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The Magic Order  作者: 晴本吉陽
Chapter 7 時代
89/124

Chapter 7-3 あの日は遥かに

2025年 4月26日 金山県 灯島市 シーサイドホテル 13:00


 その名の通り、窓から海の見えるホテルだった。

 そして、その海を背景に、和装に身を包んだ新郎新婦が、大勢の来客が談笑し、飲食する姿を見て穏やかに笑い合っていた。

 そんな新郎新婦の前に、グラスを片手に持った安いスーツの男が立つ。男はニヤリと笑うと、新郎新婦へグラスを掲げた。

「佐ノ介、マリ、改めて、結婚おめでとう」

 新郎新婦、佐ノ介とマリは、お互いに恥ずかしそうに笑うと、答えた。

「ありがとう、数馬」

「数馬の結婚式も楽しみにしてるよ!」

 佐ノ介とマリは屈託なく笑う。それに対して安いスーツの男、数馬は、自嘲気味に笑うと、静かに答えた。

「あればな」

 数馬はそれだけ言うと、背中の向こうにいる陽子を一瞬だけ見てからその場を去っていく。陽子は近くにいた玲子と話すだけで、数馬の視線に気づく余地もなかった。

 数馬は逃げるようにして新郎側の友人たちの席へ戻ってきた。

 豪華な食事が並ぶ円形の机の席に腰掛けると、小さくため息をついてからグラスの酒を一気に飲み干した。

「一気飲みは体に毒だぞ」

 数馬の向かいから、しっかりとスーツを着こなした泰平が嗜めるように言う。数馬はそれに対し、鼻で笑って答えた。

「飲んでる時点でどう飲もうとマイナスだっての」

 数馬はそう言ってグラスを置く。そのまま幸せそうな新郎新婦の姿を見て再びため息を漏らした。

「バカだよな、お前も」

 ふと数馬の隣に座っていた狼介が数馬に呟く。数馬は一瞬眉を顰めたが、何も言い返せずにそのまま狼介の言葉を聞いていた。

「10年も話せないまま、ずっと1人の女を思い続けて。しかもその女が振り向かないってわかってるのにやってる。俺ならさっさと他の女に切り替えるけどな」

 狼介の言葉を聞き流すように、数馬は目の前に並んでいた食事をかっこむ。

 空気を察した和久は話題を切り替えた。

「それより、国防軍に入隊した面々よ。えっと、数馬と、竜雄と、隼人に狼介、で、佐ノ介か。昇進おめでとう」

 和久はそう言ってグラスを掲げる。それに対して、竜雄が気まずそうに和久に声をかけた。

「和久、あのな…数馬だけは昇進できてないんだ」

「へ?」

 素っ頓狂な声を上げながら、和久は竜雄の方を見る。すぐに数馬の方も見ると、数馬は自虐的に笑っていた。

「あー…こりゃ失礼」

「別にいい。先輩殴って退官してないだけ安いもんさ。なぁ隼人」

 数馬はそう言って隼人に同意を求める。

「俺は先輩殴ってないからわからんよ」

「それもそうか」

 隼人の答えに数馬は肩をすくめる。一連の流れを見て、泰平は首を傾げた。

「数馬、なぜ先輩を殴ったんだ?」

「そいつが同期の女の子にセクハラしてたんだよ。でも結局女の子の方が軍をやめちまったから俺が悪い奴扱いさ。ま、その先輩も軍をやめさせられたらしいが」

 数馬の言葉に、泰平は苦い顔をしていた。

「暗くなっちまったな。さ、飲み直そうぜ。そろそろ雅紀と雄三も戻ってくるだろ」

 数馬がそう言って机の真ん中においてあったシャンパンのボトルを手に取る。

「ほれほれ、俺が注ぎますよ、上官の皆様に、院生の方に、政治家のセンセ」

「嫌味な部下だ」

 数馬の言葉に、狼介が言うと、みんな小さく笑う。数馬はそれを聞き流しながら1人1人のグラスにシャンパンを注ぎに歩き出した。

