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The Magic Order  作者: 晴本吉陽
Chapter 2 幕開け
17/124

Chapter 2-7 屍山血河

残酷な描写が含まれています

苦手な方はご注意ください

今回も少し長いです

 屋上にいた佐ノ介達A班は、体育館の真上にヘリコプターがつけているのを目撃していた。

「あれは…敵、だよな?」

 真次が呟く。佐ノ介はうなずくことしかできなかった。

「シャッターが開いてくれなきゃどうしようもないがな…」

 佐ノ介が呟くと同時に美咲の携帯が鳴る。携帯の向こうから聞こえる心音の声によるとシャッターが開いたそうだった。

 さっそく階段近くで見張っていたマリが手旗信号でシャッターが開いたのを知らせてくる。

 美咲が携帯にシャッターが開いたこと、そしてヘリが大量に飛んでいることを言葉が詰まりながら伝えた。

 暁広の声が電話越しに聞こえてくる。何人か腕の立つ生徒を彼の下に送り、その上で残りは保健室に撤収。佐ノ介はそれを聞くと銃を一瞬点検してから走り出した。

「俺が行く。みんなは保健室に」

 佐ノ介に言われると、みんなうなずく。佐ノ介はそれを見ることもなく走った。



 1階の北棟の職員玄関の前に、暁広がたどり着いた。隣には圭輝と浩助、そして茜がいた。

「待たせたな」

 そう言って職員室の方から現れたのは数馬だった。紺色の服が赤黒く染まり、目は鋭くなっていた。

「C班からは俺だ」

「頼もしいぜ、他は?」

「俺だが」

 数馬の後ろからは泰平が現れた。目には若干の不安がありそうだったが、冷静でもあった。

「後はA班だけども」

「遅くなった」

 佐ノ介が息を荒らしながら現れた。やはり返り血で汚れている。

「かなりの数のヘリが体育館の上に行ってた」

「やっぱりか、急ごう」

 暁広が言うと、揃った他のメンバー達もうなずく。

 心音がパソコンで開けた職員玄関を勢いよく開き、7人は走る。

 ヘリのホバリング音は聞こえない。既にヘリは飛び去ったのだろう。

 その代わり、体育館に近づくほどに大きくなっていく銃声と悲鳴が彼らの胸をざわつかせた。

「やっぱり…!みんな…!」

 暁広が悲痛な叫びを押し殺しながら体育館の入り口前に全力疾走する。

 体育館の前にたどり着くと同時に暁広が体育館の扉を開ける。

 みんな一斉に体育館の中に突入したが、中は灰色の煙で包まれていた。

「なんだこれ…?」

 悲鳴が体育館中に響き渡り、煙の中から銃声も聞こえる。暁広達は姿勢を低くしてその場に立ち止まっていた。

 突然煙の中から誰かが血まみれで出てくる。正面に立っていた数馬にその誰かが寄りかかってきた。

「なんだ!?」

 数馬は思わず変な声を出す。そしてよく見ると、その血まみれの人間はみんなの担任の先生である大上先生であった。

「大上先生!?」

「逃げ…て…」

 大上先生はそれだけ言い終えるとその場で事切れる。同時に爆発が起こり、体育館の壁に穴が空いたかと思うと冷たい風が吹き抜けて体育館内の煙が全てなくなった。

 煙が抜けた後に見えたのは凄惨としか言いようがないものだった。

 小さい子供も、女性も、男性も老人も一切の差別がなく銃やナイフで殺害され、体育館の壁という壁は血に染まっていた。

