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The Magic Order  作者: 晴本吉陽
Chapter 8 任務
106/124

Chapter 8-10 花言葉

23:30

 7人を乗せたフェリーは船着場を離れた。

 月明かりに照らされながら、7人は誰もいない船のデッキに立って海や周囲の景色を眺めていた。

「全く、こんな厄介な仕事を抱え込んでるんじゃなければフェリーなんて最高なんだけどなぁ」

 雅紀がふとカメラで海の風景を撮りながら呟く。

「新幹線が吹っ飛ばされたときみたいに、フェリーも狙われるかもしれないからな」

「ホント迷惑な奴らだよなぁ」

 佐ノ介の言葉に、雅紀は呟く。同時にシャッターを切り、ため息を吐いた。

「どーだ、いい写真撮れたか」

「じぇんじぇんダメだ」

 数馬が尋ねると、雅紀は冗談めかしながらも、肩を落としながら答える。

 そんな雅紀の横に立っていた雄三が、大きくあくびをしてからその場を離れていく。

「ふぁぁ…寝る」

「お、おやすみー」

 雄三はそう言うと、客室へ戻っていく。雅紀もそちらの方を見ずにおやすみと返した。

「俺たちも失礼するよ。フェリーに爆弾でも仕掛けられちゃかなわんからな。いくぞ隼人」

「おう」

 狼介と隼人も、雅紀に一声かけて去って行く。

「俺もそろそろマリにおやすみの連絡をしなくちゃな」

「じゃあな、雅紀。いい写真撮れたら俺にもくれよ」

 佐ノ介と数馬も好き勝手言うと、その場を去って行く。残されたのは雅紀と竜雄の2人だけだった。

「竜雄はなんか用事あったりしねぇの」

「ないなぁ」

 雅紀と竜雄はぼんやりと海を眺める。しばらく沈黙が流れた後、雅紀は竜雄に尋ねた。

「自分、叫んでよろしいか」

「よろしいっす」


「俺だって可愛いカノジョが欲しいんだよおおおおお!!!」


 雅紀の孤独な叫びが夜の海に消えていく。耳を塞いでいた竜雄は、ゆっくりとその手を離した。

「…気持ち晴れた?」

「…晴れねぇっす…」

「だよね」

 雅紀は再びガックリとうなだれる。竜雄はそんな雅紀の肩に軽く手を置いた。

「ったくさぁ、なんか写真撮ってても全然上手くいかねぇんだわ。こう、湧き上がってくるもんがないんだよ、わかる?」

「わかんない」

「要するに、可愛いカノジョが欲しいってこと」

「なるほど」

「やっぱりね、可愛いは正義なんですよ、可愛い女の子の存在でね、俺のインスピレーションは湧くしね、世界は平和になるんですよ。ちょっとそこ、湧き上がるのはホントにインスピレーションだけかって言ったか今?」

「言ってないけど」

「そうだよ、湧き上がるのはインスピレーションだけじゃねぇよ。なんつったって俺のかはん」

「あのー?」

 そのまま大衆の前では言い難いことを口走りそうになった雅紀の言葉を遮るように、女性の声が雅紀の背後から聞こえてくる。

「はぁいなんでございましょう?」

 咄嗟に雅紀は世間向けの声を取り繕い、声のした方へ振り向く。

 その瞬間、雅紀は息を飲んだ。

 雅紀よりは背が低いものの、すらっとした体つきに細長い手足、それでいて女性的な部分の肉付きは非常に豊かで、顔立ちはやや童顔であれど、色白で美しく、人形のようだった。

(なんだこの美人!?)

