Chapter 6-9 人殺し
うめき声が聞こえる。耳慣れない男の低い、何かに苦しむ声。
木村陽子はそれによって目が覚めた。
「なに…?この声…?」
先ほどの光の明滅で、未だに頭がはっきりと働かない。陽子は頭を振りながら声の正体を探す。
「うぅ…っ!ぅうううぅ…!」
またうめき声が聞こえる。同時に、何か金属が床にぶつかるような音も聞こえた。
陽子はゆっくりと上体を起こす。
腰を床に下ろし、周囲を見回す。うめき声は陽子の後ろから聞こえてきていた。
息を飲みながら陽子はゆっくりと振り向く。
陽子の目に映ったのは、後ろ手に手錠をかけられ、苦しそうに声を上げる数馬の姿だった。
「数馬…!?」
陽子はその声の正体に気づくと、数馬に近づく。だが数馬は体をよじって苦しそうにしていた。
「数馬、数馬!」
陽子は数馬に呼びかけながら数馬を見る。何かにうなされるようにしながら額に油汗を浮かべていた。
陽子は不安に思って数馬の額に手を当てる。だがとてもずっと触り続けられるような温度ではなかった。
「ひどい熱…!これじゃ…!」
陽子は不安に思いながらポケットからハンカチを取り出し、数馬の額の汗を拭く。数馬もうめき声は収まったが、それでもまだ呼吸がひどく荒れていた。
「何が起きてるの…?なんなの?あの人たちも、あの光も…。本当に意味がわかんないよ…」
陽子は不安そうに呟きながら数馬の額の汗を拭く。
しかし数馬は一向に目を覚ます気配を見せない。陽子の不安は加速する一方だった。
「このまま知らないところに連れていかれちゃうの…?もう帰れないの…?もうあの海も行けないの…?もう…もう…」
不安に押し潰されそうな陽子の瞳から涙が溢れる。雫は静かに数馬の頬を濡らした。
「数馬…目を覚ましてよ…!」
「…またここかよ」
数馬は暗闇の中にいた。何度となく訪れている夢の中であり、数馬自身の心の中である。
「二度と出てくるなっつったよなぁ、ヤタガラスさんよ」
数馬は言葉に怒気を込めながら振り向く。数馬の言った通り、ヤタガラスがそこに立っていた。
「お前なんなんだよ。この間消えたじゃねぇか。なんでこの期に及んで出てくるんだよ」
「言っただろう。『また会おう』と」
数馬が苛立ちながら尋ねるが、ヤタガラスは平然とした様子で言葉を返す。数馬は余計に苛立ち、言葉を返す。
「お前は俺の悩みの象徴なんだろ?俺に悩みなんてねぇ」
「違う」
「違わねぇ!さっさとここから出せ!早いとこあいつらとっちめて陽子を」
「私が象徴するのは、お前の悩みではない」
熱くなる数馬の言葉を遮って、ヤタガラスは冷静に言葉を発する。数馬は言葉を失った。
「何?じゃあお前一体…」
「私はヤタガラスであってヤタガラスではない。重村数馬、お前自身の戦いたいという欲求、闘争本能が、ヤタガラスの姿を借りて話しているんだ」
目の前のヤタガラスは、堂々と言い切った。
数馬は、合点がいったように頷いていた。
「なるほど。俺が初めて戦いってものを意識した相手だからか」
「細かいことはどうでもいい」
ヤタガラスは数馬の言葉を受け流す。
同時に、数馬の足下から白い光がヤタガラスへと伸び、ヤタガラスのところでふたつに分かれた。
「今、君の前にはふたつの道がある」
「道?」
「ひとつは私を受け入れ、戦う道」
「もうひとつは?」
「私を拒絶し、ここから逃れる道」
数馬の質問に、ヤタガラスは答える。
眉をひそめる数馬に、ヤタガラスは言葉を続けた。
「戦いを選べば、彼女を救えるだろうが、君は壮絶な人生を送ることになるだろう」
「逃げれば?」
「彼女は救えないが、君は平穏無事な人生を歩むことができる」
ヤタガラスの提示したふたつの道に、数馬は黙り込んで考え始める。
「来た道は引き返せない。よく考えるんだ」
