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The Magic Order  作者: 晴本吉陽
Chapter 4 悪意
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Chapter 4-2 第四の権力

やや不快な描写があるかもしれませんがご容赦ください

 取材から戻った毎朝新聞の金与記者は早速デスクのパソコンに向かい始めた。

「金与、どうだった?」

「編集長、どうやら本当に虐殺があったようです。逃げてきた人間に取材ができました。その中に自衛官もいましたよ。なんでも妻子を殺されたのに逃げてきたとか」

「おぉ、でかした。これで大手を振って自衛隊をこき下ろせるな。お互いボーナスが弾むぞぉ」

「ですがそのままだと読者が同情してしまうのでは?」

「うーむ。だったらその妻子も『殺されて仕方がなかった』としよう。抵抗したから殺されたのだと。そうすれば読者も同情はせず、暴力に訴えない平和な国が生まれるだろう」

「今回の犯人の恨みも買わずに済みますしね!」

「そう。我々は第四の権力と称されるほどに影響力がある。下手な肩入れは慎まねばなるまい。常に客観的で、スポンサー様を満足させなければならん」

「ありがとうございます編集長!良い記事が書けそうです!」



2013年12月27日 金山県灯島市 午前7:00

 宿舎全体に響くチャイムの音で子供たちは全員目を覚ました。

 数日前の雪が嘘かのように窓の外は澄み渡った青色をしていた。子供達は自分の個室から出ると、1階の食堂へ歩き出す。

 数分後には全員食堂の席に座っていた。

「おはよう諸君」

 子供たちが全員席に着くと、どこからともなく武田が現れて挨拶をする。子供たちはまだ警戒を怠らずにそちらを見ていた。

「契約をして初めての朝が来たな。宿舎の寝心地はどうだった?元々ホテルだったからな、そう悪くはないはずだ」

 武田は今までの厳格そうな態度に比べ幾分か軽い雰囲気で子供たちに話しかける。だが子供たちはニコリともしない。数日前に見た惨劇がまだ彼らの脳裏をよぎっているのである。

「食事はゆっくりしたまえ。それと、戦闘契約をしたものの為に銀行口座を開設した。今日から毎日朝8時に3000円を振り込む。引き出したい時は誰かここのスタッフに声をかけるように。それではうちの食事班の朝食を心ゆくまで楽しんでくれ」

 武田が言うと、武田の後ろからぞろぞろと割烹着の女性たちが給仕用の台車に乗せて朝食を運んでくる。そして各個人の名札のついたお盆をそれぞれの席に並べていく。

「食事班長の小牧です!」

 全員の食事が並んだかと思うと、食堂の入り口からまさに、と言いたくなるようなおばちゃんの声が響く。

「今日は皆さんのアレルギーなどに配慮して各個人用に食事を作りました!明日からはそんなことしません!作り置きのバイキング形式にしますので、食べたいものがある人は事前に私に相談し、金銭を払って注文してください!この内容は後ほど紙媒体にしてお部屋に届けますので後で確認してください!それでは朝ごはんをどうぞ召し上がってください!」

