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The Magic Order  作者: 晴本吉陽
Chapter 4.5 束の間の日常
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Chapter 4.5-6 束の間の日常 竜雄の場合

「あいつは、大人だなぁ」

 食堂で泰平の背中を見送りながら、数馬はぼやいた。

「俺ならきっと不都合な真実は受け入れられねぇよ」

 数馬の発言はどちらかというと泰平への賞賛だった。

 竜雄も思いは数馬と同じだった。佐ノ介も黙ってうなずいている。この場の3人は全員泰平に対して素直な敬意を持っていた。

「俺も、たぶん無理かな」

 竜雄も小さく呟く。すぐに気づいた佐ノ介が竜雄に尋ねた。

「家族のことか?」

 竜雄はうなずいた。

「ずっと気にしてたもんな」

 数馬も言う。

「正直、生きてないんじゃないかなって思ってる」

 竜雄は弱々しく言葉を漏らした。数馬と佐ノ介は黙って竜雄の言葉に耳を傾けた。

「俺たちがここまで生きてこれたのだって、とんでもない豪運を引いたからだと思っててさ。冷静に考えれば考えるほど、うちの家族が生き延びてる確率は低いなぁって。だから、死んだって聞いても驚かないと思う。けど…」

「聞くのは怖ぇよな」

 竜雄がためらった言葉を、数馬が言う。竜雄はうなずいた。

「そうなんだよ。だから泰さんが素直にすげぇなって思うんだ」

 数馬と佐ノ介はうなずく。竜雄は素直に他人を尊敬できるタイプの人間で、2人はそこを竜雄の長所だと思っていた。

「決めたよ。俺、ちゃんとみんなに聞き込んでみる。泰さんとおんなじように、不都合な真実でも受け入れる」

 竜雄が真剣な表情で言い切った。利き手の左手をグッと握りしめ、わずかに笑って見せている。

 数馬と佐ノ介は「無理はするな」と言いたくなったが、きっと竜雄は無理を押してでも真実を追い求める。それがわからない2人ではなかったので短く答えるだけにとどめた。

「わかった」

「いつでも手伝うからよ」

「ありがとう」

 竜雄は2人に礼を言うと、幾分か表情が柔らかくなる。2人も少し安心したようだった。

「さっそくなんだけどさ、聞き込み、手伝ってくれないか?」

「おうよ」

 竜雄が頼むと、数馬が気前良く答える。佐ノ介も麦茶を飲み干してからうなずいた。



 食事を終えた3人はさっそく心当たりのありそうなメンバーを炙り出すところから始めた。

「誰に聞き込んだ?」

 佐ノ介が竜雄に尋ねる。竜雄は宙を眺めながら指折り数え始める。

「あのとき一緒に逃げた5人だろ、圭輝に、遼に、広志、竜、正か」

「女子は全員同じ経路で逃げてるはずだから1人聞いて反応がなかったらそれ以上は必要ないだろう」

「てなると?駿と真次と武か」

 竜雄が聞き込んだ相手を挙げ終えると、佐ノ介と数馬が今後の方針を提案する。すぐに竜雄は聞き込む相手を決めた。

「駿なら何か知ってそう。聞いてみる」

「ご一緒させてもらいますぜ」

 さっそく動き出した竜雄は、震える左手を握りしめながら歩き出す。少し後ろから数馬と佐ノ介も不安を押し殺しながらついて行った。


 3人は3階まで登ると、駿の自室の前に立った。

 竜雄は緊張しきりだった。真実を知ってしまう可能性があるのは、実はとても恐ろしいことなのだとその身をもって感じていた。

 それでも竜雄は勇気を振り絞ると、握りしめた左手で扉をノックした。

「川倉です、駿、いるかな?」

 沈黙が辺りを包む。

 それを破ったのは扉が開く音だった。

「おはよう、竜雄。数馬と佐ノ介も」

「おはようさん」

 扉を開けたのは中にいた駿だった。軽く挨拶をすると、竜雄の顔を見て神妙な面持ちになっていた。

「今、時間いい?」

 竜雄は駿に尋ねる。駿はうなずくと竜雄たち3人を部屋に迎え入れた。


「正直、いつ来るかビビってた」

 駿は床に正座すると、ため息混じりに呟いた。竜雄たち3人も床にあぐらをかいた。

 竜雄は、折り曲げた自分の脚が震えていることに気づいた。固唾を飲んでから竜雄は口を開いた。

「俺の母さんと妹のこと、何か知らないか」

 駿は竜雄の質問に目を伏せる。一瞬何かを思い悩むと、竜雄の目を見た。

「単刀直入に言う」

 駿が言うと、思わず数馬と佐ノ介も身構える。竜雄の視線をじっと受け止めながら、駿は言葉を紡いだ。


「逃げる途中、その2人の死体を見た」


 その場にいた誰もが言葉を失った。数馬と佐ノ介は奥歯を噛み締めて目を伏せる。だが、竜雄は何もできなかった。その場に凍りつき、ただ何もない空間をじっと見つめていた。

 駿は頭を下げた。

「今日まで言えずごめん」

 駿は額を床に擦り付けるようにして頭を下げていた。竜雄はそのこともよくわかっていないような様子で声を発していた。

「いや、大丈夫。駿は悪くない」

 竜雄はそう言い切ると、ひどく疲れたように肩を落とした。


「不思議だな」

 竜雄は小さな声で呟く。


「涙も出てこねぇ」

 竜雄の声は平然なようで、疲れきった声だった。

 

 誰も何も言えなかった。


 竜雄は自分の左手を見る。爪の跡が小さく2つ、手のひらに赤くなっていた。きっと大きい方が母親で、小さい方はその娘だろう。


 爪の跡が消えていく。痛みもだんだんと薄れていく。それが切なくてたまらなかった。


「ありがとう、駿」

 竜雄はそう短く言うと、立ち上がる。

「竜雄」

 駿の呼びかけに、竜雄は背中を向けた。

「ごめん、1人にさせてくれ」

 竜雄は淡々とそう言うと、足早に駿の部屋を出た。


最後までご高覧いただきましてありがとうございます

今回は竜雄について描かせていただきました

今後もTMOをよろしくお願いします

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