Chapter 3-4 時代の烏
今回長めです
アクション描写多めです
「はぁっ…はぁっ…」
数馬たち1番初めに洋館に突入したC班は返り血まみれになり、肩で息をしていた。足元には死体が山のように積み重なり、薬莢が散らばり、銃が散らばり、そして血が散らばっていた。
「何人殺した?」
遼が不安そうに尋ねる。数馬は拳銃の弾を込めながら答えた。
「20人から先は数えてない」
このメンバーの中では数馬が1番返り血に汚れ、実際に敵を殺していた。
「もう…来ないよね?」
「…そのようだ」
明美の言葉に武が言った。
目の前に広がる惨劇と、罪悪感と、緊張からの開放で、香織が思わず床に胃の中のモノを戻す。遼が香織の背中をさすって落ち着かせる。だがみんな不安で、香織の気持ちはよくわかった。
「だが、この先にも敵がいるんだろう?」
竜雄が不安そうに言う。桃が血に汚れたメガネを拭きながらうなずいた。
「そう。敵の黒幕。やるしかない」
「やれるさ。ここまで来たなら」
どこか悲壮な桃に対して数馬が少し軽く言う。みんなはうなずくと、銃を改めて持ち直した。
「銃の整備は済んだか?それじゃあ行くか」
遼が軽妙に言う。数馬が先頭に立つと、扉を開けてその先にあったエレベーターに乗り込んだ。
「いいかお前ら!私はあと10秒で貴様らのどちらかを全滅させる!1階か、2階か!さぁどっちだろうな!」
洋館の中央の3階、子供たちと戦うヤタガラスは叫んだ。
2階の柱の影に隠れる暁広たち、1階の通路の影に隠れる駿たち、それぞれが背中に冷たい汗を流していた。
「10、9、8、7...」
ヤタガラスの言葉に、子供たちは何もできない。作戦会議をするものの、何も具体的なアイディアは出てこない。
それでも全員銃を握ってもしもに備える。
「3、2...」
ヤタガラスのカウントダウンがそこで止まる。エレベーターが到着する音が2つ同時に鳴り響いたのである。
「そうか、白堂も、黒鷹も逝ったか。なるほど、湘堂を生き延びた子供達だ」
ヤタガラスから見て1階の左側の通路から数馬を先頭にしてゾロゾロと子供たちが現れる。
同時に、2階の左側からも泰平たちがエレベーターから現れるのが見えた。
ヤタガラスはすぐさま拳銃を抜き、背後の壁に向けて発砲する。
壁は重々しい音を立てて倒れる。銃弾によって倒れたのではなく、何か装置があったのだろう。
壁が倒れて橋のようになる。その橋の先には、また別の部屋が広がっていた。同時にヤタガラスはその部屋の天井に向けて予備のフックショットを打ち込み、移動する。1階の子供たちも2階の橋の前で全員合流した。
「どうする泰さん」
数馬が泰平の隣に立って尋ねる。C班とD班は合流してひとつの班になっていた。
「ひとまず前田と池田は負傷者の治療を。女子はその護衛を。残った男子で敵を仕留める」
「指揮は泰平に任せるよ。やったろうぜ!」
「任せた。良子、桃と一緒にトッシーたちを。私たちは1階の玲子たちを」
泰平の指示で女子たちも素早く散り始める。男子たちもまとまって目の前の橋を渡り、敵の真の本拠点に足を踏み入れる。
数馬、竜雄、泰平が先頭切って突入すると、すぐ後ろから遼、武、正、竜と部屋に入る。
「ようこそ、私の館へ」
男子たちはその声に弾かれるようにして上を見る。3層構造の部屋の1番上の階に、ヤタガラスは彼らを見下ろすようにして手すりに頬杖をついていた。