 体育館の中央には大きな背広姿の背中がひとつ、その周りには各所に黒い目出し帽の敵が点在していた。少なく見積もっても20人はいる。

「はぁぁぁぁ…やはり仕事はいい」

 中央の背広がそう言いながら振り向く。その顔はみんなに慕われている伊東校長先生のそれだった。

「校長…先生…?」

 数馬以外の人間の表情が強張る。伊東校長は肩をすくめた。

「まさか君たちが生き延びるとは。これは将来有望だ」

「あなたも敵と繋がっていたんですか!?」

 伊東の言葉を無視して暁広が叫ぶ。伊東は鼻で笑って答えた。

「その通り。さて、君たちの有望さが本物か、試すとしましょう?」

 伊東はそう言って口角を上げると、持っていたサブマシンガンを暁広達に向けた。

 その時だった。

「暁広に手を出すなこいつ!」

「弟はやらせねぇぞ!」

 伊東の足元に横たわっていた暁広の兄2人が伊東にしがみつく。だが2人とも傷を負っていて力は入っていなかった。

「邪魔だ!」

 伊東は一瞬体勢を崩したが、すぐに2人とも振り解くと横になった2人を踏みつけてその眉間に銃弾を叩き込んだ。

「…友広…?邦広…!」

 暁広が叫ぶが、兄達は動かない。伊東が暁広に銃を向けようとするが、伊東の横から一般男性が立ち上がって襲いかかる。

「逃げろおお!」

 そう叫ぶ男性は暁広の父だった。暁広の母も横になっていたのを立ち上がって伊東にしがみつく。

「邪魔だゴミが!」

 伊東はそう吐き捨てると、2人とも振り解く。敵が2人の周囲に寄って取り押さえた。

「父さん!母さん!」

 暁広が叫んで銃を構えるが左手を敵に撃ち抜かれる。それとほとんど同時だった。

「やめろぉおおおお!!」

「死ね!」

 暁広の叫びも虚しく、伊東の銃が唸る。

 サブマシンガンの弾は寸分違わず暁広の両親の眉間を撃ち抜いた。

 暁広の父親が天を仰ぐ。母親は暁広の方を見て手を伸ばしたまま何も言わなくなった。

 血溜まりができる。

 暁広は叫んだ。

「この悪党め!何があっても地獄に叩き落としてやる!絶対にだ!」

「悪党ぉ?笑わせるなよ?自分が正義だとでも思っているのか?あん?」

「当然だ!貴様みたいな人間を許さない!俺が正義だ!」

「違うね、正義とは勝者のことだ!勝者とは力を持つもの!無力な奴が負け、負けた奴が『悪』なんだよ!」

「ふざけるな!散々人を苦しめておいて開き直るんじゃねぇ!」

「その苦しみから守るのが『正義』だろう?お前が正義ならなぜこうなった?」

「貴様のせいだ!」

「お前が弱いからだ!何も守れないものが『正義』であるはずがない!弱い貴様に『正義』を語る資格などない!今から死ぬ貴様は所詮弱者であり『悪』なんだよ!」

 伊東の強い言葉に暁広は黙り込む。目の前で家族を殺され、自分自身が信じていた『正義』を完全な形で否定されて、今の彼は空っぽだった。

「喋りすぎたな。殺せ」

 伊東の指示で暁広達を取り囲むように配置されていた敵が銃を構える。暁広達の後ろは一応扉が開いてはいるが、正面には敵がいてまっすぐ逃げてもまず撃たれるだろう。そして敵の数の多さからまともに抵抗しても勝ち目は薄いだろう。

 暁広達は三列になって並んでいる。1番前には暁広と茜、前から2番目に圭輝と浩助、1番後ろには数馬、佐ノ介、泰平の3人である。逃げるにしても戦うにしても手詰まりだと思われた状況だった。