 数馬が最後の竜雄のところに来ると、竜雄が不意に数馬に尋ねた。

「数馬、泰さん、来週のGSSTの同窓会、行くか?」

 竜雄の質問に、数馬は少し驚きながら答えた。

「行けるわけないだろう。主催はあの魅神さんだぜ?俺の居場所なんかあるわけねぇ」

 数馬の言葉に便乗するように、泰平もうなずいた。

「俺もだな。学業も忙しい」

「そうだよな。俺も最初から行く気なかったからさ。2人も同じ考えだったから安心したよ」

 数馬と泰平の言葉に竜雄も小さく笑う。しかし竜雄の表情からすぐに笑顔が消えた。

「洗柿の野郎もいるだろうからな」

 竜雄の言葉に、数馬も泰平も黙り込む。竜雄が普段他人に見せない、自分の内側に抱え込んでいる闇の深さは、2人にとって想像することしかできなかった。




21:00

 佐ノ介とマリの結婚式が終わり、数馬はフラフラとしながら自分のアパートに帰ってきた。

 アパートの自分の部屋の扉を開け、鍵をかけると、その足取りのまま風呂に歩いて行った。

 数分シャワーを浴び、大雑把にドライヤーで髪を乾かすと、布団に転がった。

 大きなため息をついて目を閉じると、安普請の薄い壁越しに、隣の部屋の扉が開いた音が聞こえた。

「佐ノくん、今日の結婚式すっごい楽しかった!あんなふうに白無垢着られて、私ホントに嬉しかったよ!」

 マリの高い声が壁越しでも数馬の耳に入ってくる。数馬の隣の部屋に住んでいるのは佐ノ介とマリの夫婦だった。

「マリが喜んでくれてよかったよ。籍入れてからだいぶ経ってたし、白無垢もあんな安物で申し訳ない」

「そんなことないよぉ!すごい立派だったよ!」

 数馬はマリと佐ノ介のやりとりを聞き流しながらスマホに手を伸ばす。瞬間、数馬が横になっている布団のすぐ隣の壁の向こうからドンと音がした。

「一生の思い出を、ありがとう、佐ノくん!」

「こちらこそ。これからも2人で、一緒に思い出を作っていこう」

 マリの感謝の言葉に、佐ノ介は誠実に応える。次の瞬間から2人が情熱的に唇を寄せ合っている音が数馬の耳にかすかに聞こえてきた。

「…ふふっ、これも思い出作り?」

「忘れられなくしてやるよ」

 マリの甘い喘ぎ声は、数馬の耳には入らなかった。数馬はすでにヘッドホンで耳を覆い、好きな曲で自分の世界に篭り始めた。


 まぶたを閉じる。真っ暗な世界に、ピアノとストリングスとギターの曲だけが流れる。

「なんでこうなっちまったんだかな」

 不意に数馬の口からそんな言葉が溢れる。数馬は右手を見ながら過去を思い返した。

「陽子とはあの日以来話せず、魅神を敵に回したから同窓会にも出られず、腕っ節だけは強いからって軍隊入ったら、周りに置いてかれて1人だけ2年目の訓練…ひでぇザマだなこりゃあ」

 数馬は他人事のように言う。しかし、結局その言葉も自分1人しか聞いていないことを痛感すると、自虐的に鼻で笑った。

「人殺し、か」

 陽子に言われた言葉が、ふと数馬の脳裏によぎる。

「ちょうどいいのかもな。誰にも愛されず、孤独に死ぬ。割に合ってるかもしれん」

 数馬はそう思うと、もう一度まぶたを閉じる。そのまま彼は眠りに落ちていくのだった。

最後までご高覧いただきましてありがとうございます

自分の野望の実現に動き出している暁広に対し、どこか自堕落でパッとしない数馬でした

この2人の運命はどう交差していくのか、今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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