「私の名はヤタガラス。君たちが殺そうとしている、湘堂市を襲った張本人だ」
「自己紹介とはありがたい。ただもう少し早く名乗ってほしかったぜ、わかんなくて皆殺しにしちまったんでよ」
ヤタガラスの自己紹介に、数馬が軽口を叩く。ヤタガラスは小さく笑うと、言い返した。
「だったら彼らに伝えてもらおう。『俺たちの故郷は輝きを取り戻す』とな!」
彼の言葉と同時に銃弾が飛んでくる。数馬他数名は咄嗟に横に飛んでそれをかわしたが、逃げ遅れた正は足に銃弾を食らって倒れる。
「痛ええええ!」
すぐさま泰平と遼がサブマシンガンを上に向けて発砲し、その間に竜雄が正を引きずって部屋の端にあった柱の影に隠れた。
ヤタガラスはその場にしゃがみ込む。建物の都合上それだけで泰平たちの銃撃をかわすことができた。
「ダメだ、角度が急すぎて下からの攻撃は当たらん!」
「ならどうするんだよ?」
「上がるんだよ!あの階段で!」
泰平が状況を伝え、竜雄が尋ね、遼が叫ぶ。彼らのいるところの左側に細い階段がひとつだけあった。
「でもあんなに細いしあの道しかないってことは…」
「当然待ち伏せがあるってことだ」
竜雄が言いかけたことに泰平が繋げる。不安な空気を払拭するように数馬が叫んだ。
「上等だ!俺が先頭切って奴をブッ殺す!」
「すまんな数馬、皆数馬に続くんだ!」
数馬の心意気に応えるように泰平も叫ぶ。だが武が尋ねた。
「正はどうする!?」
「大丈夫だ!問題ない!ここに隠れてるよ!」
正が叫ぶ。納得する間もなく銃弾は飛んでくる。
子供たちは一瞬目を合わせると、階段の入り口に転がり込む。先頭は数馬、1番後ろは竜雄。
階段は狭く、子供であってもひとり分の幅しかない。さらに恐ろしいことに、その階段の足下に、数個のワイヤーが張ってあったのである。万が一引っかかるようなことがあればワイヤーの先の手榴弾が爆発する。当然ヤタガラスも階段の上から銃撃を浴びせてくるだろう。
「なるほど、これは…」
先頭に立つ数馬も思わず言葉を失う。急がなければ銃で撃たれて死に、急げば爆弾に引っかかって死ぬ。しかし、止まっている暇はない。
「泰さん!そっからでも階段の1番上、見えるな!?」
「あぁ辛うじて!」
「なんか見えたら俺の背中叩いてくれ!」
数馬は真後ろの泰平に言う。泰平も大きな声で了解と叫んだ。
(何をする気だ?)
ヤタガラスはそう思って階段からわずかに顔を出した。
泰平が数馬の背中を叩く。
すぐさま数馬はヤタガラスに向けて拳銃の引き金を引く。咄嗟にヤタガラスは階段の影に隠れた。
すぐに爆発音が響く。ヤタガラスは一瞬子供たちの自爆を期待したが、その期待は外れた。
「次ィ!」
数馬の声である。
つまり、数馬は見える罠である手榴弾を爆風の届くギリギリのところから拳銃で爆発させて解除しているのである。ただし銃弾も無限ではないため数馬も慎重に狙いを付けていた。そこをヤタガラスに撃たれないように、泰平に状況把握を任せヤタガラスの動きがあればそちらを牽制する。
「考えたな…だがこれはどうかな」
2個目の罠を解除したときに、数馬の考えがわかったヤタガラスはそう呟いて一瞬だけ階段に身を乗り出す。
泰平が数馬の背中を叩く。
数馬が引き金を引くより速くヤタガラスは引き金を引いていた。
(しまった..!)
