Chapter 4.5-11 束の間の日常 真次の場合
藤田真次は1階のロビーでパソコンを囲む正と竜のところにやってきた。
「おっすおっす。何見てんの?」
「『これがなんだか分かるか?』」
「わからないから聞いてるんだって」
竜の言葉に真次は短く返す。正がパソコンの画面を真次の方へ向けた。
「今期のアニメの放送予定一覧。悪くない」
正が満足したような笑みを浮かべて呟く。真次も納得した様子で頷いた。
「2人はアニメ好きだもんな。俺らのクラスだとネットとアニメと漫画に関しては2人に敵うやつはいないし」
「物事の好き嫌いに他者との優劣なんかない。自分が好きだと思う気持ちが常に一番だ」
竜が少し熱くなって言う。真次も竜の熱い部分を見られて嬉しくなって言葉を返した。
「竜…おめぇかっこいいじゃねぇか」
「『すまねぇ、ロシア語はさっぱりなんだ』」
竜の返事の意味がさっぱりわからない真次だったが、多分照れ隠しなのだろうことはわかった。
「2人はいろんなこと知ってるよなぁ。きっと将来パソコンとかの仕事やって引く手数多だろうなぁ」
真次は素直にそう思った。
彼としては褒め言葉のつもりだったが、正と竜の表情は芳しくなかった。
「真次は、やりたいこと決まってんの?」
正が自分から質問をしてきた。真次から見て非常に珍しいことだった。
「俺?うーん…俺は旅行好きだからさ、旅館とかやってみたいかもなぁ。正は?きっとパソコン関係だろ?」
真次は無邪気に尋ね返す。正と竜はやはり芳しくない面持ちだった。
「なんだよぉ、もったいぶらずに教えてくれよ」
「ないもんは教えられねぇよ」
竜が自虐的に笑いながら、ため息混じりに言葉を発した。
「え?マジ?ちょい意外なんだけど」
「いやさ、俺はさ、ゲームとネットだけして生きていきたいんだわ。でもさ、世の中そうもいかねぇじゃん?」
竜は真次に寂しそうな目で言葉を漏らす。真次は思わず黙り込んだ。
そこに正も言葉を繋いだ。
「好きなことが世の中と噛み合ってればいいけどさ、俺みたいにYouTubeの動画が好きってだけじゃ生きていけないし。かといって俺は勉強もできないからさ。どーやって生きていこうかなって」
「ま、考えてもしょーがないからアニメ見るんだけどね」
正の言葉が終わると同時に竜が自嘲的に言った。
真次は何も言えなかった。生きていればなんとかなるという考えの持ち主だった真次は、あまり将来を深く考えたことがなかった。それだけに現実を見て半ば絶望しているような正や竜の姿は、あまりにも生々しかった。
「それじゃ『I will 撤収』」
竜は真次に短く言うと、パソコンを折りたたんでその場を立ち去る。正もその後を追うようにゆっくりと歩いて立ち去っていった。
真次は1人その場に残された。
「俺も真面目に将来を考えないとな」
1人それだけ言葉を発すると、勢いよく立ち上がって歩き始めた。
「将来、か」
真次の独り言をたまたまそこで聞いていたのは桃だった。
最後までご高覧いただきましてありがとうございます
今回は真次、正、竜の3人について描かせていただきました。お楽しみいただけましたでしょうか
実は「どうやって生きるか」というのはTMOのひとつのテーマでもあります
どのようにそれが絡んでいくのか、今後もTMOをよろしくお願いします