Chapter 4.5-12 束の間の日常 桃の場合
中西桃は1人で部屋まで歩いていた。買い物を済ませて部屋で読書でもしていようかと思っていたが、自室に向かう途中、真次がロビーで独り言を呟いていたのが耳に入った。
「俺も真面目に将来を考えないとな」
「将来、か」
桃はそんなことを呟いているうちに自分の部屋に入っていた。
余分なものはほとんどない部屋だった。机には動物の写真集とカレンダーがあるだけで、ベッドの布団は丁寧に整理されている。
だがドアの裏側は別だった。愛銃であるオートマグlllの入ったショルダーホルスターが下げられており、その下には同心円が描かれた的が貼り付けてある。
桃は椅子に座ると、ぼんやりとカレンダーを見る。動物の写真集の背表紙は、優しく桃を見つめていた。
「…違う」
桃は気がつくとその動物たちの目線から逃げるように自分の目線を扉の方にやった。正確には、その扉に提げられている自分の愛銃へ。
桃は立ち上がると、何かに突き動かされるようにホルスターを身につけていた。
左肩にかかる拳銃の重さが、なぜか心地よかった。
「…そう」
桃の口角がわずかに上がった。
素早く拳銃を抜いて的に向ける。弾の入っていない拳銃なので、引き金を引いても弾は出ない。しかし的の真ん中に確かに着弾した様子が、桃の脳裏にはしっかりと描かれていた。
「ふ…ふふ…」
胸が高鳴るのが自分でもわかった。
引き金を引いて、何度もカチカチと音を鳴らす。そのたびに銃弾が真っ直ぐ的の中心に当たっていく様子が目に浮かんだ。
「…いくか」
桃は地下2階の訓練場にやってきた。誰もいない。
早速弾薬箱から桃の拳銃に合う弾を取ると、射撃ブースに入ってからマガジンを叩き込み、スライドを引く。銃弾の装填が完了した。
的が自動で動き出し、どんどんと遠ざかっていく。距離はおおよそ10m。
桃は的が静止したのを見て引き金を引き始めた。女性には不向きな、ましてや子供には合わない大口径で反動の大きな拳銃。それでも桃はそれを使いこなしていた。
「ふぅ…」
7発撃ち終えると、もう一つ取ってあったマガジンと交換する。そして真っ直ぐ腕を伸ばして的をもう一度狙い直した。
桃の1人の世界が広がった。
目の前にいるのは桃を狙う敵。無数の銃口と鳴り響く銃声。
桃は怯まず目の前の誰かの心臓に狙いをつけて黙々と引き金を引いた。
「…ふふ」
桃はそのまま引き金を引き続ける。敵の体が銃撃のたびに跳ね上がるのが桃の目には映っていた。
桃の頬に存在しない銃撃が掠めていく。それを消すように桃は狙いを変えては引き金を引いた。
7発全てを撃ち切った。
桃の世界にはもう誰もいない。全員桃の手で撃ち抜いた。
桃は銃を置くと、大きく息を吸った。
「そう…この感覚…」
桃の口角と心拍数が跳ね上がっていた。
銃弾が飛び交う中を生き残り、敵を倒し、生き延びる、この感覚。
「これが戦場…私の居場所…」
桃はじっと正面を見据えていた。誰もいない虚空を見つめ、ただ1人自分の存在を噛み締めていた。
最後までご高覧いただきましてありがとうございます
今回は桃について描かせていただきました。お楽しみいただけましたでしょうか
今後もTMOをよろしくお願いします