Chapter 4.5-3 束の間の日常 マリの場合
新しい友達ができた。玲子ちゃんと、桃ちゃん。正直、ずっとこの2人とは仲良くできるとは思ってなかった。玲子ちゃんは私と違って誰が相手でも気後れせず、堂々としてるし、桃ちゃんはクールで近寄りがたい感じだったから。
まさか射撃という形でこんな風に友達ができるとは思ってもいなかった。2人は私のことを褒めてくれたけど、実際は私に射撃を教えてくれた佐ノくんのおかげだから、後で佐ノくんにお礼を言わなきゃ。
あの日、きっとお父さんやお母さんも殺されてしまった。私が大好きだったブラスバンドクラブも、恐らく全滅しただろう。ずっと暗いことばかり考えてたけど、こうして新しい友達もできて、何より佐ノくんとずっと一緒に居られる。私にとってはこんなに嬉しいことはなくて、そう考えてみると案外恵まれているような気もしてる。
「ありがとう、マリ。すごい変わってきたよ」
私が玲子ちゃんにアドバイスすると、玲子ちゃんはすごく上手くなった。アドバイスって言っても、佐ノくんの受け売りだから、なおのこと佐ノくんに感謝しなきゃ。
「マンガとかだと片目で狙ってたからさ。てっきりそうやって狙うものかと勝手に思ってた」
玲子ちゃんはなんでも素直に話してくれる。それ以上に、私の話を真っ直ぐ聞いてくれる。負けず嫌いだけど、その分わかりやすくて一緒にいて楽しい。
「今のところ私にできるアドバイスはこのぐらいかなぁ」
「にしても本当に上手くなったわね、玲子。そのうち抜かれそう」
「そのうち?ふふっ、すぐにでも抜いてみせるわよ」
桃ちゃんが素直に感心してるのに、玲子ちゃんは少し不敵に笑ってこういう負けず嫌いなことを言う。桃ちゃんも一緒になって少し笑ってるのを見ると、この2人は仲良いんだなってすぐにわかった。
「本当にありがとうね、マリ」
「そんな何回も言わなくていいよぉ」
「言いたいから言うの。お礼と言ってはなんだけど、この後重村と空手の稽古をするから見ていかない?」
「よろしくお願いします」
私は格闘には全然自信がなかった。だからいつも遠巻きに玲子ちゃんの訓練を見ていた。それが間近で見られるのはすごく貴重なことだし、しかも相手は佐ノくんの親友で格闘にかけては私たちで1番の実力の数馬。勉強になりそう。
私たちは隣の部屋の格技室にきた。すでに数馬が半袖のTシャツに紺のズボンを履いて準備運動をしていた。そしてその周りにいるのは数馬の友達の竜雄と、私の佐ノくん。数馬に皮肉っぽく軽口を叩くと、いつもみたいに少し歯を見せるあの笑顔を見せてた。普段優しくて落ち着いてるのに、あんな子供らしいいたずらな笑顔を見せられたら誰だって好きになっちゃいそうだけど、ありがたいことに私以外は佐ノくんの魅力に気づいてないみたい。
「取り巻きも呼んで準備は万全?」
玲子ちゃんが銃を入れたホルスターを置きながら数馬に嫌味っぽく言う。
佐ノくんのことをバカにしないで、と口をつきそうになったけど、ここで私が変に目立つことを言うと佐ノくんに迷惑がかかっちゃう。だから私はグッとこらえた。
「悪りぃ悪りぃ、いざとなったら玲子ちゃんを助けてやってくれって頼んでたとこ」
玲子ちゃんは男子に女の子扱いされるのが嫌いだった。大して玲子ちゃんに詳しくない私ですら知ってるんだから、数馬はわかってやってるのだろう。
数馬も玲子ちゃんを怪我させるまではやらないだろうけど、佐ノくんが玲子ちゃんの介抱するのはヤダ。万が一玲子ちゃんが佐ノ君のことを好きになっちゃったら誰もが悲しむ結末になっちゃう。
「言ってくれるわね、叩き潰してやるわよ」
玲子ちゃんは威勢良く言う。気配を感じ取った佐ノくんと竜雄はすぐにその場を離れた。私と桃ちゃんもすぐに数馬と玲子ちゃんの2人から離れた。
「佐ノ、時計頼む」
「うぃーっす。そいじゃ、開始」
数馬に頼まれた佐ノくんはタイマーのスイッチを押す。1ラウンド5分。それを2ラウンド。私たちが格闘の訓練でスパーリングする時の基本ルールだった。
玲子ちゃんはゆっくり大きく動く。それに合わせて数馬もゆっくり動き、動きを大ぶりにして玲子ちゃんの蹴りを受けたり、ゆっくり反撃していた。
「あれはどういうことなの?」
桃ちゃんが尋ねると、竜雄が解説してくれた。
「お互い体を温めてるんだ。急に動くと故障の原因になるから。たぶん数馬と玲子の暗黙の了解なんだと思う」
「車と同じだな。徐々にエンジンをふかしてるわけだ。3分経過!」
佐ノくんは感想を言うと、時間経過を伝える。数馬も玲子ちゃんも、急に目つきが鋭くなった。
「さぁて行くわよ!」
玲子ちゃんが気合いを入れて声を張る。数馬も少しニッとして答えていた。
結局そこから先のことは次のラウンドも含めて全然わからなかった。全体的に2人の動きはとても速くて、目で追いきれなかった。ただひとつはっきりわかるのは、数馬は玲子ちゃんをほとんど攻撃してなかった。
「あぁ悔しい」
スパーリングが終わった後、玲子ちゃんはタオルで額を拭きながら大きな声で言っていた。不思議なのは、数馬の方も竜雄に愚痴をこぼしていたことだった。
「全然ダメだ」
佐ノくんがそうぼやく数馬に、タオルを投げ渡した。
「んな急にできるもんでもないんだろ?時間かけて作ってこうぜ」
佐ノくんの慰め方はカッコいい。本人の感想は尊重しながら、前向きにさせてくれる。私も頑張れば佐ノくんはああいうふうに言ってくれるのかな。だとしたら。
「よし、私も頑張ろう!」
最後までご高覧いただきましてありがとうございます
今回はマリについて少し描かせていただきました
語り手と主役が一致する書き方はあまりしないのですが、試験的にやってみました。いかがでしたでしょうか
今後もTMOをよろしくお願いします