悩む数馬に、ヤタガラスは声をかける。
一瞬の沈黙の後、数馬は顔を上げて呟いた。
「戦おう」
ヤタガラスは、数馬の表情を見る。そして目を細めて尋ねた。
「いいんだな?お前が忌み嫌っていた自分自身の闘争本能。それを受け入れるんだぞ?」
ヤタガラスの言葉に、数馬は決意を秘めた表情で答えた。
「あぁ。他でもないそこにいる彼女が、『色んな自分も自分自身』って言ってくれたからな。そう言ってくれた彼女を、俺は救いたい」
数馬の不敵な笑いがヤタガラスの瞳に映る。
ヤタガラスも、数馬の言葉に不敵な笑顔を見せた。
「わかった。俺はお前だ。お前の思うままに、この力を振るえ」
「おう!」
ヤタガラスの言葉に、数馬は威勢よく答える。
瞬間、ヤタガラスは赤黒い光の粒に変化する。それは、凄まじい勢いで数馬の体に入り込んでいった。
「うぉっ…!うぅ…!」
数馬の身体中に光の粒が巡っていくのがわかる。それと同時に、数馬は自分が考えられないような力を手にしようとしているのを実感していた。
「うぉおおおおおおおおおっっっっっっ!!!!!」
「おはようさんっ!」
数馬はそう叫びながら上体を跳ね起こす。
しかし、その頭は陽子の側頭部にぶつかった。
「痛っ!」
「おぅふ!」
陽子は頭を押さえながら数馬から離れる。一方の数馬も頭を押さえようとしたが、後ろ手に手錠をはめられていたせいで身をよじることしかできなかった。
「いったぁーっ…」
「悪かった。大丈夫?」
数馬が尋ねると、陽子は頭を押さえながら頷く。数馬もよかったよかったと頷いた。
「元気そうでよかった…ずっとうなされてたみたいだったから…」
「看病してくれてたのか。ありがとう」
数馬は陽子に言う。陽子は恥ずかしそうに目を逸らして頷いた。
数馬は改めて上体を起こし、自分の状態を確認する。後ろ手に付けられた手錠は、普通にやっても外せそうにはなかった。
「それ、外せそう?」
「普通は無理、かな。でも、今ならできるかも。下がってて」
数馬の指示に従うと、陽子は距離を取る。そして数馬の様子を注意深く観察していた。
「…やるぞ」
数馬はそう呟くと、手錠を引きちぎろうと手首に力を入れる。
「ふん!うぉぉぉっっ…!」
しかし手錠は頑丈で、簡単に引きちぎれるわけもない。それでも数馬は続けた。
「ぬぅうううう…!」
見ている陽子も思わず力んでしまうほど、数馬は力を入れる。しかしやはり金属には敵わなかった。
「ひぃーっ。ダメだこりゃ」
「もう。なにやってるのよ」
数馬は詰めていた息を吐く。陽子は数馬の様子に小さくため息を吐いた。
2人を閉じ込めている扉の格子窓から、影が伸びた。
2人がそれに気づくと、次の瞬間には扉が開く。
2人の前に、黒のタンクトップと肩に蜘蛛のタトゥーを入れた色黒の男、スパイダーが現れた。
「お楽しみのところ悪いが、もう少し寝ててもらうぞ」
スパイダーは冷徹に言う。しかし、すぐに数馬が声を張った。
「おい!その子は関係ないだろう!帰してやれ!」
数馬の言葉に、スパイダーは蹴りで答えた。その光景に、陽子は思わず目を伏せたが、すぐに数馬に駆け寄った。
「数馬!?」
数馬を介抱する陽子を見て、スパイダーは小さくため息を吐いた。そんなスパイダーを見て、陽子は震えながら尋ねた。
「どうしてこんなことするんですか…!」
「言っただろ。世界を救うためだ」
「もっと平和な方法があるはずです!話し合って分かり合うことだって…!」
次の瞬間に聞こえてきたのは陽子の悲鳴だった。スパイダーの殴打が、陽子の頬を襲っていた。
「痛い…」
陽子は初めての痛みに、涙を堪えきれなかった。それでもスパイダーにそれだけは見せまいと顔を隠した。
