いつ帰還するんだろう?
暦通り寒さが厳しくなってきたある日の夕方、僕は対魔物用鉈を持ってツァオバーハンマーへと向かった。きっちりと手入れしてもらうためだ。
半スラム街へと入って商店街を通り抜けて町工場街へと進む。更にその奥へと進むと異国文字で書かれた看板を掲げる店に着いた。扉を開けると涼やかな鐘の音が鳴り、金属と油の臭いが鼻につく。
店内に陳列された装飾品を無視して僕はカウンターへと目を向けた。すると、先客が一人いてズィルバーさんと話をしている。
「こんにちは。あれ、ミーニアさん?」
「優太ですか。奇遇ですね」
「ミーニアさんも武器の手入れを、いやあれ? でも武器は持ってませんでしたよね」
「はい、武器ではありません。製作依頼をしていた装飾品を受取に来たのです」
振り向いたミーニアさんが説明してくれた。それを聞きながら僕はカウンターへと近づき、その上に乗っている大小の箱の集まりへと目を向ける。いずれも白い薄手の紙の箱だ。
そのうちの一つは蓋が開いていて中の装飾品が見えた。割と大きな輪っかで鈍い銀色に輝いていて、更に細かい模様がびっしりと彫られている。
「僕はこういうの全然知らないですけど、きれいですね」
「そいつぁ二の腕輪ってやつだ。手から差し込んで二の腕に嵌めるようにできてる」
「よくこんな細かく彫れますね。ズィルバーさんの指はそんなに太いのに」
「ワシは細工師だからな。これが本業なんだよ。こいつはかなりいい出来なんだ」
二の腕輪を身に付ける仕草をしながらズィルバーさんが話してくれた。そういえば、ドワーフは見た目に反して手先が器用だと聞いたことがある。
そこで僕は一つ思い至った。ミーニアさんは魔法の道具を作っているからそれ関係なのかもしれない。
「こんなにたくさんミーニアさんが買うってことは、魔法の道具に加工してお客さんに売るんですか?」
「いえ、わたくし自身が使います。故郷へ帰るための道具なのです」
「え!? これ、異世界に渡るための魔法の道具なんですか!」
思わず僕は二の腕輪をまじまじと見た。
僕の叫びを聞いたズィルバーが苦笑いをする。
「魔法の道具ってのは正確な言い方じゃねぇな。魔銀と神鉄鋼で作ったヤツだから、丈夫で魔力は通しやすくなってるが」
「魔銀と神鉄鋼。あ、僕のこれと同じ」
「この装飾品と同じときに注文を受けたんだぜ。こっちは後回しでいいって言われたから納品が今になっちまったけどよ」
ズィルバーさんの言葉を聞いてから僕は再び二の腕輪に目を向けた。でも、銀色に輝いていて細かい模様がびっしりと彫られている以外のことはわからない。
そういえば、魔銀と神鉄鋼の違いなんて僕にはわからないんだった。
何度か首をかしげてから僕は顔を上げる。
「僕にはさっぱりわかりません」
「はっはっはっ! まぁいいんじゃねぇの。お前さんが使うわけじゃないしな」
「他の箱にはどんな装飾品が入っているんですか?」
「髪飾り、耳飾り、腕輪、指輪、足飾りだな」
「結構ありますね」
「エルフがこれだけ揃えるってことは、それだけ大がかりなことをするってことなんだろうよ。付き合うお前さんはご苦労なこったな」
笑いながら同情されても全然嬉しくなかった。未だに僕で可能なのかと思うこともよくあるから気が重い。
と、そこまで考えて気付いたことがあった。気になったので尋ねてみる。
「ミーニアさん、帰還の準備ってどのくらい進んでいるんですか?」
「魔力噴出の予知魔法に一応の目処は付けられました。まだ問題はいくつか残っていますが、おおよそ完成したと言っても構わないです」
「そうなると、いよいよ帰る日も近いってことですか?」
「そうですね」
