Chapter 1-4 河田泰平
数馬と佐ノ介が正門にたどり着いても正門は開いていなかった。早く来すぎたのである。仕方がないので2人は花壇に座り、ランドセルを前に回して何か暇つぶしに使えそうな道具を探した。
「教科書でも読むかい?」
「わぁ優等生。子供としちゃ落第生だけどな」
2人がそんな会話をしていたその時、2人の左側から自転車のベルの音が聞こえた。2人が弾かれたようにそちらに目を向けて立ち上がると、自転車に乗った肥満体の中年男性が、明るく「おはよう!」と2人に声をかけたのである。
「伊東校長先生!おはようございます!」
2人は声を揃えてお辞儀をする。それを見た伊東校長は、自転車を降りながら愛嬌のある笑顔を浮かべた。
「ははは、おはよう。まるで2人とも軍人さんみたいにキビキビ動くねぇ。そんなにかしこまらなくても良いのに。それもそうだけど、2人とも毎朝早くきて偉いねぇ。これからも続けるんだよ?」
「はい!」
数馬も佐ノ介も元気よく返事をする。校長はそれを聞くと、正門の鍵を開け、蛇腹式の正門を開けて自転車にまたがり、昇降口の駐輪場へ走っていった。2人はそんな校長の背を見送った。
「伊東校長先生ケッコー好きだわ」
「話短いし、愛嬌あるもんな」
2人がランドセルを背負っていると、先ほど校長が来た方角からランドセルの人間が2人歩いてきているのが見えた。
「ありゃ誰だ?」
「黒いウィンドブレーカーが泰さんで白のダウンがめいだな」
佐ノ介が言い当てる。実際その2人とこちらの2人ではかなりの距離があり、割と目の良い数馬でも顔までは視認できる距離ではなかった。それでも普通に見分ける視力3.0の佐ノ介は素直にすごいと数馬は感じていた。
「どうする?待ち伏せするか?」
「泰さん怒るよダルいよやだよ。ここで待とう」
2人はニタニタしながらその場に立ってやってくる2人を待つ。2分と経たず黒いウィンドブレーカーの方が露骨に白いダウンジャケットを避けるように早足で数馬達の下へやってきた。
「おはよう」
「おはよう泰さん」
「めいちゃん置いてけぼりでいいの?」
「あまり得意な人種ではないからな」
この冷めたトーンと黒いウィンドブレーカーの彼こそ「泰さん」こと河田泰平である。数馬達とは小4からの仲で、親友かつ悪友である
「うわー人種差別だー」
「今に人権団体から訴えられるな。にしても泰さんってもったいねぇよなぁ。勉強もサッカーもできるのに女の扱い雑なんてよ」
「隣のクラスの威張ってる女子達に向かって、気に食わないからという理由でブスと叫んだ挙句彼女らの悪行を全て教師にばらまいて、追い討ちのようにわざわざ怒られているところの脇で高笑いをあげるのは雑ではないのだな?」
泰平の冷静な切り返しに佐ノ介が1人大笑いしていた。実際にこの間数馬がやっていたことなので、数馬も笑うしかなかった。
「女は雑で俺には手厳しい、か」
「むしろお前だからな。誰だってそーする。俺もそーする」
「世界中が俺の敵か。モテ期到来」
泰平の言葉に数馬は冗談で切り返すのだった。
この河田泰平という男は、数馬の言う通り成績優秀で、サッカーもうまく真面目な男だ。だが、知る者は彼のいたずら好きで、女性には奥手な性格を弁えていた。誰にでも淡々と、どこか固く話すのでクラスメイト達からは距離を置かれていたが、数馬と佐ノ介はその距離感を上手くやりくりして泰平と打ち解けたのである。
「さて、じゃあ入りま」
「ちょっとォ、置いてきぼりにしないでよ」
女の声がする。先ほど泰平に距離を置かれた白いダウンジャケットの女子、保高めいである。
「俺たち悪くないよ。泰さんのせいだよなぁ、数馬」
「おう、佐ノの言う通りだ。間取って泰さんが悪い」
「どことどこの間だ」
男3人が漫才を繰り広げ、それを見てめいはケラケラと笑った。4人はそのまま東西に分かれている本館をつなぐ、渡り廊下の下にある昇降口前へ歩き出した。
めいと数馬、佐ノ介は小学5年生の時に出会った。めいの両親は職業の都合上各地を転々としており、めいは諸事情あって小学5年生の時にここ、大森市の祖父母に引き取られた。それ以来はここに定住している。めい自身は転校が多く、人との距離を置いていたが、数馬と佐ノ介は先ほどのような漫才を繰り広げてるうちに打ち解けていった。
「ねぇ泰平」
めいがふと泰平を呼ぶ。泰平が振り向くと、めいは続けた。
「小1のころ絶対蟻の巣に爆竹とかやったでしょ?」
「急になんだ?」
それを聞いた数馬と佐ノ介は大笑いだった。
「間違いない!絶対やってたと思う!」
「な!こんだけ俺に雑に当たるんだ、虫にはもっとやってるにちげぇねぇ!ギャハハハ!」
「そんな残虐なことはしない」
泰平以外の3人は目配せをして「嘘だな」と確信したのだった。
最後までご高覧いただきましてありがとうございます。
新しいキャラクターが出てまいりました。この作品は登場人物が非常に多いので、ひとりひとり魅力的に描けるかは不安ですが、精進してまいりたいと思います