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The Magic Order  作者: 晴本吉陽
Chapter 5 残党
53/124

Chapter 5-5 交渉

今回やや長めです

1月27日 15時 茜が誘拐されてから6時間


 暁広を見つけた佐ノ介たちは自分達の本拠点である武田のビルに帰ってきた。

 すでに他の班は全て帰ってきていた。しかし、訓練場に集まった人数は明らかに少なかった。

「…そうか、これで全員か」

 幸長は班ごとに整列させて人数を確認する。武田も幸長の隣に立って子供たちの数を数えていた。

「各班のいない人間を確認する。A班、伊藤、遠藤、金崎、吉田。B班、星野、原田。C班、黒田明美、中西、山本」

 幸長が名簿と照らし合わせて確認する。異論が生じないということは、それがいないメンバーだった。

「誘拐犯を目撃したものは挙手」

 武田は至って冷静に子供たちに指示を出す。手を挙げたのは遼、暁広、佐ノ介だった。

「状況を教えてくれ。まずは安藤くん」

「自分は見かけただけなのですが、伊藤、金崎、吉田の3人をバンに乗せて走っているところを見かけました」

「斉藤くん」

「パンケーキ屋に聞き込みをしていたらいきなり黒服の男たちが現れて…香織を…山本を締め上げながらバンに乗っていきました。俺と武も抵抗したんですが、勝てなくて…」

「魅神くん」

「遼と同じような感じです。パンケーキ屋を出たところ、茜だけをさらっていき、俺は殴り倒されました」

 3人の目撃情報を聞き、武田はひとり静かにうなずいていた。

「なるほど、確かに女子だけを狙った犯行のようだな」

「今後、何か予定はありますか」

 暁広が尋ねる。武田は冷静に答えた。

「君たちは待機だ。敵の目的がわからない以上、君たちを下手に動かすわけにもいかない。二次被害を呼ぶだけだからな」

「警察とは協力しないのですか」

「絶対にダメだ。私たちの関係は公式には存在しないものだからな」

 暁広の質問に武田は淡々と返した。少し子供たちとしても納得がいかないような返事だったが、彼らとしても何も言い返せなかった。

「仕方がない。しばらく全員の外出を禁止する。同時に、各自常時臨戦体制を整えておくように」

 武田が子供たちに指示を出す。子供たちが返事をすると、武田は幸長の方に向き直った。

「幸長、おそらくこの後敵は直接ここに来る。『交渉』にな。ここを戦場にして、返り討ちにできるように作戦を練っておけ」

「かしこまりました」

「私はここで一旦失礼する。あとは幸長の指示に従ってくれ」

 武田は子供たちにそう言うと、黒いジャケットの襟を正してからその場を立ち去った。

 薄暗い地下の廊下を歩きながら、武田は敵のことを考えていた。

(敵の狙いは、私だろうな)





1月27日 16時 茜が誘拐されてから7時間

 美咲は、手を後ろに回されて縛られ、膝をつかされていた。両隣には、同じように縛られたさえと桜がいた。

 薄暗かった。何人もの人間がいるのがわかったが、同時に全員から悪意をひしひしと感じていた。

 桜もさえも、表情が硬い。特に桜がここまで表情を硬くしているのは初めて見たような気がする。だがこんな状況に置かれれば当然恐怖でこうなるだろう。

「手荒に扱って申し訳ありませんね。お嬢さんたち」

 そう言ったのは3人の正面に現れた男だった。全身を黒のスーツで固めながら、薄い防弾ベストを身につけ、一見どこにでもいそうな柔らかな物腰をしていた。だが、どんなに柔らかい物腰であろうと、どんなに丁寧に振る舞おうと、彼女たちはその瞳に映る邪悪さを感じ取っていた。

「私の名前は船広ふなひろはかり。君たちは、金崎さえさん、伊藤美咲さん、吉田桜さんであっているね?」

 船広はなぜか女子3人の名前を知っていた。少し驚いたが、あんな手段の誘拐を実行できる相手ならその程度は知っていても不思議ではなさそうだった。

「そんなに怖い顔をしなくてもいい。せっかくの可愛らしい顔が台無しだ」

「私たちをどうするつもり?」

 美咲は震える唇を誤魔化すようにして尋ねる。船広は少しニヤッとしてから答えた。

「君たちに危害は加えない。少なくとも私たちは」

「どういうこと」

「質問の多い女の子は嫌いだよ」

 船広はスーツの裾の部分を少し払う。船広の右の腰に、鈍く輝く拳銃があった。いざとなればこれで美咲たちを殺すという脅しである。美咲は大人しく黙り込んだ。

「さて、君たちの顔を見られてよかったよ。しばらくお友達と休んでいてくれ」

 船広が言うと、美咲たちの周りに控えていた屈強な男たちが3人の縛られた細い腕を掴んでどこかに連れていく。3人は3人なりに少し声を上げるなりして抵抗するが、全く意味はなかった。

