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The Magic Order  作者: 晴本吉陽
Chapter 6 The Magic Order
75/124

Chapter 6-1その男

今回長めです

このチャプターから物語が大きく動き出します

5月5日 18:00


「幸長、直ちにGSSTを出動させろ」

 武田の鋭い命令が幸長の耳に響いた。

 幸長はすぐさまビル全体に連絡できるマイクを手に取り、声を発した。

「GSST、ただちに全員集合!準備時間は後ほど与える!今はとにかく1階に集合せよ!繰り返す!」

 幸長がマイクに叫ぶ中、武田もシャツの上に脇用のホルスターを身につけ、その上にジャケットを羽織った。

「ついて来い、幸長」

 武田は短く言うと速足で歩き出す。幸長もそのすぐ後ろを歩いていた。



 武田と幸長が1階に着くと、子供たちが整列していた。だがその数は明らかに少ない。いるのは暁広、茜、圭輝、数馬、佐ノ介、竜雄、竜、正、めいの9人だった。

「少なくないか?」

「他は全員部活です」

「わかった」

 幸長の質問に、暁広が答えると武田が短く答える。張り詰めた空気そのまま、武田は指示を出す。

「君たちには今すぐ出動してもらう。事は一刻を争う、状況は車内で伝える。準備でき次第車に集合だ!解散!」

 武田の言葉に、子供たちは大きな声で返事をすると、準備するために武器庫へ走る。武田と幸長はガレージに向かい、走り出していた。


 武器庫に着いて準備を始めた暁広の横で、茜が不安そうに暁広に尋ねていた。

「トッシー、なにがあったのかな?」

「わからない。けど、きっと重要なことに間違いないと思う」

 暁広はそう言いながら防弾ベストを身につけ、ショットガンのストラップを斜めにかけてショットガンを背中に回す。

「とにかく行こう!」

 暁広はそう言うと走り出す。茜も、拳銃を太もものホルスターに入れると彼の背中を追うように走り出した。


 5分も経たずに準備を終えた子供たちは、ガレージにたどり着くとバンの後部に乗り込む。

「全員集合。出発だ、幸長」

 同じく後部に立っていた武田が子供たちの数を数えると、幸長に指示を出す。幸長はアクセルを思い切り踏むと、バンのエンジンは唸り声を上げながら走り出した。


「さて、状況説明を行う」

 武田がそう言うと、子供たちは一斉にそちらを向いた。

「君たちにはとある人物を救出してもらう。その人物は現在、佐藤と共におり、彼の所有するビルの中を逃げ回っている。これがそのビルの地図だ」

 武田は持っていた紙の地図を床に広げる。暁広と数馬はそれをじっと見ていた。

「佐藤の居場所はこの端末でわかるようになっている。彼女と一緒にいる人物の救出を頼む」

 武田は端末を暁広に手渡す。端末を見ると、佐藤は建物の最上階にいるようだった。

「建物自体はかなり狭そうだ。そうなると基本接近戦が多くなると思う。接近戦の得意な数馬と竜雄を中心に、正面から突入して最上階の5階を目指す」

「待った。これエアダクト使った方がいいと思う」

 暁広の意見に対し、数馬が提案する。全員一斉に数馬の方を向いた。

「エアダクトは1階の裏から入れて5階の換気口まで繋がってる。こっちの方が見つかるリスクも少ない」

「それでどうやって救出するんだ?」

 暁広がやや怒ったような表情で尋ねる。数馬はそのまま続ける。

「換気口からエアダクトまで出てもらう」

「却下だ」

 数馬の提案を、暁広は食い気味に却下する。数馬の目が細くなった。

「理由は」

「俺たちの武装じゃエアダクトには入れない」

「なら俺1人でエアダクトを使う」

「却下だ」

「理由は」

「リーダーは俺だ、指示に従え」

「リーダーならより良い作戦を取れよ」

「こっちの方がいいから従えって言ってるんだろ」

 数馬と暁広はお互いに熱くなっていく。そこに武田が割って入った。

「やめろ」

 武田の静かなひと声に、数馬と暁広はお互いに黙り込む。同時に武田は小さくため息を吐くと、背筋を伸ばした。

「そういうことなら私が命令する。魅神くん、君は正面から突入する部隊を指揮しろ。重村くん、君は単独でエアダクトを使い、最上階の要人を救出するんだ。これでいいだろう」

