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The Magic Order  作者: 晴本吉陽
Chapter 3 復讐
25/124

Chapter 3-6 子供たちの決断

今回少し長めです

 武田が去った後、子供たちは治療室で話をしていた。何人か軽傷の人間は治療室の外の廊下で話をしていた。


 治療室の窓際には暁広、圭輝、浩助、茜、玲子、心音がいた。

 窓から見える夜の雪に、彼らは静かに感じ入っていた。

「たくさん戦ったな…」

 暁広が静かに呟いた。暁広は比較的軽傷で、頬に絆創膏を貼っていたがそれ以外はあまり傷を負っていなかった。

「みんな本当に頑張ったよね。数馬も頑張ってたけど、あの街を脱出するまでに、トッシーもすごく戦ってくれてた。ゆっくり休んでね」

 傷の少ない茜が暁広に言う。笑い合う2人の姿を見て、玲子は少し不服そうな表情をしていた。

「どうしたの?玲子?」

「…肋骨が痛いだけ」

 茜の質問に玲子は静かに答えた。

「まぁ今回重村が奴を倒せたのはマグレだろうからな。本当に実力があんのはトッシーだよ。次はきっとトッシーが活躍するさ」

 圭輝が言う。暁広は彼の言葉を考えた。

「『次』か…」

「圭輝は、今後の戦いに参加するの?」

 浩助が尋ねる。圭輝は気怠そうにうなずいた。

「まぁな。後ろにいりゃなんとかなるだろうし。親戚もいねーし。後ろにいるだけでなんか得するならやってやってもいいかな」

「…すごい言い草ね」

 圭輝の言葉を聞いて玲子が思わず呟く。彼女は笑いたかったが肋骨が痛むせいで笑い声の代わりにうめき声しか出せなかった。

「でも圭輝がいるならありがたい」

 暁広がそう言うと、そのまま続けた。

「俺も戦うよ。これ以上人が苦しむのを見ていられない。俺たちにはそれを防ぐ力がある。だったら俺は戦うよ」

「さすがトッシー」

 心音が呟いた。心音はそのまま自分の考えを述べた。

「力のある人間が、それを思うまま振るって大勢の人間を殺す…そんなのがまかり通る世の中なんて間違ってる。そうは思わない?」

「心音と意見が初めて一致したかもな」

 暁広が言う。心音もニヤリと笑って答えると、そのまま続けた。

「私はそんな間違いを正したい。ここで戦ったり、戦いを見ることはその第一歩になると思う」

「なら俺たちは仲間どうしだな。改めてよろしくな、心音」

「ええ、もちろん」

 ベッドに横たわる心音に暁広が笑いかける。屈託のない爽やかな笑顔。茜は横から見てそんな彼に見惚れていた。だから次の瞬間には暁広の手をとって茜も笑いかけていた。

「私もトッシーについていくよ。力になりたいの!」

 暁広は少し恥ずかしそうに茜のその手を握り返した。

「2人でこれからも、頑張ろう?」

 茜が暁広の目を真っ直ぐ見つめて言う。暁広は両手で茜の手を握ると、茜の目を見つめ返す。

 2人の頬が少し赤くなって、暁広は恥ずかしがりながら答えた。

「うん!ずっと、これからも!」

 2人の様子を見て心音が恥ずかしそうに目を逸らす。浩助と圭輝は黙って見ていたが、玲子はやはり不服そうで、2人を無視するように心音に話を始めた。

「私も戦うわよ。あんたらの理想は知らないけど、私がいなきゃ締まらないでしょ?私ほど腕が立つ女もいないし」

「ありがとう玲子」

 心音が言うと、玲子はまんざらでもなさそうに笑った。

 浩助も眉を曲げると肩をすくめて独り言を呟いた。

「俺も残るか」



 治療室の扉側には、遼、真次、正、竜、広志、武、駿、泰平がいた。

 普段明るい表情の多いメンバーだったが、やはり表情が暗い。憎むべき敵を倒したはいいものの、今後の見通しがほとんど立たない。しかもここに至るまでに何人もの友人を失い、いくつもの死体を見た。

