騒動の後
自室に戻ってきた僕はベッドに倒れ込む。断続的に繰り返された事情聴取からやっと解放されたんだ!
「あ~疲れた~」
「は~い、お疲れ~。いやぁ面倒くさかったわよね~」
「ソムニはずっと僕の中にいたからいいじゃないか。被害者扱いとはいえ、ずっと取り調べられるのはやっぱりきついよ」
「それもこれで終わりなんだから良かったじゃない」
のんびりと室内を漂うソムニが楽しそうに僕へと声をかけた。
下柳を倒した後、僕とミーニアさんは残る襲撃者三人も狙撃で脚を打ち抜いて身動きできないようにした。そして、やって来た警察に全員引き渡したんだ。
その後は基本的に全部任せていたんだけど、事情聴取や現場検証には付き合う必要があったからできるだけ応じた。おかげで日曜日が丸々潰れてしまう。でも、大半はミーニアさんがやってくれたからあんまり文句も言えない。
「終わったのは良かったけど、結構問題が大きくなっちゃったよなぁ」
「何しろ指定依頼の偽造だもんね~。第二職安と連名も対応に大変みたいよ」
「依頼を偽造されたら僕達何もできなくなっちゃうもんね」
今回の事件で最もとばっちりを受けたのは、間違いなく第二公共職業安定所もジュニアハンター連盟だ。何しろ犯罪を実行するために指定依頼を利用されたんだからね。これがまかり通ればハンターは安心して仕事を引き受けられない。
これを受けて依頼の事前チェックを強化しないといけないのは確かだけど、問題はどこまで調査するのかだ。もちろん無限にチェックはできないからどこで線を引く必要はある。ただ、その線引きが難しいんだ。
「新規の依頼はしばらく受け付け中止だったんだっけ?」
「そうね。いつまでも停止はしていられないけど、既存の依頼のチェックくらいはしておかないといけなくなったしね」
「依頼ってどのくらいあるんだろう」
「さぁ、たくさんあるのは間違いないわね~」
本気で知りたいわけじゃないから僕はそれ以上追求はしなかった。
再び自分の身に戻すと、警察からは解放されたけど実のところしばらくの間はひっそりと生活することを余儀なくされている。
というのも、今回の事件はニュースになったからだ。扱いはそれほど大きくはないし僕達の名前は伏せられているけど、目立つことをして世間にばれたいとは思わない。
「はぁ、世を忍ぶなんて面倒だなぁ」
「世間に注目されるよりもはるかにましなんだから我慢する」
「そりゃわかってるんだけどぉ」
「どうせ期末試験も間近なんだし、ちょうど良かったじゃない。黙々と勉強しましょ」
「えぇ、もうちょっと他にもあるでしょ」
「そろそろ試験の点数も頭打ちになってきてるんだから、ここでぐっと勉強に力を入れて、ぴゃっと点数を上げちゃおう!」
まさかこんな展開になるとは思わなかった僕はベッドにうつ伏せになった。この話は都合が悪い、何か他のことに話題を変えないと。
そこで思いついたのがミーニアさんだった。再び仰向けになってソムニに問いかける。
「ミーニアさんって事情聴取を受けてからどうしてるの?」
「お家に引きこもって魔法の道具を作ってるそうよ。あっちが本業みたいなものだから、あんまり困っていないみたいね」
「そっか。なんか良かったって思う気持ちとずるいって思う気持ちが同時に湧いてくるよ」
「アンタもベッドの上でネット巡りしてたらいーじゃない」
「ミーニアさんに比べて無茶苦茶生産性がないなぁ」
あっちは人の役に立っているというのに、こっちは単なる時間の浪費だ。駄目だ、今度は惨めに思えてくる。他に何か話題はないものか。
妙に焦り始めていた僕は、ある意味重要なことをまだ聞いていなかったことに気付いた。
ソムニに顔を向けて尋ねてみる。
「あの襲撃って、結局のところマッドサラマンダーっていう会社が実行したってことでいいんだよね。捜査中だって言って警察は教えてくれなかったけど」
「警察もその線で捜査を進めてるみたいよ。ただ、主犯格がマッドサラマンダーで確定するかは微妙らしいのよねぇ」
「どうして? ソムニが証拠をたくさん提供したって聞いたから確実だって思ってたんだけど、違うの?」
「アタシもそう思ってたんだけど、案外相手もしぶといらしいのよ」
以前ネットにばらまいた体堂と成田の会合記録だけでなく、ソムニは他にも色々と匿名で情報を提供したらしかった。
けれど、体堂がミーニアさんを何としても勧誘することと僕への嫌がらせを実行することは指示していたけど、殺害しろとは明確に命令していないそうなんだ。
更に僕達を襲撃してきた下柳以外の七人は外部で雇ったフリーのハンター崩れだった。下柳が直接雇ったらしい。体堂によるとそんなことは指示しておらず、僕に警察を呼ばれて連行された腹いせじゃないかと主張しているそうだ。
ここで下柳を殺してしまったことが微妙に響いている。下柳の供述が得られないからだ。正に死人に口なしである。
「あのときの状態で下柳を殺さないというのは難しかったんだろうけど、それでも残念だね」
「まったくね。あと一人いる可能性は考えていたけど、まさか下柳が直接襲ってくるなんて思わなかったわ」
今更言っても仕方のないことだけど、やっぱり愚痴は漏れてしまうのだった。
一瞬しんみりとしかけたけど、すぐにソムニが明るい口調で声をかけてくる。
「ま、体堂に致命傷を与えられなかったのは残念だけど、これでもうアタシ達にちょっかいは出せないでしょ。そもそもマッドサラマンダーという会社共々社会的に崖っぷちなんだし」
「加害者だからっていうのもあるけど、会社だから逃げられないもんね」
「今までの強引な手法も明るみになって、いい感じに追い詰められてるみたいよ」
ネットではちょっとした話題になっていることを僕も知っていた。悪徳会社が成敗されたとみんな喜んでいる。今のところ被害者よりも加害者に世間が注目しているのは喜ぶべきことだ。
内心僕も喜んでいるとソムニは更に言葉を続ける。
「あー、関連会社が事件を起こしたからって、財閥の方にも影響あるみたい」
「財閥? マッドサラマンダーと関係があるの?」
「比企財閥よ。マッドサラマンダーはここの傘下なんだけど、なんか遺跡探索の人集めに影響があるんじゃないかって推測記事が出てるわ」
「そっか、あそこってハンター派遣会社だったもんね。そんな影響があるんだ」
正直なところ関心はなかった。直接関係のないところなので想像できないというのが正確なところなんだけどね。
興味のなさそうな口ぶりで返事をした僕に対して、ソムニが別の話を持ってくる。
「そうそう、一度説得しに来た成田って覚えてる? アイツも捕まったそうよ」
「ああ、あの太った人。でも何でまた?」
「指名依頼を偽造した疑いだって」
「あの人がしたんだ!」
「こっちは体堂の指示だって供述してるけど、体堂は否認してるわね。どっちがただしいのやら」
盛大な泥仕合をやっているとソムニは笑いながら伝えてくれた。初対面での印象が悪いこともあって僕もざまぁみろという気持ちはある。
ともかく、ミーニアさんの強引な勧誘の件はこれで終わった。僕の方は巻き込まれて気付いたら終わったという印象が強いけど、ミーニアさんがこれでハンター活動を再開できるのなら良としよう。
これで僕も本格的にジュニアハンターの活動ができる。まずは目の前の期末テストと攻略しないといけないのが頭の痛いところだけど、気合いで乗り切るしかないだろう。