 武田が指示を出すと、数馬と暁広は一瞬沈黙し、そして、はい、と静かに返事をした。

「君たちの任務は要人の救出。それを忘れるな」

 武田は鋭い口調で釘を刺す。数馬と暁広は黙り込むだけだった。


「間もなく到着します」

 幸長の声がすると、子供たちは全員改めて気を張る。

 エンジンの音が小さくなってくる。音が止み、車の振動が収まると、正と竜がバンの後部扉を開ける。子供たちは周囲を見回しながら車から降り、目的のビルを見上げた。

 まだ夕方だというのに、明かりが消えている。華やかなこの街の夜景の中で、明らかにこれだけはおかしかった。

「茜、圭輝、竜雄、竜、正、俺と一緒に。めいと佐ノ介は待機」

 暁広が指示を出すと、全員銃を持ちながら暁広についていく。暁広は一瞬数馬を睨むと、彼らを引き連れて建物へ走っていった。

「なんだあんにゃろう?リーダーだからって調子こいてんじゃねぇぞ」

「口悪いなぁ」

「俺も心の声が聞こえるようになったみたいだな」

 数馬が悪態を吐くのに対し、めいは苦笑いし、佐ノ介がわざとらしく言う。数馬は佐ノ介の言葉の真意に気付くと、小さく舌打ちした。

「カリカリすんな。敵にぶつけてこい」

「おーせのままに」

 佐ノ介の言葉に、数馬はため息混じりに答えると、1人暁広たちとは別方向へ走り出した。

 バンに張り付くようにしながら、佐ノ介は建物の様子と耳のイヤホンに集中する。

「上手くいきそうか」

 佐ノ介の背後から声が聞こえる。振り向くと武田がバンから降り、佐ノ介の隣に立っていた。

「わかりません」

「そうだろうな。だがリーダーという立場は、常にその中で決断していかなければならない」

 武田が静かに語る。佐ノ介は、不思議と武田の言葉に集中していた。

「その決断がどんなに非情であっても、その責任は1人で背負うしかない。目的の達成、それが最優先であり、そのための手段を選ばないのがリーダーだからだ」

「…なぜその話を俺に?」

「さてな」

 佐ノ介には武田の本心がどこにあるのかわからなかった。だが、武田の言葉は、ずっと佐ノ介の胸の内に残るような気がした。


 武田と佐ノ介が話している間に、暁広たち6人は建物の裏口、非常階段の入り口にやってきた。

 暁広がまずドアノブを回す。しかし、鍵が掛かっていて開かないようだった。

「正」

 暁広が短く指示すると、正が素早くポケットから爆薬を取り出し、取り付ける。

「離れてろ」

 正が言うと、全員扉から少し離れる。正はそれを見てから爆薬を起爆した。

 爆薬は小さな音を立てて炸裂する。鍵の部分だけが綺麗に吹き飛んでいた。

 暁広が扉を開けると、中にはすぐ上に登る階段があった。

「行け」

 暁広が正面の竜雄に言う。竜雄は一瞬確認で暁広の顔を見た。

「俺?」

「そうだよ、行け!」