数馬が覚悟を決める。だが、銃弾が壁に当たった音がした。
「うぐっ!」
銃弾が狙っていたのは数馬ではなく、泰平だった。壁に当たった銃弾は跳ね返って数馬ではなく泰平の脇腹を貫いていた。
「泰さん!」
「俺が担ぐ!2階へ!」
数馬が叫び、遼が応える。数馬はうなずくと、素早くヤタガラスを牽制してから2階に至るための最後の罠を撃ち抜く。そして走り出して2階に着くとヤタガラスの方へ撃ちまくる。
「急げ急げ!一旦2階に上がるんだ!」
数馬に急かされるように全員階段を登る。遼、泰平、竜、武。しかし牽制の結果、数馬の拳銃の弾が切れた。
「クソッ!」
そのわずかな隙すらもヤタガラスは見逃さなかった。数馬が銃のリロードをしていることを悟ると、ヤタガラスは階段に身を乗り出した。
そこにいた竜雄と目が合った。
「そこだ!」
ヤタガラスが叫んだかと思うと、2階へ後一歩のところで竜雄は腹を貫かれた。
「ぐぁあっ…!」
「竜雄!」
リロードを済ませた数馬は再び牽制を始める。ヤタガラスはすぐさま身を隠した。
「くっ…!」
床に手をつく竜雄の肩を担ぎ、数馬は2階の柱の影に隠れる。
「ここなら銃撃は来ないから大丈夫だ…3階から見て死角になっているからな」
冷静に分析するのは泰平である。遼に止血されながら横になっていた。
数馬はその間に竜雄の止血をする。銃弾は貫通し、軽傷そうではあったが戦闘の継続は困難だろう。
「ごめんな数馬…足引っ張っちゃって…」
「バカおっしゃい、死ななきゃ儲けもんよ」
謝る竜雄に対して数馬は軽口で返す。すぐに竜雄は続けた。
「俺と泰さんはここに残るよ…だから、みんなで倒してくれ…」
黙り込む数馬に、竜雄は泰平の同意を求めた。
「いいよな、泰さん?」
「あぁ…このままでは足手まといだ。申し訳ないが、奴を倒すのは任せた」
泰平と竜雄の言葉に、数馬はうなずいた。
「任された」
数馬の様子を見て、遼も竜も武もうなずく。
「大丈夫、2人とも軽傷だ。俺たちが戻るまではピンピンしてるよ」
「『必ず戻ってくるぞ』」
「すぐにな」
4人に全てを託し、泰平と竜雄は自分自身の治療に専念する。託された4人は階段近くの壁に張り付き、様子を見る。
ヤタガラスは今のところ階段にいない。数馬はすぐさま階段の罠を撃ち抜いて全てを解除した。
「また先頭は俺が行く。ついて来てくれ!」
「『よぉし、派手に行こう!』」
数馬は先陣を切って階段を駆け上がる。すぐ後ろから遼、武、竜。
4人が階段を登り切り、3階にたどり着いて銃を構える。距離は10m。ヤタガラスは余裕そうに銃口を向けられていた。
「驚いた。4人もここまでくるとはな」
「おしゃべりはいい。死んでもらう!」
「威勢がいいな。何かに守られてるような幸運を履き違えたバカか、それとも自信があるのか…」
呟くヤタガラスを無視して武がアサルトライフルの引き金を引く。床から跳ね上がるようにしてヤタガラスの心臓を狙うが、ヤタガラスは横に転がってかわす。転がった先に遼が銃撃を浴びせるより速く、ヤタガラスは拳銃で遼の右腕を撃ち抜いていた。
「うぉあっ!?」
遼がサブマシンガンを落とす。しかしすぐに左手で拳銃を抜く。
(いいガッツだ)
ヤタガラスはそう思いながら拳銃を連射する。遼の左腕も撃ち抜くと、そのまま彼の腹を撃ち抜いた。
「うぅっ…!」
「遼!」
武が発砲をやめて遼の下に寄る。遼は武を振り払った。
「構うな…!逃げとくから奴を…!」
「わかった…!」
武が発砲をやめている間数馬と竜が発砲する。しかし、どちらも拳銃であるため連射速度が敵の動きに及ばず、当たらない。
武が合流してアサルトライフルを撃つ。連射速度の速いそれならばヤタガラスの動きに追いつけるはずだった。
しかし、ヤタガラスの俊敏さはそれを上回り、気がつくと武のアサルトライフルの弾は尽きていた。
ヤタガラスはそこを見逃さず、武に瞬時に狙いをつけて引き金を引いた。
