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The Magic Order  作者: 晴本吉陽
Chapter 5 残党
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Chapter 5-14 一番弟子

 佐ノ介とマリを回収に来た佐藤だったが、乗ってきた車にはいつの間にか敵のボスである船広が乗り込んでいた。彼は助手席に座り込み、佐藤に銃を向けていた。

「どうした?よくドライブした仲じゃないか。あの時みたいに運転してくれよ」

 船広は旧友に話しかけるように佐藤に笑いかける。

 佐藤は不満そうに運転席に乗り込み、運転席のドアを閉めた。

「安藤くん、遠藤さん、変なことはしないように。私がなんとかするから」

「房江はいつもそうだな。いつも気負ってばかり。ま、周りがアレじゃあ仕方ないか」

「こいつ…」

 言い返そうとした佐藤に、船広は銃をもう一度突きつける。

「安心してくれ。私も目的地は同じなんだ。さぁ、灯島まで優雅にドライブと行こう。ほら早く」

 船広が場を仕切る。佐藤は渋々車のキーを回すと、サイドブレーキを外してゆっくりとアクセルを踏んだ。

 後部座席に座る佐ノ介は、どうにか船広を撃ち抜ける角度を探すが、船広は上手く座席の陰に隠れていた。

「んー。やはり房江は運転が上手いな」

 殺伐とした空気の中、船広だけは上機嫌に話題を振る。佐藤は船広を睨むだけで返事をしなかった。

「おぉい房江。いつからそんなに無愛想になった?私と付き合っていた時はもっと私にラブコールをしてくれたじゃないか」

「誰があんたなんかに…!あんたが私の妹をダシに脅したからじゃない…!」

「痴話喧嘩はよそう。子供たちの前でみっともないぞ。なぁ2人とも?そうは思わないか?」

 船広はそう言って佐ノ介とマリに笑いかける。だが佐ノ介もマリも何も言わずに黙っていた。

「つれないなぁ」

 船広は自分以外が軒並み冷めた対応をしてくることにため息を吐いた。

 わずかな沈黙を裂くように、甲高い通信機の着信音が運転席に響く。船広は銃を佐藤に向けながら命令した。

「出ろ。さぁ早く」

 船広に命令され、佐藤はゆっくりと通信機を手に取った。

「…はい、佐藤です」

「幸長だ。望月も子供たちを回収できたようだ。そちらはどうだ?」

「安藤くんと遠藤さんを回収して、いま本部に向かっています」

「よかった。これで全員だ。今俺と望月、両方とも渋滞に捕まっているから、早いところ先に本部に行っててくれ」

「…了解」

「何か問題は?」

 幸長の質問に、佐藤は一瞬口ごもる。すぐに船広は佐藤のこめかみに銃口を突きつける。佐藤は状況を察し、幸長に言葉を返した。

「…ありません」

「わかった。本部で会おう」

 幸長はそう言って通信を切る。佐藤もその様子を見て通信機を置いた。

 1人で大笑いしていたのは船広だった。

「はっはっは…相変わらず幸長は鈍い男だ。鈍い同僚を持つと大変だな、房江?」

「あんたも人のことは言えないんじゃない?子供たちが全員帰ってきたってことは、あんたの部下が全滅したってことじゃないの?」

「別にあいつらは部下でも同僚でもなんでもないさ。たまたま同じ現場で、私が指揮してやって生き延びただけのこと。全滅しようと私の知ったことではない。むしろ感謝しているよ。君たちが口減らししてくれたおかげで、これから武田さんとの『交渉』で得る金は独り占めできる」

「…あんたこそ烏海さんと一緒に死ねば良かったのよ」

 自分の部下に一切の情をかけず、自分の欲望を隠そうともしない船広の姿に、佐藤も思わず感情的になる。船広はそれを鼻で笑い飛ばした。

「実際、あの湘堂の街で烏海さんは私のことを殺そうとしていただろうね。私たちが任されたのは避難場所である駅から最も遠い区画。だが私は生き延びた。なぜだと思う、房江?」

