Chapter 2-3 6年3組
残酷な描写が含まれています
苦手な方はご注意ください
12月25日 14:30
七本松小学校の体育館に、魅神暁広、重村数馬、安藤佐ノ介、河田泰平、川倉竜雄、馬場浩助の6人が逃げ込んできた。彼らのうち何人かは返り血を浴び、服の色がおかしくなっているものもいた。何より異常だったのは、全員平和な日本で見るはずのない実銃を手にしていたことであった。
さっそく6人は思い思いに散らばり、それぞれの時間を過ごし始めた。
暁広はまず入り口の近くにいた自分の家族を見つけていた。
「父さん、母さん!兄ちゃん!」
暁広はショットガンを背中に回すと、座り込んでいた両親と、腕に包帯を巻いた兄達の前にしゃがみこんだ。
「おぉ、無事だったかトシ」
「うん、なんとか。みんなと協力して乗り切ったよ」
安堵する父親に対して、暁広が笑顔でうなずく。母親も少し安心したようだった。
「友広兄ぃと邦広はどうして怪我してんの?」
「家にも敵が現れたの。それで2人が頑張って追い払ってくれたんだけど…」
母が言うと、暁広も何かを察した。兄達も戦って逃げてきたのだろう。包帯はその時の負傷であろう。
「でもとにかくみんなが無事で本当によかったよ」
「運が良かったのさ、でもみんながみんなそうじゃないのはわかっておけよ?」
父が言うと、暁広も引き締まった表情でうなずいた。
「よし、わかったなら茜ちゃんのところに行ってこい。だいぶまいってるみたいだからな」
父が改めて言う。暁広は首を一瞬傾げてからうなずき、その場を去った。
そう広い体育館ではないので茜を見つけるのにそう時間はかからなかった。
暁広は窓際に座り込む茜の前にしゃがみ込むと優しく声をかけた。
「茜?」
ハッとしたように前をみた茜の顔には血がこびりついていた。よく見ると両手にも血がたくさん付いていた。目も恐怖を覚えているようだった。
「トッシー…!」
暁広の目を見た瞬間、茜の瞳が少しだけ輝いた。暁広にしがみつくように立ち上がり、堰を切ったように思いの丈を吐露し始めた。
「チハルが…いきなり殺されて…!」
「妹さんが…」
「来る途中でも色んな人が殺されてた…玲子とマリと桃がいなかったら私たち全員死んでた…!なんなのこれ…!」
錯乱する茜の肩を暁広は優しく持つ。暁広はゆっくりと声を発した。
「大勢の命を奪う悪人め…絶対に茜のことは傷つけさせない…!」
暁広がそう言うと、茜は暁広の目を見つめた。
「本当に?」
「もちろんだとも。俺たちは絶対に勝つ。あんな悪人達に負けないよ」
暁広の優しい表情と声に、茜も少し安心したようだった。
「ありがとう…私トッシーの友達でよかった」
「俺も茜が無事でよかった」
暁広はそう言って笑うと、何か思いついたようだった。
「ねぇ茜、クラスのみんないるのかな」
「心音と駿が確認してると思うよ。どうしたの?」
「校舎の中をみんなで調べて、役に立ちそうなものを回収するのはどうかなと思ってさ。何かやることがあれば、みんなも気が紛れるかと思って」
「うん、いいと思うな。心音達は大上先生の近くにいると思うから、相談してみたらどう?」
「そうするよ」
暁広の言葉を聞いて茜も立ち上がる。2人はそのまま大上先生と学級委員2人の下へ向かった。
大上先生と学級委員2人は体育館の中央にいた。その周囲には、星野玲子や河田泰平などのクラスメイトもいた。
「あぁトッシー、よかった、6年3組全員無事だ」
学級委員の男子、野村駿が暁広の顔を見て笑いかける。だが目は据わっている。暁広も不安そうにうなずいた。
「提案なんだけどさ」
暁広が言うと、駿はうなずく。暁広は冷静に話し始めた。
「俺たちで校舎の中を探索して使えそうなものを探して警官の皆さんを支援しないか?」
暁広の言葉に大上先生を含めて周囲の人間たちは黙り込む。危険だがたしかに何もしないままでいるのも辛かった。
