Chapter 1-2 重村数馬
Chapter 1-2 重村数馬
3日前 2013年12月21日 土曜日 金山県 湘堂市 四辻元町
とあるマンションの集会室。12歳の少年と、屈強な体つきをした中年男性である少年の父、そして少年の母の中年女性が空手の稽古をしていた。ボクシンググローブとスネ用のサポーターをつけた状態での組手である。
タイマーの音がピピッと鳴り、母親と少年が交代する。少年は父親に軽く礼をすると、すぐさま身構えた。その落ち着いた姿はとても小学生には見えない。
「来やがれ数馬!」
父親が自らの両手のボクシンググローブを叩き、そう声を発する。
少年こと、重村数馬は「はいッ!」と応じると、重心を下げながら素早く父親、義和の下へ踏み込む。
そのまま数馬は左右の突きを繰り出すが、義和は最小限の動きのステップで数馬の突きをかわしていく。結果として数馬の突きは1発たりとも義和の体をかすりもしなかった。
「なんだ?年寄りだと思っていたわってんのか!」
義和はガードを下げ、アゴを突き出し、ここを狙えと言わんばかりにアゴを叩いてみせる。
数馬はそこを狙って渾身の右ストレートを放つが、気がついたときには義和は間合いを外れてそれをかわす。
そして数馬が左で追撃の突きを放ったと思った矢先、彼は気が付いたら義和のパンチを顔面に食らっていた。
義和の動きがあまりにも速いため、数馬の突きに合わせても義和のパンチだけが数馬に当たるのだ。
(カウンターなのか…?いや、違う、先制攻撃なんだ!俺が突きを出そうってタイミングに合わせて先手を抑えてるんだ!)
よろめきながら数馬は思考を巡らせる。
辛うじて数馬が構え直すと、すでに義和の二撃目、右フックが飛んできていた。
当たればタダでは済まない勢い。
数馬はなんとかバックステップで間合いを外してかわす。
しかし、義和は外れるとわかっていたのかすぐさま右の回し蹴りを放ってきていた。
先ほどのバックステップの仕方が悪かったせいで、数馬のバランスは崩れており、もう一度バックステップができるような状況ではなかった。
(どうする?)
父子は同時に考えを巡らせる。
次の瞬間、数馬はその場に思い切り踏ん張って、両手で義和の回し蹴りを受け止める。
数馬の位置が「ズレる」
しかし、数馬が受け切ったと思った瞬間、義和の右ストレートがもう避けようのないところまで差し迫っているのに気づいた。
(!!)
数馬が人生の終わりを覚悟した時、義和の右ストレートは数馬の左を通過した。
「わかったろ?」
義和はそう呟くと距離を取る。同時に、組手の終わりを告げるタイマーの音がした。
「ありがとうございました」
数馬と義和が構えを解いてそう言って礼をする。2人はそれぞれグローブを外し始めた。
(あの右、避けようがなかった…なんて恐ろしい…)
「惜しかったな、数馬。お前の突きももう少しで届いたのにな」
義和はそう言ってニヤリと笑った。その笑みには「俺の突きには絶対に敵わんがな」という自信、不敵さ、余裕があった。数馬も一瞬やるせない気分になったが実際に動きが全て見切られている以上、その不敵さには敵わなかった。この親子の間には、大袈裟でもなんでもなく雲泥の差と言うべき実力差があった。
「まぁおめぇより40年長生きして、その分稽古してきてんだ。そんな簡単にひっくり返されちゃたまんねぇや」
「そりゃそうでしょうけど、やっぱりなんとかしたいじゃないですか」
「今日明日じゃ無理だな。でもその気持ちが大事なんだって。練習してりゃあある程度は身につくさ。俺だって相手の攻撃が全部見えるようになったのは高校から空手始めて、40過ぎだから」
「精神的な何かですかね?」
「それもあるだろうけど大体は理屈で説明がつくようになってんのさ、空手は。ほとんど物理学みたいなもんだよ。体の一部分一部分が理論通り動くだけ。その理論が基本の稽古に詰まっているわけ。だからここはお前は3歳の時からやってんだから当時の俺より早く完成するかもしれないな、しっかりやれば。
あとは反応力だよ。こっちは40過ぎるまで稽古しねえと無理だろうな。でもこれさえ掴めちまえば後はダンスみてぇなもんよ。相手に合わせて動くだけでいい」
義和の言葉のひとつひとつに何かヒントが隠れているのは感じ取れたが、数馬はそのヒントが明確になんであるかは掴みきれなかった。
「ま、やってりゃわかるよ。ほら、次いくぞ!」
ご高覧いただきありがとうございます
さて、今回の主役、重村数馬少年がやっていたのは空手の稽古です。
彼の実力が父を超える日は来るのでしょうか?彼の空手の実力が生きる日は来るのでしょうか?
また、数馬は前回出てきた暁広とはどういう関係なのでしょうか。
これからもこの作品をどうかよろしくお願いします