「すごく大きな声が聞こえたんですけど、何かあったんですか~?」

 おっとりとした口調に、耳が蕩けるような色気のある声。全てが完璧な美人を目の前に、雅紀は思わず姿勢を正した。

「あぁ、これはもう大事件だよ。君のような美しい女性に出会えるなんて、僕の人生で最大で最高の大事件さ」

「えぇ?」

「美しいお嬢さん、お名前は?」

「桜って言います」

「桜ちゃん。なんて素敵な名前なんだ。僕は雅紀。ネットではちょっと名の知れた写真家なんだ。にしても、桜なんて本当に君にピッタリな素敵な名前じゃないか。桜の花の花言葉は」

 雅紀の言葉を途中から無視すると、桜は雅紀の後ろにいた竜雄の前に歩き出した。

「久しぶり~竜雄」

 雅紀は桜の発した言葉に、思わず竜雄の方へ向き直った。

「お久しぶり」

「おいおいおいちょっと待ちなさいよ竜雄くん?」

 雅紀は早足で竜雄に近づくと、桜から距離を取り、声を低くして竜雄と話し始めた。

「お前あんなベッピンさんとお知り合いだったのか!?」

「いやまぁ知り合いだけど」

「なんで紹介してくれなかったんだよっ!?」

「いや、知り合いってほど親しくないし」

「何者だよ彼女!?モデルさん?グラビア?いくら出せばヤレる?」

「はぁ…彼女は吉田桜。中学の同期だよ」

「ま!?」

「今は和久のところで働いてる」

「なんと。あのデブこんな美女侍らせて、ナニやってんですかねぇ」

「あの~」

 竜雄と雅紀が声をひそめて会話していると、後ろから桜が声をかける。

 雅紀はすぐに向き直って姿勢を正した。

「なんだい、桜ちゃん」

「竜雄、数馬に会わせてよ」

 桜は雅紀の方には見向きもせずに竜雄に話しかける。

「桜ちゃん、数馬には心に決めたひとが」

「どういう要件?」

「お仕事のこと」

 雅紀のことを無視して竜雄と桜が会話を続ける。雅紀は拗ねて黙り込んだ。

「仕事?」

「うん。和久に、こっちの援護をお願いされたんだ〜。それで、数馬宛に伝言も預かったから、数馬に会わせて欲しいな〜って」

「そうだな…数馬が今どこにいるかわからないから、伝言預かっとくよ。後で俺から伝えとく」

「それじゃダメなの〜。和久本人から、数馬だけに伝えるようにって言われちゃったから〜」

 桜は竜雄に言う。竜雄は困ったように雅紀の方へ歩み寄った。

「雅紀、桜とここにいてくれないか?」

「おぉ喜んで、一生一緒にいたっていいぜ」

「雅紀」

 ふざけたことを言う雅紀と肩を組むと、竜雄は声をひそめて耳打ちした。

「正直桜は相当怪しい。警戒は怠らないでくれよ」

「任しとけ、彼女の隅から隅までバッチリ見ておくよ」

「…不安だなぁ」

「なんだって?」

「いやいや、頼りになるなぁと」

「だろぉ?」

 調子のいい雅紀の様子に不安を覚えながら竜雄は雅紀との会話を終えて桜の方へ向き直った。

「数馬呼んでくる。しばらくこいつとここで待ってて」

「うん〜、ありがとう、竜雄〜」

 竜雄は桜の礼の言葉を背中で受け止めながら数馬を探しに客室の方へと歩き始めた。


「…へっくし!」

 竜雄が去ると、桜がくしゃみをする。見ていた雅紀はすぐに胸ポケットからティッシュを取り出した。

「大丈夫かい?桜ちゃん」

「はい…へっくしょん!…ありがとうございます…」

 桜はくしゃみ混じりに雅紀に礼を言いながらティッシュを受け取った。

 上目遣いになった桜の指先が、雅紀の手に僅かに触れる。桜の潤んだ大きな瞳に見つめられた雅紀は自分が理性を失いそうになっているのに気づいた。

(かわいいいいい!!!)