武は脇腹を抑えてうずくまる。
「竜!武を頼む!俺がこいつを殺る!」
「マジで言ってんのか!?できるのかよ?」
竜が尋ね返す。銃弾を避けながらヤタガラスが口を挟んだ。
「諦めろ!貴様らにチャンスはもうない!」
「諦めなけりゃいつだってチャンスしかない!ここは俺に任せてくれ!」
ヤタガラスの言葉に数馬は言い返す。竜は黙ってうなずくと銃を下ろして武の方へ駆け寄り、肩を担いでその場を離脱する。
数馬はヤタガラスと向き合う。ヤタガラスも右手に拳銃を握りしめていた。
(俺の拳銃の弾はあと1発。向こうも計算が間違っていなければ同じはず。だったらここで勝負が決まるのか…)
数馬は考えを巡らせる。緊張感で顔が強張るのが自分でもわかる。一方のヤタガラスは柔和な表情で数馬に話しかけた。
「君が考えていることはわかるよ。弾の数だ。君はあと1発。実を言うと私もあと1発だ。予備のマガジンももうない」
「ご親切にどうもって言えばいいんですかい?」
「結構。ただの気まぐれで言っただけだからな」
「気まぐれでお情けかけられるとは俺も舐められたもんだな」
「いいやその逆だ」
ヤタガラスから急に余裕が消える。すぐさま数馬は飛び退きながら拳銃の引き金を引いた。ヤタガラスも同時に引き金を引く。
しばらくの沈黙の後、ヤタガラスは高笑いを上げる。数馬も同じく高笑いで答えた。
「外れたな!どちらのも!」
「となったらこれしかねぇな!」
数馬は拳銃を投げ捨て、腰のサバイバルナイフを抜くと、それをヤタガラスの胸に突き立てようと駆け出す。
ヤタガラスはそれを受け止めると、自らの後ろへ数馬を投げ飛ばした。
「そうだ!私はこれが見たかったんだ!」
ヤタガラスはそう叫ぶと、近くの壁にあったボタンを叩く。
数馬のいるところの床が揺れる。揺れると同時に床が徐々に浮いていく。
ヤタガラスも浮いた床に数馬と一緒に乗っていた。
床は宙吊りになるようにして天井のレールを沿って移動していく。その様子は、泰平たちにはもちろん、暁広たち本拠点の手前側で待機していた全員にも見上げることができた。
「なんだ…あれ?」
暁広が思わず口にする。佐ノ介が目を凝らしてそれを眺めると、数馬が浮いて移動する床の上で、床を吊るしている鎖にしがみ付いているのがわかった。
「数馬だ…敵と一緒に乗ってる…!」
「なんだって!?」
佐ノ介の言葉に全員が動揺する。全員から見えるその状況で、数馬はヤタガラスと肉弾戦をすることになった。
「諸君!ヤタガラスだ!これより私はこの少年と1対1の真剣勝負を行う!ゆっくりと彼がなぶり殺しにされる様をよく見るがいい!」
「心配しなくていいぜ、死ぬのはあっちだ」
ヤタガラスに対して数馬が付け加える。すぐにヤタガラスは大笑いをしていた。
「その精神力!さてどこまで本物か!見せてもらおう!」
ヤタガラスがそう叫ぶと、数馬は弾かれたようにナイフを順手に持ってヤタガラスに駆け寄る。
ナイフが届くギリギリの間合いに入ると、数馬はヤタガラスの顔を目掛けてナイフを切り上げる。ヤタガラスはわずかに体を反らしただけでそれをかわすと、数馬の腹に蹴りを入れた。
「!」
数馬が大きく後ろに下がる。後ろ足が床のギリギリにあるのが自分でもわかった。
「足元注意。落ちたら死ぬだろうからな?」
「どうも!」
数馬はそう言ってナイフをヤタガラスに投げつける。ヤタガラスはやはりそれを最小の動きでかわし、数馬に一気に近寄った。
(ここがチャンスだ!)
数馬はそう腹に決めると、近寄ってくるヤタガラスに逆に駆け寄っていく。
「ぬぅん!」
ヤタガラスが体を捻って大きく足を振り回す。数馬の肋骨を目掛けた回し蹴り。ヤタガラスの靴先が数馬の肋骨を捉えている。
(もらった!後ろには下がれん!受け止めれば吹き飛んで落下死だ!)
ヤタガラスは心の内で勝利を確信する。だが数馬の表情は鋭いまま。諦めは一切ない。
(下がれば死ぬなら!)