「敵がいたらどうする?」
「見た感じ武器を持ってる生徒も多いみたいだ。うまくグループ分けを考えれば戦えると思う」
「反対よ」
座っていた大上先生が顔をひきつらせて言った。
「危険だし、人殺しなんて絶対ダメ」
「でも、このまま警察の人たちに任せっきりで何もしないなんて嫌です」
暁広が反論する。大上先生が何か言おうとした時だった。
「立派ですよ、魅神くん」
横から拍手と同時に老人の優しい声がした。振り向くと伊東校長先生が微笑んでいた。
「苦しい時に、誰かのためにできることをしようという心意気、素晴らしいです。私は君たちを応援します」
「しかし校長先生」
「このまま体育館だけでは人は収容しきれません。校舎の安全確保も兼ねて、お願いしたいと思います」
「ですが危険です」
「ここまで逃げて来れた生徒達です。それに、最後に私が校舎を出た時には安全そうでしたし、その後玄関の鍵もかけたので賊はあまり入っていないと思われます」
感情的になる大上先生に対して、伊東校長先生は冷静に根拠を並べる。冷静な校長先生の言葉に、暁広達もできるような気がしてきた。
「なので、お願いします。警官やこれから逃げてくる人たちのために、6年3組全員で校舎の探索をしてください」
伊東校長先生の言葉が、暁広としても非常に嬉しかった。信頼されている。その事実だけでも非常に誇らしかった。
「わかりました!」
暁広が明るく答える。周囲にいた6年3組の生徒達も明るく「よっしゃ」と返事をして立ち上がった。
「じゃあ俺と心音が班分けを考えるよ。45分になったらみんなここに集合してもらう。そう伝えてきて」
駿が爽やかに言う。その場にいたクラスメイト達が各方面に散って行った。
暁広は一度茜と別れると、もう一度自分の家族の下にやってきた。
「ってことで、仲間達で学校を調べることになった」
暁広が言うと、母も父も、普段は喧嘩ばかりの兄達も目を伏せて何か考えたようだった。
しばらくの沈黙の後、父が明るい笑顔を見せた。
「わかった。色んな人を思いやり、協力し合うことを忘れないようにな。行ってこい」
「気をつけるんだよ」
父の言葉の後に、母が笑いかける。暁広は両親の優しさを噛み締めながらうなずくと、いつも通り返事をした。
「行ってきます!」
星野玲子は冷えた体育館の床に腰を下ろした。向かいの窓に広がる曇り空をぼんやりと眺め、左手の拳銃の重さを感じながら自分にできることを考えていた。
右側からソーダシガレットが一本差し出される。玲子はそれを目もくれずに手に取ると、正面を向いたまま話し始めた。
「6年3組全員で校舎の探索をするようよ」
右側からソーダシガレットを噛み砕く音が聞こえる。そしてため息がひとつ聞こえたかと思うと、重村数馬は短く答えた。
「反対だ」
「今日は寒いわね。誰かさんのところは臆病風が吹き荒れてるし」
玲子はやはり正面を向いたままだった。そして数馬も同じ方向を向いている。
「仮にもプロである警察が作戦行動中。その後ろで素人が勝手に動いちゃ迷惑千万」
「だからって何もしないの?」
「無能な味方は敵より怖い。働き者ならなおさらな」
「一理ある、か」
数馬の言葉に、玲子が黒い上着の襟を立てながら呟く。それでもやはりお互いに顔は合わせない。
「ま、ウチは大丈夫でしょうよ、星野さんがいらっしゃいますし?」
「誰かさんはサボるのかしら」
「決まったからにはやりまっせ。そういう性分だ」
「45分に駿のとこ集合」
玲子は数馬の返事を待たずに立ち上がる。正面からやってきていた親友の吉田桜の下へ歩き始めた。
「玲子、心音が」
「今行く」
玲子達が数馬から離れていく。桜は不思議そうに玲子に尋ねた。
「また喧嘩してたの?」
「まぁね」
「こんな時に?」
「こんな時だからよ。あいつと安藤はこういう時ほど信じられる」
