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果てなき星のヴァルケイド  作者: 国木田エイジロウ
第1話 俺は彼女を理解できない
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1-1B はじまりのうらがわ

アカリ視点

「私はあなたが大好きです」

 この言葉がどうしても言えない。


 私、光原アカリには昔からの想い人がいる。

 彼の名は大原ユウタ。制服にエプロン姿の私を気に留めることなく、今も寝息をたてている彼のことだ。

 私も人のことを言えた義理では無いのだが、彼は時間にルーズだ。遅れるまではいかないが時間ギリギリを攻めるタイプで、本人曰く一分一秒寝ていたい、のだそうだ。


 私としては彼をいち早く叩き起こし、朝ご飯を食べさせ一緒に学校に行きたい。

 のだが、現実は思い通りにいかない。

 彼は私がトイレに入るとさっさと準備して勝手に家を出てしまう。

 彼と過ごせるはずの、誰にも邪魔されないはずの時間が、まさかその彼自身に阻まれるなんて。

 なんと歯がゆいことだろうか。


「今日こそは……よし!」

 小さく呟き、気合を入れる。

「ご飯できたよ! 早くしないと!」

「……またか」

 またか? 何故そんな言葉が出てくるのか。

 私はあなたのためにご飯をつくっているというのに。

 感謝というものがないのか?!

