Chapter 1-3 安藤佐ノ介
Chapter 1-3 安藤佐ノ介
2013年 12月24日 火曜日 午前7:00
冬晴れの青空、しかしその下は寒い。
そんな中を重村数馬少年は紺のフリースの上に黒のダウンベストを着込み、背にはランドセル、頭には黄色の校帽を被り歩いていた。
「かーずま」
数馬の耳に、後ろから聴き慣れた少年の声がする。数馬がゆっくり振り向くと、親友である安藤佐ノ介が、ニカっと笑って後ろに立っていた。
「お、佐ノ介、おはよっす!」
「おはよっす!相変わらず朝が早いな、数馬。そんなに早く学校行って何が面白いん、だい?」
だい?に合わせて佐ノ介がポンと数馬の腕を叩く。数馬は地味に響いたその攻撃に腕を抑えた。
「イテェーッ」
「あ、悪かった。親父さんか?」
「あぁ。3日経ってもまだイテェや。あのジサマの動きは速すぎるんだよ、ったく」
2人はそんなことをぼやきながら学校へテクテク歩いていく。その足取りは至って普通なのだが、どことなくただの小学生ではない雰囲気が溢れていた。
「明日から冬休みだぁー」
「長かったー」
「佐ノはどうするよ、冬休み」
数馬の質問に、佐ノ介が急ににやけて話し始めた。
「マリとデート。前々から企画してたんだ。向こうも楽しみにしてるみたいでさ」
「アツアツデスネ。服脱げば?」
「こんな時期に脱いだらいくら俺たちがアツアツでも凍死するし、小学生でそんな関係はいけません」
数馬の言葉に佐ノ介は満足そうに笑った。笑顔であってもどこか冷静な雰囲気なのがこの佐ノ介という男である。
「全くよォ。世間はともかく親友までホワイトクリスマス、聖なる夜とかカップルで騒いでんのに、俺はスケジュールがホワイトなクリスマスときたよ。あーあ彼女の1人くれぇいりゃあなぁ」
「…マリは絶対に渡さんぞ?」
「他人のものに興味はねぇんだ。まずお前らお互い以外見えてねぇじゃん」
「当たり前だ。俺とマリだからな。おっと、数馬、わかってると思うがこの一連の会話、みんなには絶対に内緒で頼むぞ?俺よりマリが苦労するからな」
「わーってるわーってるよ」
数馬は佐ノ介の言葉と、マジな目線を雑に流す。しかしこれは佐ノ介への嫉妬などではなく、あまりにもいつも釘を刺されるのでいい加減聞き飽きたからである。ただ、数馬も好きな女の子ができたら自分もこうなるんだろうなとは漠然と感じていた。
数馬と佐ノ介は、父親同士の仲が良いこと、お互いの家がマンションと裏の一軒家という位置関係が相まって幼稚園の頃からの親友だった。小学生になって2人とも悪さを身につけるとますます息が合うようになり、協力して、弱いものいじめをする上級生や、純粋に気に入らない同級生をボコボコにしたりと悪事を働き、共に教師に叱られたりする毎日を過ごして今日に至る。小学校の6年間でも、違うクラスになったのは3年生の一度きり。しかし、数馬はその一度の時に佐ノ介の意外な一面を目にした。それが佐ノ介の口から何度も出てきている「マリ」こと「遠藤マリ」である。
「どーゆー経緯で仲良くなったんだっけ?」
「この話何回もしたぞ?」
「ウッソこけ」
数馬が覚えているのは小学校3年生の最後に佐ノ介がマリに告白されたという話だけである。馴れ初めやそこに至るまでの経緯は全く知らず、加えて佐ノ介もマリも校内の人間に誰一人としてこのことを伝えなかったので知っている方がおかしいのだ。数馬が知っているのも本当に偶然で、デート現場に鉢合わせしてしまったからである。
「まず席が隣になるじゃん?んでぺちゃくちゃ喋るじゃん?悪い虫叩き潰すじゃん?そんでふとこの子可愛いって思ってたら向こうから好き、なんて言われてぇ…」
「佐ノ、できればその上がり切った口角、どうにかしてくれないか?殴りたくなる」
「んでもって俺も好きだよって答えてぇ、違うクラスになりたくないね、なんて言ってたら4年で同じクラスになってぇ…」
「コイツゥ…!独り身の俺を見下して優越感に浸ってやがるゥ…!どうせ俺ァ独り身だよ、にゃろめぃ!」
数馬は自分から聞いたとはいえ、いい加減佐ノ介のノロケ話を聞くのが辛くなってきた。結局自分は独りであることを身につまされたのと、「彼女」がいるということへの羨望から、彼は全速力で小学校へ走り出した。
「ちょっと待てよ!まだ4年生のラブストーリーを話してないぞ!」
「聞きたかねぇやいそんなもん!」
佐ノ介は数馬を追いかける。彼らの通う七本松小学校への最終カーブの緩やかな坂道を下り切ると、50m先の校門まで駆けて行ったのだった。
最後までご高覧いただきありがとうございました
前回の数馬、前々回の暁広と今回の佐ノ介の3人はこの物語の主軸を成す3人です。よろしければ名前だけでも覚えていただければ嬉しいです。
余談ですが、安藤佐ノ介の名前の由来は、鬼武者の主人公だった明智左馬介だったりします。実際にやったことあるのは新鬼武者だけですが