても逃げるから」

 飛鳥の言葉に、陽子は唇を結んで頷く。車は静かに走っていた。



19:15

 15分ほど自動車を走らせ、3人は人気ひとけのない住宅街にやってきた。

 自動車を近くの駐車場に止め、3人は車から降りる。

「虚山に行くんだったらこの住宅街を抜ける必要があるよ」

「車は通れないから歩きだね」

「ここ、治安悪いから気をつけてね。山の入り口まで案内するよ」

 陽子がそう言って2人の前を歩き出す。明かりのほとんどない家と家の間の路地を、3人はゆっくりと歩き始めた。

「陽子、入り口までどれくらい?」

「15分くらい歩くことになると思う。結構入り組んでて複雑なんだよね」

 3人は会話を続けながら前に進んでいく。

 街灯もほとんどない。飛鳥と桜は持っていた懐中電灯を取り出し、道を照らし出す。

 彼女たちが照らしている曲がり角に、人影がちらついた。

 陽子の後ろにいた飛鳥と桜は、すぐに陽子の前に出ると、いつでも陽子を逃がせるような状態になった。

「陽子」

 飛鳥が低い声で陽子の名前を呼ぶ。陽子はその声で、これから起きようとしている事柄が普通ではないことを察した。

「珍しいな。ここに人が来るなんてな」

 飛鳥が照らすその人影から、男の声がした。

 3人の女たちはゆっくりと後ずさる。

 その通路の陰から現れ、飛鳥のライトに照らし出されたのは、魅神暁広その人だった。そしてその後ろから次々と彼の取り巻きの男たちが現れる。

 只者ではない空気感と、凶悪な目つきから穏便な話し合いは望めそうになかった。しかし、飛鳥は一応任務として彼らに話しかけた。

「魅神暁広ね。武田徳道の殺害容疑でご同行願います」

 飛鳥は堂々と言い切る。その間に、桜と飛鳥は敵の人数を確認していた。

(…8人か…これは…)

 桜と飛鳥は一瞬目線を交わして作戦を一致させる。それを気にせず暁広は飛鳥の言葉を鼻で笑い飛ばした。

「あなた、人を殺したの…?」

 陽子が恐怖にも似た表情で暁広に尋ねる。暁広は自分よりも小柄で飛鳥の背中に控える陽子を見下ろすと、ニヤリと笑った。

「だとしたら、なんだ?正義を成すためなら、悪は排除しなければならない。それだけの話だ」

 暁広はニヤリとしながら言い切る。陽子はそんな暁広の姿に改めて恐怖と狂気を感じた。

「その発言はあなたが武田さんを殺したということでいいのね?」

 飛鳥は言質をとったと言いたげに聞き返す。暁広はやはり平然とした様子で言葉を返した。

「好きにとればいい。これも正義のためだ。世界中の誰もが平等かつ平和に生きられる世界、それを実現する第一歩。お前たちも共に戦わないか」

 暁広はそう言って目の前の3人へ手を伸ばす。その暁広の背後で、暁広の仲間たちは手元を隠しながら武器を用意していた。

 一方の桜と飛鳥も、一瞬目を合わせてから覚悟を決めた。

「さぁ、答えろ」

 暁広が低い声で脅す。それに対し、飛鳥は声を張って答えた。


「これよ!」


 飛鳥は腰に提げていた煙幕をその場に叩きつける。

 灰色の煙が辺りを包む。その間に、飛鳥は陽子の手を引いて走り出し、桜もその隣を走った。

「後で車で合流しましょう!」

 飛鳥はそう言って桜と別れて行動する。桜はその間に腰のスマホを取り出し、警察であるマリと玲子に電話をかけていた。

 一方煙の中に残された暁広は、少し面倒くさそうにため息を吐くと、すぐに仲間たちにアゴで指示を出す。茜以外の6人の男たちが、飛鳥たちの後を追い始めた。少し遅れて暁広と茜も歩き始める。ゆったりとした足取りは、暁広の自信の現れだった。


 そんなことは知らずに、飛鳥と陽子は自分達の背中を気にしながら狭い道を走り続ける。一見誰も追ってきているようには見えない。だが、そんなわけはないということを、誰よりも2人は理解していた。

