Chapter 1-6 遠藤マリ
教師に呼ばれた数馬と佐ノ介はグダグダと雑談しながら階段を降りて1階の職員室へ向かっていた。
「数馬よぉ、昨日のあいつらかね?」
「だろーなぁ。だから口封じしとけっつったじゃん。佐ノが可哀想だとか言うからさぁー。あぁ思い出しただけでムカつくぜ、次あったらあの口並み縫いにしてやる!エプロン代わりに提出してやるぜ!」
「コッワーイ」
恨みつらみを並べながら壁を殴る数馬に対して佐ノ介が棒読みで呟く。たまたま階段を通った下級生はドン引きしながら数馬を避けるようにして階段を登っていったが、数馬達は元気よく階段を降りていく。
そんな中、急に佐ノ介の足が止まった。
数馬が釣られて足を止めて周囲を見て、納得すると、数馬はひとり階段を下った。
「佐ノ、先行ってるわ」
数馬はそう言うと階段を飛び降りて姿を消した。
「ホンモノの恋をしませんかぁ!」
数馬の下手な歌を聞き流しながら佐ノ介は階段の下にいた女子、遠藤マリと話し始めた。
「お、おはよう、安藤君」
「ど、うも、遠藤さん」
佐ノ介は周囲を見回して知り合いがいないことを確認するとマリの下に駆け寄り、話し始めた。
「佐ノくん、どうしてここに?」
「職員室に呼び出しくらっちゃってさ」
マリの表情が不安に包まれる。思わずマリは佐ノ介の腕を強く握りしめていた。
「大丈夫なの?まさか、また誰かをかばって自分だけ怒られてるとかじゃないよね?」
「ううん、俺は数馬に便乗しただけだよ。下級生をいじめる奴がいて、2人がかりで4人ほど」
「もぉ…佐ノくん…お願いだから無理しないで…佐ノくんにひどいことがあったら私…」
「大丈夫。マリの笑顔が見られれば俺は不死身だよ。だから、何があっても俺のために笑っててくれるかな?」
佐ノ介の言葉にマリは弱々しくうなずく。佐ノ介は改めてマリの手を握り返して尋ねた。
「そんな弱々しい返事じゃ困るなぁ。笑っててくれるよね?」
「…うん!」
マリが元気よく、力強くうなずく。それを見て安心したように佐ノ介も笑った。
「じゃ、放課後」
佐ノ介は短く言うと、小さく手を振って数馬の後を追った。マリもそんな佐ノ介の背中に手を振った。
数馬に追いついた佐ノ介は早速謝った。
「すまんな」
「いいよ、モテる男はつらいねぇ」
数馬の言葉に、佐ノ介は優しく首を振った。
「辛くない。むしろツいてる」
「…クソッタレぃ」
佐ノ介の幸せそうな表情に悪態を吐くと数馬は小さく笑い、職員室のドアをノックした。
「失礼します、6年3組、重村と安藤です。大上先生お願いします」
数馬の声に応えるように職員室の奥から気難しそうな若い女が出てくる。彼女が数馬達6年3組の担任である大上先生である。
「来たね。さっそくだけど、昨日、明羽小の男の子を4人殴って鼻血を吹かせたでしょ?」
大上先生の目つきは鋭く、声は怒りに震えていた。
一方の数馬と佐ノ介は否定のしようもないので平然と答えた。
「はい」
大上先生の怒りは加速したようで、額に青筋が浮かんだのが数馬と佐ノ介にも見てとれた。
「どういうつもり?暴力なんて許されると思っているわけ?」
「いやそんなこと思ってないに決まって」
「じゃあなんで暴力になんて訴えたの!?暴力なんて何も解決しないじゃない!」
「おっしゃる通りですがその」
「言い訳なんて聞いていません!」
大上先生は数馬や佐ノ介の言葉を大声で遮る。数馬と佐ノ介はうつむいて目線をかわした。
(少しぐらい話を聞いてくれたっていいのによ)
2人の意見がそれで一致し、大上先生が一方的に怒鳴っている最中だった。
数馬の服が何かに引っ張られているのに気づいた。数馬がそちらに目をやると、小さな年下の男の子が数馬の服の裾を引っ張っていた。
「かずまくん、どーしたの?」
