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The Magic Order  作者: 晴本吉陽
Chapter 5 残党
49/124

Chapter 5-1 烏の忘れ物

残酷な描写が含まれています

苦手な方はご注意ください

2014年 1月9日

金山県 朱雀川市


「さて、交渉といきましょう」

 高層ビルの最上階、薄暗い社長室で、船広ふなひろはかりは片足をもう片方の膝の上に乗せて脚を組み、さらに両手を組むと、穏やかな笑顔と声でそう言った。

 「『交渉』相手」は、気の弱そうな中年の男だった。震えながら船広の様子をじっと見つめる。船広と「『交渉』相手」の間の机のすぐ隣には、「『交渉』相手」の若い女性秘書が布を噛まされた上に椅子に縛り付けられていた。

「我々は現在非常に苦しい状況に置かれています。簡単に言えば経営難ですね。あなたも耳が痛いでしょう」

 船広はそう言ってにこやかに笑いかける。だがその場にいる人間は誰一人として笑っていなかった。

「単刀直入に申し上げますと、我々に、吾妻さんからのご融資をいただきたいのです」

 「『交渉』相手」の中年男、吾妻は船広をじっと見る。震える唇を無理に動かし、船広に言葉を返す。

「そ、その金を何に使う気だ、私たちになんのメリットがある」

「お金の使い道は至ってシンプルです。私も言ってみれば100人の従業員を抱える経営者、彼らを養わねばなりません。そちらのメリットとしては、あなたの、吾妻商事の知名度の向上に大きく貢献いたしましょう。普通ならできないようなことも、我々ならばやってのけましょう。いかがでしょうか?」

 船広はやはりにこやかに言う。何かを返答しているように見えて、船広は具体的なことは何ひとつ言っていない。吾妻にもそれはわかっていた。

「は、犯罪者の手助けはせん!」

 吾妻は勇気を出して言い切った。

「そもそも、君たちは一体なんなんだ!いきなり来て、従業員たちに銃を突きつけ!こんなことをしてタダで済むと…!」

 吾妻が勢いに任せて言葉を並べると、船広の足下に座っていた銀色にも似た毛の狼が四つの脚で立ち上がり、吠えた。凄まじい殺意と、剥き出しにした鋭い牙は吾妻ただひとりにはっきりと向けられていた。

 船広は狼の背を撫でる。そのまま頭も優しく撫でると、船広は吾妻の方へ視線を向けた。

「申し訳ありません。なにぶん元気の良い子なので」

 船広は笑って言う。吾妻はまた小さくなっていた。

「それで、お返事がよく聞こえなかったのですが、もう一度お聞かせ願えますか?」

 船広はにこやかな表情を崩さないまま吾妻に尋ねた。

 吾妻は机のそばに置かれた椅子に縛り付けられている自分の愛人兼秘書を見る。その秘書の後ろでは、さっきから何も言わずにただ立っているレスラーのような体格の男が吾妻と秘書を交互に見比べていた。

 吾妻は震えていた。だが、自分の信念にもとることはしない。

「断る!貴様らみたいな人間に金を渡せば、また湘堂の二の舞だ!私は金には汚いが、それでも殺しは許さない!大学卒業と同時にこの20年、死んだ気になってこの会社を大きくしてきた!それは人殺しを支援するためじゃない!」

 船広は心外そうに眉を上げた。


 秘書の後ろに立っていた男がゆっくりと吾妻の方へ近づく。吾妻は思わず逃げようとしたが、自分が椅子に座っている以上逃げられなかった。

 大男が吾妻の首を締め上げ、高く浮かせる。

「吾妻さん、どうでしょう、感情に流されず、リスクリターンを重視した交渉をなさいませんか?」

 吾妻が苦しそうなうめき声を上げるが、船広が相変わらず穏やかな声で尋ねる。吾妻が死にそうと見るや、大男は手を離し吾妻を床に落とした。咳き込む吾妻を見ても、船広は穏やかな笑みを浮かべたままだった。

「私も暴力は嫌いです。平和にことを進めたいのです。どうか感情論ではなく、ロジカルにいきましょう」

「ならばお前の部下達を帰らせろ…!話はそれからだ…!」

「そうはいきません。何事にも備えは必要ですから」

 船広は最初から一歩も譲る気はない。吾妻にもはっきりわかった。だがそれでも吾妻には譲れなかった。

「ならば融資などしない!」

 船広の眉が下がった。同時に、さっきの大男が吾妻に近づくと、吾妻の首を片手の肘で締め上げ、5秒とかからず吾妻の首の骨をへし折った。

 ものを言わなくなった吾妻を見て船広は露骨にため息を吐いた。

泰山たいざん、誰が殺せと言った」

「はっ、申し訳ありません」

 言葉の割に、どちらも本音ではなさそうだった。大男の泰山の方は反省している様子を見せないし、船広はそもそも怒っていない様子だった。

「仕方ない。他の連中に好きにさせてやれ」

 船広が言うと、泰山はキッチリと頭を下げてから腰の通信機を抜いた。

「泰山だ。略奪を許可する」

 通信機の向こうから野蛮な歓声が聞こえた。間をおかずに銃声と男たちの悲鳴も聞こえ始める。すぐに女の悲鳴も聞こえてきた。男たちのような断末魔ではなく、一方的に蹂躙されるような悲鳴。