「泰さん、佐ノ、合図したら浩助とデブを引っ張って逃げてくれ」

 数馬が小声で佐ノ介と泰平に言う。2人は半ば諦めていたので、従ってみることにした。


「今だ!」

 数馬が叫ぶ。体育館の床に何かが転がる音がした。

 同時に佐ノ介と泰平が全力で浩助と圭輝を引っ張り後ろに引きずって体育館を出る。

 突然のことに敵の動きが鈍い。

 数馬は自分が転がしたものが暁広と茜の前に転がったのを見ると、2人の正面に回り込んで腰を抱き抱えるようにして押し、体育館の外へ出た。

「総員退避!」

 体育館の中で伊東の声がする。敵達はすぐに数馬が転がしたものから距離を取った。

 しばらくすると体育館に甲高い音と強い閃光が疾った。

「ちくしょう、あのガキ!スタングレネードだと!?」

 伊東は悪態を吐きながらめまいから立ち直ろうと頭を振る。

 一方の数馬達は走って職員玄関を目指していた。

「保健室を起点にして銃撃戦か」

「その通り!」

 泰平の言葉に数馬が叫ぶ。そのまま先頭を走っていた浩助が職員玄関にたどり着き、そのまま保健室に駆け込む。

「みんな!体育館から敵が来る!」

 浩助が保健室の面々に向かって叫ぶ。保健室に寿司詰めになっていた6年3組のメンバーは体育館の方に面した窓を見る。体育館からは煙が出ていた。

 浩助に次いで圭輝、茜、暁広、泰平と保健室に駆け込む。

「窓を開けるんだ!撃ち合いになるぞ!」

「武器取ってくる!」

 泰平がクラスメイト達に叫ぶ。さらに校長室に武器があることを知っている明美と香織が声を張る。武器を持っていない美咲、さえ、めい、蒼といった女子達もその後ろについて行く。残りの武器を持った生徒は窓際にしゃがみこみ、窓を開けて銃を構えた。

「泰さん、数馬と佐ノ介は?」

「職員玄関前で待ち伏せるそうだ」

 竜雄の質問に泰平が答える。泰平の言う通り、数馬と佐ノ介は職員玄関前でうつ伏せになり、出てくるであろう敵を迎え撃てるように構えていた。

 泰平は銃を握りしめながら周囲を見回す。すると、隣に正がいるのに気づいた。

「正、確かその銃は大砲みたいに使えるんだったか?」

「あぁそうだけど」

「入口に向けて撃てるか?」

 泰平が言うと正は狙いをつける。

「できんことはないィ!」

「撃て!」

 泰平の掛け声と同時に正が引き金を引く。正が持っているのはグレネードランチャー(コルトM79)、爆発物である榴弾を発射する銃であった。

 正の銃から放たれた榴弾は体育館の入り口の扉に直撃する。反動で正は吹き飛び、後ろに倒れた。

 扉が吹き飛び、体育館の中に滑り込んでいく。同時に何人かの悲鳴が聞こえた。

 体育館の入り口の扉が吹き飛んだおかげで少しだけ保健室からも体育館の内部が見える。

「佐ノ、フォロー!」

 職員玄関前にいた数馬がホフク状態から立ち上がって駆け出しながら言う。佐ノ介も数馬の少し後ろから付いてくる。

 数馬が体育館の入り口までやってくる。

「私も行く」

 保健室で見ていた玲子が周囲に聞こえるように言う。窓枠を乗り越え、数馬のいるところに駆け出す。チャンスと見た暁広、竜、遼も窓枠を乗り越え駆け出す。

 さっそく数馬は1人で体育館に入る。

 周囲を見回すと、敵の多くは体育館奥の舞台の上の方に逃げている。見たところ15人ほど。体育館の床には死体が大量に転がっているため自由には走れ回れそうになかった。距離は25mほど離れている。

 入って左側には跳び箱が、右側にはマットがあるが、近くに遮蔽物として使えそうなものはない。

「怯むな!所詮はガキだ!撃ち殺せ!」

 伊東が叫ぶ。

 数馬は死体をよけながら前に進む。

 敵もマシンガンの銃撃を開始する。

 20m離れた地点の数馬は咄嗟に死体と死体の間に倒れ込む。

 血の匂いと妙な匂いが鼻についたが、それを我慢して数馬は死体のフリをする。

「よし、前進だ!逃すんじゃないぞ!」

 伊東がもう一度叫ぶ。呼応するように敵の武装集団も銃を構えながら横1列になって前進を始める。

敵と数馬の距離が15mになったころ、敵がサブマシンガンで一斉に周囲に銃弾をばら撒く。死体の中から生存者を炙り出すためである。

 数馬の背中を無数の銃弾が掠める。それでも数馬は辛抱強く死体のフリをしていた。

 敵との距離が10mになる。いい加減数馬としても不安が募ってきた。

(頼むよ佐ノ…!)

