1-3 前兆
「南地区、エリアAにて不審者の目撃情報あり。隊員は警戒をお願いします」
俺、大原ユウタが昼食終わりすぐに席を立ったのはもう一つ理由があった。
スマホに入った一件のショートメッセージ。『警戒』の文字が目を引く。
「ダメ元でかけてみるか」
電話帳から連絡先を引っ張り出し、通話ボタンを押す。
しばらく待てども、ビープ音から受話器が取れる音が一向に聞こえてこない。
「無理、か」
通話終了のボタンを押してため息をつく。
「何、してるの」
唐突に声をかけられ、背中がぴくりと跳ねる。
声の主など、とうにわかっている。
「何で、勝手にどっか行っちゃうの」
光原アカリ。赤い髪にポニーテールが特徴的な彼女はよく目につく。間違えるなんてことはまずない。
「邪魔だと思って」
「邪魔なわけ、ないじゃん。私はユウタとご飯食べてたのに」
そう言って目を逸らすアカリ。そんな悲壮な顔をしなくていい。所詮、俺たちは他人だ。
何も期待するな。求めるな。
この関係はどこまで行っても、幼馴染というカテゴリーから飛び出すことはない。
失いたくないが、それを大事なものと認めたくない自分の心が余計に関係をややこしくしている。
だが許せ。これが唯一の、アカリが真っ当に生きていける道なのだから。
「で、何してたの」
彼女はさっきの俺の仕草が気になっていたようだ。どこから俺の行動を見ていたのだろう。
俺はあったことを簡単に話す。
母が三年ぶりにメッセージを送ってきた、と。
「へえ、あのお義母様が。珍しいね」
義母、と言ったことは水に流そう、うん。
そう、母が一斉送信で送ったメッセージ。研究優先で家に帰ってこない育児放棄のクズ母と俺は心の中で呼んでいる人だが、実は仕事の連絡は欠かさない人だった。
母の個人向けパソコンを覗いたことがある。
認証をあの手この手で突破し、メールの画面を見たとき、俺は驚いた。
自分に宛てられたメールほぼ全てに五分以内で返信が出されている。
研究者は孤独なイメージがありがちだ。だが、母は人と関わりながら一つずつ問題を解決していく。その姿勢がメールの本文に現れている。
俺には父の自殺の件以来、無関心なくせに。
「変なやつがうろついてる、か……」
「ま、ユウタのお母さんも心配なんじゃない? 連れ去られたりとかの被害に遭わないようにってことでしょ」
「そ、そうか」
……厳密には全く違うのだが。
そもそも三年ぶりにメッセージが来たことが異常であり、これが緊急事態を意味していることに気づくのは俺くらいだった。
放課後。アカリが声をかけてくる。
「ねえ、今日はどうするの?」
「帰る」
「部活の見学とか、しないの?」
「俺にできるスポーツなんてないからな」
ただでさえするだけで疲れるのに人との関わりなど余計に疲労を溜め込んでしまうだろう。
体育としてやるのは何も問題はない。だが、部活は別だ。自分の自由時間を潰してまで他人とすすんで関わろうとは思えなかった。
……別の理由もあるが、言ったところで他人には到底理解されないので言わない。
「別に何も運動部だけじゃないと思うけど……」
「入らない選択をするのは俺だけじゃない。クラスの何人かは俺みたいな帰宅部だ」
そう、俺は入らない。
他人も、新たな絆も必要ない。
「お前はどうする?」
「私はバスケかな。女バスか男バスのマネージャーか。今考えてるのはそんなところよ」
「そうか。ま、頑張れよ。じゃあな」
「あっ、ちょ……」
道は違えた。彼女との縁もこれまでだろうな。
俺は彼女を後にし、教室を出た。
俺はひとり、歩く。
行きはアカリが隣にいて賑やか……否、やかましいのだが、帰りは静かだ。車も常に通り過ぎるわけではなく、人通りもそれほど多いというわけではない。
「暇だな……。南区エリアAだったか。行ってみるか」
行ってみるだけ。そう言い聞かせ、俺は帰宅路とは真逆の方向へと向かった。
始まりの音が聞こえる。
あの連絡を受けてから、自分の周りで何かが動きだそうとしている。
南区エリアAに着く。片側三車線の大きな交差点。横断歩道の代わりに歩道橋が設置され、人の行き来はスムーズだ。
あたりには飲食のチェーン店が並び、日々しのぎを削っているとか。
今いる喫茶店もそのひとつのようだ。
適当にコーヒーを頼む。あまり詳しくないので店員に見繕ってもらい、テーブル席で待つ。
しばらくすると、店員がコーヒーを運んできた。
コーヒーの香りが鼻に入り込み、心に安らぎを提供してくれる。
じっくりと味わいつつ、外の景色も楽しむ。
相変わらず日が照りまばゆい日差しの昼過ぎだが、何かがおかしい。
電柱に集まるカラス。その下には所々に穴のあいた未回収のゴミ袋。何羽かがゴミをあさりに降り立つ。
その光景が目に入った俺はじっと見ていた。
くちばしがゴミ袋に触れようとしたその瞬間、何かを察知したのか、集まっていたカラスたちが一斉に飛び立った。
「……何だって言うんだ」
気のせいであれば良かった。
このときのカラスの退避行動に何の間違いもなかったことは、あとから嫌というほど理解する羽目になるのだった。
しばらくして、時刻は五時前。まだ部活終わりには少々早い時間に本来現れるはずのない二人の人物を俺の視界が捉えた。
ひとりは光原アカリ。もうひとりは山城アツシ。山城が一方的に話しかけ、アカリは呆れたような軽蔑したような目つきで口を動かしている。
「あいつら……部活見学終わりか?」
にしてもコチラに来るのは違和感がある。
山城については知らないが、アカリの自宅はこちらとは逆方向。特段の事情がない限りはこんなところに行こうとは思わないはずだ。
その様子をもっと見ようと、俺は窓を開ける。
そのときだった。
甲高い悲鳴が俺の耳に届いた。




