Chapter 4.5-9 束の間の日常 広志の場合
大島広志は友人の武、駿とともに食堂で昼食をとっていた。
普段は駿か遼が陽気に話題を振ってくる。だからそれに合わせて広志は素っ頓狂なことだけ言っていれば雰囲気は明るくなる。だが今は違う。無口な武と完全に気分が沈みきった駿しかおらず、ムードメーカーの遼はカノジョと飯を食いに姿を消した。
(さて、どうやって場の雰囲気を切り替えようか…)
広志としてはこの暗い雰囲気のまま食事をするのは好ましくなかった。どうにかして雰囲気を切り替えようと周囲を見回す。
ちょうど折良く女子3人が食堂に入ってきたのが見えた。しかも普段から割と話している美咲、さえ、蒼。
(ちょっとやってみるか)
広志は腹を決めると、談笑する美咲たちに小走りで駆け寄った。
「美咲」
広志は軽くさえや蒼に会釈しながら美咲の名前を呼ぶ。
さえと蒼は不思議そうに広志の方をみる。美咲は少し戸惑ったような表情が出そうになるのを隠していつも通り応対し始めた。
「ん、広志。どうしたの?」
「いや、お昼よかったら一緒にどうかなぁって」
広志の言葉に一瞬その場の空気が固まった。
「え、ナンパ?」
蒼が軽く気色悪がるように広志に尋ねる。広志は大慌てで否定した。
「ちげぇって。ほら」
広志は声を小さくして駿の方を軽く指差す。女子3人がそちらをみると、どんよりとした空気の駿と武が席についていた。
「ちょっと色々あって駿が落ち込んでるんすわ。一緒に飯食って慰めるというか、とにかく空気を変えたくてさ、頼むよぉ」
広志は美咲に頭を下げる。美咲はまんざらでもなさそうだったが、
「美咲、別に広志の頼みなんて聞かなくて良くない?」
そう言って反対する蒼と無表情のさえの前では美咲も大きく広志に賛成とは言いにくかった。
「いやぁ、蒼さん、頼みますよぉ」
「あ、私イケメンじゃない人間の頼み聞く気ないんで」
「イケメンに会える機会を提供するって言ったら?」
広志は蒼さえ攻略できればなんとかできると踏んでいた。そして攻略の糸口はすでに考えてあった。
「どういうこと?」
「チケット、奢るよ」
蒼が男性アイドルを追っかけているのは有名だった。国民的に人気のアイドルで、ライブチケットは決して安くない。広志はそれを知っていてこの交渉の一手を切った。
「マジぃ?」
「マジマジ」
「高いよぉ?」
「いいってことよ」
広志は笑って言う。美咲は瞬時に広志の意図を感じ取った。おそらく広志は駿を笑顔にするためなら平気で余計なお金を蒼に渡すだろう。
「ご一緒させて、広志。でも蒼にチケットなんか買わなくていいから」
「えぇ!?ちょっと美咲!」
「蒼、お金もらったからっていい顔するのは、『イケメン』じゃないわよ」
美咲は一言だけそう言った。
蒼も、それもそうかと頷くと美咲に従った。
「これで貸し借りナシだから」
美咲は駿の方に歩き出しながら広志を横目にウィンクする。広志は小さく笑うと、誰にも聞こえないように、ありがとよ、と口ずさんだ。
「ここ空いてる?」
駿の席の向かいに腰掛けながら、美咲は尋ねる。駿が答えるより先に、蒼とさえも席に着いた。
落ち込んでいた駿も、流石に相手を見極めると少し明るい様子を取り繕った。
「あぁ、って勝手に座るのな」
「はは、下向いてるから気づかないんだよ」
駿の言葉に美咲は返す。駿は何も言わずに口角を少し上げて返した。
広志は少し遅れて何食わぬ顔で駿の隣に座った。
「せっかくだから飯は大勢で食った方が楽しいだろ?」
広志は駿に言う。駿は少し考えると、それもそうだな、と笑った。
「にしてもさー、ほんとにすごいことになっちゃったよねー」
話題を急に切り出したのは蒼だった。その場にいた全員は頷いた。
慌ただしい毎日に、あまり日頃のことを振り返る時間も彼らにはなかった。それだけに今不意に思い出されたのであった。
「今でもなんでここまで来れたのか…不思議でしょうがない」
武も蒼に賛同するように呟く。広志はすかさず話題を拾った。
「きっと俺らツイてたんだよ。みんな生き延びられてさ、こうやっていつもの給食みたいにみんなで飯を囲めてさ。マジでツイてるとしか言いようがない」
「それもこれも、土壇場であんたがみんなを引っ張ってくれたからだよ、駿?」
広志の言葉に、美咲が続けた。広志としては内心美咲に感謝しきりだった。
駿は広志の方を一瞬見る。そしてすぐに謙遜を始めた。
「いいや、みんなを引っ張ったのは俺じゃなくてトッシーさ。実際あいつはすごいよ。家族をみんな目の前で殺されて、それでもみんなを励ましながら冷静に指揮を執って、街から俺たちを脱出させてくれたし、火野たちだって倒した」
駿は熱くなって言葉を並べ始める。
「トッシーだけじゃない。数馬だってそうだ。あいつがいなきゃ誰もヤタガラスには勝てなかった。泰平がいなきゃ館のステルス迷彩の人間も倒せなかったんだろう?広志がいなきゃ電車は動かせなかったし、武がいなきゃトラックは動かせなかった。それに比べて俺は…!俺は…!」
駿は言葉を発するうちに泣き崩れていた。自信に満ち溢れた学級委員の駿はそこにいなかった。両手の拳を握り締め、じっと下を向いて涙をこぼしていた。
「何もできなかった…!竜雄の家族にも!みんなにも…!これからもきっとそうだ!トッシーや泰平は俺より頭がいいし、数馬や佐ノ介は強い!俺はあの時竜雄の家族の代わりに死ねばよかったんだ!」
「駿よ」
広志が駿の肩に手を置く。広志は静かに言葉を発した。
「お前もいなきゃダメだよ、俺たちは」
広志の声は優しかった。だからこそ駿は黙り込むことしかできなかった。ただ黙って嗚咽を漏らしながら涙をこぼしていた。
ピアノの音が鳴り始める。駿が顔をあげると、いつの間にやらさえが食堂の隅にあったピアノをゆったりとした様子で弾いていた。
「あの日生き延びた全員、誰1人欠けちゃいけなかったんだよ」
ピアノの音にかき消されないように、しかし優しく広志は言った。
美咲はそんな広志の横顔を、ただ黙って見つめていた。
最後までご高覧いただきましてありがとうございます
今回は広志、ないしは駿について描かせていただきました
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