 だが佐ノ介始め誰か数馬の味方が動き始める気配はない。

 敵がもう一度銃弾をばら撒く。今度は正確に数馬と銃弾が肉薄して来ていた。

 敵が進む。

「よし、殺せ!」

 そう叫んだのは暁広だった。

 体育館の入り口から佐ノ介、駿、遼、竜、玲子と共に銃を出しながら体を隠して銃撃を始める。

「床に伏せろ!慌てるな!」

 子供達の銃声に対してすぐに伊東が指示を出す。

 15人のうち2人ほどは撃たれたが、残りは死体を蹴り退けて床に伏せて撃ち返す。

「クソッ!」

 敵の銃弾を肩に受けて遼がその場に倒れる。

 遼が撃っていたのは連射速度に優れたサブマシンガンだったので、子供側の弾幕が薄くなった。

「押し返せ!」

 伊東の指示が飛び、敵はもう一度立ち上がって前進しながら銃弾をばら撒く。

 今度は暁広達のいる体育館の入り口側に発砲していた。

 強力な銃弾の嵐に暁広達も身を隠す。

 敵が数馬のすぐ近くまでやってきた。

 数馬はまず近くに来た敵の脚にナイフを突き刺すと、立ち上がってその敵の背後に回り込み、喉仏を貫く。

 だが数馬は左右から敵に挟まれていることに気づいた。このままでは撃ち殺される。

「俺ごと撃て!」

 数馬は敵の注意を引くために叫ぶ。

 敵の銃口は、数馬と体育館の入り口の暁広達どちらを狙おうか迷ったようだった。

「こんちきしょう!」

 暁広はそう言いながら遼からサブマシンガンを奪って体育館の内部へ乱射する。

 一瞬動きが止まった敵の2,3人が撃ち抜かれる。

 数馬は咄嗟にその場から離れ、暁広達から見て左奥へ転がった。

 遅れて暁広を支援する様に佐ノ介達も銃撃を開始する。

 数馬も同様に、敵に振り向いて銃撃を浴びせる。

 激しい銃撃に敵はさらに5,6人倒れ、立っている敵は8人ほどになっていた。

「素人の役立たずが!舞台まで下がれ!」

「容赦すんな!ぶっ殺せ!」

「みんな!来てくれ!」

 伊東の怒鳴り声がしたかと思うと暁広もその場のみんなに指示を出す。佐ノ介も保健室の面々に声を張る。

 暁広達体育館の入り口で固まっていた5人も体育館の中へ突入した。

 保健室の窓から泰平や竜雄、正や広志といった男子が出てくる。

 さらに武器を補充した女子達も慣れない拳銃の重さに振り回されながら体育館の入り口まで走り、陰に隠れる。

 みんなが移動している間、数馬は敵に銃撃を浴びせる。

 かなりの速度で連射したが、あまり当たらない。

 それでも敵を1人倒していた。

 だが気がつくと虚しい空撃ちの音がする。弾切れである。

「やべ」

 敵がサブマシンガンの銃口を数馬に向ける。数馬は咄嗟にそこを飛び退いて床に伏せたが銃撃が数馬の後を追って来ていた。

「死ねガキ!」

「させっかよ!」

 佐ノ介がそう言うと数馬を狙う敵のこめかみを撃ち抜く。

 その間にも暁広はサブマシンガンを腰に構えて乱射する。

「下がれ!」

 伊東が叫びながら暁広達に背を向けて走る。だがその叫びも虚しく、暁広達の乱射に加わった女子達の銃撃によって伊東の部下達は次々に倒れていく。

 あっという間に伊東は1人になっていた。

「クソ…こんなガキどもに…!」