「あのなぁ、世の中そんな甘くないんだ。力じゃなきゃケリがつかないこともあるんだよ。それがこれだ。わかったら大人しくしてろ、小娘」
陽子は初めて受ける恫喝に、恐怖の気持ちを抑えきれなかった。
陽子を見下ろすスパイダーの正面に、数馬は手錠を付けたまま立ち上がった。
「あ?」
スパイダーは数馬の方を見る。下を向いていた数馬の表情は見えなかった。
「おっさん良いこと言うじゃねぇか。力じゃなきゃケリつかないってさ」
数馬は顔を上げる。殺意を隠そうともしない数馬の目線がスパイダーの目に突き刺さった。
「俺もそう思うぜ。テメェをブッ殺さなきゃ、俺の気が収まらねぇ!」
数馬の声が部屋に響く。
同時に、彼の全身を赤黒い稲妻が走った。
「来たか…!」
スパイダーは身構える。それとほとんど同時に、赤黒い稲妻が手錠の鎖を寸断すると、赤黒い光を纏った両手を拳にして、数馬は構えた。
「俺もお前もこれが得意だろ?じゃあこれでやろうぜ!」
数馬が叫ぶ。それに対し、スパイダーは静かに呼吸を整えた。
「重村数馬の『終わりの波動』…そう、俺は貴様を倒すためにここに来たんだ!」
「やってみろ!」
数馬はそう叫ぶと、スパイダーへと駆け寄る。
スパイダーは指を鳴らす。次の瞬間、突風が吹いて数馬を吹き飛ばし、2人の距離は離れた。
スパイダーはいつでも逃げられるように出口を背後に陣取る。一方の数馬はその正面に立った。
お互いの距離は十歩。数馬はどうやって近づくか、様子を窺いながら脳内で算段を立てていた。
(あいつは『原子を操る力』だとか言ってたが…それが本当ならこっちの想像は越えてくるだろう。だったら下手に考えるよりもシンプルに!)
数馬は脳内でまとめると、前へと踏み出した。
(近づいて、ブン殴る!)
構えを解くと、そのまま全速力でスパイダーへと走り出した。
数馬との距離があと5歩まで縮まる。
スパイダーは右の手のひらを下に向けながら、右腕を伸ばし、そのまま右手を握りしめる。
(余裕こいてんのか?)
数馬は疑問に思いながらも足を止めない。1番右ストレートの威力が出るスパイダーまであと一歩の距離まで踏み込んだ。
(もらった!)
前脚に体重を乗せながら足腰の回転を乗せた渾身の右ストレート。強烈な一撃がスパイダーの頬へ炸裂するはずだった。
数馬の前脚を乗せていた床が抜けたのである。
「!」
右ストレートは大きく外れ、数馬は右手を床に叩きつける形になる。
同時に、左脚が床にはまった数馬は、身動きが取れないでいた。
「クソッ!欠陥住宅が!」
「言っただろう?俺の能力は『原子を操る』こと。ちょっと能力を使えばこんなものさ」
毒づく数馬に、スパイダーは数馬を見下ろすようにして言う。しかし数馬は言葉を返した。
「じゃあ俺のことを原子レベルにバラバラにすりゃいいじゃねぇか?そうして持ち運ぶのが1番手っ取り早いと思わねぇか、え?」
数馬の言葉に、スパイダーは眉をひそめる。
同時に、何かに気づいた数馬は、ニッと笑った。
「『できない』んだろ?俺をギリギリまで引き寄せたのもそうだ。お前の能力、真価を発揮できる距離はかなり短いと見た」
「だからなんだ」
「きっと俺をバラバラにするには、俺に触れられるくらい近づかなきゃならんのだろ?しかし俺を触ろうとしないのは、俺の超能力が怖いからだ!」
数馬はそう言うと、床にはまった左脚に力をこめる。
赤黒い光をまとった左脚が、床を蹴り上げて壊すように抜け出してくる。
スパイダーは改めて3歩距離を取り、構え直した。
「やっぱりな。こんなコンクリの床を簡単に壊せるわけはねぇ。つまり、俺はお前に触れば勝ちってことさ」
「やってみろ、できるものならな」
スパイダーは右の手のひらで円を描く。
瞬間、次々とスパイダーの周囲に無数のナイフが数馬に刃先を向けて現れた。
