Chapter 4-5 同類
今回少し長めです
1月5日 0:00
報告書を印刷し終えた幸長は、5階の訓練スタッフのオフィスに分厚い書類の束を持ってきた。
「武田さんは?」
幸長はモニターと向き合う佐藤に尋ねる。佐藤は軽く伸びをしながら答えた。
「またお出かけ」
「最近多いな」
幸長は短く返しながら武田のデスクに作った報告書を置く。
ほとんど同時にオフィスの扉が開く。スーツ姿の武田が、真剣な表情で現れた。
「おかえりなさい」
「ただいま。早速だが幸長」
武田の口調は仕事のそれだった。幸長は無意識に姿勢を正すと武田の方へ向き直った。
「明日以降GSSTは動かせそうか」
武田が尋ねる。GSST、子供たちで編成された特殊部隊の管理を任されているのは幸長である。幸長は短く答える。
「はい、行けます」
「わかった。明日の朝、食堂に全員集めてくれ。私から直接命令を下す」
「了解」
「我々には先に内容を教えてくれませんか?」
佐藤が横から口を挟む。武田はうなずく。
「もちろんだ」
翌朝 7:00
この建物にはいつもこの時間にチャイムが鳴り響く。
暁広は静かに目を覚ますと、そのまま物音を立てないようにしてベットから滑り降りる。冷水でサッと顔を洗って手短に身だしなみを整えると、寝間着から支給されたジャージに着替えて部屋を出る。
「おはよう、トッシー」
2階の女子の階に差し掛かると、茜が顔を出して暁広に挨拶してくる。暁広も小さく笑顔と挨拶を返す。
「おはよう、茜」
そのまま2人は一緒に1階の食堂へ歩く。変わってしまった日常の、新しい日常だった。
「なんか今日は嫌な予感がするね」
茜が唐突に呟いた。ただし深刻そうな表情ではない。暁広は面白がるように尋ねた。
「何が起こると思う?」
「わかれば苦労しないんだけどねー」
茜は軽く笑って言う。暁広も、真剣な表情で頷いていた。
2人は食堂にやってくる。既にほとんどの子供たちは集まっていた。だが集まっているメンバーの中に、普段いないはずの人間が2人。
「やぁ魅神くんに原田くん。席に着いてくれ。大切な話がある」
「班ごとになってるからな」
武田と幸長である。
茜の嫌な予感が当たった。暁広はそう思いながら既に心音や駿が座っている机の席に腰掛ける。
(ついにきたのか…)
暁広は周囲のメンバーの不安そうな表情から思いを巡らせる。自分たちが訓練してきた理由、そしてその訓練が今活きようとしているということ。
暁広が物思いにふけっていると、最後の正と竜がやってくる。彼らが席に着くと、武田が声を張った。
「諸君、おはよう」
「おはようございます」
「朝早くからすまないが、話をさせてもらう」
一部の子供たちの表情が鋭くなる。武田ははっきりと声を発した。
「『任務』の、な」
全員の表情が強張った。また命を危険に晒すことになる。その事実だけでも恐ろしかった。
横から佐藤がホワイトボードを押してくる。武田は持っていた写真を磁石でホワイトボードに貼り付けると話を始めた。
「1月1日、毎朝新聞の灯島支社が爆破された。建物内にいた新聞関係者は全員死亡。一方で周辺の建物に一切の被害はなかった」
武田はホワイトボードに貼り付けた写真の下に何か文字を書いていく。おそらく人の名前。そのまま彼は話を続ける。
「街中であるためにガレキの撤去作業もなかなか進まず、警察も調査が難航。犯人は確定せず、4日経った現在も手がかりを掴めていないようだ」
武田はそう言うと、ホワイトボードに「警察→動けない」と短く書き込む。子供たちの一部もメモを取りながら武田の話を聞く。
「そこで私は独自のルートを使用して犯人を調査。浮かび上がった犯人がこの4人組だ」
武田は子供たちの方へ振り向き、ペンで写真を指す。先ほど貼っていた写真は監視カメラの切り抜きで、人の顔写真だった。
「左から、火野マチオ、水茂貞興、上風千鶴、土方ヨシカ。彼らは湘堂を脱出した際に毎朝新聞の取材を受けている」
「まさかあの酷い記事の…」
暁広が思い出したように言うと、武田はうなずいた。
「そうだろう。調べたところ火野と水茂は自衛官だった。湘堂の事件の後は自衛隊も誰も連絡を取れていないらしい。そして彼らは爆破工作や戦闘のプロフェッショナルだ。市販の材料から爆薬を作り、最小限の量で建物を吹き飛ばすくらい簡単だろう。実際に近所のガソリンスタンド、ホームセンター、電子部品販売店で水茂、上風、火野がそれぞれ目撃されている。」
「他の証拠は?」
泰平が尋ねる。