玲子の意外な言葉に、桜は小さく笑って茶化した。
「そうだね。玲子の大好きなトッシーの力になってもらお?」
「…バカ。ぽやっとしたら死ぬわよ」
玲子は口ではそう言いながら、緊張状態でも冗談を吐く桜に少し心を救われていた。
安藤佐ノ介は体育館の入って右奥の窓際で人を探していた。そして今ようやく件の人を見つけた。
「マリ…!」
佐ノ介の恋人、遠藤マリが壁に寄りかかって体育座りになっていた。
名前を呼ばれたマリが思わず片手に持っていた拳銃を佐ノ介に向ける。しかしすぐに相手が誰であるのか気づいてやや錯乱しながら銃を下ろした。
「ああっ、ご、ごめんなさい、佐ノく…いや、あ、安藤君…」
「今なら誰も見てないよ」
動揺しているマリを、佐ノ介は優しく声をかけながら抱きしめる。マリは涙を流していた。
「怖かった…前に佐ノくんが銃の使い方を教えてくれてたからよかったけど…本当に殺されるかと思った…!」
「うん、大丈夫。マリはよく頑張ったよ。もう大丈夫」
佐ノ介はマリの背中を優しく撫でる。その時佐ノ介はマリの背中と頬、自分の手が返り血を浴びていることに気づいた。
「マリ、もう無理しなくていいんだよ。あとは俺が絶対に守る」
「佐ノくん…!」
安心したのか感極まってマリは佐ノ介の胸で泣きじゃくる。佐ノ介はマリの温かみを抱きしめて決意を新たにした。
「絶対に守り抜く。何があっても」
佐ノ介の言葉が聞こえたのか、マリも佐ノ介の腕の中でうなずいた。
「佐ノ」
佐ノ介の後ろから数馬の声がする。佐ノ介はマリを抱きしめながら振り向かずに耳を傾けた。
「45分に駿のところ集合だ」
「わかった」
やはり佐ノ介は振り向かなかった。数馬はその様子を見てうなずくと、その場を立ち去った。
河田泰平は入口付近で友人の藤田真次や黒田武、前田理沙、池田良子、保高めい、といったメンバーと雑談を交わしていた。
「街はどうだった、泰平」
武が低い声で尋ねる。無口な彼が積極的に質問してくるのは珍しい。泰平は淡々と状況を話した。
「非常に危険な状態だ。事故った車で逃げ道の多くは封鎖されている。敵の多くは強力な銃で武装していて、無差別に住民達を殺害して回っている。女だろうと、小学生だろうと」
「ひでぇな…俺は学校にいたからわかんなかったよ…」
泰平の語った状況に思わず真次が呟く。続いて理沙が質問した。
「あなたの?その血の汚れ」
「返り血だ。逃げる時に…人を撃った」
泰平が嫌そうに答える。みんな何か言いたそうにしていたが、すぐにめいが口を開いた。
「状況が状況だもん。仕方ないよ」
めいの言葉にみんな目を伏せる。同時に良子がぶつぶつと何かを話し始めた。
「そうね結局仕方ないって言って相手を殺すのよね、向こうが手を出してきてこっちは正当防衛なのに向こうも復讐だって正当化して殺しにくるのよね、そうしているうちに私たちはなすすべもなく一方的にみんな殺されちゃうのよねわかってる」
「縁起でもねぇこと言うなって」
「でもこれが現実じゃない!私たちは何にもできないで殺されるのよ!」
真次の制止に対して良子が若干ヒステリックになって声を上げる。みんなが黙り込むと、泰平が鼻で笑った。
「面白い妄想だな」
「妄想?現実的な話じゃない!」
「違うね。現実的な話というのは、自分たちの現状を把握し最善の一手を考えることだ。現状の把握もできていない池田の話は妄想に過ぎない…ッ!」
「現状なら把握できてる」
「そうか?池田の言う通りの現状ならなぜ6年3組は全員無事なんだ?一方的に殺されているはずだろう」
泰平が淡々と、しかし熱く語る。良子が黙り込んだ。
「結論は簡単だ。最善を尽くせば我々には生き残れる可能性がある。悲観していてはそれも掴めんがな」
「じゃあどうしろってのよ」
「45分の集合までに準備運動でもしておくんだな」