 小牧のダミ声が響き終わると、子供たちはさして大きくない声で「いただきます」と言って食事に手をつけ始めた。

 食事の初めはみんなひと言も発しなかった。だが、沈黙を破るようにして静かに暁広が隣に座る茜に話しかけた。

「大丈夫茜?ちゃんと食べてる?」

 暁広に話しかけられた茜は、逆に暁広の皿を見て笑い出した。

「何笑ってるの?」

「だって綺麗に人参だけ避けてあるんだもん…ハハハ!」

 暁広は気まずそうな顔をすると、大笑いする茜に言葉を返し始めた。

「しょーがないじゃん苦手なんだもん」

「『ちゃんと食べてる?』なんて…フフフ」

「笑い過ぎだよ!」

 思わず暁広は声を大きくする。同時に、周囲の目線が暁広に突き刺さったのがわかった。暁広は軽く咳払いすると茜に低い声で文句を並べた。

「茜のせいで恥かいたじゃん〜」

「ちゃんとトッシーが食べないからだよ」

 相変わらずケラケラと笑う茜に暁広は少しムッとする。

 そんな2人の空気を裂くように、暁広の逆隣に座っていた玲子が暁広の皿に手を伸ばした。

「トッシー、この人参もらっていい?」

「おぉ、どうぞどうぞ」

「玲子、トッシーを甘やかさないの」

 茜の言葉にわずかに玲子が動揺する。

「あ、甘やかしてなんか…残されたら人参の方が可哀想って思っただけよ」

「玲子は人参の気持ちがわかるのね。なんて言ってる?」

「『ホントはトッシーに食べてもらいたかったなー』ってさ」

 玲子が裏声で人参の声をアテると、茜と暁広は向き合って大笑いする。玲子は少しムッとしながら、同時にそろそろ自分をからかってきそうな美咲の方を見る。

 美咲は玲子の方向すら見ていなかった。ずっとさえや香織と共に下を向きながら黙々と食事をしていた。周囲の人間が会話を始めても、美咲とその周囲、正確には戦わないことを選んだメンバーは、ずっと暗いままだった。


 食事が終わる頃を見計らって、食堂の入り口に幸長が立った。

「注目。おはよう。私の名前は幸長勝まさる、今後戦闘に参加する子供たちの訓練を担当する。基本的に毎日だ。13時から訓練を開始する。時間は3時間から4時間ほどを予定している。戦闘に参加するものは強制参加だ。訓練を受けないものは武田さんに言ってすぐに金銭支給を止めてもらう。わかったな?返事!」

 子供たちは「はい!」と返事をする。幸長はそれを聞くと、うなずいた。

「よし、では後ほど地下2階の訓練場で会おう。13時だからな。遅刻は厳禁だぞ」

 言うだけ言うと、幸長はその場を去った。

 続いて入れ替わりに小牧が出てくる。

「小牧です、食後の皿はそちらのベルトコンベアに置いておいてください。以上」

 小牧の指示を受け、食事を終えた子供たちは順に食後の皿を部屋の隅にあったベルトコンベアに並べ始めた。

「美味かった」

 数馬はそう言いながらベルトコンベアに皿を置く。隣にいためいが小さく笑った。

「ホントにすごい食べっぷりだったね。普通こんな状況で食事なんか喉通らないよ?」

「まるで『こんな状況』を経験したことがあるような言い方だな」

 泰平がめいに尋ねる。めいは口をすぼめると、うなずいた。

「まぁね。聞く?」

「悪いが興味はない。今は全員が『こんな状況』を経験したのだから」

 泰平は短く切り捨てる。佐ノ介がそれを見て笑いながら泰平を小突いた。

「そういう時は聞いてほしいのが女心なんだよ。これだから泰さんはイイ男なのにモテないんだ」

「まさか彼女のいた事のないお前に説教を受けるとはな」

「こりゃ失敬。泰さんには彼女さんが星の数ほどいらしたね」

「お陰で相続が大変だ」

「泰さんがくたばりそうにないもんな」

 数馬が横から口を挟む。4人はケラケラと笑いながら食堂からロビーへ出た。


 ロビーでは明美と心音が暁広と茜を捕まえて何やら話をしていた。

「おやぁ?トッシーの奴、女に囲まれてら」

「けしからんなぁ、風紀を正してやりますか」

 数馬と佐ノ介が軽口を叩きながら暁広に近づいていく。泰平とめいも少し後ろから2人について行った。

「風紀委員だ、モテすぎの罪で逮捕する」

「あんたは風紀に捕まる側じゃん」

「モテすぎの罪ってなんだよ」

 数馬の冗談に茜と暁広が言う。無視してめいが明美に尋ねた。

「何してるの?」

「あぁ、この新聞を見て。今朝の『毎朝新聞』」

 明美がめいに新聞を手渡すと、指示されたページを開く。数馬、佐ノ介、泰平の3人もその後ろからその新聞を見た。

「なになに…『家族を見捨てて逃げた自衛官』…?なにこれ?」

「湘堂から逃げてきた人たちにインタビューした記事。その中に自衛官の人がいたんだって。でも酷いことしか書いてないの」

 明美はそう言うと、めいから新聞を受け取る。憤った様子で暁広がその内容について話す。

「その記事に言わせれば、自衛官なんだから逃げずに戦って死ぬべきだったんだとさ。そのくせしてその自衛官の家族については、抵抗したから殺された、殺されて当然だったとまで書いてやがる。挙句締めは『暴力は良くない』ってさ」

