指名依頼の罠
マッドサラマンダーからの嫌がらせをどうにか切り抜けた僕は、これで普通の生活に戻れると思った。そして安心すると、ミーニアさんがどうなったのか気にかかる。あれからほとんど連絡を取っていないから状況を何も知らないんだ。
一度気にすると放っておけなくなり、僕は夜に自室のベッドの上から通話を試みた。コール音三回でミーニアさんは出てくれる。
『優太ですか。久しぶりですね。こちらから連絡しようとしていたところです』
「え、僕に? 何かあったんですか?」
『今日、マッドサラマンダーの体堂が直接やって来て勧誘してきたのですが断りました』
「あの社長、ミーニアさんのところに行ったんですか!」
てっきり僕をどうにかしてからミーニアさんに接触すると思っていたので、あの社長がもう会いに行っていたと聞いて目を剥いた。余りに不思議だったので尋ねてみる。
「それで、相手の体堂っていう人はどんな様子でした?」
『先月会ったときと同じであまりにも強引でした。なので今回は、ソムニが拡散したという動画などを使って追い払いましたよ』
「あれのこと知ってたんですか」
「アタシが教えておいたのよ。何かあったときのためにってね」
口を挟んできたソムニの言葉に僕は更に驚いた。でもそうか、だからソムニはミーニアさんのことを全然心配していなかったんだな。道理で何も言わなかったわけだ。
何を言おうか迷っているとソムニが喜々としてミーニアさんに尋ねる。
「で、体堂ってヤツの反応はどうだった?」
『最初は呆けいていましたが、すぐに怒り出しました。けれど、放っておくわけにはいかなかったのでしょう。すぐに帰って行きましたよ』
「あはは! そりゃいーわね。で、なんか捨てゼリフなんてあった?」
『そうですね。覚えてろ、この借りは必ず返してやるからな、とは言われました』
「うわ、何のひねりもないわね」
どうやらミーニアさんはあっさりと体堂を撃退したようだった。かなり効果があったらしい。そうなると気になることが一つある。
「ミーニアさん、もう体堂はちょっかいを出してこないと思います?」
『当面はないでしょうね。少なくともほとぼりが冷めるまでは』
「ここ何ヵ月かは無理なんじゃないかしら。あの話はじわじわと広がってるから、消して回るのは大変よ。アイツ、今必死になって対応してるし」
『マッドサラマンダーの様子を探ったのですか?』
「まぁね。これからもちょいちょい見ておくわ。それにしても、セキュリティーの専門家じゃないからよくわからないのは仕方ないにしても、周りに当たり散らすだけってのはダメよね~」
当たり前のように違法なことをするソムニに目眩を覚えながらも、対策が効果を発揮していることに僕は安心した。
こうなるともう僕とミーニアさんが活動しても大丈夫なような気がする。せっかく三人が集まっているので相談してみることにした。
バストアップ表示されたミーニアさんに僕は目を向ける。
「これだったらもうペアでの活動を再開しても大丈夫ですよね?」
『そうですね。いつまでも活動を自粛しているわけにもいきませんし、また依頼を受けましょうか』
「アタシもいいと思うわよ。完全に破滅するのを待っていたら時間がかかりすぎるし」
二人の同意を得られた僕は安心した。これでやっと思うように動ける。
ここから話の流れは次の依頼は何にするのかという話題に移った。もう一ヵ月半近くペアで活動していないから話をしているだけでも楽しい。
ただ、このときはどの依頼を選ぶかまでは決められなかった。思うようなものがなかったんだ。急ぐようなことじゃないから後日また探そうということでこの夜は解散した。
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そろそろ期末試験がちらつく頃なのでその前に一回くらい依頼をこなしておきたいと思ってると、僕達に指名依頼が届いた。
まさか指名されるとは思わなかったので僕はかなり驚く。その晩すぐにミーニアさんへと連絡した。ソムニを交えての話し合いだ。
「首都郊外の再開発予定地の魔物駆除ですけど、ミーニアさんはどう思います?」
『場所は細長い山の上ですね。恐らく峰を伝って移動してきたのでしょう。ただ、この類いの依頼で指名は珍しいですが』
「どの当たりが珍しいんですか?」
『大抵の場合ですと一般募集するものなのです』
「住民の立ち退きも終わってて、再開発するから早く駆除する必要がありって書いてありますよね。だから時間がないんじゃないですか?」
「他にも複数のチームを指定して、指定された区画を駆除していくって書いてあるじゃない。だから、ある程度実績のあるチームを指定したのかもしれないわね」
自室内でふわふわと漂うソムニが画面をスクロールさせながらしゃべった。
僕としては指名依頼だから引き受けてみたい。恐らくミーニアさんの実績を見て指名してきたんだろうけど、あくまでもチーム単位の指名なので悪い気はしなかった。
少し考えていた様子のミーニアさんだったけど最後はうなずいてくれる。
『強引な勧誘を受けて神経質になっているのかもしれませんね。難易度は高くないようですから、二人の連携を確認するためにも引き受けることにしましょう』
「わかりました。それじゃ処理はこっちでやっておきますね」
嬉しそうに僕は手続きを引き受ける宣言をした。あらかじめテンプレートを用意してあるからボタンをいくつか押すだけなんだけど、久しぶりのチーム活動だから気持ちが浮き立つ。
そして、十一月最後の週末に僕達は首都郊外にある再開発予定地に降り立った。天気は良いけどもうすぐ十二月だから冷えることこの上ない。
あらかじめ強化外骨格を装備していた僕は自動車から下りると武器を身に付けていく。
「うう、寒いなぁ。もっと厚着しておけば良かったかな」
「仕事が始まれば体を動かすことになりますから、あまり厚着をしすぎると途中に脱ぎたくなるのではありませんか」
同じく仕事着姿のミーニアさんさんが僕の愚痴を拾って返してきた。確かにその辺りをかなり迷った末に今の姿になったわけなんだけど、やっぱり寒いものは寒いんだ。
今日の予定はこの後集合場所に集まってそこでミーティングをし、その後担当地区の魔物を駆除していくことになっている。この時点で遅刻することはないから安心だ。
けど、周りを見て気になったことがある。僕達の自動車を停めた場所は駐車場に指定されたところなんだけど、まだ他の自動車が一台もないんだ。早くも遅くもない時間に到着したと思っていた僕はだからこそ首をかしげる。
「まだ誰も来てませんね」
「ここで考えていても始まりませんから、本部に行って確認しましょう」
何となく引っかかるものを感じながらも僕はミーニアさんと一緒に集合場所へと向かった。もしかしたら何か問題でも発生しているんだろうか。
そうして駐車場を離れ、本部が設置されているはずの場所へと向かった。そこは再開発予定地、元はスラム街の入口だ。古びて汚れた建物や道路が一面に広がっている。人影がまったくないから正しく無人の街だ。
「あれ? 何もない?」
本来あるはずの拠点が影も形もないことに、さすがの僕も依頼自体に不信感を持つようになった。隣にいるミーニアさんも眉をひそめている。けれど、一体何がどうなっているのかまではまだわからない。
あまりにも予想外のことに僕の頭の中は真っ白になった。これはどうするべきなんだろうか。
僕が迷っていたそのとき、ソムニの声が頭の中に響いた。