「さて、こちらの方は…」

 船広は部屋に残された吾妻の秘書の女を見る。口に噛ませてあった布を外すと、女は早口で話し始めた。

「わ、私ならこの会社の全財産を好きにできますよ!社長から色々聞いてたんでぇ!いくらでも協力します、させていただきます!だから殺さないでぇ!」

「物わかりのいい女性は好きです。さっそく口座から全ての現金を引き下ろしてきてください」

「はい、ただちに!」

 船広の部下の1人が女をほどき、女を連れて銀行へ走り出した。


 船広は泰山と狼の3人きりになると、社長室の高級な椅子に背中を預けた。

「これでしばらくは全員遊んでいられるな。そして俺たちの居場所もできた」

「長かったですな」

「あぁ。烏海からすみさんがあの日殺されて、俺たち残った部隊はなんとか食い繋いできた。今のマスコミは自分たちが爆破されたことばかり報道して俺たちには全く注目してない。おかげでのびのびと生きていられる」

 船広はそう言うと、胸ポケットのタバコとライターを取り出し、一服する。

「俺たちは生き延びなきゃならない。俺たちには力も知恵もある。だから今日まで神様は生かしてくれたんだ。そんなのが簡単に全滅するわけにはいかない」

 船広は紫煙を天井に撒く。船広の足下の狼は片目をジロリと動かしたが、すぐに両目を閉じてその場で足を折って眠っていた。


 社長室の扉が開く。3匹の犬を連れた痩せ型の男が部屋に入るなり嫌そうな顔をして船広に説教を始めた。

「船広さん、タバコはやめろと言ってるではありませんか。別にあんたや私が早死にするのは構いませんがね、うちのワンコたちのセンシチブなお鼻がそんなくっせぇタバコで汚されるのはとっても癪なんですよ」

「これは失礼、犬神くん」

 船広はすぐに机にタバコの先を押しつけて消す。犬神はそれを見るとご満悦そうに笑顔を見せ、先ほどまで船広の足下にいた狼を撫で回していた。狼も嬉しそうに犬神の頬を舐めている。

「それで、調査はどうだった」

 船広は静かに尋ねる。犬神は急に姿勢を正して報告を始めた。

「はい。世間では烏海さんの存在は全くもって隠滅されているようです。湘堂市の事件は、支鮮華しせんかのスパイが主導したものとして、現在そのスパイが真犯人としてメディアに取り上げられております」

「毎朝新聞爆破事件の方は?」

「はい。これも在日支鮮華人のスパイが犯人として取り上げられております。ですが、実際には毎朝新聞の偏向報道によって名誉を毀損された湘堂の生き残りが犯人のようです」

「真犯人はどうなった」

「全員死亡。ほとんどの証拠は隠滅されてましたが、うちの子達の鼻は誤魔化せません」

「死亡?」

「ええ。少なくとも2人は銃殺されています」

「殺したのは?」

武田徳道ありみち

 船広は我が意を得たりと大笑いを始めた。

「ちゃんと証拠もあるな?」

「防犯カメラに調査中の武田とJIOの工作員が映っておりました。削除されてましたがなんとか復元しましたとも」

「そうか。ふふふ」

 船広は面白くてたまらなかった。

「あの狐ジジイなら確かにやるな」

「一体何者で?」

 1人で盛り上がって笑い転げる船広に、状況が掴めない泰山が尋ねる。

「俺の元上司さ」

「GSSTの」

「ですが何がそんなに面白いのですか?」

 犬神は船広に尋ねる。船広は堂々と言い切る。

「武田の狙いがはっきり見えたからさ。決めた。犬神、武田の調査を続けてくれ。これは金の鉱脈だぞ」

「了解しました」

 船広が言うと犬神はすぐにその場を後にした。

「さて、面白いことになってきたぞ、泰山。悪党同士、武田とお楽しみと行こうじゃないか」

「望むところです」

「見てろよ武田…貴様の化けの皮を剥いだ後、烏海さんのところに送ってやる」

 船広は口角を大きく上げていた。勝算はいくらでもある。武田からむしれるものはむしるだけむしって殺す。そんな妄想を繰り広げ、船広は奪ったビルを視察するために社長室を出た。


最後までご高覧いただきましてありがとうございます

新しい敵が出てきました。武田とは浅からぬ因縁を持つ男、船広。彼は一体何を企んでいるのでしょうか

今回から再び週2回投稿にさせていただきます

今後もTMOをよろしくお願いします

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