Chapter 4.5-8 束の間の日常 遼の場合
昼時。斉藤遼は友人たちと食堂に来ていた。
「あ、悪りぃ、俺香織と食ってくるわ」
遼は思い出したように友人たちから離れて、きた道を1人引き返す。あまりの軽妙さに、他の3人は声も出なかった。
遼は足早に2階の女子棟にやってくると一直線に香織の部屋まで行き、扉を軽くノックした。
「香織〜俺だよー。いる?」
遼がいつも通り軽いテンションで声を出す。すぐに扉が開くと、香織が少しムッとしたような表情で現れた。
「声デカい。近所迷惑。バレたらまた美咲にからかわれるじゃん」
「言わせとけって。一緒にメシ食わない?」
遼は香織の少しキツい言葉を笑って受け流すと、本来の目的である食事のお誘いをかける。香織は部屋を少し見た。
「今漫画がいいとこだから」
「わかった、美咲と食ってくる」
「はぁ!?」
「冗談だってば。ははは、怒った顔も可愛いなおい」
香織の大きな瞳がムッとして細くなる。それを面白がるように遼は香織の顔を眺めて笑った。
「じゃあ俺も読むわ。香織が読み終わったら声かけて」
「え?どこで読むの?」
「そりゃ香織の部屋で」
「1分待って!」
香織は大慌てで扉を閉めると部屋の中でドタバタと掃除を始める。遼は鼻歌を歌いながら周囲を適当に眺めていると、蒼、美咲、さえの3人がこちらに歩いて来ているのが見えた。
「うぃーっす」
遼は軽いノリで手を振る。蒼は嬉しそうに手を振り返し、美咲はニンマリとしながら遼に話しかける。
「何してるの?」
「香織待ってる。一緒にメシ食おうと思ってさ」
「ふぅーん?私らも混ぜてもらっていいかしら?」
美咲は遼を困らせようとからかってみる。遼は笑顔のまま答えた。
「いい女に囲まれて食うメシは最高だろうけどさ、悪りぃな、今日の予約は2人席なんだ」
「あら、残念」
美咲は答えがわかっていたように笑って言う。遼も遼で美咲には腹の底は見せまいと笑顔のままだった。
「ごめん、入っていい…よ?」
香織が扉を開けると、遼が女たちに囲まれて笑顔になっていた。
「来たよ?」
「お、待ってたよ」
美咲に言われて遼が振り向く。美咲は香織の戸惑った表情を見ると、言葉を投げた。
「じゃあね、香織。あなたの彼氏、いい男ね」
美咲はそれだけ言うと、さえと蒼を引き連れてどこかへ歩いて行った。
「じゃあな、楽しかったぜ」
遼が美咲の背中に向けて手を振る。香織は目を見開いて遼を見ていた。
「ん?」
遼が香織の視線に気づく。少し香織は怒っているようだった。
「どうした?」
「…どうしたじゃないよぉ!もう!」
香織は勢いに任せて遼の服を掴んで引っ張ると、自分の部屋に引き込んで扉を閉めた。
「美咲と何してたの!?」
香織は遼の顔に下から自分の顔を近づけて尋問する。遼は少しだけ驚いたように眉を上げて考え始めた。
「少し話してた」
「何をぉ!?」
「香織とメシ食うって話したら混ぜてほしいって言ってきたからさ、今日は香織と2人で食べたいって言って断った」
「ホントにぃ!?じゃあなんでわざわざ遼のことを『いい男ね』なんて言うの!?」
「そりゃまぁいい男だし」
「いや、それはそうなんだけど、そうなんだけどさ!」
「じゃ、そーゆーことで」
遼はそう言って香織の机の本棚に並ぶ漫画を適当に一冊手に取ると、床に座って漫画をパラパラと読み始めた。
「ほんっと自由人だよね」
香織が少し呆れながら、笑って呟く。遼は香織の声を聞きながら横になって漫画を読み続ける。香織は少し安心して自分の机に戻る。ゆったりと椅子に腰掛けると、続きだった漫画を手に取った。
「はぁ〜面白かったぁー!」