 雅紀はその叫びを心の内にしまいこみ、つとめて紳士的に振る舞った。

「寒いのかい、桜ちゃん?」

「大丈夫です~…ヘックション!…ダメかもです~…」

「風邪をひいちゃいけない。風の当たらない客室に行こう」

「でも〜、竜雄がここで待っててくれって〜」

「そんなのどうだっていいさ。こんな美人に風邪をひかせるわけにはいかないよ。さ、早く僕の部屋に行こう」

「わかりました〜。ありがとうございます〜」

 雅紀の説得に押し切られるような形で、桜は雅紀と共に彼の客室へと歩き始めた。




 その頃、竜雄は数馬を探しに客室へと足を運んでいた。数馬の客室は雅紀の客室とは違う階にあり、竜雄と雅紀が鉢合わせることはない。

 竜雄はさっそく数馬の客室の扉を叩く。

「数馬、川倉だ、いるか?」

 竜雄が言うと、中から数馬が出てくる。先ほどスナイパーに撃たれた傷がまだ響いているのか、足取りはおぼつかない様子だった。

「こんばんは。どうした?」

「桜が来てる。数馬と直接話したいって」

「参ったな、俺には陽子がいるのに」

「和久から伝言があるんだってさ」

「和久から?」

 竜雄に言われると、数馬は首を傾げる。数馬は同時にスマホを取り出した。

「和久とは普通にやり取りしてる、何かあるなら直接言ってくるはずだ」

「数馬、和久に確認取って」

「もちのろん」

 数馬は軽口を叩きながら、スマホの通話先で和久を選ぶ。竜雄にも通話の内容が聞こえるようにスピーカーに切り替えると、数コールもしないうちに数馬のスマホから和久の声が聞こえてきた。

「はい、堀口です」

「重村です、夜分にすまんな。桜が俺たちと同じ船に乗ってる」

「桜?吉田桜が?」

 和久が不思議そうに聞き返すと、竜雄が横から話し始めた。

「そうなんだ、和久の指示で、俺たちの援護に来たって」

「そんな指示は出していない」

 和久の言葉に、数馬と竜雄は息を飲み、顔を見合わせる。

「本当か、和久」

「あぁ、むしろ、今日一日桜はずっと連絡が取れなかったんだ。なぜそんなところに…」

「歯車、だな」

 全てを察した数馬は呟く。和久は聞き返した。

「歯車?」

「あぁ、魅神の能力だ。歯車を埋め込まれた人間は、本人の意志に関係なく魅神に操られる。桜もきっとどこかで…」

「…首相襲撃事件で敵の動きが良かったのはそのせいか…!桜は魅神に操られ、情報を渡していたのか…!」

「あんにゃろう本当にセコい奴だ!」

 数馬は思わず怒りを露わにする。同時に傷口が少し痛んだようだった。

「桜はウチの誇る優秀なスパイだ。並の人間の強さじゃない。数馬、やれるか?」

「あぁ…と言いたいが…ちょっと怪我しちまっててな…」

 和久の質問に、数馬は悔しそうに答える。すぐに竜雄が口を挟んだ。

「数馬、休んでてくれ。俺がなんとかするよ、和久」

「竜雄、大丈夫か?殺さないでくれよ」

「あぁ、もちろん。雅紀が今、桜と一緒にいる、さっさと助けに行ってくるよ」

「頼む…!」

 数馬と和久から桜を任された竜雄は、数馬を置いて走り出す。数馬は竜雄の背中を見送り、自分の部屋の扉を閉じた。




 その頃、雅紀と桜は雅紀の船室で2人きりになっていた。船室にあるのは、シングルベッドと、ハンガー掛け、そして全体を柔らかく照らすオレンジのランタンだけだった。

 雅紀に譲られ、桜はベッドに腰掛ける。桜は上着を脱ぐ雅紀の後ろ姿を眺めながら、1人考えを巡らせていた。

 そんなことにも気づかない様子の雅紀は、どこか落ち着かない様子で上着をハンガーにかけ、ハンガーを壁に掛けた。

「いっぱい歩いたから、ちょっと暑くなっちゃいました〜。これ、掛けておいてくれますか〜?」

 桜の声に雅紀が振り向くと、桜は露出度の高い黒のタンクトップ姿になっていた。服の黒に色白の肌がよく目立つ。

「う、うん、任せておいて」

 雅紀は動揺しながら桜の上着を受け取ると、もうひとつのハンガーにそれを掛け、自分の上着の隣に掛けた。

 作業を終えてしまった雅紀は、気まずそうに周囲を見回していた。

(やっべぇよどうしよ)