「ダブルスタンダードだな」

 泰平も不快感を露わにしながら呟く。他の面々も、さすがにこんな新聞記事はないだろうと言いたげだった。

 佐ノ介が改めて新聞のその面を開く。ほとんど同時に、茜は下を向いて呟いた。

「こんなの、この自衛官の人が見たら怒るなんてもんじゃないよ」

「…確かに書いてある。『犯人に対して殺してやりたいと叫ぶような自衛官がいる以上、このような事件はいつ起きても不思議では無かった。これは因果応報である』」

 佐ノ介が記事の最後を音読する。数馬は明美に尋ねた。

「この記事を書いた連中は湘堂まで行ったのかね?」

「行ってないだろうね。行ってたら『抵抗したから殺された』なんて書けないよ」

「抵抗してない人間から殺されてたもんな」

 数馬が言う。佐ノ介もうなずきながら新しい意見を言う。

「普通妻子を見捨てられる訳はないよな。ましてや『家族を殺した犯人を殺してやりたい』って言うような人間が、家族に思い入れがない訳はないし。これデキの悪い捏造記事なんじゃねぇか?」

「だとしたら絶対に許せないな…なんでこんなことを…!」

 暁広が握り拳を作る。心音がそんな様子を見て呟いた。

「第四の権力」

「…なに?」

 心音の発した単語が理解できなかった暁広が尋ねる。一方で瞬時に理解した泰平が解説する。

「マスメディアの異名だな」

「マスメディア?」

「テレビや新聞、ラジオのことさ」

 泰平の言葉を聞きながら心音が続ける。

「この国には3つの権力があるの。立法・司法・行政。法律を作り、その法律に従って裁判を行い、政治を行う。そしてその3つはお互いに監視し合ってる」

「そこにどうテレビや新聞が絡むの?」

「私たちがその3つの力の動きを知るためには、テレビや新聞を見ることが多いよね?」

 心音がそう言って明美に目配せする。

「その時に印象を操作して、国民の意思を操ることができる。実質的にはマスコミが思うように私たちを誘導できる。これを簡単に言ったのが『第四の権力』ってわけ」

 明美が解説を締める。心音が続ける。

「今日のこの記事なんて印象操作の最たる例ね。あんな状況で逃げたり抵抗したりしたのは決して悪くないし、実際脱出したり抵抗した人は大勢いたと思う。それを悪いことかのように書く。そうすればこれを読んだ人は湘堂から生き延びた人を悪く見るでしょうね」

「自分は安全圏から好き勝手言って、か。クズだな」

 数馬が吐き捨てるように言う。明美も悲しそうな表情をして言葉を発した。

「新聞は常に客観的な立場に立つべきなのにね。自分の足で情報を掴み、真実だけを伝えることが新聞のあるべき姿なのに」

「どうしてこんなことをするんだろうな」

 暁広の言葉に明美は答えた。

「これは推測なんだけど、きっとスポンサーの意向なんだと思う。金に目が眩まなきゃ、まともな記者ならこんなの書けないよ」

「そのスポンサーも辿っていくとどこに行き着くのやらな」

 明美の意見に佐ノ介が呟く。気にせず明美は熱く語った。

「だって見てよ。地方新聞の『金山新聞』。いつもの倍の分厚さになって、実際に記者を派遣して湘堂市の被害状況や支援物資の要請を書いてる。私のお気に入りの黒澤記者なんだけどさ、事件の時に湘堂にいて、襲われたけど、それでも取材をやめなかった。だから真実を書けてる。決してお金が欲しいからこんなことをしたんじゃないはずだよ」

