Chapter 4.5-7 束の間の日常 駿の場合
野村駿は自室で茫然としていた。数馬と佐ノ介はすでにどこかへ去って行った。たった1人残された駿はぼんやりと宙を眺めていた。
あの時竜雄が見せた表情は、駿は一生忘れられそうになかった。人間が大切なものを失った現実を突きつけられた瞬間、あんな風になってしまうのか。
そのまま床に正座してぼんやりとしていると、扉がノックされた。
「おーい、駿、キャッチボールしよーぜ」
そう言って扉を叩くのは広志だった。駿はぼんやりしながらも立ち上がり、扉を開けた。
広志の後ろには遼と武もいた。よく駿と一緒にいる3人だった。
「どうした、ボーっとして」
遼が軽いノリで尋ねる。駿は下を見ながら声を発した。
「あぁ、ちょっと、竜雄と話してた」
「竜雄?珍しいじゃん?何話したんだよ?」
遼が好奇心に任せて質問を続ける。駿は少し黙り込んでから言葉を発した。
「あいつの家族の、死体を見たって」
駿の言葉に遼は思わず言葉を失った。
「…ごめん。そういえば竜雄はずっと探してたな…」
「…あぁ」
空気が重くなる。全員が下を向いて竜雄の心中を慮るばかりだった。
それを切り換えるように、広志は駿に野球ボールを軽く投げ渡す。反射的に駿は片手でボールをキャッチしていた。
「場所、変えようぜ」
広志はたったひとことそう言った。
4人は公園にやってきた。4人で四角形を作るようにそれぞれ立ち位置に着くと、広志が駿にまずボールを投げた。
「竜雄の件はしょうがねぇよ」
広志はボールを投げながら言う。駿はボールをキャッチする。それを見て広志は言葉を続けた。
「おめぇさんがどうこうできた問題じゃねぇだろ?だったらおめぇさんが悔やむのは筋違いじゃねぇのか?」
「今、俺の中で色んな気持ちがごっちゃになってる」
広志の言葉に答えながら、駿は武にボールを投げる。武がボールをキャッチしたのを見てさらに言葉を続ける。
「もっと早く言うべきだったかもとか、もっと早く着いてれば何かできたかもとか」
「何ができたろうな」
駿の言葉に答えるように武は声を出しながらボールを遼に投げる。遼はボールをキャッチすると、すぐに体を切り返しながら広志にボールを投げた。
「俺らは1人じゃなにもできねぇよ。特にあの状況じゃ」
広志がボールをキャッチしたのを眺めながら、遼は言った。広志はグローブからボールを軽く投げ上げて右手にキャッチさせると、駿を見る。まだ心が晴れない様子だった。
「言わなきゃ良かった、とか思ってんのか?」
広志は強肩を活かした豪速球を駿に投げつけながら駿に尋ねる。駿は戸惑いながらもなんとかキャッチする。
「だとしたら俺は絶対違うと思うぜ」
構え直す駿に向けて広志は言う。駿は武にボールを投げた。
「竜雄のあんな表情は初めて見た。無だった。でも悲しいのがよくわかった。それでも俺にはなにもできなかった」
駿は武がボールを遼に投げる姿を見ながら呟くように言う。遼は何も言わず広志にボールを投げた。
「あの日からずっと、俺は無力なことを思い知らされてる」
駿が呟く。広志はボールをキャッチすると、駿を見つめた。
うなだれている。いつも学級委員としてみんなに頼られてみんなを引っ張ってきた駿だからこそ、無力な現実を突きつけられるのは堪えるのだろう。
「おめぇさんは最善を尽くした。それだけでいいじゃねぇか」
広志はそう言うと、駿ではなく武にボールを投げる。武はボールをキャッチすると、うなずいた。
「どうしようもないことは、ある」
武はそう言って遼にボールを投げる。遼は素手でボールをキャッチすると、そのまま駿に投げた。
「ゆっくり力付けていこうぜ。これからはそんな犠牲者を出さないためにもよ。そのために俺らは戦ってんだろ?」
駿は遼の言葉を聞きながらボールをキャッチする。広志たち3人が、駿の下へ歩いてきた。
「…正直まだモヤモヤしてる」
駿は3人に対して呟くように言う。3人は黙ってうなずいた。
「でも、それでも頑張ろうって思ったよ。ありがとうな」
駿はグローブを軽く掲げる。他の3人も、グローブの背を軽くそこに当てた。
最後までご高覧いただきましてありがとうございます
今回は駿について描かせていただきました
このチャプターではあまり焦点の当たってこなかったキャラクターたちの苦悩なども描けたらと思います
今後もTMOをよろしくお願いします