「毎朝新聞の金与記者の死体がすぐ近くのゴミ箱に捨ててあった。滅多刺しにされた挙句、何度も殴打を受けている。彼はあの記事を書いた人間だ」
「じゃあこれは恨みによる犯行…?」
「そう断定してほとんど間違いないだろう。おそらく犯人は彼らだ」
暁広の言葉に武田は淡々と返す。暁広は思わず立ち上がって声を大きくしていた。
「彼らを殺すんですか」
「あぁ。放置すればどうなるかわからん。万が一警察に捕まってもそれはそれで困るからな」
「反対です!彼らは正しい!大切なものを踏みにじられたんだ、これくらい怒って当然です!殺された奴らは死んで当然だった!」
「魅神くん、私は倫理の話をしているんじゃない」
熱くなる暁広に対して、武田は静かに答える。
「彼らを野放しにすることは危険なんだ。彼らの復讐の矛先が間違った方向に向けば、それは国民の多くがテロの危険に晒されることを意味するんだ。今でこそクズ共を殺してくれてるから良いとはいえ、次もそうだとは限らない。違うか?」
「それはそうですが」
「ならば芽が小さいうちに摘むしかないんだよ」
武田は冷徹に言い切る。
暁広には武田の言っていることが正しいとは思えなかった。しかし、同時に筋が通っているようにも感じられた。
「くっ…」
暁広は奥歯を噛み締める。そのまま引き下がろうとしたその時だった。
「発言してもよろしいでしょうか」
食堂の端から泰平が手を挙げて声を発する。武田は泰平の方を向いた。
「どうぞ」
「4人とも生捕りにしてはどうでしょうか」
「続けてくれ」
「火野と水茂は強力な人材だというなら、仲間にできればGSSTの戦力も増します。さらに言えば、犯人は彼らではないかもしれません。捕まえて事情聴取を行った方が良いと考えます」
「幸長」
泰平の意見に、武田は幸長に反論を指示する。幸長はいつも訓練で子供たちに指示するような声で答えた。
「そもそも生捕りという行為は非常に難しい。ここまでやった連中が無抵抗で捕まることはないだろう。また、取り押さえのプロである警察でさえ素人に反撃されることもある。言ってしまえば殺す方が簡単なんだ。君たちの技量では殺すことはできても、生捕りを狙えば反撃で死亡する可能性が高い」
「どちらかにこだわる必要はないのでは?」
そう言ったのは佐ノ介だった。一斉に武田と幸長がそちらを見る。
「失礼、遮ってしまいました」
「構わない。続けてくれ」
「基本方針は生捕りで、どうしてもダメならば殺害。これでいいのではないでしょうか。捕まえられれば御の字、そうじゃなくても武田さんの願望は叶う」
「判断できるか?」
「各班の班長がやります」
佐ノ介が言う。子供たちは4つの班に分かれており、それぞれの班のリーダーは佐ノ介、暁広、遼、泰平。言い出した佐ノ介はもちろん、暁広、泰平も乗り気だったが、遼は急の出来事に目を見開いた。
「できるか?」
幸長が圧を強めて遼に尋ねる。遼はニッと笑って返した。
「もちろん。みんなの命が危険になったらすぐに」
武田は幸長に尋ねる。
「できると思うか?」
幸長は一瞬沈黙すると、返した。
「彼らなら可能です」
「わかった。幸長が信じた君たちを信じよう」
武田が言うと、子供たちの表情が引き締まる。武田は改めて子供たち全員の方へ向き直った。
「命令する。この4人を確保せよ。抵抗があまりにも激しい場合には発砲、及び殺害も許可する。具体的な作戦については、幸長、説明を」
「了解」
幸長は指示を受けると、ホワイトボードに何かの地図を磁石で貼り付ける。
「これは毎朝新聞本社付近の地図だ。赤い円は彼らが購入した部品から作成できるリモコンの射程圏で、爆破するためには彼らのうち誰かはこの圏内にいるということになる」
幸長はペンのキャップの先で地図をなぞっていく。
「武田さんの調査のおかげで、おおよそ敵が爆破を行う際に潜伏するであろう場所に当たりを付けた。このまま赤い印の場所だ。全部合わせて4つ、各方角にひとつずつあるのがわかると思う。各班はこの辺りを中心に警戒をおこない、敵を確保してもらいたい」
「補足する。彼らの傾向を考えると今日の深夜に行われる可能性が高い。視界は通常ほど利かないことを留意して作戦を立ててくれ」
「作戦開始も今日の22:00からだ。今日は夕方の訓練の代わりに各自作戦の確認をすること。質問は?」
幸長が歯切れよく言い終える。泰平が手を挙げた。
「敵は車両などを持っているでしょうか」
「私が答えよう」
武田が一歩前に出る。
「質問の答えはYESだ。彼らは湘堂から脱出してから今まで車で生活している。おそらく今回もどこかに車両を隠し、爆破するなりそれに乗って姿を隠すだろう。そうなってしまえば作戦は失敗だ。絶対に逃すな」
