Chapter 2-9 紅蓮
15:50
暁広と数馬が6年3組で電車に乗り込んだ最後のメンバーだった。1番前の車両に乗り込むと、広志が運転席で何やらガチャガチャとやっていた。他のメンバーは座席などに座って肩で息をしている。
「なんとか発車できそうだぜ、行くか?」
広志が尋ねる。みんな今すぐ発車したそうな雰囲気だったが、泰平が待ったをかけた。
「ギリギリまで待とう、逃げてくる人がいるかも」
「わかった。55分までは待てる。その間に行き先を決めてくれ」
広志が言うと、みんなうなずく。数馬が電車の外を見張る間、明美が話し始めた。
「調べた結果を報告する機会がなかったから今するね。私たちが職員室を調べたらこんなものが出てきた」
明美はそう言ってリュックを前に回し、職員室にあったファイルを出す。明美はファイルを心音に手渡した。
「簡単に言うと、今回の黒幕を示唆する書類。GSSTって知ってる?」
「去年の防衛大臣の武田徳道が作った組織ね。会ったことあるわ」
心音が答える。男子の一部がすげーと言ったが構わず心音が続けた。
「それがどうしたの?」
「今回の事件を画策した人がGSSTの人らしいの。武田って人も一枚噛んでそうじゃない?」
「そういえばさっきの放送でもGSSTって言ってたね〜」
明美の言葉に桜が呟く。暁広が言葉を発した。
「つまりこの武田という人に尋ねに行くのか?」
「私はそうするべきだと思う。真相を追求するべきよ」
明美が強く言う。周囲は一度黙り込み、駿が尋ねた。
「だとしたら行き先は?」
「灯島駅だね。武田さんのオフィスはそこにある」
心音が答える。駿はもう一度尋ねた。
「他に行きたいところがある人」
誰も手を挙げない。なぜこんなことが起きたのか、みんな知りたかったのだ。
「満場一致、だな。灯島に向かおう」
駿が言うとみんなうなずく。そこにはすでに覚悟を決めた子供達の顔があった。
「広志、灯島だ!」
「ぃよし!ちょうど55分だ!しゅっぱ」
「待ってくれ!」
外を見張っていた数馬が叫ぶ。同時に彼は外に飛び出した。
「おい数馬!」
「退屈させないねぇ!」
竜雄と佐ノ介も後を追って駆け出す。
「彼らなら戻ってくる!少し待ってくれ!」
泰平が広志に叫ぶ。広志もああと返した。
階段を駆け上がり、佐ノ介と竜雄は改札までやってきた。見ると駅構内に数馬と、4人の同い年くらいの少年たちが何かと撃ち合っていた。
「こっちだ!逃げてこい!」
竜雄が叫ぶ。数馬以外の4人が振り向いた。
「彼に従って!」
「悪いな、無事でいてくれ!」
数馬が言うと2人は佐ノ介とすれ違って改札を抜けていく。だが2人は残って銃撃をしていた。
「おい何人だ!」
状況を気にせず佐ノ介が尋ねる。数馬達は例の箱にしゃがみながら答えた。
「右に4人!左から2人!」
「右をやる!」
数馬の報告に佐ノ介が短く叫ぶ。右側15m先に4人、確かにこちらに銃を向けていた。
佐ノ介はすぐに狙いをつけると4度だけ引き金を引く。
銃弾は寸分違わず真っ直ぐに敵の眉間を貫いた。
だが構わず左から2人、敵がやってくる。
数馬は弾の無くなった拳銃をしまうと腰からナイフを抜く。
姿勢を低くしながら敵の銃撃をかわし、片方の敵の懐に潜り込み、ナイフで斬り抜けて倒した。
もう片方にも攻撃しようとしたが、それは数馬でも佐ノ介でもない2人の銃撃に倒れていた。
「よし、逃げよう!」
数馬の言葉にみんなオウと答えると改札の方へ駆けて階段を下る。
電車では泰平が手を回していた。
「急げ急げ急げ!」
4人は文字通り電車の中に転がり込む。すぐに暁広が叫んだ。
「出発!」
「おう!」
広志の威勢のいい声と共に電車がゆっくり動き出す。みんな一瞬体勢を崩すが、すぐに建て直す。
「うまくいってくれよぉ…!」
広志はそう呟きながら電車をマニュアル通りに加速させる。
しかし、同時に爆音と共に強い揺れが電車を襲った。
「何!?」
「爆撃が始まったんだ…!」
「広志急げ!」
「無茶言うな!」
車内に混乱が広がる。
また衝撃が車両を襲う。みんな咄嗟に伏せて事なきを得たが心なしか爆発が近づいているような感覚がした。
「ここまでか…!」
「冗談じゃないよホント…!」
みんな思い思いに弱音を吐く。
それでも広志は運転を続けていた。
そして電車の先に何か降ってきたのを見逃さなかった。
黒い色の爆弾。
「うぉおおおおお!!!!」
広志は絶叫しながら全速力を出した。
爆発音が鳴り響き、線路の木材が吹き飛ぶ。
揺れる。
赤と黒の炎が辺りを包む。
それらを跳ね除けるように列車のフロントガラスが姿を現した。
「さすがだぜJR!」
広志が思わず叫んだ。車内では歓声が上がっているほどである。