泰平はそう言ってその場を立ち去る。良子達はお互いに顔を見合わせたあと、立ち上がって軽く準備運動を始めた。
川倉竜雄は馬矢浩助と共に男子がたむろしているスペースにやってきた。いたのは洗柿圭輝、大島広志、斉藤遼、宮本竜、吉村正である。
「なぁ、誰か俺の家族を見てないか?」
竜雄が男子達に尋ねる。だが男子達はうつむいたままだった。
「な、圭輝、家近かったろう?見てないか?」
「…ああ」
「本当に?」
「見てねぇっつってんだろ!」
圭輝が怒鳴る。思わず周囲のメンバーは怯んだが、すぐに広志が優しく声をかけた。
「おめぇさんおっつけって。そんな怒る必要ねぇだろぃ?」
「そういえば竜雄は俺たちと合流する前何してたんだ?」
浩助が尋ねると、竜雄は普通に話し始めた。
「お遣い頼まれててさ。で、帰ってきて家に入ろうとしたら敵に襲われて。そのまま俺の家族はバラバラ」
「元気出せよ、生きてるだけ儲けもんだろうぜ」
遼がそう言って竜雄の肩を叩く。それとは関係なしに竜が呟いた。
「圭輝はUZI、竜雄はAK、浩助はクーガーで、正はM79、で俺は44マグナムか…」
「なんの話だい?」
竜の言葉に竜雄が尋ねる。正が代わりに答えた。
「敵の装備がむちゃくちゃすぎるって思ってんだよ」
「そうそう、コマンドーかと思う奴もいればタダのカカシまで様々。『こいつは何か裏があります』」
竜の言葉に、竜雄も納得した。言われてみれば自分達、正確には数馬達が対抗できているのが不思議だった。プロが相手ならば子供の我々などあっという間だろう。
「ま、考えんのは後でいんじゃね?とりま頑張ろーぜ」
遼が軽妙に言いながら立ち上がり、駿の方へ歩いていく。竜雄は顔を伏せる圭輝に違和感を覚えずにはいられなかった。
女子はほとんどマットの近くで固まっていた。だが雰囲気はすでに絶望的で、普段の明るさはかけらも感じられない。原田茜は、うつむく女子たち、伊藤美咲、金崎さえ、黒田明美、山本香織、細田蒼、中西桃の一団の下にやってきた。
「この後みんなで校舎を調べるんだって」
「聞こえてたよ」
茜が言うと、明美がうなずく。女子の中では悲観的なムードが漂っていた。
「血は…見たくない」
香織が体育座りになって呟く。いつも明るい彼女らしくない気弱な言葉だった。
「殺されんのはまっぴらだよ。行きたくない」
「正直私たちが行っても殺されちゃうだけな気がするよ…」
美咲やさえも普段の余裕をかなぐり捨てやや必死になって言う。茜としては暁広が考えてくれたアイディアを無下にされたくなかったが、彼女達の気持ちも痛いほどわかるので何も言い返せなかった。
しかし、意外なところから反論が飛んできた。
「でもまぁ?イケメンは死なないって言うし?トッシーがやろうって言ったんなら大丈夫じゃね?」
面食いで有名な蒼の言葉に、思わずみんなが苦笑する。
「イケメンは死なないって何?」
「映画とかだったらまず死なないじゃん。まずはブサイクが死ぬ」
「現実だよこれ?」
蒼の言葉に美咲が反論する。すると桃が口を開いた。
「映画も現実も、やるだけやんなきゃ勝てない。そこだけは同じ」
桃は返り血で濡れたメガネをクイと押し上げて話した。
「私はやるわ。殺されたくないから、殺す。これまで通りよ」
桃は女子が逃げる時には率先して銃を取り、玲子、マリと共に逃げ道を塞ぐ敵を倒してきた。すでに彼女の気迫は小学生のそれではなかった。
桃の気迫に飲まれて女子はみんな黙り込む。
「時間ね」
茜が言うと、女子はゆっくり立ち上がって駿の下へ向かった。
14:45
体育館の舞台の前に、6年3組の生徒28名が集まった。彼らは学級委員の駿と心音を中心に半円を描いていた。
「みんな話は聞いてると思う。これから校舎の内部をみんなで調査する。伊東校長先生の話では敵は少なそうだが、この状況だ、敵がいないとは言い切れない」