 暁広ではなく竜雄の後ろにいた圭輝が竜雄を蹴り押す。仕方なく竜雄が先頭になると、一瞬圭輝を睨みつけてからショットガン(スパス12)を構えつつ階段を登り始めた。

 少し遅れて暁広たちも竜雄の後ろからついていく。階段は暗く、それぞれの銃に付けているライトだけが頼りだった。

「敵がどこから来るかわからない。注意して進むんだ。竜、佐藤さんの位置は?」

「5階を逃げ回ってるな。この階段を使って逃げようとしているようにも見える」

「ならここを確保する必要があるか」

 暁広がそう言って考え始めた瞬間だった。

 暁広たちが入ってきた扉が乱雑に開く音が響いた。

 暁広たちは一斉に下を見る。

 武装した黒い物影が、階段を登ろうとしているのが見えた。

「撃ち殺せ!」

 暁広が叫ぶ。その指示を受けて全員一斉に持っていたサブマシンガンやショットガンを階段下の敵の影に向け、引き金を引き始める。ビル全体に悲鳴と銃声がこだまし始めた。



 その銃声は、5階にいた佐藤の耳にも入っていた。

「非常階段の方から銃声。このまま行けば鉢合わせになります」

 佐藤は一緒にいる男に低い声で言う。髭と髪に白いものが混じったその男は大して驚きもせずに頷いた。

「お嬢、正面突破でも構わんぞ。どうしたい?」

 男はそう言ってスーツの懐から短いドスを取り出す。佐藤は腰の拳銃を抜きながら耳をそば立てつつ状況を考える。

「おそらく、武田さんの救助が来たのだと思います。部屋に隠れて彼らと合流しましょう」

「正面突破はナシか。仕方ねぇ」

「行きましょう」

 男がドスを懐にしまったのを見ると、佐藤は近くにあった扉に駆け寄り、扉を開ける。

「いたぞ!」

 同時に、佐藤たちの背後から敵の声がした。

「ヤベェッ!」

 男は短くそう言うと、佐藤を庇うようにしながら部屋に飛び込む。少しでも遅れていれば彼も佐藤も撃ち抜かれていただろう。

 男はすぐに扉を閉め、鍵をかけた。

「お嬢、チャカ持ってねぇか」

 男は佐藤を立ち上がらせながら尋ねる。

「これ一丁です」

 佐藤は男と共に部屋の奥にある執務机隠れながら答える。男はやはり動揺もせず、そうかい、とだけ答えた。

「しゃあねぇや。久しぶりにこのドスに血ィ吸わせてやるかぇ」

 男はドスを懐から取り出し、さらに鞘から抜き放つ。銀に輝く刀身が姿を現し、不敵な表情の彼を映し出した。

「他に逃げ場はありませんか?」

 佐藤が尋ねるが、男は首を横に振った。

「非常階段だけだ」

「そうですか…ですが諦めませんよ」

「たりめぇだ。俺のタマ、そう簡単にくれてやれるかよ」

 2人が会話しているうちに、扉に銃撃が浴びせられ、扉が蹴破られる。そのまま部屋に銃撃の雨が降り注いだ。

 2人は机の陰に隠れるが、銃撃は徐々に木製の執務机を削っていく。銃撃が窓ガラスを割り、ソファーなどにも穴を空けていくこの状況では、撃ち返すことさえできなかった。

「畜生!人のオフィスなんだと思ってやがる!」