 伊東が悪態を吐きながら死体に足を取られ転ぶ。見るとその死体は暁広の父だった。死体の手はちょうどいい具合に伊東の足首に絡みついていた。

「離せこの…!」

「死ねぇえええええ!!!」

 伊東が見たのは鬼の形相の暁広だった。怯む伊東をよそに暁広はショットガンの引き金を引いた。

「うぐぅあっ…!」

 伊東の脇腹に風穴が開く。

「ちくしょうが!」

 暁広は一気に伊東に駆け寄り、顔面に両足蹴りを放つ。伊東はその場に鼻血を吹きながら天を仰いだ。暁広も床に倒れこんだがすぐに立ち上がって伊東にショットガンを向ける。6年3組の生徒達は銃撃を止めて伊東の下に寄ってきていた。

「…くっ…まさか遅れを取るとは…」

 悪態を吐く伊東に、暁広は無言でショットガンを向ける。伊東は鼻で笑った。

「撃ち殺せ。私1人殺しても何も変わらんがな」

「トッシー、情報収集を…」

 暁広を止めようとする駿を、茜が止める。

「やらせてあげて…!」

 茜の言葉に全員黙り込む。同時に暁広はショットガンを構え直した。

「何も変わらないことはない…お前を殺せば正義を果たせる!」

 伊東の目に諦めが宿る。構わず暁広はショットガンの引き金を引いた。

 見るも無惨な赤色の塊が床に飛び散った。

「仇は討ったぞ…みんな…」

 暁広は1人呟くとショットガンの撃った弾を排出する。空薬莢が床に転がる音がした。

「クソ…ッ…」

 暁広の拳が床に叩きつけられる。血に汚れた床に涙が溢れていくのが周囲の子供達にもわかった。

 茜が暁広の肩にそっと手を置き、隣にしゃがみ込む。暁広は無言でその手を取り、うなずいた。

「一旦出よう…今後のことを考えなきゃ」

 駿が指示を出す。みんな無言で体育館を出ると最後の暁広もうなだれながら体育館から出てくる。


 総勢28人の男女達が体育館前で円を作り、話し合いを始めた。

「頼みの綱だった学校も安全じゃなくなった。どこかに逃げなきゃならない」

「他に避難所として指定されている施設、誰か知らない?」

 駿が呼びかけ、心音が尋ねる。だが誰一人意見が出てこなかった。

「80人はいたのに、それがあっという間に死んじゃった…どこ行っても無駄なんじゃないの…?」

 良子が弱々しく言う。みんなの心の中に確かにそういう不安はあった。それだけに誰も何も言い返せなかった。

 背後の体育館の中を見る。卒業式も行うはずだった綺麗な体育館は、今では屍の山と血の河があるだけの地獄になっていた。

 暗い雰囲気に包まれた彼らの耳に、突如市内放送のチャイムの音が入ってきた。気の抜けるような平和な音、だが今はそれが却って不気味だった。

「こちらは、GSSTです」

 いつも市内放送で聞く女性の声とはまた別の女性の声。どこか機械的でしかも耳慣れない単語。やはり不気味だった。

「15:15現在、我々は約1万人、湘堂市の人口の約2.5%の殺害に成功しました。さらに死傷者を増やすため、我々は16:00より縦菅たてすが海軍基地より爆撃を開始します。範囲は湘堂市全体です」

 何もかも異常だった。人を数字としか見ておらず、殺すことに一切の罪悪感を覚えない相手。そんな人間でなければこんな恐ろしいことは言えないだろう。少年たちの背筋が凍りついた。