「だったら駐車しそうなところも狙いをつけとかないと」
暁広が言う。武田は子供たちの頭の回転の速さに感心したように黙り込んだ。
「他には?」
「任務中教官や武田さんは何をする予定ですか?」
心音が尋ねる。確かに子供たちにとっては気になることではあった。
「任務のバックアップだ。通信機を通して指示を出したり、最悪の場合には私や佐藤といった教官メンバーがサポートにいく」
幸長が言うと、心音や他のメンバーたちも納得したようだった。
「他には?…無いようだな」
幸長はひと通り周囲を見渡すと、質問を打ち切った。
「任務は過酷になるだろう。しっかりと食べておくんだぞ」
武田はそう言ってから後ろを向いて指で指示を出す。佐藤がホワイトボードを片付けると、武田の後ろから大量の料理を乗せた配膳車が現れた。
「それでは、また作戦会議の時に」
「いつも通り13時に訓練場だ。遅刻は厳禁だぞ」
武田と幸長と佐藤はその場を後にする。代わりにそこに並んだのは子供たちの朝食用のバイキングだった。
子供たちは列を作って自分好みのものを皿に乗せていく。
「俺たちじゃなくて教官どもが戦えばいいのにな」
列に並んでいる最中、圭輝が呟いた。圭輝の前にいた浩助にも、圭輝は同意を求める。
「な、そう思うだろ?」
「え?あ、うん」
浩助はテキトーに相槌を打つ。しかし、すぐに圭輝の後ろの暁広が反論した。
「教官たちにやらせたら、犯人たちは即座に皆殺しだったと思う」
「え?」
暁広は食事も取らないで圭輝に語る。
「俺たちの使命は湘堂の悪夢を繰り返さないことだ。それはつまり、無駄な死人を出さないことでもある」
暁広と浩助、圭輝、そして暁広の後ろにいた茜は列を離れると4人で同じ机を囲む。
「彼らは間違っていないし悪くない。だったら死ぬ必要もない。俺たちじゃなきゃ、あの地獄を生き延びた俺たちじゃなきゃ、彼らを助けるってことは思いつかなかった。だから俺たちがやる必要がある」
「同じ痛みを知ってる、私たちだから」
暁広の言葉に、茜が付け足す。暁広と茜は目を合わせると、お互いに優しく微笑み合った。圭輝も、「仕方ない」と言いたげに小さくため息を吐くとスクランブルエッグに手を伸ばした。
13:00 地下2階 訓練場
幸長は目の前に整列する子供たちを見て名簿を確認する。
「…よし、遅刻者なし」
幸長はそう言ってボールペンをしまうと、子供たちの方を見て姿勢を正した。
「今朝も言った通り、今日は訓練を行わず、作戦会議の時間とする」
「まずは各班の持ち場を決めるべきだろうな」
武田が横からアドバイスをする。幸長もうなずいた。
「そうですね。まず各班の持ち場を全体で決めたあと、各班ごとに標的確保の方法を練り、その後は決めた方法の練習などを行うこと。質問があればいくらでも受け付ける。さて、持ち場を決めるぞ」
幸長は先ほどの地図をホワイトボードに貼り付ける。
「敵が車両で移動しているなら、狭い道で入り組んでいる、車道から離れた方は敵目線で危険だな」
「つまり1番強い奴が来る可能性が高いわけだ」
「ここで言うと北と東だな」
暁広、数馬、駿が口々に言う。続けて泰平も言葉を発した。
「西側は車道に1番近い。こちらとしては逃げ道を塞ぐ上でも重要なポイントになるか」
「敵もわかってるかもよ?」
心音が泰平に意見を言う。
暁広がみんなの前に立って声を発した。
「ひと通り考えたからみんなの意見を聞かせてほしい。東側は俺らB班が引き受ける。北側はC班。数馬と竜雄が殴って敵を止める。西側はD班。犯人を取り押さえた後は正が状況を見て逃走経路を爆破して車道への道を塞ぐ。最後南側はA班。こんなのでどうかな?反対意見ある人」
「トッシーたちは1番危険なところでいいの?」
「作戦がある。任せてほしい」
蒼が尋ねると、暁広は自信を持った表情で答える。
周囲の様子を見て遼が笑って言った。
「反対意見なし、だってさ」
「よし、決まりだ」
暁広はそう言って幸長の方を見る。幸長もうなずいた。
「各班の班長は私のところで詳細な地図を受け取って作戦を立案すること。解散!」
幸長の声を聞くなり、子供たちはある程度班の形を取りながら散らばる。各班の班長たちも地図を受け取ると、それぞれの班の下へ駆けた。
最後までご高覧いただきましてありがとうございます
次回はChapter4の山場です
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