数馬はヤタガラスが蹴り始めるのと同時に動き始めた。
「そりゃああ!」
数馬は大きく一歩踏み出す。右手を大きく振りかぶりながら、左足を前に出し、全体重を拳にのせた、渾身の右ストレートを蹴りが届くより先にヤタガラスの顔面にたたき込んだ。
「ぐぅっ!?」
前に体重をかけていたこと、油断していたことと相まってヤタガラスは大きくダメージを受け、よろけて2歩下がった。
「親父の蹴りよかすっとろいぜ!」
数馬は軽口を叩きながら床のギリギリのところから中央の部分に歩く。
天井に吊るされた8×8mのこの床で、数馬とヤタガラスは睨み合う。
「…面白い。少年、君の名は?」
「…重村数馬」
「そうか、数馬か」
ヤタガラスは口から軽く唾と血を吐き出す。そして口元を拭うと、ヤタガラスは改めて構え直した。
「俺は君のような人間と戦うために生きてきたんだ!さぁ、勝負だ!」
「望むところだ!」
数馬とヤタガラスが獰猛な表情で殺意をぶつけ合う。
数馬が一歩踏み込む。ヤタガラスまで二歩の距離。
ヤタガラスも一歩踏み込みながら前足だった左足で数馬の腹を蹴る。避けようとした数馬だったが、できなかった。
「くっ」
数馬の動きが止まる。ヤタガラスは手を緩めなかった。
数馬が後ずさるのに合わせてヤタガラスは前にステップする。
(右か?左か?)
数馬はどっちからパンチが飛んでくるかわからず、仕方ないので自分のアゴの左側をガードする。だがヤタガラスにはそれが見えていた。
ヤタガラスは左腕を振るって空いていた数馬の右のアゴに拳をたたき込んだ。
「ぅおぁっ…!」
視界が揺れる。世界が回転する。だがそんなことは関係ない。ヤタガラスは容赦しなかった。
ヤタガラスの右腕が大きく振るわれたかと思うと、数馬のボディにヤタガラスの拳が叩き込まれた。完全に無防備だった数馬は大きく体が跳ね上がった。激しい痛みに声も出ない。
ヤタガラスは右足を後ろへ振り上げた。
「せいやぁっ!」
よろけた数馬の顔面に突き刺すような前蹴り。靴と頭蓋骨がぶつかり合う音がしたと同時に、数馬は後ろに吹き飛んだ。
数馬が宙を舞う。揺れる世界で背中越しに見えたのは、ずっと遠くに見える床。
数馬は慌てて腕を振るう。
「諦めろ!」
ヤタガラスの声がする。だが数馬は諦めない。空中で腕を振り回し、何かに掴もうとするが、何もない。
「数馬!!!!」
子供たちが全員悲鳴のような声を上げる。だが数馬にはかまっている余裕がない。
「くぅっ…!」
揺れる視界と朦朧とする意識の中、数馬は腕を振り回す。
左腕に何かが当たった。
「ぅうん!」
数馬は全ての気合を込めて左腕に当たった「何か」を掴む。だが滑ってどんどんと自分の体重が重力に引かれていくのがわかる。
「あぁぁっ!!」
下の階の女子たちの悲鳴が建物に響く。
落ちてくるのではないか。
しかし数馬はその不安を跳ね除けるように、左腕一本で床にしがみつく。
ヤタガラスも、床にわずかに見える数馬の手に心底驚いたようだった。
「…ったく。本当に君には驚かされるよ、重村数馬。だがこれが最後だろう」
ヤタガラスはそう呟きながら床にしがみつく数馬の手に近づく。
「あぁ、これで最後だろうよ」
数馬の声がする。ヤタガラスは少し不思議に思いながら数馬の手を踏みつけられる距離まで来た。そして数馬を見下ろす。
2人の目が合った。
「ようこそ!」
数馬が叫ぶ。ヤタガラスの目に映ったのは数馬の右手に煌めく銀色の銃身。
(こいつ…隠し持ってやがった!)
ヤタガラスは驚きながら身をどうにか後ろへ反らし、バック転する。ほんの少しでも遅れれば数馬の握っていた拳銃(S&W M686)の357マグナム弾がヤタガラスの眉間を貫いていただろう。
だが、数馬の方もうまく反動をコントロールできず、反動に任せて銃を落としてしまう。
それでも数馬は床の上に這い上がり、立ち上がってヤタガラスと向き合った。
ヤタガラスの表情からは先ほどまでの余裕は消えていた。一方の数馬は闘志に満ち満ちた鋭い表情をしている。目の前の人間を殺すことだけを考えた、人の形をした殺意とも形容できる状態だった。
「君のことを見くびっていたよ。重村数馬、君は優秀な戦士だ。だからこそ、ここで殺す!」
「やってみろ!」
数馬の心に恐れはない。言葉を短く返すと、鋭くヤタガラスの懐へ踏み込む。
数馬とヤタガラスの距離は3歩分。この間合いではお互いの蹴りが当たるが、あと一歩踏み込めばお互いの攻撃が全て当たる。
パワーとリーチで勝るヤタガラスはその場に踏みとどまり右ストレートで殴りかかる。
数馬は逆に一歩下がってそれをかわした。
(こいつ…冷静だ…!)