「湘堂市の脱出口は全て閉鎖しました。唯一四辻駅の列車は残してありますので、脱出するならお早めにどうぞ」

 市内放送の声は吐き捨てるようにそう言った。

 放送終了のチャイムが鳴る。

 黙って聞いていた生徒達は急にざわめき始めた。

「四辻駅はここから10分もあれば着く」

「16:00までに間に合うよ!」

「待った」

 騒ぎ始めた女子を中心とした生徒たちに、暁広が冷静に言う。彼の顔つきはいつもの明るいそれではなく、どこか陰を感じさせるものになっていた。

「こんなにタチの悪い連中がタダで逃げ道を残すわけがない。何か罠があるはず」

 暁広の言葉にみんな言われてみればと静まりかえる。理沙も状況を報告する。

「怪我人も多いしね。戦うには」

 理沙の言う通り、先ほどの銃撃戦で動けないほどの怪我人はいないものの、肩や腕に銃弾を受けた生徒は少なくなかった。

「じゃあどうするの?ここで死ねっての?」

 美咲が思わず食ってかかる。彼女の左腕も銃弾が掠めて血に汚れていた。

「提案」

 泰平が手を挙げて言う。みんな振り向いた。

「軽装の数人で四辻駅の様子を見てきてから判断。16:00までのタイムリミットなら足の速い生徒達が行って戻ってきてから判断するのは不可能じゃないはずだ」

 泰平の提案にみんな感心したようにうなずく。駿も即座にうなずいた。

「危険だが、やってくれるのは?」

「俺がやる」

 駿の呼びかけに、数馬が拳銃に弾を込めながら言う。すぐに佐ノ介も手を挙げた。

「言い出しっぺだから俺も行こう」

 泰平も言う。目つきが鋭くなっていた。

「俺も護衛に付こう」

 暁広もショットガンに弾をこめながら言う。しかしすぐに泰平が止めた。

「その銃は重いだろう。偵察には不向きだ」

「3人でいいよ。多すぎても目立つし、万が一があったら被害も少なくて済む」

 数馬も泰平に賛同して言う。暁広も大人しくうなずいた。

「でも安藤も重村も負傷してるけど大丈夫なの?」

「かすり傷だ」

 どちらかと言うと重傷な佐ノ介が言う。みんな黙り込んだ。

「決まりだな。15:35までに戻らなかったら俺たちのことは忘れてくれ」

 泰平は淡々と言う。すでにこの3人は様々な覚悟を決めていた。

「…わかった。ありがとう」

「礼はいらねぇよ。行きますかぇ」

 駿の言葉に数馬が軽く言うと、泰平、佐ノ介と共に走り始めた。

「気をつけてね!」

 マリが3人の背中に声をかけて手を振る。佐ノ介は一瞬振り向いて手を振ると、すぐに向き直って走った。

「あの3人が戻ってくるまでに私たちも逃げ場を探しましょう」

 心音が言う。すぐに明美が提案した。

「武器庫は校長室の地下だから、あそこならなんとかなるかも」

「いや、どこか違う施設の方が…」

 議論はどんどんと白熱していった。


 一方で数馬、佐ノ介、泰平の3人はこの学校の裏門まで走っていた。

「にしても数馬、さっきのスタングレネード、見事だった」

 佐ノ介が笑いかけるが、数馬は笑わずに答えた。

「あれをいつ手に入れたかわからないんだ。記憶がない」

 数馬の真剣な表情に泰平が疑問をぶつけた。

「夢遊病か?」

「いいや、全部意識はあった。殺した人間の動きや殺し方まで全部覚えてる。でもあのグレネードだけは記憶にない。気がついたら握っていた…」

「…わからんが今は急ごう。灰にはなりたくないしな」

 数馬の疑問に佐ノ介が一旦蓋をする。3人は裏門にたどり着くと、再び銃声のこだまする街へ走り始めた。

最後までご高覧いただきましてありがとうございます

目の前で自分の大切なものを踏み躙られるのは、どんなに悲しいことでしょうか

それでも彼らは戦い続けることを選びました

そんな彼らを、今後も見届けていただけると幸いです

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