 そういうところに無神経でも、私は彼が好きだ。

 惚れてしまったのだから、仕方ない。



「駒はこう回す。まずは俺の真似してやってみるといい」

「すげぇ兄ちゃん! 俺にも教えて!」

 小学校高学年の頃。私は低学年の少年少女を相手に公園で遊んでいる男子を見つけた。

 冷静ながらも、丁寧に教える姿は私の目に魅力的に映った。

「……光原か。さっきからじっと見てどうした?」

「ふぇ?! あ、ああ! 私ね!」

「……お前しかいないだろう」

 彼は慌てている私に対し、呆れた表情を見せる。

 何か私は不愉快なことをしたのだろうか、と不安になる。

 とりあえず、落ち着いて言葉を並べる。

「その、なんというか、すごいね」

「俺にできることをこいつらに教えているだけだ。何でも明日駒の実技テスト? みたいなのがあるらしく、できなきゃ居残りだと泣きつきてきてな……仕方なく」

 仕方なくと言う割には、彼は真剣に低学年の子どもたちと向き合っているように見えた。そんな彼が眩しくて輝いて見えた。

 そこから私は彼に憧れ、好きになった。

 何度も一緒に通った通学路を今でも覚えている。

「私、好きだよ! ……オレンジガール」

「そ、そうか……」

 彼が聴く曲を聴いてみたり、彼の趣味を極めようとしたり。

 何度かふたりで一緒に遊んだこともあった。彼が時々微笑む顔はつい見とれてしまう。

 仲は徐々に良くなっていったと思う。

 それでも。

 どうしても言えない。

 あなたが好きであるということが。


 そんなもどかしくも楽しい日常は一瞬にして壊れてしまった。

 ユウタのお父さんが自殺した。

 あの日から私達の関係は狂った。


 ユウタのお父さんが亡くなってから、ユウタにはどこか違和感を感じずにはいられなかった。

 彼は以前と同じような態度と思いきや、私やクラスメイトを見ていないようで抜け殻のようになっていた。

 何か話しかけても、ああとかうんとか返すだけで会話がどこか機械的に感じた。

 でもそんな彼の側に居続けた。私は彼が好きだから。

 口数は減った。でも私は諦めるわけにはいかなかった。


 中学へと上がってすぐ、ある事故が起きた。

 それがユウタを完全に変えてしまった。

 不発弾が近所で見つかり、その解体作業中に突如爆発。それにユウタとそばにいた女性ひとりが巻き込まれた。

 ユウタは軽症、女性の方は懸命な治療を施されたが亡くなってしまった。


 軽症と聞いていたはずなのに包帯でぐるぐる巻きにされたユウタの姿を見て、心が痛むとともに違和感を覚えた。

 彼にそのことを問おうとも返事がない。彼の心は完全に壊れてしまっていたのだ。

 あとから聞くと、彼は何度も無意識に飛び降り自殺をしようとして何度かベッドから落ち、怪我をしていたそうだ。

 不発弾爆発事故はユウタの心にトラウマを植え付けたに違いない。

 あの場で何があったのか。

 詳しいことはわからないまま、彼は学校に来なくなった。


 そこから懸命な治療を経て、彼はようやく高校から普通の生活を送れるようになった。

 学校の方は色々と計らいがあり、なんとか成績で困るような評定にはならず、私と同じ高校に通うこととなった。

 私が通う帝都府立南葉高校。制服が可愛いが、そこそこ勉強していないと入れない進学校である。だから、彼がこの学校に通えることを知ったとき、私は嬉しさのあまり涙を流した。


 中学ではほとんど会うことができなかった彼と一緒に、また学校に通える。

 私はそれが嬉しくて、今彼の目の前にいるのだが……。

「あと五分だけーー」

 そう言って彼は寝ようとした。

「馬鹿!」

 私は流石に頭にきて、彼の頭に一発。

 痛がる彼にやれやれ、と思いつつ私は一階へと降りる。

「本当に……もう」



「あ、私お手洗いに行くから待っててね」

「へいへい」

 と彼は言うが、実は嘘だ。

 微塵も聞く気はない。何度もこれをされると辛いのだが、彼の性分。

 それでも今日は待ってくれるだろうと期待している自分がいた。

 事を済ませると、彼の気配がない。

 まさかと思い、玄関を見る。

 案の定、靴はなかった。

「待ってって、言ったのにー!!」

 私は慌てて鞄を手に取って靴を履き、家から飛び出した。


「置いてかないでよ!! もう!!」

 私の声が通学路に響く。何人かが私の大声で注目を向けたかもしれないが構ってなどいられない。

「先に行く、と言った。何か問題でも?」

 ぜえぜえと息を切らした私を視界に入れた彼は呆れてため息混じりにそう言った。

「いや、待っててよ! ちょっとお手洗いに行くくらい、なんで待てないの?」

 確かに言っていた。だが待っていて欲しかった。

 私のお手洗いは長い。待っていては遅刻する。それはそうかもしれないが、ユウタ自身にもギリギリになる原因はある。

「……遅れたら俺まで怒られる。とばっちりはごめんだ」

「それはこっちの台詞! あんたがちゃんと起きないからでしょ!」

 言った。これで何かが変わるとは思えないのだが、口を酸っぱくしてでも言わないと彼は直してくれないだろうから。

「いいか? ペラペラと俺とお前の内情を話すなよ? 変に誤解されたらたまったもんじゃない」

 ……誤解とは?

 いや、これは絶好の機会だ。

 私が彼と付き合って、同棲していることにしてしまえば、クラスの男子から変な目で見られなくなる。

 昔からクラスの男子はユウタを除き下心増し増しで私を見てきていた。なんだか嫌な気分だったが、周りには言いづらくここまで来てしまった。

 しかしここでユウタと付き合っていることすれば全部解決だ。よし。

「……だったら、既成事実でもつくっちゃう? そしたらみんな、納得するんじゃない?」

 両手を合わせ、満面の笑みで私はユウタに問いかける。

 この会話を聞いている生徒もおそらく何人か居るだろう。その人たちだけでも見せつける。


 だが、残念なことにそうはならなかった。

 何故ならユウタは私を睨みつけるとそそくさと早足で歩き始めたからだ。

 まるで競歩のように。

「あっ、ちょ……冗談だって! 待ってよ!!」

「待たない」


 そんな日常でも構わない。

 いつかはきっと伝えてみせる。必ず。


「私はユウタが大好きです」

 

 この言葉を何としても、あなたに言うために。

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