「生き延びたなぁ…」

 駿はここに至るまでの過程を思い返していた。銃声に、悲鳴に死体。恐怖を押し殺しながらずっと戦い抜いた。

「でも、せっかく生き延びたのにまた戦いに巻き込まれたら世話ねぇや。俺は降りるぜ」

 広志が言うとうずくまる。毛布をかぶると、泰平の方を向いた。

「泰さんもそうだろ?あんたはドンパチも嫌いだし、賢いじゃねぇか。さっさとやめるよな?」

 広志は泰平の同意を求める。泰平は天井を眺めながら返した。

「ん」

 泰平らしからぬはっきりしない返事。広志は思わず見返した。

「泰さん?聞いてる?」

「聞いてるとも」

「じゃあ泰さんはどうするの?」

「考えてるんだ。確かに親戚はいるが、好き好んで俺を家には迎えないだろう。そう考えれば最低限の衣食住を保障してくれるここに残った方が迷惑をかけないような気はする。だが…」

「だが?」

「あの武田という男、どこか信用しきれない。親戚の家に逃げ込むべきだとは思うが、ただで俺たちを逃すとも思えない」

 泰平は自分の考えを淡々と述べる。他のメンバーも彼の言葉を聞いて考えを巡らせる。

「進むも地獄、引いても地獄か…」

 武が重く呟く。それを払拭するように真次が言った。

「どうせだったら俺は進みてぇ。あの町みたいなことがまたあったら…そんなの俺は許せねぇ」

 真次は自分がどうなるかを考えていなかった。ただ自分の正義感だけに従って口走っていた。

「今回はありがたいことに数馬はじめみんなが奮戦してくれたおかげで生き延びられた。たくさんの幸運にも恵まれたしな。次もそうとは限らない」

 遼が冷静に言う。そのまま彼は続けた。

「でも残るよ俺は。やれるところまでやってみたいからな。今後も頼むぜ、真次」

 遼は軽いノリで言う。真次は親指を立てて、よろしく、と力強く言ったが、そのせいで傷が少し痛んだようだった。

 広志は少し驚いたようだった。

「意外だったぜこりゃあ。遼は賢いと思ってたんだがな」

「バカだったみたいだな、ハッハッハ」

「でも他のみんなだって親戚はいるだろ?そこに住まわせてもらった方がいいよな?下手に戦うよりはよ」

 広志が周囲のメンバーに尋ねる。当然みんなうなずくものと思っていたが、広志の予想を裏切ってみんな黙り込んだ。

「…マジか?」

「いや、まぁ変な話だけどよ、俺はおじいちゃんの顔すら見たことないんだ」

 駿が言う。武も続けた。

「九州は遠すぎるな…」

「そうか、遠くにいることもあるのか」

「そもそも全滅してるってこともな」

 正が横から口を挟む。竜も付け加えた。

「うちの親戚もみんなあの街にいた。『もう会うことはないでしょう』」

 広志は自分の言動を恥じた。

「…悪かった。当たり前は、当たり前じゃねぇんだな…」

「気にすんなよ。仕方ないことだ」

 正が冷静に言う。暗い空気を明るくしようと、駿が話し始めた。

「きっとこういうのも運命だ。俺はそれを受け入れるよ。その上で戦うかどうか、それはまた別で考える」

 駿の決意に、正や竜、武はうなずいていた。おそらく彼らも同じ想いだったのだろう。

 広志も肩をすくめて頭をかいた。

「…俺も考えるしかねぇか」



 治療室の隣、待合室の窓際には、香織、蒼、美咲、さえ、桜がいた。

 茶色の革のソファーの上に、香織が体育座りになって顔をその中に埋める。彼女の頭の中をよぎるのは、恐ろしい死体の山々と、飛んでくる銃弾。そして自分自身が人を殺めた記憶。