ヤタガラスは数馬の冷静さに驚きながら、飛んでくるであろう反撃に備える。数馬の構え方から飛んでくる一番威力の高い攻撃は右ストレートだろう。
だが数馬は違った。数馬は改めて一歩踏み込み前足でヤタガラスの股ぐらに蹴りを入れる。威力は小さいが、姿勢を崩すには十分な攻撃。
「ぬっ!」
ヤタガラスの足元が少し崩れる。
数馬とヤタガラスの距離は2歩分。お互いの攻撃がほとんど踏み込まずとも当たる距離。だが数馬は最大威力の攻撃を叩き込むため、もう一歩踏み込む。
ヤタガラスは懐に入ってくる数馬を追い払うために左の拳を振るう。数馬のこめかみを捉えた左フック。
数馬は姿勢を低くしてそれをかわす。だがヤタガラスもそこまでは想定内だった。
(下がった頭に、叩き込む!)
ヤタガラスはそう思うと、右膝を数馬の顔面に叩き込もうとする。数馬は腕で顔面をガードしているようだったが、ヤタガラスはその腕ごと数馬にダメージを与えられる自信があった。
「くらえ!」
ヤタガラスの右膝が数馬の顔面へ飛ぶ。しかし、数馬はやはりヤタガラスの予想を超えていく。
(避けられないなら!)
数馬は腕で膝を軽く受け止めながら顔の角度を傾けることでダメージを最小限に抑える。
そのまま数馬は左肩を突き出しながらヤタガラスの腹にタックルを叩き込む。ヤタガラスはよろめいて2歩下がる。ヤタガラスと床の縁までの距離はあと8歩。
(姿勢が崩れた今、数馬は連打を狙ってくるだろう。その隙を狙う!)
ヤタガラスはそう思いながらすぐに体勢を立て直すフリをする。数馬はヤタガラスの狙い通り距離を詰める。
お互いにあと一歩の距離。
数馬が右手を下げる。
(なるほど右ストレートか。こいつの右ストレートは効く。だがカウンターは取れる)
ヤタガラスはそう思うと数馬の右手を抑えつけようと左手を数馬の右手に出す。
それが失敗だった。
「もらった!」
数馬が叫ぶと同時に、ヤタガラスの左手に鋭い痛みが走った。
「ぐああっ!?」
痛みでヤタガラスは全て悟った。
(右手にナイフを隠してたな…!それで俺の左手を切りつけたのか…!)
ヤタガラスと床の縁まであと4歩。数馬は畳み掛ける。
右手のナイフをヤタガラスの首めがけて振るう。だがヤタガラスは右手でそれを抑えるが、数馬の勢いは強い。それでもヤタガラスはその場に踏みとどまる。
ヤタガラスは右手の握力を強める。
「ぅあぁあっ…!」
大人と子供の腕力差を生かしたヤタガラスはそのまま数馬のナイフを落とさせる。
ヤタガラスから左へ3歩のところにナイフが落ちる。
「形勢逆転だ。このままお前を投げれば死ぬ!」
「勝負を投げたほうがいいんじゃねぇの!?」
数馬は思い切り左足でヤタガラスを蹴りながら腕を振り解く。ヤタガラスと縁まではあと2歩。数馬との距離は3歩。
ヤタガラスは左側に落ちるカッターナイフに気がついた。あれを取れば数馬に遅れは取らない。ナイフまでは前に1歩、左に3歩。
ヤタガラスはナイフを拾いながら数馬を斬りつけることにした。
ヤタガラスが飛び出す。
同時に数馬も動いていた。
数馬もナイフの方へ動いていたが、ヤタガラスのほうが近い。
1歩、2歩、ヤタガラスはステップを踏み、姿勢を低くしてナイフに手を伸ばした。
(もらった、これで勝てる!)