 船広は左手で佐藤の頬を撫でる。佐藤は不快感を隠そうとしなかった。

「私が優秀だからだよ。知力、武力、才能、時の運、全ては私にある。だから私は生きている、生きる価値がある」

「自分のためだけに生きてて楽しいの?」

 不意にマリが言葉を発した。

 急にマリが話しかけてきたことに、船広は眉を上げた。

「おや、急に来たね」

「質問に答えろよ、天才さん?」

 佐ノ介も皮肉たっぷりに船広に言う。船広は穏やかに笑いながら答えた。

「楽しいねぇ。当たり前じゃないか。自分の人生、自分の好きなように生きるのが最善だろう」

「そのために他人をいくらでも踏みにじるの?」

 マリがわずかに怒りをたたえながら尋ねる。船広は穏やかな表情そのままに答えた。

「踏みにじられる人間が悪いのさ。悔しければ踏みにじる側に回ればいい。それが社会だ」

「社会不適合者がなんか言ってるぜ」

 佐ノ介が静かに言葉を発する。船広は眉をわずかに上げた。

「あまり角が立つようなことは言わない方がいいぞ、安藤くん。これは社会人の先輩としてのアドバイスだ」

「覚えておくよ、小悪党さん」

 佐ノ介は吐き捨てるように言う。彼としてはこの挑発に乗った船広が座席の陰から出て来てくれればそこを撃ち抜くつもりだったが、船広はその場でため息をついて頭を抱えるだけだった。

「やれやれ…房江、君たちは子供にどんな教育をしてるんだ?」

「悪党は殺せ」

「はっ!嫌な保護者だなぁ。そう考えると私は本当にツイてたんだな。烏海さんの一番弟子として育ててもらって良かったよ。房江とも出会えたしな」

 船広は1人で大笑いする。不遜な態度の船広に、他の3人は怒りで手を出しそうになったが、状況を考えてそれをグッとこらえていた。


「…さて、そろそろ着くな」

 船広が腕時計を見て、周囲を見回して呟く。

「言っておくが、妙なことはするなよ」

 船広は後部座席に座る佐ノ介とマリを脅す。

 ワゴン車は武田の所有するビルに隣接するガレージに入る。

「裏口のすぐ近くに停めろ」

 船広は短く佐藤に命令する。佐藤は不服そうにしながら指示通りビルの裏口のすぐ近くに車を停め、サイドブレーキを引いた。

「ご苦労」

 船広はそう言うと、左手を佐藤の結んであったポニーテールに伸ばす。

「!」

 乱雑に佐藤の髪を引っ張りながら、船広は助手席の扉を蹴り開け、佐藤ごと連れ出しながら車を降りる。

 佐ノ介はそのタイミングに合わせて拳銃を構える。だが船広は窓ガラス越しに佐ノ介に拳銃を撃った。

 銃口がマリの方を向いていることに気づいた佐ノ介は咄嗟にマリを庇う。

 その隙に船広は裏口を蹴り開けると、佐藤の髪を引っ張りながらすぐ近くにあったエレベーターに乗り込んだ。


 お互いに無傷だった佐ノ介とマリはすぐに状況を察知すると、後部座席のドアを開けて車を飛び降り、船広の後を追う。

 裏口を佐ノ介が蹴り開け、マリがエレベーターを確認する。

「ダメ、もう乗ってる!」

「階段使おう!」


 一方の船広はエレベーターの中で、もがく佐藤をエレベーターの壁に抑えつけていた。

「離せ…!」

「離さないよ、房江。私は君を愛しているんだ。武田さんから金を奪ったら、2人で静かに暮らそう」

「お断りよ!」

 佐藤が船広を拒否すると、船広は髪を掴んでいた左手を離し、佐藤の首に左腕を回し、首を絞めあげた。

「…ぐ…ぁぁっ…」

「房江、きみは私の言うことを聞いていればいいからね」

 佐藤は抵抗しようとするが、船広の腕力は強く、佐藤には振りほどけなかった。

 エレベーターのドアが開く。2人の前に見えたのは武田のオフィスの入り口である木製の扉だった。

 船広は佐藤の背中を蹴り飛ばしてエレベーターから扉の前まで吹き飛ばす。受け身を取り損ねた佐藤を、もう一度髪を掴んで乱暴に立たせてから、扉を蹴り開け、即座に佐藤を武田の方に向け、佐藤を盾にするようにして武田に銃を向けた。

「お久しぶりですね、武田さん。いや、あなたにとっては数時間ぶりですか?」

 船広が歪んだ笑顔で武田に言う。武田は立ち上がろうとしたが、すぐに船広が銃を向けてそれを制した。

「おっとぉ、妙なことはしないでもらいましょう?可愛い部下の頭が吹っ飛ぶところは見たくないでしょうからね。両手を上げてゆっくりとデスクから離れ、目の前まで来ていただきましょう」