 しばらくして鉄格子が一部分だけついた分厚い金属の扉の部屋に来ると、ゆっくりと音を立てて扉が開き、3人はその中に押し込まれ、再び音を立てて扉が閉まった。

「美咲!」

 部屋の中で、美咲は声をかけられる。見ると、茜が同じように後ろ手で縛られた状態でこちらに声をかけていた。

「茜!あんた探してたのよ」

「ごめん。いきなり襲われて…抵抗できなくて…トッシーまで好き勝手殴られちゃって…」

「大丈夫、茜だけじゃない」

 茜が話をしている後ろから、明美が言う。やはり明美も縛られていた。

「ここにいるメンバーはみんなそうだと思う」

 明美の言葉が気になって、部屋にいる美咲はメンバーを確認する。

 茜、明美、美咲、桜、さえ、玲子、マリ、桃、香織。

 全員見知った顔だった。

「…敵は何が狙いなんだろうね」

「殺されるのかな…私たち…」

 桜の言葉に、香織も悲観的な言葉がつい口をつく。美咲もさっきから悲観的なことしか考えられなかった。

「まぁ、私らは人質、でしょうね」

 玲子が壁に寄りかかりながら1人呟く。同時に、玲子の言葉にマリが乗っかった。

「だったら、殺される確率は低そうだね」

「生きてさえいれば…きっとトッシーたちが助けに来てくれる。だから信じて待とう」

 茜が言うと、他のみんなもうなずく。薄暗い部屋の中、彼女たちの気持ちは少し明るかった。





1月27日 19時

 誘拐されていない子供たちは、食堂で夕食を食べていた。

 暁広も例外ではない。いつもなら両隣にいる茜と玲子がいない中、浩助、圭輝と向き合いながらパンをかじっていた。その様子は、いつも以上に静かで、穏やかだった。

 浩助はなんとなくそれが気まずく、暁広に話題を振った。

「なぁトッシー、敵を誘い込む作戦、うまくいくかな」

「あぁ、絶対に成功させる」

 暁広はスープを飲み干すと、力強く断言する。

「茜をさらった悪党どもを許しはしない。絶対に俺たちの手で1人残らず仕留める。2人とも、協力してくれよ」

 浩助と圭輝が少し詰まった返事をする。それを聞く間も無く暁広は食べ終えたお盆をもって立ち上がった。

「やる気だな、トッシー」

「そりゃあな」

 驚いたように暁広を眺める圭輝に、浩助は短く返す。圭輝は一瞬不思議そうに浩助を見たが、すぐに食事を再開した。

 