「ぅぅっ…ぐすっ…」

 恐怖と嫌悪感から思わず涙がこぼれてくる。窓を眺めてた美咲が思わず声を大きくした。

「ぐずらないでよ。泣きたいのはあんただけじゃない…」

 美咲が言っているうちに涙がこぼれていく。彼女のまぶたの裏にも何度も殺されかけ、逆に殺した人間の顔が浮かんでくる。

「…悪夢みたいだったね…みんな死んじゃった…」

 蒼も呟く。そこにいつも明るい彼女の顔はなかった。

「みんな親戚のお家とかあるの?」

 さえが尋ねるが、みんな首を横に振る。さえはそれを見て悲しそうに言った。

「…そっか。みんな一緒だね。そうなると、考えるのは戦うかどうか、か…」

「嫌に決まってるじゃん。今回は運良く生き残れたけど今後も戦ったりなんかしたら死ぬに決まってるじゃん」

 さえの言葉に美咲が噛み付く。すぐに桜がそれをなだめる。

「そんなにカッカしないの〜。考えることは必要だよ〜」

「桜は本当にメンタル強いね」

 蒼が呟く。桜はそんなことないよ〜と軽く否定する。

「たださ、玲子とかを見てると簡単に弱音吐けないよね〜って思うんだ。あの子だってきっと怖かったろうに、何も言わずに先頭立って戦ってた」

「そりゃあ玲子だから…」

「そうだけど、玲子にできて私にできない理由もないと思ったんだ〜。だから弱音を吐かないところから始めようかな〜って」

 桜の素直で前向きな気持ちに女性陣は感心する一方だった。

「私にとって玲子は大切な友達だからさ〜。きっと玲子はここに残って戦うことを選ぶと思うから、私は玲子を手伝ってあげたいなって」

「戦うの?」

「きっとね。みんなも、大切な人が戦うって選んだなら、同じことをするんじゃないかな」

 桜の言葉に女性陣はみんな黙り込む。彼女たちからすれば桜の姿も十分勇気があるように見えた。

「…考えてみる」

 か細くそう言ったのは香織だった。そのまま彼女たちはみんな押し黙るのだった。



 同じ部屋の扉側には、めい、良子、理沙、桃、明美がいた。

「あの武田という人、やはり普通じゃないと思うのよね」

 いきなり切り出したのは明美だった。悲痛な面持ちの他の女性陣に比べると、明美はかなりタフだった。

「すごいわね。怖かったとかより先にそれが思い至るなんて」

 理沙がやや皮肉っぽく言う。明美は平然と返した。

「起きてしまったことは仕方ないし、それを踏まえてどうするかを考えるのが最善だと思うのよね。それで、私としてはやっぱり武田って人、ものすごく怪しくて気になるから、色々探ってみたいとも思うのよ。そのためなら戦うのもアリかなって」

 明美の言葉に良子がドン引きしていた。

「そうやって勇気のある人から死んじゃうのよね。そういう運命なんだよね、世の中ってほんと残酷にできてるよね、わかってる」

「運命なんか信じない」

 静かにそう言ったのはめいだった。桃も外したメガネを拭きながらうなずいていた。

「自分の未来は自分で掴むものでしょ?誰かに与えられるものじゃない」

 桃が言い切る。反論しようとする良子より先にめいが口を開いた。

「気に入らない運命は捻じ曲げればいいの。私はそうやって生きてきた」

「そんなのわかんないよ!」

 良子が少しヒステリックになって言う。

「どんな運命が待ってるかもわからないし、もし負けたら、運命を捻じ曲げられなかったら死ぬんだよ!?」

「死なせないから。絶対に」

 良子の言葉を断ち切るように理沙が短く言う。そのまま理沙は良子に語りかける。

「聞いて。ひとつじゃないと思うの、戦い方って。立派な戦い方だと思うのよね、治療や救護も。私はそっちの方で戦う。良子もどう?」

 理沙の言葉に良子は黙り込む。

「確かにそっちならできるかも…」

「でしょ?」

「でも嫌だよ!戦いたくなんかない!」

 良子は大きな声で言う。理沙は何か言いかけたが、めいが先に言葉を発していた。

「それでもいいと思う。戦わないのも勇気だよ」

 どこかめいの言葉は皮肉っぽく聞こえた気がした。それでも良子はついに黙り込んだ。



 治療室を出て左に曲がった廊下には、佐ノ介とマリがいた。

 マリは腕に包帯を巻き付け、佐ノ介は胴体に包帯を巻いていた。

「佐ノくん…傷は…」

「大丈夫。マリの方こそ…」

「全然大丈夫だよ…」

 マリはそう言うと佐ノ介に身を預ける。佐ノ介は優しくマリの肩を抱いた。

「マリはどこか親戚のところに行くべきだと思う」

 佐ノ介が静かに言った。マリはすぐに佐ノ介の方を見上げた。佐ノ介はマリの方を見ずにそのまま続けた。

「俺は残って戦うことにするよ。数馬はきっとそうするだろうし、他のここに残る連中も見捨てられない。それに、自慢じゃないけど、戦いになれば俺の射撃の腕は活きる。せっかくなら試してみたいんだ」

 マリは黙って聞く。佐ノ介はそのまま続けた。

「でもマリには怖い思いをして欲しくない。だからどこかに…」

 佐ノ介が言うと、マリは彼に抱きついた。

「…言ったよね、私も強くなるって」

 マリが静かに話し始める。佐ノ介はその言葉にしっかり耳を傾けた。

「佐ノくんの優しさはすごく嬉しい。けど…私は死ぬことよりも佐ノくんと一緒にいられなくなる方がずっと怖い…ずっとあなたと一緒にいたい…だから足引っ張らないように強くなる…お願いだから…離れろなんて寂しいこと言わないで…」