十数分後、香織は漫画を置き、満面の笑みで顔を上げた。遼も漫画を置くと、香織の方を見た。この後は必ずといっていいほど香織の感想大会が始まる。遼は優しげな表情でそれを受け止める。
「やっぱりさ、この漫画家さんほんっとに絵が上手だよね!主人公の男の子もさ、ふだんすっごい可愛いのにシリアスなシーンだと急にかっこよくなるのヤバくない!?」
「ヤバいヤバい」
「この作品ってすごいテンポ速くて急展開が多いじゃん?だからなおのことメリハリがすごいしっかりしてるのかなぁって」
「そうだね、急にヒロインだと思ってた子が」
「ユキナちゃんでしょ?あんな早く退場するなんて思ってなかった!」
「香織は誰が好きなの?」
「主人公の男の子!だってめっちゃ可愛くない!?」
「男に可愛いって思ったことあんまないなぁ」
「わかってないなぁ」
「ごめんなさい」
遼が軽く謝ると、香織は笑顔でいーよいーよと流した。
「いつかこの子演じてみたいなぁ」
香織は漫画の背表紙に描かれた自分の好きなキャラを眺めて言う。遼はすかさず言葉を繋いだ。
「声優とか女優とかやってみたいって言ってたもんな。香織は顔も声も可愛いから楽勝だよ」
「そんなわけ。エキストラにしてもらえるのだって大変だよ。そもそも…」
香織はうつむく。そのまま気弱に声を発した。
「そんな日まで生きていられるのかな」
香織の言葉に、遼は黙り込んだ。堰を切ったように香織が自分の考えを並べる。
「私、落ちこぼれじゃん。全然戦えない。でも同じ班には馬鹿みたいに強い重村がいる。それを信じて、トッシーは私たちに無茶させてくる。このまま続けば、私は絶対死ぬ。あの2人さえいなければなぁ…」
「香織」
遼の声が少し低くなった。香織は遼の方を見ると、そこで横になっていた遼は膝立ちになって香織と同じ目線になっていた。
「少しキツいこと言っていい?」
「どうぞ」
「自分ができないからって他人のせいにするのはナシじゃね?」
遼の言葉は香織には強烈だった。表情こそ動かさないが香織は確かに戸惑っていた。
「確かにトッシーは数馬前提で任務を振ってくる。肝心の数馬は俺らなんかじゃ歯が立たないくらい強い。でもそれに文句言ったって始まんないよ。俺らがやらなきゃ違う誰かがやるだけだ。俺らは、文句を言う前に数馬に追いつく努力をするべきだと思う」
遼の言葉に香織は黙り込む。正論だが香織が望んでいた答えではなかった。
「努力したってあれには追いつけないよ。あいつは戦いにかけては天才だもん。きっと『ついていく』なんて土俵にも立てないうちに私は死ぬと思う」
「香織ちゃーん、悪い癖、出ちゃってるよ?」
先ほどまで真剣だった遼の表情が柔らかくなって、声も軽い雰囲気を醸し出す。困惑する香織に、遼が笑顔で言った。
「お前は1人じゃねぇだろうが。目の前にいるこのイイ男はお前にとって一体なんだい?俺とあんたの2人でなら、数馬1人分くらい追いつけないことないだろ?」
遼はそう言ってさっきまで読んでいた漫画を手に取ると、すぐさまページを開いてセリフを読み上げた。
「『1人ではできないことも、2人でならできる!この状況を変えられる!』俺の言うことは信じられないかもだけど、推しの言うことは信じられるだろ?」
そう言った遼は笑顔だった。香織も、小さく笑い出す。
「その子はもっと高音の綺麗な声だよ」
「こんな感じかい?」
遼は無理矢理裏声でおどけてみせる。香織は余計笑い出していた。
「ありがと。ご飯食べ行こうか」
香織は遼の隣に立つと、静かに笑いかけた。
「2人で」
最後までご高覧いただきましてありがとうございます
今回は遼について描きました。お楽しみいただけましたでしょうか。
ちなみにこれは裏設定なのですが、彼の嫌いな言葉は「天才」です
今後もTMOをよろしくお願いします