 船広が銃を向けながら武田に命令する。武田は指示通り両手を上げてゆっくりとデスクから離れ、船広の前に立った。

「久しぶりだな、船広。お前のことだから影武者の1人や2人用意してると思っていたよ」

「さすが武田さん。私のことをよくわかってらっしゃる」

「子供たちが空ノ助を殺した時、お前の写真が無くてな。いつかこうなると思っていたよ。それで?金が欲しいのか?」

 武田の言葉に、船広は佐藤を抑えつけつつうなずいた。

「えぇ。本当に物分かりがいい」

「くれてやってもいい。何に使う?」

「知れたこと、その金で贅沢に遊んで暮らす、それだけです」

「ならばくれてやれないな」

 武田がハッキリと言うと、船広は眉をしかめながらもう一度佐藤の髪を掴み上げた。

「ほう?武田さんにはこの銃が見えないようで?」

「よく見えてるさ。だから言ってるんだよ、船広。私の金はこの国の金だ。私の金は、この国の国益のためだけに使うんだよ。我々の命はその金よりも遥かに安い」

「出た出た出た出た…」

 船広は呆れた様子で言葉を漏らす。船広は佐藤を八つ当たりで蹴ってからまだどこか怒りが収まらぬ様子で言葉を発した。

「国だ、国益だ、愛国心だ?あんたも烏海さんもそればっかりだ!自分の利益をそんな言葉で取り繕い、私の生き方を平気で批判する!私もあなたも同類だ!自分の利益以外頭にない、それのためなら手段を選ばない、そういう人間だ!自分のことばかり棚に上げるんじゃない!」

「私はお前をわかっていたようだが、お前は私を少しも理解していなかったようだな」

 船広の言葉に、武田は静かに笑ってそう言葉を返す。船広は鋭く武田を睨んだ。

 船広が感情的になった今が好機と思ったのか、佐藤が体をよじってもがき出す。船広も若干不意を突かれた様子で、佐藤の髪を引っ張り、暴れる佐藤を抑えつけようとする。

「クソ!暴れるなこのアバズレ!」

 船広は銃口を佐藤の後頭部に向けた。


 その瞬間、銃声が響いた。


 佐藤の結ばれていた黒い髪が、佐藤の頭から離れ、船広の左手に握られていた。

「なっ…!」


「ソォゥラァッ!!」

 言葉を失った船広の背後から聞こえたのは、マリの裂帛の気合い。それと共に、マリの鋭い蹴りが船広の右手を襲った。

「ぬっ…!」

 船広の右手から拳銃が離れ、宙を舞う。

 船広が拳銃を掴もうと前に手を伸ばした刹那、佐藤が肘を振るった。

「トリヤァッ!!」

 ただの肘鉄ではない。佐藤が渾身の力を込めて振るった、船広の急所への一撃。

「うぐぅっ…!」

「ヤァアッ!」

 船広の頭が下がる。さらに佐藤はその下がった顎を突き上げるように拳を天高く振り抜いた。

 船広の視界が歪んでくる。だが佐藤は容赦しなかった。

 佐藤は船広の首を掴む。そのまま体重を移動させると、船広の体を宙に舞わせた。

 船広の背中が床に叩きつけられる。

「トドメッ!」

 佐藤はもう一度気合を入れて、右脚に全体重を乗せる。その脚で思い切り船広の顔面を踏みつけた。

「ぐぅっ…!」

 船広はまだ意識があった。痛みで意識を保ちながら、落としたであろう拳銃を探す。

 だが、その船広を凄まじい力で武田が踏みつけ、抑えつける。船広が落とした拳銃は、武田の右手で鈍く輝いていた。

「空ノ助があの世で泣いてるよ。一番弟子の出来の悪さにな」

 武田はボヤくようにして言うと、しっかりと右脚で船広を抑えつける。そして、武田は手にした拳銃の銃口を船広の頭に向けた。

「謝ってこい」


 銃声が響いた。

 武田は自分の靴についた血を少し振り払ってから、拳銃を佐藤に投げ渡した。

「好きにしておけ」

 武田はその言葉も添えると、懐のハンドタオルで手に付いた血を拭う。

 一方の佐藤は拳銃の余っていた銃弾を、全て船広の顔面に叩き込んだ。

「何度でも死ね!このクソ野郎!」

「恐ろしいなぁ」

 佐藤は言葉と共に撃ち終えた拳銃を投げ捨てる。その様子を見て、武田は思わずボヤいた。

 武田はふと振り向く。佐ノ介とマリが、複雑そうな表情でそこに立っていた。

「安藤君、遠藤さん、2人ともありがとう。おかげでなんとかなったよ」

 武田は頭を下げる。すぐに佐ノ介とマリは首を横に振った。

「いえ、全然」

「佐藤さんも、髪…」

 マリが心配そうに佐藤の髪を見る。整っていた長い黒髪は見る影もなく、銃弾によって乱雑にちぎれた短髪になっていた。

「…ちょうど切ろうと思ってたの」

 佐藤は自分の髪を見ながら呟く。

 彼女はそのまま、ニヒルに笑った。

最後までご高覧いただきましてありがとうございます

遂にこの事件の黒幕が倒れました。お楽しみいただけましたでしょうか

Chapter5はもう少し続きます。よければお付き合いください

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