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The Magic Order  作者: 晴本吉陽
Chapter 3 復讐
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Chapter 3-1 空の色

2013年12月25日 16:50 金山かなやま県 灯島あかりしま


 武田たけだ徳道ありみちは自らのオフィスで信じられない報告を受けた。

「血塗れになった子供達が来ています。湘堂しょうどう市から武田元防衛大臣に会いに来たと」

メイドの1人が驚きながらそう報告をしてきた。武田も当然驚いたが顔色には一切出さない。だが瞬時に様々な思案を巡らせていた。

「通せ」

 短くそれだけ言うと、自らは椅子に腰掛けて外を眺める。

(湘堂市と言えば奴が襲った街…まさか生き延びてここに来たというのか?)

 灰色の空からは雪が姿を見せ始めた。今日は寒い。

「連れてきました」

 メイドの声がする。武田がゆっくりと椅子を回転させてそちらを見た。

 血塗れという言葉がふさわしかった。30人近くいるその子供達はみんなどこかしら血に汚れている。1番汚れていない女の子ですら靴はひどく血に汚れていたし、特に汚れている鋭い目つきの男子は元の服の色がわからない状態になっている。全員顔や肌は最低限拭いたような跡があるが、それでも拭いきれていない子供は多くいた。

 ひと通り子供達の顔を眺めると、ひとつ武田も知っている顔があった。

糸瑞しみずの叔父貴のご令嬢か」

 武田が呟く。糸瑞心音はうなずく。だが武田の知っている心音の表情より数段鋭くなっている。武田は彼らがここに来られた理由に納得しながらメイドを一旦下がらせる。メイドは部屋の扉を閉めると扉の廊下側に張り付いた。

 武田と子供達がひとつの部屋で向き合う。子供達の気迫が武田にもしっかり伝わってきた。

「ご用件は?」

 武田が静かに尋ねる。最も血に汚れている鋭い目つきの男子、重村数馬が隠し持っていた拳銃を武田に向けた。後を追うように、佐ノ介、玲子と順に銃を向け始める。武田は驚かない。服の膨らみ方がおかしいとは思っていたからだ。