「雅紀さん、座らないんですか〜?」

 桜に言われると、雅紀は背筋を正して返事をした。

「はいっ!えと、じゃあ、お言葉に甘えて」

 桜はベッドの端に寄る。雅紀はそれによって空いたスペースに座り込んだ。

 狭いベッドで、桜の肩と雅紀の肩が触れ合う。雅紀は息を飲みながら桜の姿を横目でチラ見していた。

(やべえ、チョー可愛い。いや待て、落ち着け、ここでがっついたら嫌われる、絶対に嫌われる!ジェントルマン、ジェントルマンで行くんだぞ相川雅紀!)

 雅紀が脳内で叫びつつ桜をチラ見していると、思わず桜と雅紀の目が合った。

 桜は穏やかに微笑むと、小さく会釈をして前を見る。雅紀も気まずそうに笑ってから目を逸らし、顔を隠した。

(かわいいいいい!!!)

 桜はそんな雅紀を眺めつつ、彼女は冷静に雅紀を操る方法を考えていた。

(この人、普通に私のこと好きっぽい。ちょろそう)

 桜はそう思うと、ゆっくりと話し始めた。

「そういえば、自己紹介がまだでした〜。私は吉田桜です。和久のところで働いていて、今日は彼の命令で来ました」

 桜から自己紹介をされると、雅紀も桜の方に向き直り、丁寧に自己紹介を始めた。

「お疲れ様です。僕は相川雅紀、普段は写真屋やってます」

「でも今は、魅神を倒す作戦に参加中なんですよね?」

「そうだね」

 雅紀が答えると、桜は静かに頷いた。

「ねぇ、雅紀さん、あなたのこと、信じてもいいですか」

 桜は潤んだ瞳で雅紀を見上げる。雅紀はそんな桜の姿に心を奪われると、反射的に返事をしていた。

「もちろんだよ。なんでも言ってくれ」

「…助けてください…!」

 桜はそう言うが早いか雅紀の胸に顔を埋めるようにして身を預けた。

「ほ!?」

「私たちの中に、裏切り者がいたんです…!私、必死で戦って、それで、皆さんに情報を伝えるためにここまで来たんです…!」

「そ、そうなの?」

 雅紀は桜という美人に抱きつかれ、錯乱した状態で返事だけ返す。実際は桜の淡い香水の匂いで全てが上の空だった。

「あなたたちの中にも、裏切り者がいるんです…!早くしないと間に合わないって思って、私、怖くて怖くて…!」

「わ、わかったよ、桜ちゃん、もう大丈夫、心配しないでいいからね」

 雅紀はそう言うと、ゆっくり、少し戸惑いながら桜を抱きしめる。桜がニヤリと笑ったことは、雅紀にはわからなかった。

「それで、桜ちゃん、一体誰が偽物なんだい?」

「…竜雄と数馬です」

「マジ?」

 桜の言葉に、雅紀は耳を疑う。桜は雅紀の胸元で頷いた。

「数馬も、竜雄も、本当は魅神の襲撃事件で死んでいるんです。でも、変身できる能力者が2人に化けて成り変わってたんです」

「そんな…嘘だろ…?」

「信じてくれないんですか?もうあなただけが頼りなのに…!」

 桜は泣きそうな顔で雅紀の目を見つめて言う。雅紀はそんな桜の姿に、男らしく頷いた。

「信じるよ、桜ちゃん。2人で協力してあいつらを倒そう」

「…はい!」

 桜は優しく笑って頷く。雅紀もそれを見て微笑み返した。

「それじゃ、行きましょう!」

「いや、待って」

 雅紀は桜を止めると、自分の一眼レフカメラを取り出した。

「記念に1枚、ツーショット。ダメかな、桜ちゃん」

「この状況で?」

「そう」

「どうして?」

「竜雄をここに誘い出す」

「わかりました」

 雅紀は桜の返事を聞くと、カメラのレンズを自分たちの方に向ける。桜は雅紀の胸元に寄りかかり、2人はピースサインを作った。

「自然に笑ってー、はい、チーズ」

 雅紀がシャッターを押す。すぐに雅紀はスマホを取り出すと、カメラからスマホに写真を転送した。

「うん、桜ちゃん、やっぱり美人だね」

「ありがとうございます〜」

 転送する間、2人はわずかに言葉を交わす。雅紀がスマホの画面を見ると、竜雄から何か連絡が入っていることに気づいた。

「お、竜雄からだ。『どこにいる?』だって」

「じゃあ、手筈通りに」

 桜からそう言われると、雅紀は竜雄への返事を打ち込んだ。



 同じころ、竜雄は待ち合わせ場所であるはずのデッキに出ていた。しかし、桜も雅紀も、2人とも影も形もなかった。

「やられたか…?」

 竜雄は不安に思いながらスマホに手を伸ばし、雅紀とのメッセージを確認する。新しいメッセージの通知をタップすると、雅紀から『船室にいる』というメッセージと、雅紀と桜のツーショットが送られてきていた。薄着の桜を見て、竜雄は頭を抱えた。