 マリの嗚咽が佐ノ介にも聞こえてくる。彼の胸元で泣いているのは、佐ノ介にとっても最愛の女性。

佐ノ介はマリの頭を抱き寄せると、彼女の耳元で囁いた。

「悪かった」

 マリも佐ノ介のことを抱きしめる。

「生きる時も死ぬ時も、いつまでもずっと一緒にいよう」

「…うん…ずっと…ずっと…」

 2人はそのままずっと抱きしめ合う。

 雪は静かに降り積もるのだった。



 治療室を出て右に曲がった廊下には、数馬と竜雄がいた。

 数馬は静かに右手を見ていた。

「数馬はすげーよ。あんな奴と1対1で戦って勝っちまうなんて。俺には無理だったよ」

「運がよかったのさ」

 数馬は吐き捨てるように言うと、ソーダシガレットを咥える。すぐに数馬は訂正した。

「…すまん。褒めてくれてありがとう」

「…いや、俺の考えが足りなかったよ。ごめん」

 竜雄が謝り倒そうとするのを数馬が制止する。

 竜雄は戻ってきて以来ずっと無口な数馬が気になった。普段の数馬なら軽口のひとつでも叩くだろうが彼はずっと右手を見つめていた。

「…家族、見つかるといいな」

 数馬が竜雄に短く言う。竜雄はうなずいた。

「…あぁ。妹たちを見つける。それが俺の戦いだ」

「立派だ…戦い、か…」

 数馬は竜雄の言葉に言う。竜雄は短くありがとうと答えた。

 それでも数馬の表情は読めなかった。だから竜雄は思わず数馬に尋ねた。

「なぁ数馬…なんでずっと黙ってるんだ?」

 数馬は静かに言葉を発した。

「戦場に立ったとき…」

 数馬は竜雄の方を見なかった。

「胸が…高鳴った。心のどこかで、俺はこの戦場に、居場所を感じたんだ…」

「数馬…?」

「ヤタガラスは言った。俺のことを、『戦場でしか生きられない』と」

「そんなわけないよ」

「俺も何度もそう言い聞かせたよ。でも…否定できないんだ。頭では、戦いなんかするべきじゃないってわかってる。でも心は、戦いを求めてるんだ…もう一度戦場に立ち、命をかけて戦いたいって思ってる…俺は自分が恐ろしい…」

 数馬は右の拳を握りしめていた。竜雄のことも忘れて重い表情で下を向いていた。

 数馬はすぐに自分の状況に気がついて笑顔を取り繕った。

「こりゃ失敬。暗い話をしちまったな」

「…いや、大丈夫」

「とにかく、俺みたいな有能な人間は残った方がいいっしょ。これからも敵は叩き殺す。竜雄も戦うか?」

「やるよ。そのまま家族を探す。今後もよろしく」

 数馬と竜雄は笑顔を見せ合うと、その場を後にした。





翌日

 月は沈み太陽が昇る。夕食も食べなかった子供たちは治療室の空いていたベッドでひと晩を過ごすと、自分達の負った傷の痛みと、血に汚れたままの服で昨日のことが夢でないことを悟った。

「おはよう諸君」

 武田が治療室の扉を開けて声を張る。

「昨日の夕食はお気に召さなかったようだが、そろそろ腹も減ったろう。治療のためにも、朝食はしっかり取るといい。それと」

 武田は一瞬顔をしかめると言った。

「風呂も早めに入りたまえ。日本でまで血の匂いを嗅ぎたくはない。詳しいことは佐藤が案内してくれるだろう。だがまずはウチのメイドたちが作った絶品の朝食を味わってくれ」