 男が敵を怒鳴りつける。しかしそれに答えたのは敵の銃撃だった。

「私が引きつけます、その間に窓から脱出を」

 佐藤が声を張る。だが、瞬間男は何かに気づいた。

「いや、その必要はなさそうだ」

「え?」


 佐藤はその男の視線の先が気になって振り向く。


 壁に取り付けられた何の変哲もない換気口。


 それが丁寧に取り外されたかと思うと、次の瞬間にはそこから拳銃(M92F)が現れ、敵に向かって銃撃を浴びせ始めた。

 拳銃の銃声が鳴り響くたびに、敵の銃声が小さくなっていく。

「いい腕だ」

 男も思わず感心の声を上げたかと思うと、ついに最後の1人が倒れ、銃声が聞こえなくなった。

「ふぅー」

 換気口からひと息つく声がする。

 声の主は拳銃のセーフティーを掛けると、換気口から這い出て床に手を伸ばして一回転しながら着地した。

「お待たせしました、佐藤さん」

 着地してそう言ったのは、数馬だった。

「重村くん、ありがとう」

 佐藤が言うと、それを聞いていた男はドスを鞘に納めながら軽口を叩いた。

「重村、か。いい名前だな、坊主。助かったぞ」

「どうも」

 見慣れない大人が馴れ馴れしく話しかけてくるのに、数馬は気まずそうに挨拶した。

「ということは、GSSTが来てるってことね」

「はい。魅神が何人か率いて今上がってきてるはずです」

「お嬢、まさかこの坊主がお宅らの特殊部隊かぇ?」

 佐藤と数馬の会話に、男は不思議がって尋ねる。佐藤は短く頷いた。

「えぇ。その1人です」

「さいですか…」

 男は何か言いたげに唸り声を上げる。

 そんな彼らを現実に引き戻したのは、部屋に近づく足音だった。壊された扉から見える廊下から、白いライトが辺りを照らしながらこちらに近づいているのが見える。

「下がって」

 数馬はそう言って大人2人を後ろに下がらせると、拳銃を扉側に構える。


 廊下の白い光が一瞬暗くなり、数馬の顔を照らした。

 拳銃とショットガンの銃口が交差した。

「撃つな!」

 ショットガンの持ち主、暁広が叫ぶ。その声を聞いて暁広の後ろに控えていた子供たちも一斉に銃を下ろした。

 数馬と暁広も、一瞬互いに睨み合うと、銃を下ろす。暁広は銃を下ろしたそのまま佐藤の前まで歩いた。

「佐藤さん、救出に来ました」

 暁広が言うと、佐藤は頭を下げる。

「魅神くんも、みんなもありがとう」

 佐藤が言うと、男も暁広の方へ歩み寄った。

「野暮なこと聞いて悪いが、敵はどうした?」

「全員倒しました」

 男の質問に、暁広は短く答える。その言葉に、男は言葉を失ったようだった。

「そうか…いや、本当に助かった。心から礼を言わせてもらう」

 男はそう言うと、深々と頭を下げた。

 それを見ると、暁広は通信機に声を掛けた。

「こちら魅神。佐藤さんとターゲットの救出に成功しました」

「武田だ。了解、ご苦労だった。2人ともこちらまで護衛してくれ」