 武田の机に向かって暁広と心音が資料を広げながら歩く。心音がファイルを机の上に置くと、暁広が尋ね始めた。

「これはこの事件の黒幕が作ったと思われるものだ。ここにGSSTという単語がある。これはあんたが作った特殊部隊で間違いないな?」

「さて、どうかな」

 武田は変わらぬ表情のまましらを切る。数馬の狙いが正確になる。暁広はムッとした表情を押し殺しながら続けた。

「ふざけない方がいい。あいつは撃つ」

「それは困るな」

「なら正直に教えてくれ。この事件の黒幕はアンタか?」

 暁広の質問に、子供達の目が鋭くなる。武田はやはり淡々と答えた。

「私ではない」

「だが事件について何か知っているんだろう?教えろ」

「断ったらどうする?殺しは無駄だとわかっているだろう?」

 武田の口ぶりに対し、横から正が口を挟んだ。

「ネットにアンタが犯人だっつって情報流すよ」

「新聞社もいいかもね。失脚間違いなし」

 明美も乗っかって武田を脅迫する。武田は少しだけ眉を上げて呟いた。

「それも困るな」

「知ってることを全部吐いてもらおう」

 暁広が言う。武田は内心子供だと侮っていたことを反省して思案を巡らせる。結論が出ると武田は話し始めた。

「いいだろう。ただし条件がある。悪い条件じゃないはずだ」

「この状況で条件を突きつけるか」

「私が必要なのは君たちの方のはずだ。条件など安い」

 武田が開き直ったように言う。怒りをこらえながら子供達は武田の話に耳を傾ける。

「君たちがこの事件の黒幕を殺害できれば全て教えるし、全員に生活環境も提供しよう」

 子供達は開いた口が塞がらなかった。あまりにも予想外の話だったからである。武田はそのまま話を続ける。

「黒幕は近くにある屯山たむろやまの麓の洋館にいるはずだ。そこまで君たちを運ぶのも手伝うし、武器も提供しよう。生き残れた君たちならできるはずだ」

「笑わせるな。この状況でお前が指図できる立場か!」

 暁広が恐喝と同時に隠し持っていたショットガンを武田に向ける。それでも武田は怯まない。

「核家族化が進んでる現代、引き取ってくれる親戚もいないだろう?警察に捕まることもない。悪い条件じゃないはずだ」

「でも私たちが今すぐ新聞社に駆け込んだら条件も何もないじゃない」

「できると思うか?」

 茜の言葉に武田は余裕そうな表情で言う。

 まさかと思い扉の近くにいた真次がドアノブを回す。しかし扉は動かなかった。

「閉じ込められた…」

 真次の言葉に改めて暁広は武田にショットガンを向ける。武田はニヤリと笑った。

「殺せばいいさ。私が死ねばビルごと吹き飛ばすように指示は出している」

「ハッタリだ!扉を開けろ!」

「君たちが条件を飲めばな」

 暁広の声にも武田は一切怯まず言葉を並べる。

 異様な緊張感が部屋を包む。


 見かねた泰平が暁広の銃を抑えた。

「やめよう」

 暁広が周りを見ると、泰平のひと声で数馬と佐ノ介は銃を下ろしていた。

「なぜだ」

 暁広が尋ねる。泰平はたったひと言で答えた。

「無駄だ」

 暁広もハッとしたようだったが銃を下ろさない。圭輝や浩助、茜もまだ銃を構えたままだった。

 数馬が軽い口調で話し始めた。

「要するに黒幕のタマ取ってくりゃいいんだろ?俺が行くよ。みんなは怪我してんだからここで待ってりゃいい。そうすりゃ万事解決、違うか?」

「いいとこ取りするなよ。俺だってこんな無駄なおしゃべりよりドンパチの方がいい」

 数馬の言葉に佐ノ介が乗っかって言う。武田は小さく笑い飛ばした。

「お前たちも手負いだろう。それで勝てると思うか?」

 数馬と佐ノ介も黙り込む。致命傷ではないとはいえ2人とも傷は負っており、本調子は出ない。2人だけで勝てるわけがないことは悟っていた。

「…わかった」

 暁広が銃を下ろした。みんなもつられるように銃を下ろしていく。暁広は武田をじろりとにらみつけながら話し出す。

「条件は飲んでやる。だが怪我人はここで待機させてくれ」

「ダメだ。全員で行け」

「逃げるつもりだな?」

「お前たちのためを思って言っている。奴らは強い。少しでも多い方が生存の確率は上がる」

「理沙」

 暁広が理沙の名を呼ぶ。理沙は保健委員で全員の負傷の様子を把握していた。

「まぁ動けるわ、みんな。かすめただけのがほとんどだし、1番傷が深いのでも手当てしたからだいぶ動けるはず」

 理沙の報告を聞き、暁広も黙る。理沙としては正直に状態を述べただけなのでこれのせいで戦いに行く流れになっても誰も理沙を責められなかった。

「お前が逃げない保証はあるのか?」

 暁広が武田に尋ねる。武田はうなずいた。

「武器庫で端末を渡そう。それでこの部屋の監視カメラの映像が見られる」

 武田が言い終えると、子供達は黙り込んだ。

 暁広はみんなの方に振り返り、頭を下げた。

「俺のせいで戦うことになってしまった。すまない。みんなの力を貸してくれないか」

 一瞬の沈黙が部屋を包む。

 子供達は戦いから逃げてここにいる。今さら戦いなどしたくはなかった。

 だが暁広の近くにいた茜が暁広の手を取った。

「私は付いていくよ。だってトッシーは言ってたじゃん。『逃げてもその先には何もない。戦わなきゃ失うだけだ』って。私はもうくしたくない」

 茜の言葉に横にいた玲子が軽口のように話しかけた。

「茜ばっかかっこつけないでよ。私だって戦う。そうするべきだと思うから。みんなもそう思ってるんじゃない?」

 玲子が呼びかけると、女子もうなずく。表情には自信と不安が入り混じっているようだった。

「女子がこんなに言ってんだったら俺たちもNOとは言えねぇなぁ?」

 クラスの中心的な存在の斉藤遼が言う。男子たちも肩を軽くすくめた後にうなずいた。

「ありがとう、みんな…!」

「礼は生きて帰ってからで」

 暁広の感謝に数馬が軽く言う。暁広と数馬は軽くお互いの右腕をぶつけ合った。

「どうやらまとまったようだな」

 武田が口を開く。暁広は振り向いて武田をにらみつけながらうなずいた。

「あぁ、貴様は気に食わないが条件を飲んでやる」

「ご丁寧にありがとう。武器庫に案内する」

 武田が言うと部屋の扉が開く。先ほどのメイドが引き締まった表情で待ち構えていた。

「行け」

 武田の言葉を聞いて子供達が部屋から出る。子供達はメイドと、廊下で待機していた屈強な男性に連れられるようにしてその場を立ち去った。

 武田は彼らの背中を見送り、再び椅子に腰掛けて窓の外を眺めた。

「…晴れないな。きっと、これからもそうなんだろう」

 武田は自分の思いと雪の降る空を重ねてつぶやいた。

 今日の空は灰色である。



 屈強な男性に連れられ、一行は武器庫にたどり着いた。

「武器は自由に持って行け。準備ができたら声をかけてくれ」

 それだけ言われると武器に詳しい男子を先頭に子供達は身支度を始める。

 女子が短く質問すれば、男子が的確に、かつシンプルに答える。小学生とは思えない速度で準備が進んでいく様子を見て、プロである屈強な男性は黙り込んでいた。

(この子達がもし軍隊になれば…)

 精強な軍団になるのは間違いない。だが子供を無理にこの道に引きずりこむのは、人道に反する。


 男性の思惑を他所に子供達は身支度を整えた。

「準備できました」

 暁広が男性に言う。その表情はやはり子供のそれではない。

 男性はうなずくと、いつの間にか整列していた子供たちを引き連れて廊下を進む。


 外に控えていた4台のバンに子供達が順に入っていく。男性は黙ってその様子を見送った。

 そのうちバンは薄暗い空の下を走り出した。

 男性は自分の行いから目を背けた。

「幸長」

 建物の入り口から武田の声がする。幸長はゆっくり振り向くと、武田に低い声で尋ねた。

「なぜあんなことをやらせたんです。まだ子供だというのに、こんなことを…人道に反するとは思わなかったのですか」

 幸長の冷静な質問に、武田は一切動じずに答えた。

「人道を外してでも大切なことがある。それに彼らはただの子供じゃない。あの街を生き延びたんだ。お前もわかるだろう?彼らがもし兵士となれば…この国はもっと強くなる」

「あの子達が死んでも良いのですか」

「構わん。生き残ったものにしか価値はない」

 武田の発言に幸長は絶句する。

 言うだけ言うと武田は姿を消す。幸長はその場に立ち尽くすことしかできなかった。


最後までご高覧いただきましてありがとうございます

不穏な幕開けのChapter3です

どうか最後までお付き合いいただけると嬉しいです

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