 武田がそう言って扉から少し離れると、その後ろからぞろぞろとメイド、もといかっぽう着の女性たちが食器を乗せる台車を押してくる。

「それではゆっくりしていたまえ。それと、今後どうするかを決めた者は好きなタイミングでいいので教えてくれ」

 武田はそう言うと、扉から外へ出る。

 そのまま自分の職務室へ歩く途中、幸長が壁に寄りかかっていた。

「おはよう幸長」

「武田さん、昨日の話は本気ですか。本気で子供達をこれからも戦場に送り込むつもりですか」

「国内で、首都圏でそのようなことがあれば、あの中で希望する人間を現場に派遣し、首謀者を殺害させるだろうな」

「児童労働は犯罪でしょう。もっと言うなら子供に銃を持たせて戦わせるなんて人道に反する」

「犯罪者相手に法律なんぞ守ってて戦えるか。それに言っただろう。人道よりも大切なことがあると」

「子供たちの命を危険に晒してでも?」

「だったらお前が自分の身を守れるように訓練してやれ」

 武田は面倒くさそうに幸長を追い払う。

 そうして武田は執務室まで歩き出す。

 窓の外から光が差すが、相変わらず雲は分厚かった。



数時間後

 武田の執務室の扉がノックされた。

「どうぞ」

 武田が言うと扉が開き、メイド長の佐藤がやってきた。

「子供たちが話したいことがあるそうなので治療室にきてほしいそうです」

「わかった」

 武田は短く答えて佐藤と共に廊下を歩き始めた。

「お前も反対か」

 武田は治療室まで歩く中、佐藤に静かに問いかけた。

「私は仕事するだけです。意見などありません」

「お前らしい」

 武田は佐藤の言葉に静かに笑い、その後は何も言わなかった。

 しばらくして後、武田は治療室の扉を開けた。

 子供たちが全員そこにいた。武田の助言通り風呂に入ったおかげで血の汚れもめっきりなくなり、さらに服も貸し与えたものを着ていた。

「どのような要件だ?」

 武田が単刀直入に尋ねる。駿がすぐに返した。

「ここに残るかどうかの件です」

「もう結論が出たのか?」

「はい。我々28名全員ここに残ります」

 駿の言葉に武田は内心驚いていた。

 だがその様子を表情には出さず、武田はうなずいた。

「そうか」

「しかし一部の人間は戦いません。手書きですがリストアップしておきました」

「ありがとう。確認する」

 武田は駿から紙を受け取る。いくつかの名前がつらつらと書き連ねてあった。

 良子、美咲、さえ、香織、蒼、広志。

 載っていたのはそれだけだった。

「これは戦わない人間のリストなんだな?」

 武田は少し不安になって聞き返す。あまりに少なすぎる。騙されているのか、この子達は状況をわかっていないのか。だが子供たちの瞳は純粋だった。

「そうです」

 駿の言葉を聞き、武田は騙されていないことを悟った。

「わかった。約束通り、全員に生活環境を提供しよう。朝昼晩の3食に加えて、この建物内で小学校の教育は行うし、中学生になれば学校に通わせよう。風呂や洗濯機も自由に使ってくれ。外出もひと言誰かに言ってくれれば基本的に自由だ」

 そして武田は重要なことを話し始めた。

「もっとも、外出するには金が必要だろう。戦うことを約束してくれた者には毎日3000円を支給する」

「まさか、戦わない人間には…」

「一銭も出す予定はない」

 良子の不安に対して武田が冷徹に言い切った。子供たちの一部から不満の声が上がった。

「後出しじゃねぇか!」

「差別じゃないの!」

「静粛に」

 武田は静かに、しかし力強く言う。子供たちが黙り込むと、武田は語り出す。

「君たちの言うように私がやったことは後出しだ。こういうことを言うべきでないとは思うが、これは大人の常套手段だ。他人を信じ過ぎるな。こうなるぞ。そして、差別だと言ったか?」

 武田は周囲を見回す。言った張本人である美咲は、武田と一瞬目が合うと怯んだように身動きひとつできなくなった。

「そうだ。これは差別だ。当然だろう?命をかけて戦う人間が優遇されなければ誰も命をかけようとはしないし、命をかける人間は優遇されて然るべきだ。そもそも命をかけない人間が最前線で戦う人間を批判するなど冗談じゃない。差別を無くしたいのなら自分が命をかけて戦うしかない。それがこの世のルールだ」

 武田の言葉は経験から出てきたものだと子供たちは感じた。何度も自分自身が戦場に立ってきた人間だからこそ言えている部分が大いにあるように思えた。

「いつでも変更は受け付けている。判断は自由だ。話は以上か?」

 武田の質問に、子供たちは大きく「はい」と答える。武田は静かに扉を開けてその場を立ち去ったのだった。



「これから忙しくなるぞ」

 クライエントはそう言って笑っていた。


最後までご高覧いただきましてありがとうございます

Chapter3、これにて完結です。ここで一旦ひと区切りです。お付き合いいただきありがとうございました

Magic Orderはここで終わりません。ここからも全力疾走で頑張って参りたいと思います。

よろしければお付き合いいただけると幸いです。

しかしひとまず、ここまでお付き合いいただいた読者の皆様に感謝をさせていただきたいと思います。本当にありがとうございました!これからもよろしくお願いします!

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