「了解」

 暁広は通信を終える。そして大人2人の方へ向き直った。

「さぁ、行きましょう」



数分後

 佐ノ介と武田が周囲を見回していると、建物から子供たちに囲まれた佐藤と、顔に刃物の古傷を負った中年男性が現れた。

「いよぉ、お疲れさん」

 佐ノ介が軽い口調で子供たちに言う。数馬は軽い雰囲気で返し、竜雄も返事をしたが、それ以外の子供たちは何も反応しなかった。

 一方の武田は佐藤と男に挨拶していた。

「佐藤、ご苦労だった」

「いえ、救援ありがとうございました」

 武田は男の方に視線を送る。男は人の良さそうな笑顔を見せていた。

「いや助かったよ。ツレに会えなくなるとこだったぜ」

 男はそう言って武田の手を握り、肩を叩いて大笑いする。一方で、武田は呆れたような様子でその男を見つめていた。

「本当に…あなたに死なれちゃ困るんですよ」

 武田が珍しく感情的に言葉を漏らす。男は笑顔そのまま短く答える。

「知っている」

「はぁ…引き上げますよ」

 武田はそう言って佐藤と男をバンに乗せる。その様子を見てから子供たちは車に乗り込んだ。

 子供たちが車内に乗り込むと、男が後ろに座る子供たちに声を掛けた。

「もしかして俺たちが車に乗るまで警護してくれてたのか?」

 男の質問に、子供たちは曖昧な返事をする。男はそれを気にせず話を続けた。

「悪かったな、待たせちまって。今日助けてくれたことも併せて、もう一度礼を言う。ありがとう」

 男は誠実に言う。子供たちもまんざらではなさそうだったが、大きくは反応しなかった。

 それと同時に、暁広は思い切って武田に尋ねた。

「武田さん。その男は一体何者なんですか?」

 暁広の質問に、子供たちの間にも若干気まずい空気が流れる。武田は気にせず答えた。

「この男は」

波多野はたの俊平しゅんぺい。ただのオッサンだよ」

 武田が答えようとしたところに、男はにこやかな表情のまま名乗った。

「波多野…俊平…」

 子供たちにはその名前に覚えがあるような気がした。だが思い出せない。それを気にせず暁広は質問を続けた。

「ただのオッサンを武田さんが救うはずがないです。あなたは一体何者なんですか?」

「魅神君、君たちには関係ないことだ」

 武田が短く突き放す。鋭い武田の口調に、波多野は大きく眉を上げた。一方の暁広はその武田の様子が気に入らず、さらに噛み付いた。

「助けたのは俺たちです。知る権利はあるはずです」

「そんなものはない」

「おぉい、すげぇ言い草だな」

 武田が短く言い切ると、波多野も思わず笑い出す。暁広はなおさら頭に来たようだった。

 波多野はすぐに暁広が怒ったことに気付くと、後ろの席を向いて暁広に話しかける。

「若いの、俺が言っちゃあナンだが、そうカリカリすんな。世の中にはな、秘密ってもんがあるだろ?俺の正体ってのも秘密なんだよ、これが。今回はこれで見逃しちゃくれねぇか?」