「ここからは本気を出させてもらう。生捕りなんて生優しいことはしない!」
「そうこなくっちゃなぁ!」
スパイダーの宣言に、数馬も明るく言葉を返す。
ナイフが一本ずつ数馬に飛んできた。
数馬はそれを後ろに下がりつつ回避していく。
しかし、そのせいでスパイダーとの距離も開いていき、数馬は壁際まで追い込まれた上、スパイダーとの距離は始まった時よりも遠い12歩の距離まで離された。
「そこだ!」
スパイダーが左手で数馬を指差しながら右手で指を鳴らす。
数馬のいる位置に光が集まったかと思うと、次の瞬間には爆発していた。
数馬は咄嗟に横に飛び退いたが、先ほど数馬のいた位置で起きた爆発の爆風で、大きく吹き飛ばされた。
「くっ…!」
「逃がさん!」
数馬が倒れていた床が溶け、数馬の足首や手首を固定するように溶けた床が回り込み、固まる。数馬の手足は床に拘束され、数馬は大の字になって動けなくなっていた。
スパイダーは再び左手で数馬を指差しながら、右手を鳴らした。
「おしまいだ」
身動きが取れない数馬の目の前に、光が集まっていく。
「数馬…!」
陽子も遠目で見ながら覚悟を決めた瞬間、爆発の光と爆風が辺りを包んだ。
爆風からしゃがんで身を守りながら、スパイダーは呼吸を整えていた。
「はぁ…はぁ…久しぶりにここまでの規模の爆発をやった…クライエントには悪いが、わかってくれるだろう…」
スパイダーがそう言って立ち上がった瞬間だった。
爆風の黒い煙の中から、赤黒い銃弾がスパイダーに向けて飛んできた。
「!」
瞬時にスパイダーはその銃弾をかわす。
だが、スパイダーは息を飲んだ。
「なんだと…?」
スパイダーは爆風の方を見る。彼が固唾を飲んだ瞬間、聞き覚えのある声が爆風の中から聞こえてきた。
「こりゃすげぇや。お前たちには礼を言わなきゃな」
爆風の中から、人影が現れる。
煤で体中が黒く汚れたその男、重村数馬は、赤黒いオーラをまとい、右手には赤黒い拳銃を握りしめて現れた。
「これが『終わりの波動』の力…!やはりこいつは…!」
スパイダーは再びナイフを発生させ、数馬に飛ばす。
しかし、数馬のまとった赤黒いオーラは、飛んできたナイフを消滅させた。
「…!」
スパイダーは言葉を失う。もはや今の数馬にはどんな攻撃も通用しない。
「こっちの番だ」
数馬はそう言うとゆっくりと歩き出す。赤黒いオーラをまとい、赤黒い拳銃を右手に、真っ直ぐ堂々とスパイダーへと歩いていく。
「…クライエントのため、世界のため…!ここで逃げるわけにはいかない!」
スパイダーは引き下がりながらナイフを発生させ、飛ばす。しかし、やはり数馬のオーラは飛んでくるナイフを消滅させる。
「お前の能力だって無限ではない!これを食らえっ!」
スパイダーは両方の手のひらを合わせて数馬に向け、力を込める。
先ほどよりも大きな爆発が、数馬の正面を襲った。
「ぬぅっ!」
数馬も思わず吹き飛ぶ。彼がまとっていた赤黒いオーラは、消えていた。
「そこだ!」
スパイダーは右の手のひらで円を描く。
無数のナイフが数馬に向けて空中にいた。
「食らえ!」
ナイフが数馬へと飛んでくる。
数馬はそのひとつひとつを拳銃で全て撃ち落とし、立ち上がってスパイダーへと歩いていく。
一方のスパイダーもそれに合わせて下がりながらナイフを放っていく。
「今なら…!」
スパイダーは再び両方の手のひらを合わせて数馬に向ける。強力な爆発で数馬を消し飛ばすつもりだった。
数馬もそれを見てスパイダーに向けて拳銃の引き金を引く。
スパイダーは瞬時に飛び退いてそれをかわした。
それが運の尽きだった。
「なっ…!」
自分自身が作り、数馬が蹴り広げた床の穴に、片足を突っ込んでいたのである。
(このままでは…!)
