1-5 戦闘
タウラス。
黄道十二星座のひとつ、牡牛座として輝きを放つそれはついに人に牙を剥いた。
人と人ならざる者との戦いが幕を開ける。
相手の目的など知ったことではない。それが俺、大原ユウタが出したひとつの解である。
今、大事なのはこの馬鹿げた暴力が俺たちの生活を脅かそうとしていることだ。
それに対し、最短距離で己の力を示す。
そのためのヴァルケイドなのだから。
左腕にとり付けたデバイスの画面に触れる。
操作はシンプル。攻撃、防御、その他と目的に合致した行動を決め、呼び出す武器を選ぶ。
そうすると仮想の空間より適切な武器が生成され、間もなくしてそれは現界――この現実世界に実体をもって現れる。
現界する武器は一般人の肉体のままでは扱いづらいものがほとんどで、普通ならまともに振り回すことも難しい。
それを解決するのが、今着込んでいるパワードスーツというわけだ。
これは願いが形になったもの。
誰かを守りたい。個として強くありたい。
そんな願いを聞き入れ、こいつは力を与えてくれる。
「先手必勝!」
呼び出すのは腕に取付可能な、高周波ブレード。
「攻撃行動、ブレード・ラン!」
瞬時に呼び出したブレードを右腕につけ、相手に狙いを定める。
きらめく刃は敵を照準に捉える。
地面を蹴って相手に向かって突進する。
相手が力ならばこちらは速さ。相手を速さで翻弄しつつダメージを与えて倒す。それが即興で立てた戦法である。
「斬る!」
斬りつけは成功し、敵の皮膚に切り傷をつける。だが、これが矮小な損害に過ぎないことはわかっていた。
すぐに敵と距離を取り、死角に回り込む。
立ち止まってはならない。狙いを定め、今度は背中を斬りつける。
「チッ、小賢シイ!」
牡牛の悪魔は苛立つ。冷静を欠いている時点でこちらの緻密な攻撃には対応できていないようだ。
その様子をアカリも見つめていた。
「いける、のかな?」
彼女は壁に隠れ、こちらを伺っている。
(何をしている。今の隙に逃げろ)
まだ、アカリはこの場から離れてくれない。
思い通りに動かない、動いてくれない他人。
だから他人は嫌いだ。
といってイエスマンが欲しいのではない。
他人は要らない、のだ。
幾度か攻撃を当て、逃げてを繰り返す。
この戦法は確かに力全振りの相手には効果がある。だが、欠陥もある。
こちらの体力は無尽蔵、というわけではない。
確かにヴァルケイドの力を使うことで常人を越えた力を発揮できる。
だがその分体にかかる負担も大きい。
俺は訓練を積んでいるからその負担を軽減できているが、それがゼロになることはなく、戦いが長びけば長引くほどこちらは不利になる。
それに比べてあちらは疲れが見えない。
恐れていたそのときは来た。
奴は明らかにこちらを目で追えていた。
見切られた動きにもはや意味はなく。
にやりと笑うその顔に恐怖を覚える。
「なんてな、演技は終わりだ」
演技。今までの相手の言動は嘘、偽り。
片言の言葉も、単調な動きも単細胞を演じていたに過ぎなかった。
迫る拳。とっさに剣先を突き立てた、が。
一瞬のうちにそれは折れた。
攻めの手札は無い。
間髪入れず、牡牛の悪魔より強攻撃を叩き込まれ、体は宙に浮く。
そのまま壁に叩きつけられ、頭にも衝撃が走る。
視界が揺れ、歪むような感覚に襲われ、そこに吐き気も混ざり合う。
その瞬間、俺は自覚した。この戦いの終わりを。
『ヴァルケイド壱号、機能停止。沈黙』
機械から流れる音声が耳に届く。
鼓動がまだ脈打つ限り、辛うじて生きている。だが、体に力が入らない。
こちらへの追撃はない。いや、もはや意に介すことがないか。
牡牛の悪魔はじわりじわりとアカリに迫る。
(だから、逃げろと――)
は、言ってない。待っていろ、なんて無駄にかっこつけて。
彼女はそれをただ守った。落ち度はないし責められない。
そもそも勝てるなど、何の根拠が。何の自信が。
その慢心が今この状況を作り出していることが、たまらなく悔しかった。
やつの目的は俺ではなく、アカリである。
そう、俺はどうなろうと構わない。
手だけは……動く。
手をのばす。徒労だとしても。
手をのばす。無意味だとしても。
手を――。
だが、届かない。
足の感覚がない。
動かない。
また、失うのだろうか。
思考の基盤となった父に、目指すべき理想であった先輩という女性。
そして、こんな自分と嫌な顔せず、建前であっても腐れ縁であり続ける彼女ですらも。
狭くも深いつながりを現実はまた奪うのか。
ぷつり。
意識が途切れる。
溶けていくような感覚などなく、一瞬で闇に飲まれていく。
その果てのない闇に流されるまま、意識は深く沈んでいく……。
光。
それと温かな何かを感じる。
誰かが、手を握っている。
握り返してみる。
するとその手は驚いたように、震えだす。
だが、その手は俺を離さない。
これは何か。
俺を求める手など、ないというのに。あり得ないというのに。
その手は震えたまま、こちらの手をより強く握り返した。
痛い。
いや、この痛みは全身から来ている。
体のあちこちが悲鳴をあげているみたいに。
電撃が走るような、例えるならばそんな痛み。
ただ、わかることがある。
この痛みは。この温もりは。
俺は生きている。
そしてこの手を握る誰かも、生きているということだ……。
目をゆっくりと開く。
ぼやけた視界は次第にはっきりとし、真っ白な天井を捉えた。
「ユウタ!」
それは聞き覚えのある声。間違えるはずはない。
光原アカリは、生きていた。