駿が言うと、少しざわめきが起きる。この作戦に否定的な意見もいくつか聞こえた。
すぐに暁広が立ち上がった。
「あのさ皆!確かに敵は怖い、それはわかる。でもそんな中でも警察官の皆さんは俺たちを守るために戦ってくれてる!そんな中で俺たち動ける奴が何もしないって、正しいのかな?俺たちは協力し合える。敵だって切り抜けてきた!だから大丈夫!俺たちみんなで、正しいことをしようよ!」
暁広が駿の横に立って演説する。クラスメイト達の間に沈黙が漂った。
ひとりの拍手が沈黙を破った。
「うん、みんなでなら、正しいこと、できると思う」
茜だった。暁広をまっすぐ見据えながらうなずき、言葉を発する。暁広はその瞳がたまらなく好きだった。
すぐに拍手が広がる。駿が、心音が、蒼が、圭輝が、浩助が。どんどんと拍手の音は大きくなっていき、最後の数馬も引き締まった表情で拍手をしていた。
「決まりだね。こっちには地の利もあるし大丈夫、きっといける」
駿が笑う。暁広は力強くうなずいた。
「じゃあグループを発表します。班は4つに分けました。A班は3階の調査を、B班は2階、C班は1階、D班は保健室の確保をお願いします」
「保健室?」
淡々と発表する女子の学級委員、糸瑞心音に対して暁広は尋ね返した。
「先生方とも相談した結果、1階の保健室を拠点とするのがいいという結論に至りました。何か危険があった際にはみんな保健室に逃げ込むようにしてください」
心音は事務的に、淡々と言う。みんながうなずいたのを見てからバインダーに挟んだ紙をめくった。
「それじゃあメンバーを発表します。呼んだら並んでください。A班、安藤、伊藤、遠藤、大島、金崎、藤田、吉田」
生徒たちが動き始める。佐ノ介は数馬の肩に手を置きながら立ち上がると、不敵な笑顔のまま列に加わった。
「B班、洗柿、糸瑞、野村、馬矢、原田、星野、魅神」
「よし、頑張ろうな!」
暁広が列に加わりながら言う。B班の士気は目に見えて高くなっていた。
「C班、川倉、斉藤、重村、明美、武、中西、山本」
呼ばれたC班は淡々と列に並ぶ。なかなかクラスでは組まないメンバーだったので話題も何もなかった。
「D班、池田、河田、細田、保高、前田、宮本、吉村」
D班には保健委員の2人が加わっていた。保健室で負傷者の手当てなども担当するのだろう。
「以上です。武器や男女バランスも考えた形になっているはずです」
心音がやはり事務的に言う。誰も心音の意見に反対はなさそうだった。
下がっていた大上先生が不安そうに生徒達に語った。
「みんな気をつけて…本当なら先生も行くべきなんだけど、ここの避難誘導をしなきゃいけないから…」
「大丈夫ですよ、大上先生」
伊東校長先生が大上先生の背中に手を当てる。
「無理はしないように、安全第一でね。みんなとまた笑顔で会えるのを楽しみにしていますよ。お願いします」
伊東校長先生が駿に職員玄関の鍵を渡しながら言う。6年3組は全員で「はい!」と元気よく答えた。
「それじゃあ、いってらっしゃい。気をつけてね」
「行ってきます!」
伊東校長先生に言われ、6年3組の生徒たちは動き始めた。数馬と佐ノ介と暁広の3人で先頭を行きながら体育館から外に出るのだった。
外は黒い雲で覆われていて、暗かった。それを気にせず、体育館を出て右に進むと、渡り廊下の下までやってきて左側の職員玄関の前に立った。
「駿、鍵を」
先頭にたっている数馬が後ろの駿に短く言う。駿は小走りで数馬に駆け寄ると職員玄関の鍵を手渡した。
「敵がいるかもしれないからみんなに静かにするように言ってくれ」
数馬に言われて、駿が後ろのクラスメイト達に静かにするように指示する。周囲が静まり返ったのを確認してから数馬はゆっくり鍵を開けた。
佐ノ介と左右に分かれ、数馬が引き戸の職員玄関の扉を開け、佐ノ介が姿勢を低くしながら銃を構えて中に入る。