「あいつ…色仕掛けに引っかかったな?」

 竜雄はそうぼやきながら、雅紀のいる船室へと走り出した。


 数分も走らずに、竜雄は雅紀の船室に到着する。竜雄は荒々しく扉をノックすると、雅紀の名を呼んだ。

「雅紀、おい雅紀!いないのか!?」

 我慢できなくなった竜雄は扉を乱雑に開けた。

「きゃぁっ!?」

「!?」

 瞬間部屋の中から聞こえてきた女の声。竜雄が前を見ると、ほとんど服を纏わず毛布で身を隠している桜の姿があった。

「待て!違う!いやその、これは事故で!下心とか全く無くて!」

 竜雄は必死になって弁明しつつ、桜から目を逸らすために後ろを向く。

 そんな竜雄の目の前に雅紀が立っていた。

「雅紀!これはいった」

「ごめんな」

 竜雄が疑問を口にしようとした瞬間、雅紀は自分の能力である電動カッターを発現させ、それを竜雄の胴体へ突き立てた。

「うぐわぁっ…!」

 血は吹き出ないものの、竜雄は悲鳴を上げて倒れる。そのまま竜雄は僅かに震えた後、動かなくなった。

「もう大丈夫だよ、桜ちゃん」

 雅紀は目を伏せていた桜にそう言うと、電動カッターをしまう。桜は下着の上に上着を羽織ると、毛布を横に置いて立ち上がった。

「怖かった…」

「僕といれば大丈夫だよ。さ、行こう」

 雅紀は桜の手を取って走り出す。2人は竜雄を置いて部屋を出た。

「次は数馬を誘い出す。今から連絡するね」

「はい、お願いします」

 雅紀は桜と次の作戦を打ち合わせしながらスマホを取り出し、メッセージを送信する。

「それじゃ行こう!」

 雅紀は桜の手を取って走り出した。



7分後

 船内は意外に広く、あっちに行ったりこっちに行ったりを繰り返した末に、雅紀と桜は数馬を仕留めるための船室の扉の前にやってきた。

「ここで大丈夫なんですか?」

「うん、ここは誰も宿泊してない。死体もしばらくは隠せるよ」

 桜の質問に、雅紀は手短に答える。そして少し扉を開けて中を確認すると、2人に背を向けて横になっている数馬の後ろ姿があった。

「数馬と正面から戦うのは危険だ。だから不意打ちで仕留めよう」

「任せてください」

 雅紀の言葉に、桜はそう言って腰からナイフを抜く。雅紀もそれを見て頷いた。

「僕が開ける。あとは任せたよ」

「はい」

「3、2、1!」

 雅紀がカウントダウンと共に、扉を押し開ける。桜は部屋の中に躍り込むと、目にも止まらぬ速さで数馬の首元へと近づいた。

「死ね!」

 桜はそう言って数馬の首にナイフを突き立てた。

 同時に、桜はその感触が何かおかしいことに気づいた。

 すぐさま数馬の顔を確認するため、それを自分の方に向かせる。

 桜が刺したのは黒いタオルが巻かれているだけのただの枕だった。