爆撃は続いていたが、電車が向かう方角とは違う方向へ行われているようだった。
揺れる列車の中、暁広は窓に張り付き、自分の故郷の姿を目に焼き付けていた。
燃えていく。思い出の場所が、かけがえのない日々が。
「…あれが俺たちの故郷か」
爆弾の雨が降り注ぐ街。平和だった街は今、一面炎に包まれる文字通りの焦土と化しつつあった。
爆弾は無慈悲に降り注ぐ。
街はどんどんと遠のいて行った。
黒い煙が立ち上るのを彼らはただ眺める。
「…さようなら」
茜が呟く。暁広の隣、彼女の頬には涙が伝っていた。
暁広は黙って彼女の肩を抱く。彼の頬も同じように濡れていた。
彼らだけではない。車内に乗っている多くの少年少女の瞳は涙に濡れている。そうでない者もうつむき、うなだれ、思うところがあるようだった。
数馬もそういう泣いていない少年の1人だった。
泣くよりも先に、数馬はさっき合流した4人の少年たちに尋ねた。
「この電車は灯島に向かう。問題ないか」
少年たちは目配せして相談する。4人のうちの1人が「親戚いるから」と言い、違う1人が数馬に答えた。
「問題ない」
数馬もそれにうなずく。改めて見ると、その4人の少年たちも各々の拳銃を持ち、服や顔は血に汚れていた。
「俺たちは後ろの車両いるよ。お取り込み中みたいだし」
4人のうちの1人が言う。彼が言うと、残りの3人も立ち上がって後ろの車両への扉を開けてそちらへ移った。
数馬も窓の外を眺める。燃える街を見ながら窓に映った自分の姿を鼻で笑ってから、次は車両の中を見る。
みんな誰かと一緒に泣いている。泣いていない人間も、誰かしらと一緒に街を眺めていた。
(ひとり、か)
数馬は悲しいような、逆にいつもと変わらないことに安堵したような気持ちを抱きながら銃を整備し始めた。
(次も人一倍戦ってやるさ。俺が死んでも誰も悲しまないし)
数馬は1人そう思うのだった。
列車は走り、目的地まであと5分ほどの地点を走っていた。
広志のいる運転席から、少し先にトンネルの入り口が見えた。
「ったく疲れたよ」
「これからが本番だ、やるぞ」
黒い服で身を固めたクライエントが言う。4人の大人達は走る列車を見下ろして険しい表情をした。
「俺の願いを聞いてくれ」
暁広達の列車が真っ暗な灯島トンネルに入った瞬間だった。
列車を激しい揺れが襲ったのである。だがさっきまでの爆撃の揺れとは全く違う縦揺れだった。
「今度はなんだ!?」
みんなの悲鳴が車両内に響く。
暁広は窓の外を見る。
「なんだこれ…!?」
黒いはずの車両の外、それが不気味な虹色に光り輝いていた。
しかも外だけではない。暁広が見回すと車両の中も虹色に光り、生徒たちの顔や服も見境なく虹色に染まっている。
染まっているのは暁広自身もそうだった。自分の体が見慣れない不気味な虹色に染まり、しかもその色が変化する。みんなそんな状況に戸惑っていた。
揺れが大きくなる。
暁広は手すりにしがみつき、声を上げた。
「落ち着け!じきに収まるはずだ!」
その間に数馬が運転席の背後のガラスに張り付く。
「広志!出口見えるか!」
「あぁ!あと少し!5秒くらい!」
数馬の質問に広志も揺れながら答える。同時に広志がカウントダウンを始めた。
「5…4…3…」
広志のカウントダウンにみんな身構える。トンネルさえ抜けてしまえばなんとかなるかもしれないという希望が彼らの中にはあった。
「2…1…!」
正面から白い光が見える。
「抜けるぞ!」
広志が叫ぶ。
みんなが目を開けると、不気味な虹色は消えていた。窓の外にあるのは灰色の空の下に広がる至って普通の街並み。何事もなかったかのように灯島の街は暁広たちを迎え入れた。
「駅に着くぞ」
広志が言う。みんなその言葉で現実に引き戻されたようだった。
「駅に着いたら、心音、案内頼む」
駿がたどたどしく言葉を並べる。心音もぎこちなく「ええ」と答えた。
「にしてもさっきの揺れはなんだったんだろう…」
茜が呟く。暁広がすぐに答えた。
「もしかしたら今回の黒幕がまた何か仕掛けたのかも。武田もどんな人間かわからないし、気合い入れてこう」
暁広の言葉に、みんな「おう」と返す。
電車がゆっくりと減速し、止まる。
プラットホームには誰もいない。
電車の扉がゆっくりと開く。
「行こう。真実へ」
暁広が短く言う。
返り血に汚れた小学生達は灯島の街へ歩き始めた。
最後までご高覧いただきましてありがとうございます
Chapter2、これにて完結です。ここまで読んでいただきありがとうございました。
山場あり、布石ありのChapter2でしたが、お楽しみいただけたでしょうか。
今後もこの作品にお付き合いいただければ幸いです。