「何かあったら私を置いて全力で逃げてね、陽子!」

「そんな!」

「約束して!」

 走りながら飛鳥は鬼気迫る表情で陽子に言う。陽子はそれに押されて、わかった、と答えていた。

 飛鳥の足が止まる。同時に、陽子の足も止まった。

「何、どうしたの?」

 陽子が息も絶え絶えになりながら尋ねる。飛鳥は陽子を庇うようにしながら自分の頭上を見回していた。

「…来る」

 飛鳥の言葉に、陽子も身構える。


 瞬間、飛鳥は咄嗟に陽子を庇って覆いかぶさりながら横へ跳んだ。そうしなければ頭上から降ってきた浩助の一撃を避けられなかっただろう。

「…避けたか」

 浩助は持っていたサバイバルナイフを持ち直す。飛鳥はそれに構わず、陽子の手を取って立ち上がると、浩助と反対側へ走る。

 曲がれる通路に差し掛かった瞬間、2人の足元に銃撃が飛んでくる。正面から現れたのは、サブマシンガン(UZI)を構えている圭輝だった。

「陽子、約束守ってね」

 前後から挟まれた飛鳥と陽子。飛鳥は覚悟を決めると、そう言って陽子を敵のいない方の通路へ押した。


 銃声が聞こえる。

 しかし陽子はそれを聞こえないふりをしながら全力で走り続ける。


「なんで…なんでこんなこと…!」


 陽子は必死に涙を堪えながら走る。入り組んだ道を必死に見回しながら、左へ曲がり右へ曲がり、ようやく陽子は大通りに出られる道まで辿り着いた。

(やった、逃げられる!)

 陽子がそう安堵したのも束の間だった。


「捕まえたぜ!!」


 背後から聞こえてくる邪悪な男の声。


「いやぁあっ!!!」


 陽子は自分の体が、抵抗できないような力で背後へ引きずり込まれているのを理解した。

 必死に振り解こうとするが、それを無理やり押さえつけられ、何もできないまま大通りの光が遠ざかっていく。

「離して!やめて!!」

 いくら陽子が叫んでも、何も変わらない。光はついに見えなくなり、陽子は誰にも見えない路地の影に放り投げ捨てられた。


 陽子が顔を上げると、4人の男が自分を見下ろし、取り囲んでいた。相手のことを考えない強力なライトで、陽子の顔を一方的に照らし出す。陽子は手で光を遮るが、それでも男たちの顔は認識できなかった。

「こいつ、どこかで見たことあるんだよな。なんだっけ?」

 陽子が緊張で肩で息をしているのに対し、陽子を無理矢理ここへ連れ去った人間の1人、流が軽い空気で言う。だが、陽子は流から自分に向けられている敵意をはっきりと感じ取っていた。

「灯島中の目の前に住んでた、木村陽子だな」

 星が流の質問に答える。陽子は自分の素性がバレていることに恐怖を感じる暇もなかった。

「ふん。美しくない女だ」

 光樹がそう言って陽子の髪を掴みあげ、顔を照らす。陽子は痛みと恐怖で涙が出そうなのを必死に堪えていた。

「でもよ、よく見たらケツもおっぱいもデケェし、どう見ても処女っぽいじゃん。穴にはちょうど良さそうだぜ?」

「流、俺たちの任務は口封じだ!早く終わらせよう!」

 流の言葉に対し、興太が言う。

 陽子はこれから自分の身に起こるであろうことを想像すると、陽子は必死にもがく。だが、光樹の力は強く、陽子は振り解けなかった。

「誰か…!誰か…!!助けて…!!」

 陽子は必死に叫ぶ。しかし、叫べば叫ぶほど光樹の力は強まり、余計陽子は抜け出せなかった。

「みっともない…貴様の行動は人間讃歌の真逆だな!」

 興太はそう言って陽子の頬を平手打ちする。

 陽子の瞳に涙が滲む。

 陽子は俯きながら声を発した。

「…殺さないでください…」

「なんだって?」

「…殺さないでください…!お願いします…!言う通りにします…だから…!」

 陽子はすでに泣いていた。恥も外聞も捨て、陽子は必死に命乞いをしていた。

 星が無理矢理顔を上げさせる。恐怖と絶望に満ちた陽子の顔を見て、星は聞き返した。

「言う通りにする?」

「…はい、だから…!」

 陽子が次の言葉をつなげようとした瞬間、星は陽子の顔を殴りぬき、その場に倒した。

「じゃあ死ね」

 星の目は冷徹だった。

 星の右手に光るナイフが、陽子の目にもはっきり映った。

「い…い…いやぁああああ!!!」


 絶望し切った陽子の悲鳴が辺りに響く。






「おい、何やってんだ」


 星のナイフが彼女の胸元を貫こうとした瞬間、1人の男の声が聞こえてきた。

最後までご高覧いただきましてありがとうございます

追い詰められた陽子、そんな彼女に聞こえてきた男の声

男の声の正体とは、そして飛鳥と桜の運命は

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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