佐ノ介のハンドサインを確認してから数馬もしゃがみながら職員玄関を上がり、階段近くの壁に張り付いた。
数馬が少しだけ目を出して暗い廊下を確認する。
いる。黒い服に目出し帽がひとり。保健室の前。
数馬がハンドサインを送る。佐ノ介がそれを見て後ろにいた暁広にも同じサインを送る。さらに暁広がそれを外にいたクラスメイト達に送る。クラスメイト達は壁に張り付いてしゃがみこんだ。
佐ノ介が数馬の隣に立つ。
「フォロー頼む」
数馬の短い言葉に、佐ノ介は無言でうなずく。数馬は改めて様子を見る。
周囲にはその敵1人だけ。しかも、今数馬に背を向けている。
数馬は音も無く壁の陰から飛び出ると、その敵の背中に飛びつき、口を塞ぐ。
敵がもがこうとするのを黙らせるように、首をナイフで貫いた。
返り血が再び数馬の服を汚す。数馬は気にせず死体をそのまま横に倒した。
数馬はすぐに保健室の扉を少し開けて中を確認する。
異常は一切なさそうだった。
佐ノ介が暁広にハンドサインを送り、暁広が再びクラスメイト達にハンドサインを送る。
クラスメイト達はぞろぞろと入ってくると、死体を漁っている返り血まみれの数馬を目撃した。
「…保健室の中へ」
駿が目を伏せながらクラスメイト達に言う。ほとんどの生徒達は黙って保健室に入ったが、遼と香織は愕然として立ち止まっていた。
「なぁ数馬…怖くないのか?」
遼が尋ねる。数馬は敵から武器を取りながら答えた。
「そう見えるか?」
「だって…人殺しなんて簡単にできることじゃないのに、あなたこんなに冷静じゃない…」
香織がドン引きしたように言う。数馬は目を伏せるだけだった。
「しかもさっき見えたけど、自分から殺しに行ってた…」
「ためらいもなかったように見えた…」
香織と遼が並べる言葉を数馬は黙って聞き流していた。そして力無く声を発した。
「保健室、行こう」
数馬に言われ、3人は保健室の中に入る。数馬が保健室の扉を閉めると、声を張った。
「銃欲しい方。反動キツいんで気をつけて」
数馬が尋ねる。真次が手を挙げたので、数馬はすぐにホルスターごと真次に手渡した。
すぐに心音が話し始めた。
「保健室は確保できたから、動き出そう。連絡は携帯で。美咲と私と明美と良子が持ってるから」
心音の言葉が済むと、6年3組は各班に分かれた。
「作戦開始!」
駿が指示を出す。手近にあった階段から各班自分の持ち場の階に上り始めた。
「はい、かしこまりましたよ」
そんな彼らの様子を、何者かが見守っていた。彼は手元のキーボードを叩くと、ニンマリと笑ってみせた。
各班が自分の持ち場に着いた時だった。
彼らがさっきまで登ってきた階段に、どんどんとシャッターが降りてきているのが目に見えたのである。
「なんだぃこりゃあ!?」
3階の広志が驚くが、誰も答えられない。すぐに同じところにいた美咲が他の携帯持ちと電話を繋いだ。
「心音、明美、階段にシャッターが降りてきてるんだけど」
「1階も同じ」
「2階もだよ」
「これもしかしてみんな分断されちゃったってこと?」
「連携できなきゃバラバラにされてやられるんじゃ…」
各階のメンバーに動揺が広がる。電話越しでもそれが聞こえる。すぐに暁広はみんなを励ますことにした。
「みんな落ち着くんだ!分断されたなら合流すればいい!各班脱出方法を探し出して、協力して合流しよう!とにかく自分たちのできることをするんだ!」
暁広に言われて、そうだな、と心音の携帯越しに返ってくる。暁広も勝利を確信した。
「それじゃあ、みんな、また後で会おう!」
暁広の声が電話越しに各班に伝わる。6年3組の決死の探索がここに始まった。
最後までご高覧いただきましてありがとうございます
土壇場だからこそ、不仲な人間とでもお互いに協力し、できることをしようという気持ちを持って生活したいとは思いますが、なかなか難しいような気もします。