Chapter 5-6 疾風勁草
この作品の世界観的な話を少し
この世界における日本は、支鮮華という国と海を挟んで隣り合っています
支鮮華は昔から太平洋への進出を狙っており、日本に対しても大量のスパイを送り込み、日本国全体を支鮮華のものにしようとしています
そのことを頭に入れていただけると、今回はより楽しめると思います
武田徳道は、自分のオフィスで来客と向き合っていた。来客の名は船広察。船広は、武田の秘密を知っているという。
「交渉にきたというからには条件があるはずだ。聞こう」
武田は早速船広に言う。船広は深刻そうな表情になると語り始めた。
「我々は現在、非常に苦しい状況に置かれています。湘堂市を生き延びた私たち100人にはほとんど持ち合わせがありません。経済的に苦しいのです。どうか武田さん、ご融資をいただけないでしょうか」
一見すれば追い詰められた人間が最後の頼みにすがっているようにすら見える。だがその実態は違う。
「断った場合はどうなる?」
「あなたの秘密をマスコミにリークします」
深刻そうな表情は消え失せ、僅かに笑っているようにも見える表情で船広は答えた。この状況、優位なのは船広なのである。
「それは困るな」
武田は少し困ったような笑いを浮かべて答える。船広は口角を僅かに上げたが、武田は話し続ける。
「しかしどの秘密だろうな。物によっては何もないかもしれない」
「ふふふ、それはどうでしょうか?」
武田がとぼけて言うが、船広はそれを否定した。
「湘堂では実に10万人が死んだと言います。行方不明者の数は5万以上とも。戦後最悪のテロ。あなたがその首謀者の友人と知ったら世間はどう思うでしょうか?」
船広はニヤリと笑って武田に尋ねる。武田はまだ微笑みを崩さなかった。船広はさらに脅迫をかける。
「国民に親しまれている毎朝新聞社が突如爆破されたこともありましたね」
「あったな」
「あれは在日支鮮華人の仕業と言われていますね」
「まさか本当は私がやったとでも言うのか?」
武田は自分が言ったことに少し笑いながら尋ねる。船広は呆れたように笑いながら答えた。
「いいえ、真実は違います。毎朝新聞の偏向報道の被害者が逆上して復讐に走ったのがあの事件です」
「それと私がどう関係を?」
「考えてみてください。真犯人はどうなったのでしょうか?」
「さてな」
「あなたが殺したのですよ、武田さん」
船広は真っ直ぐ武田を見つめて言う。
2人の男は微笑んでいた。
「こんな陳腐なことを言うのは癪だが、動機と証拠は?」
武田はまだ余裕そうにしている。船広は嬉しそうに微笑んで言葉を発する。
「毎朝新聞、この会社の正体は支鮮華から支援を受けているスパイ企業。かなりの発行部数と支持者を誇り、日本を代表するマスメディアと言っても過言ではない。裏を返せば、それだけ国民を支鮮華側の利益に誘導する力を持っている」
「そうだな」
「それが武田さんには邪魔だったんですよ」
「どうして?」
武田が尋ねると、船広は息を大きく吸った。
「あなたの最終目的は日本に正規軍を作ることだ。憲法を改正し、スパイ防止法を制定し、この国の国防のあり方を変えること。だがそれを実現するためには支鮮華側に偏り、日本が軍事力を持つことに反対するこのメディアは邪魔だった」
「壮大だな。だが毎朝新聞を爆破した犯人は私ではないのだろう?」
「そう。それが解せなかった。だがあなたの最終目的から逆算すれば行動理由はわかる」
「聞こう」
「あなたは真犯人を殺した。その理由は、在日支鮮華のスパイ網に混乱を及ぼすため」
「ほう?」
「毎朝新聞は支鮮華のスパイ、それを同じ支鮮華人が爆破するわけがないでしょう?だから捕まった支鮮華人は偽物。真犯人が仮に警察に捕まって本当の理由を供述すれば、支鮮華のスパイ網は堅固なまま。武田さんの最終目的上、それは絶対に避けなければならない。だから真犯人を殺し、支鮮華人同士の仲間割れと思わせることでスパイ網に打撃を与えようとした」
船広の推理を武田は黙って聞く。武田の表情から微笑みは消えていた。船広はそれを見てさらに口角を上げた。
武田はゆっくりと口を開いた。
「面白い動機だった。次は証拠を見せてもらおう」
武田に言われると、船広は右のポケットからスマートフォンを取り出す。画像アプリを起動すると、机の上に置いて武田に差し出した。
そこに映っていたのは、縛られ1列に並べられた、誘拐された女子たちだった。
「これは?」
「ご冗談を。あなたが匿い、訓練した特殊部隊の隊員たちですよ」
武田が尋ねると、船広は少し笑ってから答えた。
「彼女たちは湘堂、毎朝、二つの事件の真犯人を知っていて、殺した。世間は子供の言うことは簡単に信じますからね。あなたが子供たちに何をしたかもしゃべってもらえば、そりゃもう、ね?」