 一連の様子を遠目で見ていたのは数馬、佐ノ介、竜雄、泰平の4人だった。

「何人か妙に殺気立ってるな。任務に影響が出なければいいが」

 泰平は暁広の様子を見て米を自分の口に入れながら呟く。数馬がそれに答えた。

「仕方あるめぇ。急に友達奪われたら頭にくるのも当然だろうよ」

「え、数馬も頭に来てるの?」

 数馬の言葉に竜雄が不思議そうに尋ねる。数馬は少し宙を眺めて考える。

「まぁ、自分のミスで1人さらわれてるからな。それ以上にイラついてんのは遼と暁広だろ」

「彼女を連れてかれたんだもんな」

 数馬は敢えて佐ノ介の名前を上げない。佐ノ介とマリの関係は泰平と竜雄にすら秘密なのである。

「彼らの境遇には同情するが、それならばなおのこと冷静になってもらいたい。感情的になって勝てる相手ではないだろうからな」

 泰平の言葉に佐ノ介が無言のままジロリと泰平を見る。そのまま佐ノ介はスープを飲み干してから空になったカップをお盆の上に乗せ、無言でその場を立ち去った。

「…そういえば、あいつも今日は妙にイラついてるな」

「生理なんでしょ」

 泰平の疑問に数馬が冗談で答えた。


 食堂を出た佐ノ介は、他に誰もいない廊下でたまたま遼と2人きりになった。

「佐ノ介か」

「ども」

 佐ノ介は短く会釈して会話を終わらせるつもりだったが、遼も目的地の方向が同じなので、お互い並んで話し始めた。

「ったく、女ばっか狙いやがって。汚ねぇ奴らだ」

「そうだな」

「…悪りぃな、目の前で香織さらわれてイラついてんだ」

「そうか」

「佐ノ介は冷静だな」

「…そうだな」

 遼の放ってくる言葉に対して佐ノ介はただ短く返す。あまり親しくない遼には、佐ノ介が不機嫌なのがわからなかった。

 佐ノ介が小さく息を吐く。どことなく2人の間に気まずい空気が流れると、それを裂くように2人の後ろから暁広の声がした。

「佐ノ介、遼」

 2人は一瞬立ち止まると、そこに暁広が横に並ぶ。3人は横並びになりながら歩き始めた。

「トッシーも災難だったな」

 遼が暁広に言う。だが暁広は首を横に振った。

「いや、俺よりも辛いのはさらわれた茜たちだ」

 暁広は右手を見て握りしめる。この手は、茜まで届かなかった。今度こそ、この手で茜の手を握りしめてみせる。

「奪われたものは、絶対に取り返す」

 暁広は静かに言う。その場にいた他の2人も、大切な女性を誘拐されている。だからこそ、瞳に決意を宿して静かに頷いていた。

「2人とも、頼むよ」

「もちろんだ」

 遼は短く言い切る。佐ノ介も静かに、あぁとだけ答えた。




翌日 朝9時

 朝食を食べ終えた武田は職務室で待機していた。そして、窓の外に耳慣れない車のエンジン音が響き、自分のいるビルの前で止まったのを聞き逃さなかった。

 すぐに机の前の電話を取ると、低い声で短く連絡した。

「幸長、始めるぞ」


 船広は武田が所有し生活するビルの前に車を停める。国産のオープンスポーツカー。他には誰も連れてきていない。人通りもほとんどない。

 運転席に備え付けてある小さい鏡で自分の襟元を正すと、黒一色で染めた自分のスーツを少し伸ばし、車を降りた。

 ビルの入り口は自動ドア。だが、船広がその扉に立つ前にドアはゆっくりと左右に分かれて開いた。

 ビルの中から出てきたのは3人組。全員船広の顔見知りだった。

「お出迎えとはありがたい限りですね、武田さん」

「…船広察…」

 武田はじっと船広の顔を見つめていた。船広はいかにも取り繕ってある温厚な微笑みをそのまま武田に向けていた。

「幸長も元気そうで何よりだ」

 船広は穏やかに微笑んだまま幸長にもその表情を向ける。幸長は船広を睨んだままそれを鼻で笑い飛ばした。

「房江…」

 船広は幸長とは武田を挟んで反対側にいる佐藤を見て先ほどまでとは少し違った微笑みを見せる。そのまま佐藤に近づくと、佐藤の顎を少し左手で上げさせた。

「会いたかったよ」

 船広はそれだけ言うと、佐藤の唇に自らの唇を押しつける。だがすぐさま佐藤はそれを振り払うように船広の頬に平手打ちを叩き込んだ。

「…ふふふ、相変わらずだね」

 船広はまだ笑っていた。普段感情を表に出さない佐藤だが、嫌悪感を一切隠そうとせず船広を睨んでいた。

「まさかお前が生きているとは思わなかったよ」

 武田が無表情で言う。船広は微笑みそのまま返した。

「そうでしょうね。烏海からすみさんですら生き残れなかったんですから」

「ご用件は?」

「武田さんと2人でお話がしたくなりまして」

 船広はやはりにこやかに返す。武田も少し口角を上げた。

「奥まで案内しよう」



 真っ直ぐエレベーターに乗った武田と船広の2人は、お互い目も合わせなかった。

「それにしても、いいビルですね」

「元はホテルだったからな」

「素晴らしい」

 船広と武田が社交辞令的な会話を交わす。エレベーターが到着を知らせるベルを鳴らすと、自動ドアがゆっくりと開き、武田のオフィスが現れる。

 武田はオフィスの扉を開ける。船広は軽く一礼すると、オフィスの中に入った。

 窓際に大きな机と椅子があり、それよりも手前側には低い長机とそれを挟むように長いソファーが二つ並んでいた。

「どうぞくつろいでくれ」

「お言葉に甘えて」

 船広は武田の言葉に答えると、手前側の長ソファーに腰掛ける。武田もそれと向き合うように反対側のソファーに腰掛けた。

「それにしても、本当にいい部屋だ。どれだけのお金がかかったのでしょうか」

「そんな昔のことは忘れてしまったよ」

 船広の疑問に、武田は冗談めかして答える。だが目は笑っていない。船広は微笑んでいた。

「なるほど。でもいくら昔のことでも、忘れられないことは当然あるでしょう」

「たとえば?」

「『秘密』、とか」

 船広は武田を真っ直ぐ見据えながら微笑んで言う。武田も余裕の表情を返した。

「本題は?」

 武田が尋ねる。船広の表情の微笑みは、邪悪さを増した。

「交渉に来ました」

「ほう」

「私はあなたの秘密を握っています。これをマスコミにリークするだけでも良いのですが、それでは我々にリターンがない。そこで、あなたと話し合いに来たのですよ、武田さん」

 武田は表情を変えずそのまま頷く。

 船広は片足をもう片方の膝の上に乗せて足を組み、さらに太ももの上で両手を組むと、穏やかな微笑みと声はそのままに声を発した。

「さて、交渉といきましょう」


最後までご高覧いただきましてありがとうございます

いつの時代も、悪人は善人面をしてやってきます。船広もその例外ではありません

彼は一体武田にどのような要求をし、どのような条件を突きつけるのでしょうか

今後もTMOをよろしくお願いします



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