 波多野は上手い具合に暁広を丸め込もうとする。暁広は苦い表情のまま、わかりました、とひと言答えた。

「ありがとうよ」

 波多野は軽くそう言う。しかし暁広はまだ苦い表情のままだった。



18:30 武田のビル 1階

 武田たちはビルに着くと、大人たちはすぐに5階に上っていった。

 一方の子供たちは武器を戻すために武器庫にやってきた。

「全く!武田さんは俺たちをなんだと思ってやがる!」

 暁広は怒りを露わにしながら銃を置く。隣にいた茜は、気まずさに圧されて何も言えなかった。

「俺はリーダーだぞ!情報ぐらいくれたっていいだろう!知る権利はあるはずだ!」

 暁広がイラつきを隠そうとしない様子を見て、誰もなだめようとはしなかった。茜も、圭輝も弱々しく同意するだけだった。

「知ってたらどうしたんだ?リーダー?」

 そんな暁広に声を掛けたのは数馬だった。武装をひと通り外し終え、既に武器庫から去る準備はできていた。

「もし仮に悪人だったら殺してたのか?」

 数馬が尋ねる。暁広は数馬を睨むと、イラついた様子で答えた。

「かもな」

「じゃあ悪人かどうかは誰が決めるんだ?」

「俺が決める」

 暁広がハッキリ言い切ると、数馬は眉を上げる。

 数馬が黙り込んだのを見て、茜が数馬に声を上げ始めた。

「あんたさっきからなんなの?トッシーに突っかかって、命令まで無視して!」

「だが結果は成功だろ?『魅神』茜さん?」

「俺らが正面切ってやったからだよ、自分の運で調子乗んなクソ野郎」

 数馬が不敵な表情で茜を挑発すると、横から圭輝も数馬を罵る。一方の数馬は一切怯まず反射的に罵り返した。

「お前が生き残ってんのは他人に頼り切ってるからだろ。運も実力もねぇクセに悪態だけは一流だな」

「重村数馬!」

 暁広が声を張る。数馬は改めてそちらに向き直った。

「なんだ」

「今日は見逃してやる。だがはっきり幸長さんには報告させてもらうぞ」

「ご自由に。君はいつだって正しいだろうから」

 数馬は平然とした様子で暁広を煽る。暁広はキッと数馬を強く睨んだが、数馬は口笛を吹きながらその場を後にした。

 すぐに佐ノ介も軽妙に歩きながらその場を後にする。竜雄も気まずそうにしながらその場を後にした。

 一方の暁広たちはその場に残ったまま数馬たちの背中を睨んでいた。

「なんなんだアイツ?リーダーは俺だってのに」

 暁広が言う。茜もうなずいていた。

「ホントだよね。今回だってトッシーの指揮は正しかったじゃん」

「嫉妬だよ、きっと。あんな雑魚気にしなくていいぜ、トッシー」

 圭輝が暁広の肩を叩く。暁広は静かにため息を吐くと、少し離れて様子を見ていた竜と正の方を向いた。

「2人はどう思う?」

 急に話題を振られた竜と正は、言葉に詰まる。暁広はその反対側にいためいにも目線を振った。

「めいも。俺とアイツ、どっちが正しかったと思う?」

 暁広の質問に、竜と正は少し戸惑うと、言葉を選びながら声を発した。

「そりゃ…トッシーなんじゃない?リーダーなんだし」

「まぁ、ちょっとあいつは頑固すぎたよね」

 正とめいが言う。わずかに暁広の口角が上がったのは誰にも見えなかった。

「指揮者は暁広だ。命令には従うよ」

 竜も静かに言う。

 茜もうなずいた。

「そうだよ、それが普通だよ。だってトッシーは実力で選ばれたリーダーじゃない。リーダーが沢山知っておくのは当然だし、リーダーの命令に従うのも当然じゃん。なのにアイツ、ホント何キレてんだろうね」

 茜が言うと、圭輝が納得したようにうなずき、正、竜、めいも弱々しくうなずく。

 暁広は、そんな彼らを見て自分は間違っていないと少し胸を撫で下ろしていた。



「数馬、数馬」

 1人でその場を立ち去った数馬の背中に、竜雄の声がする。数馬が振り向くと、軽く走って数馬を追いかけてきた竜雄と悠々と歩いて数馬に追いついてきた佐ノ介がいた。

「よう」

「よう、じゃないよ。どうしたんだよ?トッシーとあんな喧嘩して」

「らしくはなかったな」

 竜雄の質問に、佐ノ介が付け加える。数馬は小さくため息を吐いた。

「まぁ、確かにちっと大人気なかったな」

「いや、そういうことじゃなくてさ。理由が気になって」

 竜雄が数馬に改めて尋ねる。数馬は一瞬うつむくと、考えを話し始めた。

「うーん…あいつさ、自分が正しいって信じて止まないじゃん?『自分がリーダーだから』って理由でさ。もっといい方法だってあったろうに、自分を正しいと信じちゃうからそれを認めない、俺にはそう見えて」