(そんな…!この男に工作する時間はなかったはず、私の能力だって作用していた!なのに…!これは一体…!?)

 動揺する桜の胸元に、金色の歯車が浮かび上がり始めたのが、雅紀の目にも映った。


「竜雄ぉおおっ!!!」


 雅紀が急に大声を出すと、桜も思わずそちらに振り向く。そのまま雅紀にナイフを投げようとしたが、桜は自分の体が何者かに羽交締めされる感覚に落ち入り、身動きが取れなくなった。

「何、これ!?」

「桜ちゃん、じっとしててくれよ!」

 雅紀は桜にそう言うと、桜の胸元の歯車に、発現させた電動カッターを突き立てた。

「ぅっ…!ぐっ…!あぁぁああああ!!!」

 歯車と電動カッターの間に火花が散り、桜も思わず悲鳴を上げる。雅紀は光から目を背けず、そのまま歯車にカッターの刃を押し当て続けた。

 雅紀がひと息にカッターの刃を振り抜くと、歯車は金色の光になって砕け散る。悲鳴を上げていた桜も、ぐったりと力が抜けたように気絶した。

「ふーっ、いい動きしてくれたじゃん竜雄ちゃんよ」

 雅紀がそう言って電動カッターのスイッチを切ると、同時に桜の後ろに徐々に人の姿が現れていく。数秒もしないうちに、竜雄の全身が桜を抱きかかえるようにして現れた。

「全く、いきなり切りつけてきやがって。俺じゃなかったら死んでたぞ」

「ごめんて」

 竜雄の小言に対して雅紀が軽く謝る。竜雄は桜をベッドに寝かせると、ゆっくりと腰を伸ばす。雅紀は横になった桜の前髪をやさしく払った。

「うぅっ…」

 桜が苦しそうに声を上げ、ゆっくりとまぶたを開く。

「桜ちゃん、大丈夫?」

「…雅紀さん…はい…助けてくれて…ありがとうございます…」

 桜が礼を言うと、雅紀もベッドの横にしゃがみ込み、桜と同じ目線になって頷く。

「雅紀、俺は数馬に報告してくる」

 竜雄はそう言って部屋を出る。


 2人きりになった雅紀と桜は、静かに話し始めた。

「…私を止めてくれてありがとうございます…」

「そんな何度も言わなくていいよ」

「…どうやってやったんですか…?」

「僕の能力は切りつけたところの光を操る能力。だから、竜雄を切りつけて、竜雄を透明にしたんだ。あとは数馬を呼び出すフリして竜雄に指示を出し、竜雄がたくさん動いてくれたってわけ」

「…私が嘘ついてるってわかったんですか?私、能力も使ったし、相当上手く嘘ついたと思うんですけど」

 桜が言うと、雅紀は一眼レフを取り出し、先程撮った桜とのツーショットを見せる。

「この時気づいた」

「どうして?」

「写真撮ってるとわかるんだけど、人間さ、表情って隠しきれないもんなんだ。よく見てよ、桜ちゃんすごい美人なのに、なんかこの写真の桜ちゃん、笑顔に陰があるんだよね。だから、何か隠してると思った」