ヤタガラスがそう思った瞬間だった。
「くたばれぇっ!」
数馬が叫ぶ。
ヤタガラスがそちらへ振り向くと、数馬が大きく踏み込みながら左足でヤタガラスを蹴り飛ばしていた。
「ぐあっ!」
ヤタガラスは転がって受け身をとりつつ立ち上がる。縁まではあと1歩だがヤタガラスは落ちない。
はずだった。
「チェストォオオオオ!!!!」
数馬の裂帛の気合いが轟く。
ヤタガラスは見た。
数馬は右腕を大きく振り上げる。そしてその拳は真っ直ぐヤタガラスを捉えていた。
(俺が受け身を取るのをわかった上で…!これじゃどうやっても…!)
間に合わない。
数馬の渾身の右ストレートがヤタガラスの顔面に炸裂する。
ヤタガラスは真っ直ぐ後ろへ吹き飛ぶ。
洋館の、何もない空へ。
「うあああああっっ!!!!」
ヤタガラスの声がこだまする。数馬に聞こえる彼の声は、どんどん下へ下へと遠ざかっていった。
ドサリと重い音が部屋に響く。数馬が下を見ると、駿たちのいる1階の広間に大の字で横たわるヤタガラスがいた。
「はぁっ…はぁっ…」
肩で息をしながら数馬は自分の勝利を確信した。床を吊す鎖の部分に上着を巻きつけていき、下に垂らすと、暁広たちのいる2階に降りてきた。
「数馬…」
みんなが数馬のもとに駆け寄ってくる。泰平、佐ノ介…そして暁広。数馬は静かに呟いた。
「勝った」
彼はそれだけ言うと階段を降り、ヤタガラスの元へ歩く。
1階の広間に来ると、全員集合してヤタガラスを取り囲んだ。
「…痛っテェ…」
ヤタガラスが小さくそう言いながら動く。思わず女子たちは少し引いたが、数馬はみじろぎひとつしなかった。
「大丈夫、落下の衝撃で、もう立てないはず」
「…その通りだ」
数馬の言葉にヤタガラスは同意する。そして咳を一つするとヤタガラスは数馬の方を見た。
「いい面構えだ…戦場はそんな目をしてるやつばっかりだ…」
ヤタガラスはそう言いながら数馬をじっと見つめる。他の子供たちには興味がないと言わんばかりに、数馬に語りかける。
「そしてそういう目をした奴は等しく畳の上じゃ死ねないもんなのさ...。シャバじゃ誰にも受け入れられず、己の闘争本能から逃げることもできない...お前はもう戦場でしか生きられない、俺と同類さ」
ヤタガラスの言葉に、数馬は首を振る。
「俺はお前と同類じゃない…必要だから戦い続け、全てが終われば銃を置く。それだけだ」
「これからも戦い続けるならなおさらだ...戦ってる時の自分、誰かを愛する自分...どっちが本当の自分なのかそのうちわからなくなってくるだろうよ」
ヤタガラスの言葉に数馬は黙り込む。言い返そうにも言葉がなかったから、何よりもヤタガラスの言葉を数馬自身が誰よりも理解してしまったからだった。
「数馬」
暁広が呼びかける。数馬もその時初めてハッとしたようにそちらを向いた。
「そんな奴の言うことに耳を貸さなくていい。こいつは俺たちの故郷を滅ぼした。俺たちの大切な人を皆殺しにした!こいつは悪だ!」
「…悪、か」
暁広の言葉に対し、ヤタガラスは静かに呟いた。
暁広はショットガンをヤタガラスに向ける。ヤタガラスは黙って銃を向けられたまま目を閉じた。
「どんな理由があろうと、貴様がやったことは死を以って償うしかない。貴様が死ねば正義は果たされる!」
「…そうだな」
「じゃあな」
暁広は短くそう言ってショットガンの引き金を引いた。
空の薬莢が床に転がる音がする。
沈黙が部屋を包んだ。
何色にも染まることのできなかったカラスは、時代を動かすために飛び立っていった。
最後までご高覧いただきましてありがとうございます
Chapter3の山場はここで終わりです。ここまでありがとうございました
次回はヤタガラスの正体と彼の動機が明らかになります。お楽しみください