船広はスマートフォンを見下ろす武田の顔を下から覗き込むようにして囁く。武田の表情は変わらなかった。
「ひとつ聞かせてくれ」
武田は顔を上げると、船広を見据える。船広は背筋を少し正した。
「なぜ女子だけを誘拐した?」
武田の質問に、船広は少し宙を眺める。そして顎に手を当てながら答えた。
「その方が高く売れますし、我々としても実用性がありますので」
船広の声色は穏やかで、表情もにこやかだった。武田は無表情で頷き、机を滑らせてスマートフォンを返した。
船広はスマートフォンをズボンのポケットに押し込むと、武田に最後のひと押しを始めた。
「武田さん、日本が軍隊を持って、自分の国を自分で守れるようになるのは、あなたの悲願でしょう?ここであなたのスキャンダルが出れば、それは一生叶わない。日本は一生抑止力を持てず、支鮮華の軍事力に怯えながら、いつか日本人は全員支鮮華人に同化され、日本は消滅する」
「それは困るな」
「でしょう?ならばあなたがやることは簡単です」
船広は小切手とペンを机に置く。そしてニヤリとしながら武田を見た。
「5000億円です。あなたの全資産と、コネの全てを利用すれば容易いはずです。5000億であなたの望む世界を作れるのです。さぁ」
船広は顔を武田に近づけながら囁く。にこやかで穏やかな表情と声。
一方の武田は腕を組み、目を瞑っていた。
「さぁ早く」
船広は動こうとしない武田を急かす。
武田は目を開いた。
「船広、私と空ノ助は間違っていたようだ」
武田は急に呟く。予想外の言葉に、船広は表情を失った。
「何をです」
「教育方針だ」
「何の?」
「お前のだ」
武田は静かに船広を見据えて言う。さっきまで追い詰めていたはずの武田が急に落ち着き、会話の主導権を握っている。船広は固唾を飲んだ。
「どういうことです?」
「一番初めに教えるべきだったんだな」
「だから何をです」
船広の声に若干の苛立ちが混ざり始める。武田はニヤリとして船広の表情を見ると、はっきりと声を発した。
「テロリストとは交渉するな」
武田のオフィスの扉が蹴り開けられた。
武田がソファーから飛び退きながら腰の拳銃を抜く。
瞬時にまずいことに気づいた船広も前方に転がり、ソファーの影に隠れた。
「殺すな!尋問したいことがある!」
武田が叫ぶ。その言葉が終わると同時に、銃声が鳴り響き始めた。
船広は途中までソファーに隠れていたが、弾がソファーを貫通して船広の頬をかすめたのを見ると、拳銃を抜き、乱射しながら窓際の武田の事務机に隠れる。
「数馬!回り込んで抑えろ!他は銃撃!」
暁広の声が響く。子供たちは入り口の壁や先ほどまで船広と武田が話していた机を倒してその影に隠れながら隠れている船広に向けて銃撃する。
(まずい…このままでは…)
船広としてはここで拘束されるのは避けたい状況だった。そんな彼の思考を乱すように佐ノ介の銃撃によって窓ガラスが割れ、それが船広に降ってくる。
「っ…くそ!」
船広は覚悟を決めた。窓ガラスが割れたのをいいことに、窓に手を伸ばし、そこに飛び乗ると、下を眺めて一番近いベランダに飛び降りた。
「逃げたか」
武田が呟く。同時に子供たちはエレベーターを使って下の階に降りる。
船広は無理に高いところから飛び降りたので、足を痛め、服も汚れながら自分の乗ってきたスポーツカーに転がりこむ。
「いたぞ!逃すな!」
船広の横から子供たちの声がする。同時に飛んできた銃撃を伏せるようにして避けながら車のキーを回すと、アクセルを全力で踏み、来た道を全力で走っていく。
子供たちも銃撃を浴びせたが、結局はそれを止めるには至らなかった。
「逃げ足の速ぇやつ!」
遼はうんざりしたように言い捨てる。遅れてやってきた暁広が遼に尋ねる。
「どうなった!?」
「逃げられた」
「そうか」
暁広がうなずいたのを見て子供たちは全員引き上げた。
子供たちは早速1階のロビーに整列していた。子供達の前に立っているのは武田1人である。
「諸君、よくやってくれた。奴の車には吉村くんの作った発信機をつけてある。同時に、幸長と佐藤が車でも尾行している。じきに2人から連絡があるだろう。それまでは待機だ」
武田が指示を出す。子供たちは整列したまま返事を返した。
「車両を待機させてある。全員いつでも出動できるようにしておいてくれ。解散」
武田が言うと、子供たちは整列したまま車庫へ走り出した。
「絶対に助け出すぞ!」
暁広が叫ぶと、子供たちはおう!と返す。武田はそれを背中で見送った。
「船広…抜かったな」
武田は1人ニヤリとしながら呟く。彼はそのまま静かに自分のオフィスへ戻っていった。
最後までご高覧いただきましてありがとうございます
題名にもなっている疾風勁草という言葉の意味は
「逆境に置かれて初めて意志が堅固な人であるのがわかる」というものです
今後もTMOをよろしくお願いします