「真剣だね」

「私、記者になりたいもの」

 明美は落ち着いた声で言う。彼女をはじめ、この事件を経た子供たちは落ち着きと現実的な視点が染みついていた。

「とにかく、どこもこんな調子じゃ新聞がなくなる日もそう遠くないね」

「『毎朝』以外もこの調子なのか?」

 明美のぼやきに泰平が尋ねる。明美は答えた。

「まぁね。どこもほんのちょっとしか書いてない。しかも的外れもいいとこ。『千羽鶴を送りましょう』、『武器規制を強化しましょう』、『無抵抗なら殺されない』」

「…冗談じゃない」

 明美から聞こえた新聞各社のあまりの見当違いの意見に暁広が吐き捨てるように言った。彼の家族は無抵抗でも重傷を負わされ、最後は殺された。暁広たちには武器があったから生き延びられた。これがわからないのが世間なのか。世間とはこんなにも愚かなのか。

「悪りぃ、俺頭きたから消えるわ。ちょっと冷静になってくる」

「私も…許せないわこれ」

 数馬と茜がそう言ってその場を立ち去る。それについていくようにして佐ノ介、泰平、暁広、めいと去っていった。

 心音は明美とその場に残ると、明美に話しかけた。

「こんなの、本当に間違ってる」

「私もそう思う。私が記者になる日が来たなら、絶対にこんな記事は書かない」

「その意気だよ。その頃には私も政治家になる。そして明美みたいな人が評価される世の中を作ってみせる」

「お互いその日が楽しみだね」

 心音と明美は小さくハイタッチをする。2人はそのままどこかへ歩いて行った。





同日 14:00 金山県 千代崎市 ワゴン車内

「…なんだ…これは…?」

 火野は目の前の紙面に絶句した。水茂がゴミ箱から拾ってきた今朝の毎朝新聞。

 そこに書かれていたのは、決して火野が期待していた湘堂市民への援助要請ではなかった。

「『抵抗したなら殺されて当然』…?」

 自分が逃げたことへの批判は仕方ないと割り切っていた。しかしそれは無抵抗だった自分の妻子の尊厳を踏みにじることを許すことと同義ではない。

「『因果応報』…?」

 これを書いた人間に、一体何がわかるのだろう。自分たちの大切な人々は、何もしていないのにその命を奪われた。そこに一体なんの因果があるのか。仮にあるならば、こいつらは一体何を知っているのだろう。

「…ざっけんなよ…」

 ヨシカがうつむいて涙をこらえながら小さく呟く。上風は言葉を失って何も言えない。火野も同じだった。怒りに震えることすら忘れるほど、固く握り拳を作っていた。

「…もう黙ってられんぞ、火野」

 水茂は低い声でそう言う。怒りに満ちた声。考えていることはきっと同じだろう。だが火野はわずかに冷静だった。

「…俺のせいだ。俺が信じてしまったからこうなったんだ…俺が全部片付ける…」

「いいえ私もです!!」

 上風が大きな声で言う。血相を変えて、湘堂市にいた頃の温厚そうな面影はもうなかった。

「私の大切な子供たちが、主人が、死んで当然なんて言われて黙ってなんかいられません!!死ぬのはコイツらだ!殺してやる!1人残らず!犯人もコイツらも!」

「そうだよ…!なんでこんなのが生きてカズキが死ななきゃいけなかったんだよ!!こんな奴らに生きる資格なんかない!私がこの手で絞め殺してやる…!」

 ヨシカも便乗して叫ぶ。2人は今すぐにでも飛び出して誰かを殺しそうな勢いだった。

 水茂は火野の肩に手を置き、前を見据えた。

「…やるぞ」

「…あぁ」

 火野は目の前の虚空を見据え、淡々と呟いた。

「この世にはやってはいけないことがあるってのを教えてやる…絶望を…大切なものを失う苦しみを…!奴らの体に刻み込んでやる…!」

 やり場を失っていた4人の怒りは、たった今同じ方向を向いた。


最後までご高覧いただきましてありがとうございます

不穏な匂いがしてきたChapter4です

火野たちの動向が気になるところではありますが、次回は一旦子供たちの方の話になります

その次に火野たちの動向が明らかになりますので、お楽しみください

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