「…なるほど」

「もうひとつさ、波多野さんの正体、無理に聞こうとしてたじゃん。しかも教えてもらって当然くらいのことも言ってさ。あぁいうの個人的に嫌でね」

「リーダーの権利、知る権利、まぁ、お前の嫌いそうな言葉を、魅神のやつはふた言目には並べてるもんな」

 数馬の言葉に、付き合いの長い佐ノ介が言う。数馬はうなずいた。

「でも、一応ここのリーダーはトッシーなわけじゃん?上手くやらないとめんどいよ」

 竜雄が言うと、数馬も嫌そうな表情でうなずいた。

「…ごもっとも。明日あたり謝っとくかぁ」

「洗柿の奴の汚ねぇ笑いが目に浮かぶぜ」

 数馬のボヤきに、佐ノ介が茶々を入れる。数馬はもう一度ため息を吐いていた。



5階 武田のオフィス兼応接間

 数馬や暁広が揉めていることも知らず、武田は波多野に茶を出してもてなしていた。

「ありがたく頂戴ちょうだいする」

 波多野は武田にひと言そう言うと、ひと息に緑茶を飲み干した。

「いやぁ、やっぱ喧嘩すると口がカラッカラだぜ。そこに緑茶はたまんねぇな」

「おおよそ殺されかけた直後とは思えないお言葉で」

 波多野が緑茶の感想を述べると、武田はやはり呆れたように呟く。そんな武田を一切気にせず、波多野は緑茶の味を楽しんでいた。

 緑茶を飲み終えた波多野は、思い出したように武田に声をかける。

「今日は泊まらせてもらうぞ」

「こちらもそのつもりです。護衛もたくさんおりますので」

 武田の言葉に、波多野は眉をひそめた。

「あの子供たちか」

 波多野が低い声で尋ねると、武田は静かに答えた。

「そうです」

 波多野は緑茶の器を机に置く。そして武田の目を見た。

 正気だった。だが、瞳の奥がどこか曇っている。波多野には、武田の目がそう見えた。

「武田、この世は、地獄だな」

 波多野が背もたれに背中を預けながら天井を眺める。武田は前屈みに座りながら波多野を見た。

「俺たちが情けないばっかりに、あんな無邪気な子供たちが軍人の真似事をしなきゃならねぇ」

「仕方のないことです。使えるものは全て使う、この国を守るためにはそれが当然です。彼らはあの街を生き延び、私の下へやってきた。これは宿命だったんです。彼らは戦う運命だった」

「違う。俺たちが彼らを引きずり込んだんだ」

 波多野が再び武田の顔を見る。武田は怯まず波多野と睨み合った。

「彼らをもう二度と戦場に立たせたくはない。そのために俺たちは動いている、そうだろう?」

 波多野は武田の顔をじっと見つめる。武田はゆっくりとうなずいた。

「後は俺に任せてくれ。この国は、もうすぐ自分で自分の国を守れるようになる。在日支鮮華人スパイたちの一掃の目処も立った。政治的にも、我々の工作はうまくいってる。彼らが戦う必要はもうないんだ」

「本当に感謝しています」

 波多野の言葉に、武田は頭を下げる。波多野はそのまま武田に言った。

「だから、もう彼らを戦場に送らないでやってくれ」

 波多野と武田は再び目線を交わす。

 波多野は、武田の瞳にあったわずかな曇りの正体に気がついた。

「お前も本当は罪悪感を覚えてたんじゃないのか?」

 波多野の言葉に、武田は沈黙する。

 わずかな沈黙ののち、武田は目を逸らし、静かに声を発した。

「…初め、彼らが逃げてきた時、私は彼らを人間だとは思わなかった」

 武田の声だけが、2人だけの応接間に響いた。

「あの街を襲ったのは他でもない私の親友。それを生き延びた彼らがまともな人間とは思えなかった。そんな彼らが親友を倒した。親友の実力をよく知ってるだけに、なおのこと怪物だと思いましたよ」

 武田は懐かしむように過去を思い出す。

「ですが、彼らと時間を共にするうち、わかりました。彼らは心のない怪物ではない。人並みに、笑い、怒り、涙を流す、子供たちなのだと。気がつけば彼らに情が湧くようになっていました。彼らが無事に帰ってくると、頬が緩んでしまうこともありましてね」

 武田の言葉に、波多野も頷く。

「あなたの言葉を聞いて、安心して彼らに青春を謳歌させてあげられる。私にはそれがどれほど喜ばしいか…ぬるいでしょうか、私は」

「いいや。それが愛国心だ」

 波多野は、武田の瞳が僅かに煌めいたのを見逃さなかった。同時に、波多野の瞳にも同じ輝きがあったのは、誰も知らない。

最後までご高覧いただきましてありがとうございます

不穏な言葉を残す謎の男、波多野俊平、そして数馬と暁広の間に生じた微妙な亀裂

これらが今後の彼らに何をもたらすのでしょうか

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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