体勢を崩したスパイダーは、構えが解けていた。数馬はそこを見逃さなかった。
「そぉりゃああああっ!」
裂帛の気合いを込めながら数馬はスパイダーへと駆け寄っていた。
(くっ…!)
スパイダーは右の手のひらで円を描く。
数馬との距離はあと2歩。
空中に無数のナイフが浮かんだ。
数馬との距離はあと1歩。
ナイフが飛んでいった。
数馬のいない虚空へ。
「ぐっ…!」
数馬の拳は、ナイフが飛ぶよりも先にスパイダーの頬へと直撃していた。
「消えろぉッ!」
数馬の叫びと共に、数馬の右手に赤黒い光が宿る。
数馬は、拳を振り抜いた。
「うぐわぁあああああっ!!!」
スパイダーは絶叫しながら宙を舞う。
赤黒い光が体中に奔り、彼の体は塵になっていった。
数馬は右手を振るう。渾身の一撃は、数馬の右手にも負荷を与えていた。
「いっちょあがりぃ」
数馬は小さく呟き、僅かに微笑む。
「それじゃ、逃げようぜ、陽子…」
数馬はいつも通り軽口を叩きながら陽子の方を見た。
陽子の表情は怯えきっていた。
そして、その目は数馬に向けられていた。
得体の知れない存在を見るような、生理的な嫌悪感を隠しきれていない、怯えきった目。
「人殺し…」
陽子の口から、静かに発せられたその言葉を、数馬は聞き逃すことができなかった。
正面から、真っ直ぐその言葉を受け止めた数馬は、言葉を失っていた。
「どうしてあなたは人を殺しても、平然としていられるの…?」
陽子の言葉が続く。陽子の素直な疑問に、数馬は答えられなかった。
「あなたは…何者なの…?」
「俺は…」
人殺し。
「…違う、俺は…!」
言葉が出てこない。
数馬は同時に体の内側から激しい痛みを感じ、うずくまる。
「おい、数馬!無事だったか!」
数馬と陽子の閉じ込められていた部屋の入り口から、佐ノ介の声がする。佐ノ介と一緒にいたマリは、すぐに陽子に駆け寄った。
「あ、陽子ちゃん!あなたもさらわれてたの?」
「そう…みたい」
「無事でよかった。とりあえず、ここを出ましょう」
マリは陽子の手を取って立たせると、部屋を去っていく。
佐ノ介は、それを見ると、うずくまる数馬へと歩き寄った。
「数馬、俺たちも行こう」
佐ノ介はそう言って数馬の背中を叩く。
「ゲフッ、グフッ」
数馬が咳き込む。
「おい、しっかり…」
佐ノ介がそう言って数馬の背中をさする。だが、その瞬間、彼の目に入った光景に、彼は言葉を失った。
「おい…その血…」
数馬の手のひらに付いていたのは、鮮やかな色をした血だった。先ほどの咳でついたものである。
「…フラれたショックかな…」
数馬は苦しそうに軽口を叩くが、すぐにまた咳き込み始める。
咳が止まらず、数馬の口からは抑えきれない血が溢れていた。
「おいおいおいおい!しっかりしろ数馬!おい!」
佐ノ介は必死に数馬の背中をさするが、数馬の咳は治まらない。
「マリ!来てくれ!早く!」
佐ノ介は救護の心得が多少あるマリの名を叫ぶ。
それに構わず、数馬は咳を続ける。
「しっかりしろ!すぐに助けてやる!」
「佐ノ…」
佐ノ介が背中をさすっていると、咳の止まった数馬が佐ノ介を呼ぶ。
佐ノ介は素早く身を乗り出すと、数馬と目を合わせた。
「おぅ、どうしたよ?」
数馬は何かを言おうと口を動かす。
しかし、声を出す間もなく、数馬は自分が咳で出した血だまりに倒れた。
「数馬…!?数馬ァッ!」
佐ノ介は数馬の名を呼ぶ。しかし数馬はそこに静かに倒れるだけだった。
最後までご高覧いただきましてありがとうございます
暁広に続き、数馬も能力に覚醒しましたが、一難去ってまた一難
彼らはここから脱出できるのでしょうか
次回もお楽しみください