にこやかにうなずくミーニアさんを見て僕は微妙な表情を浮かべた。帰還の準備が大体できたことは喜ばしいことだ。けど、僕は僕の都合でそれを素直に喜べないでいる。夢の中の女の子について調査するためにミーニアさんがいてくれた方が心強いからだ。
けれど、だからといって喜ばないというのは駄目だろう。ペアを組むときの条件はミーニアさんの帰還を手伝うことなんだから、僕の目的は僕自身で達成しないといけない。
そんなことを考えていると、ミーニアさんに苦笑いされる。
「帰る日が近いと言っても、数日後というような直近ではありませんよ」
「あーえっと」
「優太、エルフの気は寿命と同じくらい気が長いから、あいつらのもうすぐって言葉は数年単位なことがザラだぞ。少なくとも今年いっぱいはありえねぇな」
「人と比べればドワーフも似たような感覚でしょう」
「それでもずっと人間寄りさ。お前さんとは別のエルフにもうすぐって言われて十年以上待ったことがあるからな」
珍しくミーニアさんが黙って目を逸らした。
ちなみに、ズィルバーさんの話はまだ異世界からやって来る前の話だそうだ。装飾品の代金支払期限について揉めたときのことらしい。確かにそれは気が長すぎだと思う。
形勢不利と思ったのか、ミーニアさんは黙ってカウンターの上にある箱を持って来た鞄に一つずつ丁寧に入れ始めた。
それをにやにやと笑いながらズィルバーさんが眺める。
「お、拗ねてるな?」
「拗ねてません。優太、ともかくまだ当分はこちらにいますから、焦る必要はありませんよ。それと、そこのドワーフの言うことはあまり真に受けないように」
「はっ、そりゃこっちの台詞だぜ」
「この帰還に関する話は進展があれば後日お話をします。それと、仕事に関しても近いうちに打ち合わせをしましょう。数日以内にですよ」
「ククク」
笑い声を漏らすズィルバーさんをわずかに睨み付けると、紙の箱を全部鞄にしまったミーニアさんが店内から去った。そして、何がそんなに面白いのか、ズィルバーさんは扉が閉まると腹を抱えて笑い出す。
「はっはっはっ、エルフを言い負かせるなんて今日は素晴らしい日だな!」
「そうなんですか」
「そうなんだよ! 別にミーニアに思うところはねぇんだが、どうもあのすました顔を見ていると言いたくなるんだよなぁ」
「エルフとドワーフって仲が悪いんですか?」
「良くはねぇってところだな。基本的にはお互い無視をしてて、必要なときだけ会うって感じだ。ワシらからするとある意味、人間よりも感性が違うからな」
話を聞いてもそんなものかとしか僕には思えなかった。確かに感性は全然違うのかもしれないけど、そこまで話が合わないとは感じなかったからね。
ただ、僕が気付いていないだけで迷惑をかけていた可能性はある。それに関しては申し訳ないように思えた。
少し難しい顔をした僕をみたズィルバーさんが励ましてくれる。
「そんな深刻に受け取らなくていいだろう。お前さんとミーニアはお互いに利用できるところがあるから組んでるんだからな。ある程度の違いや面倒さは飲み込むべきだぞ」
「あーはい。そうですね」
「ワシが見てる限りだと、そう悪いようには思ってねぇだろうから、今のままやっていけばいいだろうさ。下手に余計なことをやろうとするとかえってこじれるぞ」
「そういうものですか」
「そういうもんだ。できねぇもんはできねぇのさ」
機嫌良く笑いかけてくるズィルバーさんの言葉で僕の心は少し軽くなった。出来ることならともかく出来ないことは確かに無理だ。
ともかく、当面は焦る必要がないということを知れたのは良かった。そして、今度夢の中の女の子の話をしてみようと思う。
そんなことを考えながら、僕はズィルバーさんに自分の用事について告げた。