男の子は何も知らない無邪気な表情で尋ねる。数馬が慌てているのを見かねた佐ノ介がすぐに男の子に話しかけた。
「今にーちゃん達怒られてるから、また後でな?」
「えー?なんでおこられてるの?」
「この子たちが悪いことをしたからよ。人を思い切り殴ったの!」
男の子の質問に大上先生が答える。男の子は逆に尋ね返した。
「それって、きのうですかー?」
「そう」
「だったらにーちゃんたちわるくないですよー。ボク見てました」
大上先生の表情が鋭くなったのを察した数馬はすぐに男の子に怒りが向かないように話し始めた。
「お、おいガキンチョ?変なこと言うもんじゃないよ。早く教室に戻ろう、な?いやあ大上先生、すみませんね、俺もこんぐらいの歳の頃は嘘が好きでして」
「ウソなんかついてないもん。にーちゃんたち、あのこわい人たちやっつけてくれたじゃん」
「でも人を殴ることは悪いことよ」
「そーですけど、にーちゃんたちがいなかったらボクのゲーム取られてました」
「呆れた」
大上先生は吐き捨てるように言った。大きなため息をひとつ吐くと、声を大にして言った。
「とにかく!暴力や喧嘩はダメ!何があっても!2人はどうして相手と話し合おうとしなかったの!?」
「すでに取られそうになってて、話し合いだとかできる状況じゃありませんで…」
佐ノ介の言葉に、大上先生はまた怒りを覚えたようだった。
「あなたたちね…」
大上先生としては話し合いすらしようとしなかったことが癪に障ったようだった。大上先生の怒りが頂点に達するその直前だった。
「まぁまぁ大上先生、朝からそんなお怒りにならずに」
数馬達の後ろから優しい老人の声がする。数馬が少し目をやると、伊東校長先生がそこに立っていた。
「男の子なんですから喧嘩の1つもそりゃあするでしょうよ。しかし、それが他人を傷つけるためではなく、本校の生徒を守ろうとしたのですから、十分立派ではないでしょうか」
「そのために暴力を振るってもですか!?」
「確かに暴力に暴力で訴えても延々と続くだけですね。話し合おうとする気持ちももちろん大切です。それは安藤君と重村君だってわかっているでしょう?」
伊東校長先生はそう言って数馬達を見る。数馬達は大人しく、「はい」と答えた。
「こんな彼らが暴力に訴えざるを得なかった、今回はそういう状況だったのでしょう。幸いにも今回大怪我をした者はいません。起きてしまったことを責めるより、我々教員にできることは彼らと共に再発防止に努め、責任を取ることではないでしょうか?」
伊東校長先生の言葉に大上先生も黙り込む。数馬と佐ノ介は尊敬の眼差しすら伊東校長先生に送っていた。
「大上先生とお話をしたいので、君たちは教室に戻りなさい」
伊東校長先生に言われると、数馬と佐ノ介もうやうやしく頭を下げる。伊東校長先生が大上先生と職員室に入ったのを見ると、先ほど助けに入ってくれた男の子を教室に帰るようにさとした。
それと同時に、職員室の中から伊東校長先生の声が聞こえた。
「大上先生、別に生徒の暴力沙汰によってあなたの昇進や所得に影響はありませんのでご安心を…」
はっきりと数馬と佐ノ介の耳に聞こえたのである。2人は小さく悪態をついた。
「結局金かよあの女」
「保身のために平和主義とは大層なお方だ」
「生徒より金とはね。自分のために他人を踏みにじるとはなりたくないもんだ」
「同感だね。ま、あんな志の高い人のことは忘れて、明日のことでも考えようぜ」
数馬と佐ノ介はそう言いながら自分の教室へ戻っていった。
最後までご高覧いただきましてありがとうございます
今回のお話は、個人的には小学校あるあるだったと思っています。知り合いに付き合っていることがバレたくないのでわざわざ他人のふりをするカップル、生徒の話を聞かないで一方的に叱る先生など。
佐ノ介はリア充です。