「私の能力は?どうやって切り抜けたんですか?」

「桜ちゃんの能力?何それ?」

 桜が疑問を口にすると、逆に雅紀が尋ね返す。

「私、男の人に触ると、その男の人が私のことを好きになってくれるんです〜。でも雅紀さん、私が触っても全然様子が変わらなくて。どうやってやったんですか?」

 桜の言葉に、雅紀は戸惑う。本音を言うなら桜に触れられる前から桜に首ったけだったからだが、それを言うと気味悪がられそうなので、雅紀は言葉を選んだ。

「あー…意志、で、頑張った」

「意志…すごいですね」

 なんとか無事にその場を乗り切ったと思った雅紀は安堵の微笑みを見せた。


 しかし、桜は違った。


「…私も…そうありたかった…!」


 うつむきながら言葉を発する桜を、雅紀は静かに見守るしかできなかった。


「歯車を埋め込まれて…何度も協力させられて…!そのせいでたくさんの人が死んだ…!でも逆らえなかった…!本当はそんなことしたくなかったのに、私は…!」

 桜は嗚咽を漏らしながら、涙をこぼす。明るくおっとりとした彼女の姿からは想像できない姿を見て、雅紀はゆっくりと桜の背中をさすった。

「桜ちゃん、君は悪くない。悪いのは全部魅神だからさ」

 雅紀はそう言いながら桜の背中をさするが、桜は泣き止む気配を見せなかった。

「桜の花言葉を知ってるかい?」

 雅紀はふと桜に尋ねる。桜が首を横に振ると、雅紀は微笑みながら話し始めた。

「色んなものがあるんだ。『清楚な美人』とか、『高貴』とか。でもね、そんな中で俺が一番好きなのは、『精神美』」

「『精神美』…」

「俺はね、写真屋だからこそ、目に映らないもの、永遠に続かないものが好きなんだ。それこそ、『精神美』とかね。自分を正当化したりしない、そんな桜ちゃんの態度こそ、俺は美しいと思う」

 雅紀はそう言うと、顔を隠していた桜の手を握りしめた。

「桜の花は、散る時は潔く散ってしまうけど、春になれば、美しく街を彩る。優しく、力強く。桜ちゃん、今の君の気持ちは散ってしまった桜かもしれない。でも、だからこそ、もう一度美しく花を咲かせられると思うんだ」

 雅紀は桜の顔を見上げる。

「だから、もう自分を責めるのはやめて、前を向いてやり直してみよう?大丈夫、桜ちゃんならできるよ。もう一度、咲き誇れるよ」

 雅紀が桜の目を見つめて優しく微笑みながら言う。桜の目にはまだ涙があふれていたが、桜は笑顔を作った。

「…ありがとうございます、雅紀さん。例えその気持ちが私の魔法のせいだったとしても…嬉しいです」

 雅紀は、「本心だ」と言いそうになって、言葉を飲み込む。今の桜には不要だと思ったからだった。

 そんな中で、船室の扉が開くと、竜雄が現れる。雅紀はすぐに桜から手を離した。

「数馬と和久に報告しておいたよ。桜、大丈夫そうか?」

 竜雄は何も知らない様子で尋ねる。桜は涙を拭くと笑顔を作って頷いた。

「うん〜、大丈夫。でも、少しここで休ませてほしいかも〜」

「わかった。また後で」

 竜雄は桜と短く言葉を交わし、部屋を出る。雅紀もゆっくり立ち上がり、桜とお互いに名残惜しそうに一瞬見つめあうと、部屋を出ていった。



 船の廊下を歩く雅紀は、一眼レフで撮った桜とのツーショットを見る。そんな雅紀の横顔を見て、竜雄は尋ねた。

「よかったのか、別れの言葉もなくて」

「…あぁ」

 雅紀はそう答えると、カメラをしまう。

「…あの子が前を向くのに、俺は必要ないからな」

 雅紀はそう言うと、前を向いて歩く。竜雄も、そんな雅紀の姿を見てふっと笑った。

「本気で惚れたんだな」

「…さぁな」

 2人はデッキに出て、その後各自の船室に向かう。青白い月は、凪いだ海と2人を照らしていた。


最後までご高覧いただきましてありがとうございます

雅紀のお話でした。お楽しみいただけましたでしょうか

今後もこのシリーズをよろしくお願いします

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